風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

ハローウィンと死者の祭り

2006-10-31 23:59:46 | トリビアな日々
 今宵こそが、ハローウィンの夜なんだが、この国でどのようにそれが根付いているのかは実は知らない。自分でもそのようなパーティ(10月20日)を催しながら、クラブやイベント向きの企画だと思ってはいてもディズニーランド以外に日本在住の欧米の方や、キリスト教の家庭などでどのようにむかえるのだろうと思うばかりだ。
 11月1日の万聖節という意味も知られていないのに、ボクが持っているカレンダーにも「ハローウィン」と書いてある。11月1日のところ、つまり明日だが、そこには「灯台記念日」と書いてあるだけだ(笑)。

 この日は、日本人の感覚で言えば「お盆」に近いだろう。前の年に死んだ死者が彷徨い歩き、生者にとりつこうとするから悪霊や、悪鬼に扮してそれをふさぎ、さらには悪霊に扮した子どもたちの「お菓子をよこせ、さもないと悪戯をするぞ!」というデモストレーションを含む子どもの祭りになっている。このあたりは、秋田のナマハゲの逆バージョンで、さらには小正月の鳥追い(新潟などの子どもの祭)にも近そうだ。

 メキシコの「死者のまつり」(11月1日~2日)は、アステカ時代からある「死者の日」が、この万聖節とむすびついたものらしい。それに、中世ヨーロッパで盛んだった「死の舞踏」の図象がスペイン経由でドッキングされたのではないか。アステカ時代もドクロはうやまわれ、黄金や水晶でつくられたドクロの面が発掘されている(大英博物館にあるそれは昨年だったか19世紀に作られたものと判明したが……)。

 供儀もしくは人身御供として人間の心臓を神に捧げたアステカ、マヤの時代からメキシコは「死」もしくは「死者」に魅入られた国だったのかもしれない。
 とはいえ、そこは赤道に近い南の国だ??その親しさも底抜けで、爆竹やイルミネーションや、色彩に彩られているのだ。


毒書日記Poisonous Literature Diary/「家守綺譚(いえもりきたん)」

2006-10-30 23:53:53 | ブンブク文学/茶をわかせ!
 いや、これはこれまで「毒書日記」で取り上げた作品(おもにポルノ作品でした)とは、作風も世界も違う。むしろ怪異な日常を淡々と描いた幻想譚とも言うべき作品だ。ぼくはこの作家のことを全く知らなかった。千葉の樹木葬に行く電車の中で、読むものを探していてその書名にひかれて求めたものだ。

 「家守綺譚(いえもりきたん)」梨木香歩。新潮文庫。本文188ページ。税別362円。安価で堪能できるお買得商品だ(笑)。

 時代も、場所も明確に書かれている訳ではないが、物語のはしばしから判断するにおそらく明治後期の京都の郊外(琵琶湖疎水ぞい)を舞台とするもので、主人公綿貫征四郎は売文を生業とする貧乏文士。学生時代に亡くなった学友の住むものもなくなった庭付きの一軒家に家守(いえもり)として住みついてから庭木、学友の幽霊、鳥獣、物の怪の類いの怪異が日常茶飯のように起るようになる。

 時代背景はまったく希薄である。むしろ時代を薄めることを作者は意図し、主人公が交歓する手入れをおこたった庭や庭木との話をたっぷりと美しい日本語で描く。この小説では28章ある章立てのタイトルのすべてが「サルスベリ」から「葡萄(ぶどう)」で終わる植物の名前である。森のようにこんもりとした植物の濃密な雰囲気にむせそうになる。その濃密な植物の気配に、さらに山寺までの森や山、そして主人公を化かしにかかる狸や狐の里山の野生動物たち、そして河童や人魚、小鬼、精霊(妖精)までもが主人公の前に立ちあらわれるようになる。

 読みながら、泉鏡花を思ったり、上田秋成を連想したり……最終的には中国古典の怪異譚の集成である『聊斎志異』にまで至ったが、結局は水木しげるの『河童の三平』にまで連想はおよぶのだった。
 とりわけ、ラスト近くで向こうからの世界に呼ばれた主人公綿貫は、まるで水底(みなそこ)のような饗宴に差し招かれる。このシーンは『河童の三平』の幻想的な河童の国に良く似ていた。

 そして、樹木葬の寺に向かっていたボクは、以下のくだりにいたく共感したのであった。

 ??いい場所ではないか。
 ??ああ、たしかにいい場所だ、こういうところに人は埋まりたがる。
 ??埋まりたがる、とは。
 ??つまり、ああ、いい場所だと思う。そして自分が死んだら故郷のどこそこへ埋めてくれと人にせがみたくなる、いい場所とはつまり、人が埋められる気になる場所なのだよ。
(98p)

家守である綿貫は、自らも変異していくのだ。「いえもり」からヤモリへ!

 のどを押さえると変な感触がする。慌てて手を見てぎょっとした。人間の手ではない。
 ??当たり前だ。おまえは家守(やもり)だもの。……そうだ、おまえは夢を見ていたのだ。人になった夢を見ていたのだよ。(46P)

 「家守綺譚(いえもりきたん)」梨木香歩。新潮文庫。2006年10月の新刊。


朝日の昇る寺/a Temple of Rising Sun

2006-10-29 23:46:38 | 樹木葬(花に化身する仏たち)
Sunrise061028 この土曜日(28日)に「樹木葬・秋の集い」が千葉県大原の天徳寺で開かれ、「寺男」としてまたまたボランティアをしてくる。今回は新しい参加者も多く、なんと80名ほどの方が集まったのだが、顔をしっているひとはそう多くはなかった。NHKの取材がはいったり、ボクも巻き込まれそうになった顛末があるのだが、その報告は少し待ってもらって今日は驚くような映像を発表しよう!

 なんとボクのブログで、はじめての「朝日」の発表である。黄昏れ時や、夕焼けの写真の圧倒的に多いこのブログで朝日の写真がアップされるだけで、驚異ではないだろうか(笑)?

 樹木葬の集いの朝??山から昇り、寺を照らした朝日はこの葬送の方法が万人に迎えられる日が近い日を象徴しているかのようだった。朝日の昇る樹木葬の寺を目撃したボクは、樹木葬の目撃者でありつづけられるだろうか?

(写真)「天徳寺」本堂から眺めた朝日。天徳寺の本堂正面は真東を向いていることを認識した。


11/3 E.G.P.P.100/Step64 しゃんくれーる??ひかり輝く 野へ!!

2006-10-26 22:49:58 | 曲水の宴/う・た・げ
Etsuko_takano_1●オープンマイク・イベント/TOKYO POETRY RENAISSANCE
E.G.P.P.100/Step64 テーマ:「しゃんくれーる??ひかり輝く 野へ!」
11月3日(金・祝日)開場18:30/開始19:30
参加費:1,500円(1Drinkつき)
MC:フーゲツのJUN
(出演)フーゲツのJUN(ポエッツ)、マツイサトコ(うた・予定)、おもとなほ(ひとり芝居)、bambi(講話)、イエス北村(コメディ・予定)、小堀イチエン(ボウズパンク・予定)、神戸俊平(サックス)、平山昇(ポエッツ・予定)……エントリーしてくれたあなた!
会場:ライブ・バー水族館(新宿区百人町1-10-7 11番街ビルB1)
問:03-3362-3777(水族館)http://naks.biz/suizokukan/
主催:電脳・風月堂 http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/

 さぁ、11月からは通常のオープンマイク。エントリーしてくれたあなたが主役です。
今回、ボクが設定したテーマは「しゃんくれーる??ひかり輝く 野へ!」です。
 「しゃんくれーる」は1970年代のはじめころまで京都上京区荒神口にあったJAZZ喫茶。そしてその名は1969年6月24日に飛び込み自殺でなくなったひとりの女子学生の名とともに全国に知れ渡りました。彼女の名前は高野悦子。
 彼女がつけていた日記が遺族の手で『二十歳の原点』と名付けて出版されベストセラーとなったのでした。それは、日記に高野悦子自身が書き記した決意表明の言葉からとられています。

 独りであること 未熟であること これが私の 二十歳の原点である(1969/1/15)

 大学紛争のただなかで、恋に破れ、勉学に悩み、生き方を真剣に求めた詩を書く少女。時代と青春に苦闘するどこにでもいた女子学生でした。

 「シアンクレール」にて。……この力強い黒人女の歌を聞きながら目をつぶると、暗やみに小さな体をはずかしげに独りで立っている愛しい女の子の姿が浮かぶ。さびしがりやで甘えん坊の愛しい姿よ。私はおまえを、おまえ一人をこの世で愛す。(6/19)

  買ってきた睡眠薬は不眠症には2錠が適量だという。それでは「不信症」には何錠がよいのだろうか。(6/22)

 しあんくれーる! 思案に暮れる!

 ボクはゾッキ本コーナーに100円で売られている『二十歳の原点』『二十歳の原点序章』『二十歳の原点ノート』などを見つけては、まるで高野悦子の散乱した遺骨を拾い集めるように幾冊も買ってきました。そこに晒しものになっているようで、放置するにいたたまれなくなってしまうのです。その本はボクのHPのキリバンを踏んだ方へのプレゼントになってきたのでした。

 そう、本年の6月に時間の都合で読めなかったためにリベンジします(笑)。
 もちろん、一般のエントリーの方にこのテーマを押し付けるつもりはありません。エントリーの方は、自分の表現で自分の言葉で、自分のテーマで自由にパフォーマンスしてください。アマゾンに棲息する魚たちに見守られて、『水族館』のマイクと舞台はあなたのもの!

 ※ポエトリー、うた、バンド問わずフリー・エントリーが可能です!
 事前エントリー専用BBS(TOKYO POETRY RENAISSANCE/EGPP 100 BBS)にエントリー表明を書き込んで下さい!→http://8512.teacup.com/5lines/bbs

E.G.P.P.100 MIXI内コミュアドレス→http://mixi.jp/view_community.pl?id=230706



10月の国はハローウィン!/イベント・レポート

2006-10-23 11:10:05 | 曲水の宴/う・た・げ
Halloween_egpp06 E.G.P.P.100というオープンマイク・イベントの連続開催60回突破記念として行われたStep63は、ハローウィンの色どり一色だった。ボクがもう半額セール(!)になっていたハローウィングッズや手作りのコウモリやパンプキンのお化けを持参して、手伝ってくれたピリカとともにデコレーションを終えると、いつもの「水族館」は、黄昏れる10月終わりのハローウィンの会場に一変していた。

 それにしても、扮装してくれば500円引きだと広報した割には、仮装者が少なかったのはどうした訳だったのでしょう? みなさん金銭欲を超越してらっしゃるのでしょうか(笑)? 魔女帽子(市価300円位。半額セールで150円!)ひとつでも割り引きだったのです。キモカワイイこのハローウィンの行事は、AKIRAがメキシコの「死者の祭り」(11月1日)のことを喋っていたが、まったく同じルーツ(カソリック、プロテスタントを問わずキリスト教のそれ。ただメキシコの「死者の祭り」には、先住民の記憶が混濁しているようだ)の祭りです。ハローウィンとは、万聖節(11月1日)のイブのことで、死者が墓地から甦ると考えられているようです。日本では、おそらくディズニーランドのりか、ティム・バートンの「ナイトメア・ビフォア・クリスマス」(21日公開された3D版はディズニー映画)で、ハローウィンを知ったひとが多いかも知れません。

 ボクの設定は、ちと違う。ボク自身がハローウィンのことを知ったのは、以前も書いたと思うが、レイ・ブラッドベリィの短編集『10月はたそがれの国』や長篇『何かが道をやってくる』を通じてだった。最近、再読して不思議に思ったのは「ハローウィン」という訳語がその両者共に使われていないことだ。10月の作家ブラッドベリィがハローウィンとむすびついて認識されるのは『ハローウィンがやってきた』という作品を発表し、翻訳刊行(これも伊藤典夫訳で晶文社)されて以降かも知れない。

 だからボクがMCで多用したミュージシャンの紹介コピーは、ブラッドベリの作品世界のように季節外れの10月にやってくるカーニバルやサーカス団と、11月に大酉神社で繰り広げられる江戸時代以来の伝統の酉の市に立つ見せ物小屋のイメージをミックスしたものでした。

 だから、一番手のEGPPの歌姫マツイサトコは「玉乗りの少女」だったし、ねたのよいは刺青の男たちだったのです。マツイサトコは、黒のミニワンピース姿で登場し、本当に「玉乗りの少女」のように可憐で可愛かった。いや、彼女は充分に大人の女性なのですが、「セックスするより歌う方が気持ちいい」(サトコのブログより)と言い切るまでに、歌うことに思いを定めてから不思議なことにますますボクらを魅惑し、少女のようになっていっているのです。もしかしたら、サトコは回転木馬を逆回しにして、どんどん若返って行くあのブラッドベリの木馬にまたがっているのでしょうか?(写真1)

 「ねたのよい」は、あい変わらず不思議な爆音バンドです(笑)。彼らこそはイラストラテッドマン、その生身の肌にこの世界の生き物と神々とを生かす男たちです。タトゥは、先住民の人々にとっては民族そして人間としてのアイディンティティに結びついています。あるいは、生まれながらの呪符のようなものだと言ってもいいでしょう。きっとこの男たちの肌にはロックという呪符が音符のようなかたちでのたくって彫り刻まれているのではないでしょうか?
 まさしく彼らこそは21世紀の村八分ではないでしょうか?(写真2)

 そして次はなんとボクが最近こわいくらいに澄みきった秋空をみて「私の青空」を思いだしたとブログに書いたその歌を歌いながら登場すると言う心憎い演出でボクを喜ばせてくれたララリーヌさんです。この「平成の笠置シヅ子」は、「東京ブギブギ」などの笠置シヅ子ナンバーを歌いまくり、それに「イパネマの娘」を「イカ焼きの娘」とモジった素敵なコミックソングを聞かせるかと思えば、沖縄(波照間島に住んでいたそう)の風を運んで来たかのようなオリジナルを歌ったりと、八面六ぴのネコ娘のような変化ぶりです。でも、魅惑されたステージングでした。
 それにしてもサポートギターの永守健治さんのギターは素晴らしかったです。

 ここで、AKIRAにそんなのコスプレじゃん!と一蹴されてしまったコスプレ好きのボク、フーゲツのJUNの登場です。時間が押していたために、やや短かめでしたが、「異教徒のうた」を読みました。そう、ボクはここではMC、DJ、ポエットの骸骨男もしくは吸血鬼ヴァンパイアといった役回りでしょうか?

 最後は今夜のメインゲストAKIRAの登場です。歌も歌いましたが、自作の小説(神の肉テオナナカトル)の朗読もまじえてよく喋りました(笑)。AKIRAのややかん高い声は、歌を歌うためにあったのかもしれません。そもそもはアーティスト(美術家)として出発したAKIRAは、いまや日本でのネアリカ(毛糸を材料とした絵画)の第1人者だし、ついで作家(コットン100%、アヤウスカ、風の子レラなど)として異色の地位を築き、最近ではバンドONSENSを結成しての音楽活動と、その表現のパワーは全開でとどまることを知りません。ボクは、この夜はこのような説明は一切はぶいて「髪がヘビになった男」として、見せ物小屋風の紹介に徹しました。AKIRAのドレッドヘアのことを指して言ったのですが、それはきっと「神をヘビにした男」とも聞こえたことでしょう。アヤウスカ(LSDの100倍以上の強さを持つ幻覚剤)を探究してアマゾンにまで行き、さらに神の肉テオナナカトルを致死量まで食した男AKIRAは、まさしく「神のヘビ」としてのパワーを手に入れたに違いありません(って、神格化しているのではなく、武道もやる少し汚らしい男なのですが(笑))。
 ソロで歌いはじめたAKIRAの最後の2曲に、ONSENSのベーシストであるリュウが群馬から駆けつけてくれベースを加えてくれました。音は抜群に厚くなり、神もうらやむロック歌手の片鱗がそこに現れました。

 いったい、この夜は2006年10月のひと夜としてどのように語られるのでしょうか? 出演者、スタッフを含めて総勢50名ほどの参加者が一体になり、楽しみ、祈りのパワーをも再認識した「黄昏れの国」であったようです。

 ちなみに、AKIRAと来たピリカに協力してもらってものの小1時間ほどで作り上げた会場のハローウィンのデコ(デコレーション)は、今月一杯「水族館」を飾ることになりました。ハローウィンの使い回し? いやいや、安上がりにあげようというマスターの賢明な判断でしょう(笑)。見たいひと、この夜の雰囲気を味わいたいひとは今の内に、新大久保「水族館」でどうぞ!

(スペシャル・サンクス:bambiさん。おもとなほさん(以上受付け・会計)。13号倉庫(佐藤)さん(撮影・記録)。ピリカ(デコおよび物販)。御協力ありがとうございました!)

(写真6)この日の記念イベントのハローウィン的なデコが一番よく撮れている写真です。この日の会場の雰囲気を味わって下さい。ステージで歌っているのはマツイサトコ)。



10月の国はハローウィン(phot_2)

2006-10-21 23:53:41 | 曲水の宴/う・た・げ
Neta_1(写真2)「ねたのよい」としばらくぶりにからんだ。バンドの音は昨年よりさらに進化していた。もはや、西部講堂での「月と太陽のまつり」も、2年連続で出演した「ポンポコ銀河まつり」(佐渡)も懐かしい思い出だ。最近では、ブルースビンボーズとつきあいが深いメンバーは高円寺暮らしがほとんどになった。



10/20はハローウィン・パーティでもあるのです!

2006-10-15 13:12:03 | イベント告知/予告/INFO
Flyer_1 ●ハローウィン・パーティ!!/TOKYO POETRY RENAISSANCE SPECIAL EVENT
E.G.P.P.100/Step63 スペシャル・イベント:
「10月は黄昏れの国(THE OCTOBER WAS TWILIGHT COUNTRY)」

10月20日(金) 開場18:00/開始19:00
予約:2,000円 当日:2,300(ともに1Drinkつき)※ハローウィンの扮装の方は、500円引き!
(出演)AKIRA(ミュージシャン・アーティスト・作家)、ララリーヌ(ボーカリスト)、ねたのよい(サイケデリック・バンド)、マツイサトコ(弾き語り)、フーゲツのJUN(ポエット・MC・DJ)。
会場:ライブ・バー水族館(新宿区百人町1-10-7 11番街ビルB1)
問:03-3362-3777(水族館)http://naks.biz/suizokukan/
主催:電脳・風月堂 http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/
問い合わせ/予約メール fuugetsudo@yahoo.co.jp
予約専用携帯(夜のみ)/090-7824-5382


 髪がヘビになった男(AKIRA)、刺青の男(ねたのよい)、平成の笠置シヅ子(ララリーヌ)もしくはヘビおんな! 玉乗りの少女(マツイサトコ)も歌い出す! MCは骸骨男か、吸血鬼(フーゲツのJUN)か?!
 出演者たちが、ビザール(怪奇)な面々(失礼)!
 これは、そのままハローウィン!
 大道芸か、見せ物小屋か? それとも世紀のサーカスか?
 連続開催60回! 「10月の国」がやってくる!
(予約メールで300円引き、さらにハローウィン扮装で500円引き!!)

(出演者HP) 
【AKIRA】
アキラマニア http://www.akiramania.com/
NEW天の邪鬼日記 http://akiramania.ameblo.jp/

【ララリーヌ】http://lalaleene.net/

【ねたのよい】http://page.freett.com/netazoku/http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/
風雅遁走! http://angura.blogzine.jp/fugue/



「13日の金曜日」~~恐いですよ……

2006-10-13 23:44:29 | コラムなこむら返し
 06年の10月は不思議な月だったと記憶されるかも知れない。秋だと言うのに台風が来た。上陸はしなかったが、はげしい風雨に列島全体が翻弄された。その台風は6日の中秋の名月を直撃した。そして、その翌日の7日十六夜の満月は見事なくらい晴れ渡った。それから、三日間秋晴れが続き、本来なら「体育の日」であった10日など夏を思わせる暑さだった。この三日間に「運動会」をおこなったところがあれば、大当たりだった。ウチでは、9日の祝日(体育の日)に近所のお百姓さんの畑でおこなわれた「イモ掘り」に参加した。昨年、感じの悪い幹司をやった催しだが、今年はなにもやらなかった。ただひたすらイモを掘り、写真を撮り、畑でつくった大学イモと水煮のサツマイモを食べただけだった。
 この畑は、近所の保育園の子どもたちにも解放されて、今月末にイモ掘りをやり、TVの取材が入るとか。いわば、その予行練習をかねていたのか、保育園の保育士や、園長まで家族をつれて参加し、総勢50名強のあなどれないイベントだった(笑)。

 現在も新しい台風18号が小笠原群島をかすめている。本土への影響は、まだたいしてないのだが……。さらに、今日はひさかたぶりの「13日の金曜日」である。ちと、覚えていないが13日の金曜日があったのは、だいぶん前だったような気がする。ただ、理論的には13日の金曜日は、毎年1回以上はある。月の第1日目が日曜であれば、13日は金曜日になる(当たり前だね)。キリスト教圏では(主にアメリカ、イギリス、ドイツなど)、この日は極力なにもしないことで経済も打撃を受けるらしい。「13日の金曜日」には消費も落ち込むのだ。

 そもそも「13日の金曜日」がなぜ忌み嫌われるのかと言えば、はっきりとした答えがある訳ではないようだ。ジェイソンがひとを殺しに来る訳ではない。それは、1980年以降のスプラッター映画の上でのことだ(とはいえ、この映画は恐怖心を数倍にも増幅することに貢献した!)。
 「13」が忌み嫌われる不吉な数字だと言う根拠は、どうやら「最後の晩餐」に集った12人の使徒とキリストの数であるらしい。まるでダヴィンチ・コードみたいな話だが、ダヴィンチの有名な絵画にも13人が集結している。
 そして、そのキリストが処刑された日が金曜日だったというのだ。「13日の金曜日」には、明確な歴史的裏付けというものがあるような話ではないようである。

 さて、ボクはこの日の最後に「13日の金曜日」にふさわしい買い物をしてしまった。そのことを書いておこう。23時近くに書店にはいったら小池寿子さんの書物を見つけてしまったのだ。文庫本で求め易かったので、すぐ買ってしまった。このひとの本と言うか監修した展覧会などに行っているボクは、中世西洋の「死の舞踏」などの図象の解説にいたく影響を受けてしまった。国学院大学の教授にして美しい方なのに、研究しているのは「死の図象学」なのだ。『死を見つめる美術史』(ちくま文庫)。今月の新刊だった。まことに、10月の「13日の金曜日」にふさわしい買い物だった(笑)。