風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

中国・韓国の民衆の怒り/反日デモとは何か?

2005-04-14 01:54:28 | 国際・政治
200546_china日本の教科書検定問題に端を発した中国の反日デモの高まりが気になる。この国の首相が、再々近隣諸国の抗議にもかかわらず堂々と靖国神社参拝をつみ重ねることへの怒りと、「新しい歴史教科書をつくる会」の編纂した教科書が、この5日教科書検定をパスしたと言う事実が、歴史認識を教科書でねじ曲げるのかと言う中国民衆の怒りに火をつけた。

検定を通過したと言う教科書の記述が、そのまま政府見解とは言えないにしても、政府(文部科学省)がその見解を容認したことは事実として認めなければならない。検定制度の善し悪しや、不備や、それがどれくらい政府見解でコントロールできるものなのか否なのかは、いまは置いておく事にしても、その教科書を使って子供達を教育してよいと政府=文部科学省が認めたという事は確かである。だから、今回、コリアや中国側に批判・怒りが吹き出したのは当然、検定制度=日本政府(文部科学省)の責任である。この事態が隣国を刺激する事は、当然のように予想できた。実際、中国側はこの教科書の存在と、日本での議論を知っており、ずっと注視してきたのだから……(韓国の場合、ストレートに「竹島の日」の制定に端を発したとは言え、「新しい歴史教科書」は「竹島は日本の領土」とむしろ記述をし直して、検定をパスしたという経緯がある)。

それに、このような動きが起ったのは今さらではなくもう10年ほど前から、日本の立場で教科書の、とりわけ歴史の記述を書こうという動きは始まっていた。言ってしまえば、歴史認識の「竹島問題」だったのだ。
この会への291名の賛同者の中には、阿川佐和子のように親娘で名をつらねているものから、石原慎太郎、佐々淳行、一時はTVへの露出度が多かった「わしズム」の漫画家小林よしのりから元防衛庁幹部までいるが、そのメンバーの顔ぶれをみているととても一市民団体とは申しかねる。ひとつの思想団体だし、示威団体ではないのかと言いたくなってくる。
この会は、これまでこのような暴動じみた抗議デモに屈するのは、主権侵害だし、内政干渉だと言い続けてきた。
実際、今回の外務省の対応もこの問題とは切り離した日本人の安全の確保などを、中国政府に要請するといったものになっている。

また、その批判の矢面は日本製品のボイコット、日本企業や店鋪への攻撃・投石のみにとどまらず、日本の国連安保理常任理事国入りへの反対として火を吹いている。しかし、これは単純に「反日」運動、民族愛国主義の運動と言っていいものなのか?
紛争のタネは明らかに日本側が播いたのである。ニュースの内容はよく読み解かねばならない。

さらに追い討ちをかけるかのように、東シナ海の資源開発の問題がおこっている。そして、こんなタイミングで、自民党の新憲法起草案などというものも発表される。自衛隊を自衛軍として保持し、天皇の元首化も並記するといった内容だ。
これは、中国も韓国の人々も怒っているだけでなく、この国の中で安穏としているボクたちに教えてくれているのではないだろうか?

「キミたちの国は、確実に第二次世界大戦の教訓から得たはずの平和憲法、戦争放棄の精神からかけはなれて、一歩一歩右傾化してきていることに自国民であるキミたちは気付かないのですか?」と。

実は、この教科書問題に限って言えば朝日新聞と、産経新聞がそれぞれの社説でやりあっている。一番こわいのは、この機に乗じて右派勢力がふたたび力を得る事だとボクは思う。この国の中でもちゃんと議論は戦わすべきだ。日本大使館が投石されたことよりも、この国のジャーナリズムの中での論争が、どのような結果をもたらすのかをボクは注視したい。新聞や公共性を持つと言うTVが民衆のオピニオンリーダーや良識を代表し、そしてジャーナリズムという機能をまだまだ果たしているものだと言うことであれば、そのことを見届けたい。
(「新しい歴史教科書をつくる会」の検定をパスした教科書というのは、扶桑社刊の『改訂版新しい歴史教科書』『新訂版新しい公民教科書』でともに中学校教科として編纂されたもののことです。)
(写真は中華人民共和国「愛国者同盟朋」HPより転載)


反動化する入管体制??クルド人男性に退去強制令書!

2005-04-09 00:54:24 | 国際・政治
引き続き、入管(入国管理局)は、まったく反動化している。ララさんの収監に引き続いて埼玉在住のクルド人の男性にこのような、冷酷な処置が下された!
フィリッピンの芸能パスポートに業界からの圧力で甘くなっていたということが、先日発覚したことの反動だろうか?
世界に名だたる反人権的な国家なのかこの国は?

「東京入管がクルド人男性に退去強制令書 身柄を収容」
2005年04月08日22時05分


 東京入国管理局は8日、埼玉県に在住するトルコ国籍のクルド人男性(32)に退去強制令書を出し、身柄を収容した。男性は法務省が04年夏にトルコで行った現地調査の対象者の一人で、難民不認定処分の取り消しを求めて裁判で争っている。家族や支援者らは記者会見し、「現地調査で個人情報がトルコ側に伝わり、送還されれば迫害の恐れが高い。収容は不当だ」と訴えた。

 男性はトルコで、反体制武装組織クルド労働者党(PKK)を支持したとして逮捕されたことがあり、迫害を避けようと94年に来日したという。現地調査の後、男性にトルコ政府から逮捕状が出され、トルコ在住の家族は警察に呼ばれるなどしているという。

 来日している男性の弟(20)はオーストラリア政府から「兄の行動を理由に迫害される恐れがある」として難民認定され、03年には市民権も得た。会見では「オーストラリアが認めたことを日本はなぜ認めないのか」と兄の解放を求めた。→朝日新聞、アサヒWEBニュースなどhttp://www.asahi.com/national/update/0408/TKY200504080285.html?ref=rss


2/17<つなみライブ・エイド>収支報告

2005-02-25 14:17:38 | 国際・政治
2月17日に新大久保のライブバー「水族館」にて開催した『インド洋津波被災民支援ライブ・エイド』には、多数のミュージシャンに出演していただき、また観客として参加していただいたみなさんありがとうございました(内容のレポートはブログで継続中です)。
事務能力の欠如したボクが、収支報告を書ける状態にまでになりましたので、御報告いたします。

イベント入場収益   15,600円
会場内バウンティング 10,476円
カンパ         3,000円
 ―――――――――――――――
総計         29,076円

ここから振り込み手数料、チケット制作の文房具代 1,035円を引かせてもらって、
トータル 28,041円 を本日2月25日付けで、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)に郵便振込で送付いたしました。ぜひ、アチェの子どもたちのために、生活・教育などの復興支援に有意義に使ってもらいたいと思います。

これで、「電脳・風月堂」関連では「あかね」でのバウンティング10,800円とあわせて、39,876円を今回のインド洋つなみ被害の義損金として拠出し、先のNGO/NINDJAに贈りました(なお、ライブ・エイドは次回の池袋EGPP(3月5日Step18)まで続けられ、今回はララ・ロッキーさんの故郷であるスリランカに対する救援活動をしているNGOを対象として贈るつもりです)。

NINDJAの活動に関しては、そのリアルタイムの活動が、ブログで公開されていて、これがアチェに関するさまざまな報道がされてきた中でも抜群に生々しく面白くておすすめです。現在は代表の佐伯さんが現地報告を続けていらっしゃいます。→http://nindja.exblog.jp/



ビルン避難民キャンプに21日に運ばれた物資
(レートは1円が88Rp.(ルピア))

米   720キロ 230万4000Rp.
緑豆   48キロ  27万3600Rp.
食用油 240キロ 103万2000Rp.
砂糖  121キロ  60万5000Rp.
卵   2,016ケ  99万7800Rp.
食用油容器     19万2000Rp.
 ――――――――――――――
合計       540万4500Rp.

で、これは日本円で6万1415円でしかないことなどの、現場でしか知り得ない感覚がひしひしと伝わってきますよ(NINDJAのブログ23日付けの現地報告より引用)。


(今日の顔)安田純平さん

2005-02-22 01:07:51 | 国際・政治
junpei_yasudaもう10ケ月ほどの時間がたったらしいが、昨年の春頃、イラクで米軍に包囲され攻撃を受けていたファルージャの問題が世間の耳目を集めていた頃、バクダット入りを目指していた高遠菜穂子さんらが、武装ゲリアの一団にとらえられ「自己責任論」のバッシングの波が沸き起こったということがあった。
高遠さんは「ひとりNGO」で、たったひとりでイラクのストリート・チルドレンや孤児の面倒をみていたと報じられた。『週刊文春』をはじめとしたスキャンダル・ジャーナリズムは高遠さんが、バックパッカー時代のことを書いた半自伝的な著作からあげつらって高遠さんを「ガンジャ・ウーマン」と呼んだ。
きっとその活動がキリスト教などの団体を背景にしたものであれば、おそらく資金力だけの問題ではなく、もしかしたら「イラクのマザー(テレサ)」と呼ばれても言いかもしれないその活動をお世話になったストリートチルドレンの声として「ボクが身代わりになりたい」と言ったということを伝えたのは豊田直巳さんであり、接触して取材したのは安田純平さんというジャーナリストであった(豊田さんはフォトジャーナリスト)。
この高遠さんの人質事件が無事解放というかたちで解決してのち、すぐさま安田純平さんは、一緒に移動中だった市民運動家の渡辺修孝さんとともに、武装集団(安田さん自身によると「自警団」)に拘束され、三日ののちに解放された。

この事件でリスクも背負ったが、フリージャーナリストとしては破格的に有名となった安田さんは、その後も紛争地や事件の現場を歩き取材を続けてきた。つい1月に10日ほどだったが北スマトラのアチュ州の取材に入って帰国していた。

20日、その安田純平さんと、この間の連続<ライブ・エイド>でかかわりの出来たインドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)のメンバーを招いての「緊急支援集会」が国立・国分寺の市民の手によって開かれた。その集会に、開催されるホールを勘違いして大幅に遅れてだが、参加した。
で、この写真は本人に了解の上、撮らせてもらい、ブログへの掲載も了解をいただいたのでアップします。

安田さんの報告は、さすがに元新聞記者(信濃毎日新聞)だけあって、まとまったもので自分のPCにファイルされた映像データをスクリーンに投影しながらの話だった。

御本人は、拘束事件後のヒゲ面、ボサボサの頭という印象からは(当たり前なんだが)ほど遠いスクッと背筋を伸ばして立つ好青年風でありました(少林寺拳法の有段者であるらしい)。