![Alice_wonderland Alice_wonderland](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/72/283955dc75dbb054262c85e32adcc9ae.jpg)
アルチンボルドのだまし絵風の手法を踏襲したり、触覚にこだわった皮膚感覚のさざ波をたてるような作品だったり、どこにも存在しえない呪物的な生物の博物学的骨格見本だったりと、これはシュールレアリズムなのではないのか?と、自分の口から漏れいでそうになるほど久方ぶりに見るシュールな表現だったのだ。
シュヴァンクマイエルの名は、おそらくチェコ人形アニメの系譜で知ったひとが多いだろう。ボクとて、いま「アリス」をテーマにした作品群の中で、一番好きなのがシュヴァンクマイエルの『ALICE』である。シュヴァンクマイエルはいわば悪夢、夢魔の作家だと思っていたが、それもあながち間違いではないだろう。アニメートとは「生命を与える」といった意味だが、シュヴァンクマイエルの映像作品はしばしば生命どころか死へ至る。だから、映像作品も呪物的に見えてしまうのだが、それはシュヴァンクマイエル夫妻の性癖でもあるようだ。グロテスクなほど生命を得た粘土は、ふたたび溶け合って崩れ落ち、粘土へ帰って行ってしまう。それは人形アニメの「異化作用」とでも名付けたいほどのものだ(「不思議の国」と「鏡の国」のアリス絵本も創作出版されている)。
なぜ、粘土であり人形だったのだろう? それが、今回のシュヴァンクマイエル展で少し感じられたような気がする。粘土である理由は、きっとこねまわす時の「触覚」なのかもしれない。線描が、しばしば何を描くかよりも線そのものが作家を遠い予期せぬ場所へつれてゆくように、粘土もこね回すその手の平の感覚が、どこかへつれてゆくのかもしれないと、思う。手の感触や触覚などなんともデジタル化しがたい感覚だと思うが、嗅覚同様きっとかっては生存にまでかかわってきた感覚であったろう。
そして、ボクを歓ばせたものは会場に設営されたチェコ人形劇の舞台であった。それこそが、東ヨーロッパでこの国がもつ特異な文化を代表するものだった。アニメーションの世界では、人間さえもが人形にされて動かされてしまう。それはなんと言えばよいのか? 「木偶(でく)」か?
イーデッシュ語やカフカや、塵が集まってできた怪物ゴーレムを生んだ文化。そうそう、最近ボクはシュヴァンクマイエルの作品もその系譜に入れられるかも知れないある概念を発見した。「ヴンダーカンマー」というドイツ語で、それは直訳すると「不思議な部屋」と言う。これは、ヨーロッパ各地の地方美術館に収蔵されている奇妙な、それ自体呪物的なコレクションを指して言う。
博物学のコレクションに見えるが、学問的な価値はなく、さりとて国立美術館からははみだしてしまう不思議なコレクションのことを言う言葉だ。言い換えると「珍品蒐集室」だ。
シュヴァンクマイエル夫妻の創造したキマイラ的な存在しない動物たちの骨格標本、博物誌的な展示はそのような「ヴンダーカンマー」な不思議な博物展示を連想させたものである。
(評価:★★★★1/2)