●オープンマイク・イベント/TOKYO POETRY RENAISSANCE
E.G.P.P.Nova!/Step131
テーマ:無頼派阿佐ヶ谷気分~70年代と言う空気
2012年6月13日(水)開場19:00/開始20:00
参加費:1,000円(1Drinkつき)
MC:フーゲツのJUN、梓ゆい
(出演予定者)フーゲツのJUN(ポエッツ)、梓ゆい(ポエッツ)、bambi(スピリチャルトーク)、藤木吾呂(お笑い)、ココナツ(うた)、よねやま・たかこフラワー(うた)ほか……エントリーしてくれたあなた!
会場:ライブ・バー水族館(新宿区百人町1-10-7 一番街ビルB1)
問:03-3362-3777(水族館)
→http://naks.biz/suizokukan/
主催:電脳・風月堂→http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/
70年代なかば、政治の季節、革命の熱気が去ってゆくとともに当時の若者たちはそれまでのアングラカルチャー、カウンターカルチャーの中心だった新宿から潮が引くように、近辺の個性的な街へ移動していった。中央線で言えば、高円寺、阿佐ヶ谷、吉祥寺、西荻、国分寺や私鉄で行けた下北沢などへ!
そしてそこにロック喫茶や食べ物屋や八百屋を作ったり、生協活動や自らの手で食糧を得るために百姓に身を投じたりした。レコードショップや古着屋、リサイクルショップという生き方もあった。
政治の季節で挫折をかかえた若者もいたろうが、なにより多かったのは「もうひとつの生き方」、あらたな世界を自分たちの手で作り出し、自然と共生するエコロジカルな生き方を求め、それが世界を政治的変革とは違う意味で、変革する身の丈にあった方法だと気付いたことだった(エコロジーという言葉も概念もまだ一般的ではなかった頃だ)。
当時、大気汚染や水俣病をはじめとする公害があからさまになって世相はまるで末世のように暗かった(東京駅そばのチッソ本社前の座り込みには「怨」と書かれたムシロ旗が並んだ)。富国強兵に根を持つ産業世界がそれまで見て見ぬ振りをして、生産工場や地域・地方に押し付けたその長い重いツケが業病のような姿をして直接住民に健康被害をもたらした。
時代は総じて、人間がその経済活動の中で破壊してきた人間自身や、自然、環境を見直し、それらを回復癒してゆく時代に入っていたかのように今日からは見える。
今回、そのような時代の70年代の阿佐ヶ谷にスポットを当てる。そこには、当時、永島慎二氏が住まい、彼を慕って多くの漫画家志望の青少年が阿佐ヶ谷に日参した。青少年が憧れる対象が、それまでの文学者からマンガ家へ、そしてロックやミュージシャンに移ってゆくその一時期に阿佐ヶ谷は聖地のようだった。
タイトルはその中でも当時、当代きっての無頼派を気取っていたと思われる安部慎一の『美代子阿佐ヶ谷気分』のモジリである。安部は『ガロ』を主な舞台として暗く陰惨でエロい彼自身の「同棲生活」を私小説のように描いたマンガ家である(2009年映画化されている)。それも「時代」を逆行するかのように、女をもてあそび、バンカラな貧乏文学者のように精神を病む生き方を好んだのだった…。
「阿佐ヶ谷の/彼の部屋であたし/平和よ」
一般オープン・マイクにエントリーなさる方には、このテーマ設定にしたがう必要はありません、御自分の表現.テーマで挑戦してください。
?ポエトリー、うた、バンド問わずフリーエントリーが可能です!
事前エントリー専用BBS(TOKYO POETRY RENAISSANCE/EGPP100 BBS)にエントリー表明を書き込んでください!→http://8512.teacup.com/5lines/bbs
E.G.P.P.Nova! MIXI内コミュ→http://mixi.jp/view_community.pl?id=230706
<イラスト>安部慎一『美代子阿佐ヶ谷気分』(ワイズ出版)より
E.G.P.P.Nova!/Step131
テーマ:無頼派阿佐ヶ谷気分~70年代と言う空気
2012年6月13日(水)開場19:00/開始20:00
参加費:1,000円(1Drinkつき)
MC:フーゲツのJUN、梓ゆい
(出演予定者)フーゲツのJUN(ポエッツ)、梓ゆい(ポエッツ)、bambi(スピリチャルトーク)、藤木吾呂(お笑い)、ココナツ(うた)、よねやま・たかこフラワー(うた)ほか……エントリーしてくれたあなた!
会場:ライブ・バー水族館(新宿区百人町1-10-7 一番街ビルB1)
問:03-3362-3777(水族館)
→http://naks.biz/suizokukan/
主催:電脳・風月堂→http://www1.ocn.ne.jp/~ungura/
70年代なかば、政治の季節、革命の熱気が去ってゆくとともに当時の若者たちはそれまでのアングラカルチャー、カウンターカルチャーの中心だった新宿から潮が引くように、近辺の個性的な街へ移動していった。中央線で言えば、高円寺、阿佐ヶ谷、吉祥寺、西荻、国分寺や私鉄で行けた下北沢などへ!
そしてそこにロック喫茶や食べ物屋や八百屋を作ったり、生協活動や自らの手で食糧を得るために百姓に身を投じたりした。レコードショップや古着屋、リサイクルショップという生き方もあった。
政治の季節で挫折をかかえた若者もいたろうが、なにより多かったのは「もうひとつの生き方」、あらたな世界を自分たちの手で作り出し、自然と共生するエコロジカルな生き方を求め、それが世界を政治的変革とは違う意味で、変革する身の丈にあった方法だと気付いたことだった(エコロジーという言葉も概念もまだ一般的ではなかった頃だ)。
当時、大気汚染や水俣病をはじめとする公害があからさまになって世相はまるで末世のように暗かった(東京駅そばのチッソ本社前の座り込みには「怨」と書かれたムシロ旗が並んだ)。富国強兵に根を持つ産業世界がそれまで見て見ぬ振りをして、生産工場や地域・地方に押し付けたその長い重いツケが業病のような姿をして直接住民に健康被害をもたらした。
時代は総じて、人間がその経済活動の中で破壊してきた人間自身や、自然、環境を見直し、それらを回復癒してゆく時代に入っていたかのように今日からは見える。
今回、そのような時代の70年代の阿佐ヶ谷にスポットを当てる。そこには、当時、永島慎二氏が住まい、彼を慕って多くの漫画家志望の青少年が阿佐ヶ谷に日参した。青少年が憧れる対象が、それまでの文学者からマンガ家へ、そしてロックやミュージシャンに移ってゆくその一時期に阿佐ヶ谷は聖地のようだった。
タイトルはその中でも当時、当代きっての無頼派を気取っていたと思われる安部慎一の『美代子阿佐ヶ谷気分』のモジリである。安部は『ガロ』を主な舞台として暗く陰惨でエロい彼自身の「同棲生活」を私小説のように描いたマンガ家である(2009年映画化されている)。それも「時代」を逆行するかのように、女をもてあそび、バンカラな貧乏文学者のように精神を病む生き方を好んだのだった…。
「阿佐ヶ谷の/彼の部屋であたし/平和よ」
一般オープン・マイクにエントリーなさる方には、このテーマ設定にしたがう必要はありません、御自分の表現.テーマで挑戦してください。
?ポエトリー、うた、バンド問わずフリーエントリーが可能です!
事前エントリー専用BBS(TOKYO POETRY RENAISSANCE/EGPP100 BBS)にエントリー表明を書き込んでください!→http://8512.teacup.com/5lines/bbs
E.G.P.P.Nova! MIXI内コミュ→http://mixi.jp/view_community.pl?id=230706
<イラスト>安部慎一『美代子阿佐ヶ谷気分』(ワイズ出版)より