60年代のなかばすぎ、たしかATG(アート・シアター・ギルド)だったと思うのだが、トニー・リチャードソン監督の『ラブド・ワン(The Loved One)』という映画を見た(制作は1965年MGM)。トニー・リチャードソンはビートルズもそのテーマを歌った『蜜の味』を監督した当時新進の「怒れる若者」世代の映画監督だった(他に『トム・ジョーンズの華麗な冒険』などなど)。この映画『ラブド・ワン』はイヴリン・ウォーの『囁きの霊園』(邦題、原題はThe Loved One1948年)を原作とする商業主義と化した葬送業者を皮肉り、「死」さえも食い尽そうとするアメリカ資本主義をグロテスクなまでの視点で描いたブラックな作品だった。そして、この作品の舞台はアカデミー賞を発信する当のハリウッドだったのである。
当たった航空券で英国からやってきた青年デニスは、盗作(「引用」と称する)も辞さないエセ詩人だった。友人の葬儀を依頼した縁でカリスマ牧師が経営する「囁きの霊園」の営業マンになる。そのことによって過剰な演出の霊園の実体や、死体防腐処理師やロケットを利用した「宇宙葬」などを知ることになる。またそれは霊園を効率の良い「老人ホーム(養老院)」に変えるための牧師の陰謀だった……。
設定もどこか『おくりびと』と似ているかも知れないこの作品で、ズブの素人のデニスは次第にそのアメリカ型の葬儀の方法を知ってゆく。観客であるボクらもまた……。
主人公のデニスが思いを寄せる女性が、死体防腐処理をした遺体に念入りな化粧を施す。老婆の顔は美しいというよりグロテスクな人形のようなものになってゆく。ここにもまたベッドの上で動けないほど肥え太った老女が豚の丸焼きにかぶりついているといった「死に至る(肉)食」というモチーフも描かれていた。
ラブド・ワン??「愛されし者」のためにかの地では防腐処理を施した遺体に化粧が欠かせない。事故死などで損傷した遺体を、安らかな顔付きなどに戻すこの技術をエンバーミング(Embalming)と言い、最近わが国でもその需要が高まったのか専門学校なども作られ、社会的に認知されてきた。
英米を含むキリスト教圏では、圧倒的に土葬であり、さらに「最後の審判」での甦りを信じているためもあるのだろうが、遺体(死体)を生前のままに納棺し、墓地に葬るのが「葬儀」の一切と言えるほどエンバーミングは欠かすことができない。
おそらくハリウッド映画人は日本的なこの「葬儀」のセレモニーの在り方が新鮮で、驚いたのだと思う。映画『おくりびと』の中で、重要な台詞を言う焼き場の隠亡という職業も不思議だったことだろう。まして、主人公大悟を演じる本木雅弘さんの「納棺師」の所作は、まるで「能」を見るような「様式美」に映ったのではないだろうか?
今回のアカデミー外国語映画賞の受賞は、そんな文化的な齟齬と、西洋に根深くあるジャパニスム的な誤解が生んだ幸運だったのではないのかと思えてならない。
もちろん、映画作品としての完成度の高さが今回の受賞につながったとも思うのではあるが……。
(写真)映画『ラブド・ワン』/アートシアター(ATG)系で1967年に公開。写真はそのパンフ。「アートシアター」49号。
当たった航空券で英国からやってきた青年デニスは、盗作(「引用」と称する)も辞さないエセ詩人だった。友人の葬儀を依頼した縁でカリスマ牧師が経営する「囁きの霊園」の営業マンになる。そのことによって過剰な演出の霊園の実体や、死体防腐処理師やロケットを利用した「宇宙葬」などを知ることになる。またそれは霊園を効率の良い「老人ホーム(養老院)」に変えるための牧師の陰謀だった……。
設定もどこか『おくりびと』と似ているかも知れないこの作品で、ズブの素人のデニスは次第にそのアメリカ型の葬儀の方法を知ってゆく。観客であるボクらもまた……。
主人公のデニスが思いを寄せる女性が、死体防腐処理をした遺体に念入りな化粧を施す。老婆の顔は美しいというよりグロテスクな人形のようなものになってゆく。ここにもまたベッドの上で動けないほど肥え太った老女が豚の丸焼きにかぶりついているといった「死に至る(肉)食」というモチーフも描かれていた。
ラブド・ワン??「愛されし者」のためにかの地では防腐処理を施した遺体に化粧が欠かせない。事故死などで損傷した遺体を、安らかな顔付きなどに戻すこの技術をエンバーミング(Embalming)と言い、最近わが国でもその需要が高まったのか専門学校なども作られ、社会的に認知されてきた。
英米を含むキリスト教圏では、圧倒的に土葬であり、さらに「最後の審判」での甦りを信じているためもあるのだろうが、遺体(死体)を生前のままに納棺し、墓地に葬るのが「葬儀」の一切と言えるほどエンバーミングは欠かすことができない。
おそらくハリウッド映画人は日本的なこの「葬儀」のセレモニーの在り方が新鮮で、驚いたのだと思う。映画『おくりびと』の中で、重要な台詞を言う焼き場の隠亡という職業も不思議だったことだろう。まして、主人公大悟を演じる本木雅弘さんの「納棺師」の所作は、まるで「能」を見るような「様式美」に映ったのではないだろうか?
今回のアカデミー外国語映画賞の受賞は、そんな文化的な齟齬と、西洋に根深くあるジャパニスム的な誤解が生んだ幸運だったのではないのかと思えてならない。
もちろん、映画作品としての完成度の高さが今回の受賞につながったとも思うのではあるが……。
(写真)映画『ラブド・ワン』/アートシアター(ATG)系で1967年に公開。写真はそのパンフ。「アートシアター」49号。