これからクロード・レヴィ=ストロースについて書こうと思うのだが、きちんとした学問をおさめた訳ではないボクには(ボクは高校しか行っていない)、手に余ることに違いない。それなのに、なぜ「現代知性の巨人」と呼ばれる人物を取り上げようと言う気になったのかと言えば、70年代はじめの頃、当時、一種の思想的流行であった構造主義に御多分にもれずイカれてしまった一人として、この「構造主義の父」とも言われるレヴィ=ストロースが、11月28日にめでたく百寿(もしくは百賀)を迎えたことを慶賀したいと思ったからである。これは、当然、勝手なお祝いの表明であり、御本人には届くものではないことを充分承知の上で書くものです。
レヴィ=ストロースは、ボクなどには難解すぎ、だから充分に内容を理解している訳ではないのだが、それでもかって「家族とは何か?」を考える機会(ある「会」での勉強会でレクチャーした)があったとき、レヴィ=ストロースのインセスト(近親相姦)タブーと親族の基本構造の分析が考えをまとめる際の、道具になってくれたことがあった。それでも『親族の基本構造』という書物は、現在手に入る翻訳書でも本文800ページにおよぶ大部なもので、通読するにも手に余る。それに、その頃はまだ翻訳は出てなかったのではないかと思う。だから、ボクが参考にしたのは解説書であり、そのダイジェストだった訳だ。
まともに読んだと言えるのは、これはひとつの紀行文の体裁をもったレヴィ=ストロースの良く知られた著作である『悲しき熱帯』である。そしてこの著作はその読み易さにも関わらず、その後のレヴィ=ストロースの思想的展開のエキスのようなものを含んだ著作であると言えると思う。
実際その著作はレヴィ=ストロースにとっても記念碑的著作でもあった。というのも『悲しき熱帯』は、書かれたのは1954年(出版1955年)で、それは博士論文でもあった『親族の基本構造』(1948年、出版は翌年)の後に書かれたものなのだが、その中味はその20年前の1935年、サンパウロ大学の講師に誘われ(それまではレヴィ=ストロースは高等中学<リセ>教師だった)はじめてブラジルに渡り、休暇を利用して先住民インディオの村を訪ね、その翌年体制を整えて6ケ月の人類学的調査というか、旅をするその顛末と見聞を書いた著作なのである。それは、主にマットグロッソ州の奥地の森に分け入り、河を遡る探検のような調査行で、現在ならフィールドワークと呼ばれるだろう旅だった(レヴィ=ストロースは当時27歳の青年期)。
『悲しき熱帯』の調査行は、その後レヴィ=ストロースに「野生の思考」(栽培思考ではない、類推に基づくの感覚的思考。同名著作は1962年)という概念を芽生えさせる。『構造人類学』(1958年)の誕生である。
ところで、この著作はボク自身にインディオの存在と、その文化を生き生きと伝えてくれた著作でもあった。いまでこそ先住民の存在や、生活ぶりは日本人探検家である関野吉晴や、地球環境サミットに登場したことで知られるが(もしかしたらNHKの『未来への警告』という番組のおかげだったのかもしれないが)、それ以前は「世界残酷物語」(ヤコペッテイ監督が確立したモンドものと言われる「記録」には値しないヤラセ映画)レベルでの「奇習」や、「野蛮」という見世物的意味以外では知られていなかった。
「地球空洞説」や、「アトランティス」などの奇想の大好きだった少年時代、間借りしていた部屋の廊下には黒沼健の著作や『別冊実話特報』(昭和30年代に双葉社から発行されていた)が詰め込まれていて、それまでマンガとSFのファンだったボクは引き込まれてしまった。その書棚に並んでいたそれらの本や雑誌で読んだ数々の先住民やアフリカの人々の「奇習」は、ボクをすっかり魅了してしまったのだ。
『悲しき熱帯』は、ボクの内に醸造された「未開人」のイメージが、偏見で、差別的なものだったことに気付かせてくれた書物のひとつだった。そこに記述され、写真で記録され、そしてスケッチで写し取られた図表(顔面塗飾など)は、リアルに地球の裏側に生きる先住民の尊ぶべき文化を教えてくれたのだった。
そう、写真???『悲しき熱帯』には、レヴィ=ストロースによるフィールドワーク的写真が掲載されている。もちろんセレクトされたわずかな写真だが、魅力的な写真だ。そして、その写真をメインに構成したもうひとつの『悲しき熱帯』とも言うべき著作が『ブラジルへの郷愁』(1995年)である。
レヴィ=ストロース博士! 僭越ながらあなたに百寿のお祝いを述べさせていただきます。最近『レヴィ=ストロースの庭』(港千尋/NTT出版)というあなたをその私邸にお訪ねした写真エッセイの本で、あなたの最近のお姿と素敵なお屋敷を拝見いたしました。100歳を越えてもあなたの知性はすこしも衰えることがないとか! あなたは、もしやフィールドワークの過程でインディオに不老長寿の薬草を煎じて飲まされたのではありますまいか?
今後ともの、あなたのますますの御健康と長寿をお祈りするものです。
(ついでながら、わたくしも100歳まで生き、百寿のお祝いをするつもりでおりますことを申し述べておきます(笑)。)
写真は「みすず書房」のサイト「レヴィ=ストロース生誕100年」より→
http://www.msz.co.jp/news/topics/Levi-Strauss100.html