風雅遁走!(ふうがとんそう)

引っ越し版!フーガは遁走曲と訳される。いったい何処へ逃げると言うのか? また、風雅は詩歌の道のことであるという。

ワレ路上デ発見セリ!/のれんにTシャツ

2006-02-28 23:56:50 | ワレ路上デ発見セリ!
T_shirt_noren東京は中央線のある駅の街の話である。その街には26年ほど前に3年ほど住みながらこんな名物があるなんて当時は知らなかった。もっとも、その頃はマクロビオテックにはまってかなり厳密な玄米正食を敢行していた頃なので、ラーメンのたぐいには関心を示さないようにしていたという事もあるかも知れない。
それとも、その名物はボクがその街に住んだあとにできたのかもしれない?
その名物の名称は「油ソバ」という。

油ソバを御存知でない方もいるかもしれないから、一応それは汁のないラーメンであると述べておいて、この油ソバ自体へのウンチクは今日のテーマではないから、後日にゆずりたい。
それに、食のテーマは直接には路上には関係してこないだろうから……。いや、屋台で食べるものならこのテーマにはふさわしい。ま、これはヒントです。

今日、ボクが書きたいテーマは先日、この店に食べに行って出会ったことなのである。というか、厳密には店に行けば、誰でも気付くことなのだ。

どうやら、その店ではオリジナルのTシャツをつくっているらしい。ただ、デザイン的にいい出来かと言えば、まぁ、写真を見て判断してもらおう。
ために(笑)、売れ残ったのか店の前に2着ならべてのれんにしているのである。
「ABURA」と朱描きしてあるのが、いま世界を席巻しているアラブ的で素晴らしい。あ、あれはアブラか?

しかし、アラブ問題はアブラ問題である。こんな小さな店ののれんから世界が見えるのだ!
と、メチャクチャなことを言っておいて、このTシャツがクリップで留めてあるだけのところに注目しよう!

しかし、今日は、はなしのテーマがのれんだっただけに、「暖簾に腕押し」だったね(笑)!

いや、「暖簾にTシャツ」でした。

<ワレ路上デ発見セリ!(9)/のれんにTシャツ>



ワレ路上デ発見セリ!/街はサファリ・パーク

2006-02-27 23:32:36 | ワレ路上デ発見セリ!
Giraffe_in_city(承前)そう、ゾウのとなりにはちゃんとジラーフ、きりんもひかえている。トウクトゥクの駐車した前庭はあたかもアフリカのキリマンジェロの野生自然動物園のようではないか。つまりそれらの動物たちが保護されたサファリパークが模されてある。

このお店は児童書専門の書店である。なかなかユニークな専門書店で、店内には人形や小物の他、世界の民族楽器等も売っている。
そして、この店のメインは出張販売なのである。近郊の幼稚園、保育園、学校等に直接絵本や児童書を売りに行く。その時、活躍するのがトゥクトゥクという訳なのだ。

ボクの知る限り、子どもたちにも好評でこの店のヒット商品では? と思ったものがある。それは、ちいさな爪切りのようなホッチキスのようなおもちゃである。紙をはさんでパチンと押すと、動物の形が切り取れるというものだった。はやい話が、はさんだ穴で動物の形が切り取れるパンチなのである。それはたしか1個500円だったと思う。その値段は子どもたちには決して安いものではないはずだったが、飛ぶように売れていた。
そして、その切り取られた図柄にもライオンや、サイなどのサファリパークの動物たちがいたように思う。

それらのパンチ穴で切り取られ、遊んで捨てられた野生動物たちが、こうして店先に集まってペラペラだった二次元から立体化し、自分達の故郷であるサファリを再現している。と、そんなファンタジィをボクは夢想したものだ。

<ワレ路上デ発見セリ!(8)/街はサファリ・パーク>



ワレ路上デ発見セリ!/わが街のトゥクトゥク

2006-02-26 23:23:46 | ワレ路上デ発見セリ!
Tuktuk_troru「絶対零度看板」もあるボクが住む街には、なんとトゥクトゥクもあるし、実際に走っているのである。はじめ、踏切りの向こうからトゥクトゥクが走ってきた時には、さすがのボクも仰天した。アタマの中はすぐさまバンコクになってしまったくらいだ。しかし、その運転手の顔を認めた時、その顔が見知った顔だったので妙に納得してしまった。いっそ子供達のもとへその車で、絵本を届けたりするんだったらフィリピンのジプニの方が派手だったじゃないかと余計な詮索をしてしまったほどである。

で、わが街のトゥクトゥクを先日見に行ったら、かたわらには象の置き物がいい具合に配してあった。これって映画にもなった児童文学「星になった少年」の影響?
でも、よく見るとその象の置き物はアジア象じゃなかった。ま、それは仕方ないだろう。だって、その脇には、あ、それは明日書くことにしよう。

(注)トゥクトゥクは三輪タクシーです。タイでは、日本でとんと見かけることのない三輪自動車がトゥクトゥクという三輪タクシーとなって、排気ガスを撒きちらして走っています。風を切ってトゥクトウクに乗車し、運賃交渉をするのを旅の無上の楽しみにしているひとも多いことでしょう(笑)。

<ワレ路上デ発見セリ!(7)/わが街のトゥクトゥク>




ワレ路上デ発見セリ!/絶対零度看板(続報)と八千アクセスめ

2006-02-25 23:55:36 | ワレ路上デ発見セリ!
K0_kanbanロラン・バルトの「零度の文学」の、ひそみにならって「絶対零度の看板」と名付けた看板は、コメントの書き込みで御指摘があった通り、この看板のあったマンションから整骨師が退去し、店を閉めたので裏返されたものに違いない。でも、それだけでは「絶対零度の看板」の意味はない。というか、意味は初めから失っているものなんだが、もうひとつの看板は裏返すとますますその「絶対性」を発揮するのに液晶のようにバックライトで看板の文字を浮き立たせているのである。
これは、マンションの自転車置き場のひさしに設けられた看板なのだが、街灯の代わりをかねているのか夜には点灯している。そのため、「絶対看板」はいっそうその存在をアピールし、あざやかに宣伝しているのである。
おそらく曇ガラスの裏側に描かれたものが、表になったためよりあざやかになったのだろうが、そのあざやかさはますますこの「絶対零度看板」の存在を断固として主張しつづけるのだ!

<ワレ路上デ発見セリ!(6)/絶対零度看板(続報)>

フーゲツの JUNさん、こんにちは。
mixiからのお知らせです。JUN さんのページ全体のアクセス数が8000アクセスを超えました。記念すべき8000アクセス目の訪問者は姉妹コミュ誕生です! さんでした!

姉妹コミュ誕生です!さん、ありがとう!

ブログ『風雅遁走!』自体としてのアクセスは
閲覧ページ数合計: 43609
1日あたりの平均: 92.59
今週: 663
でした。



ワレ路上デ発見セリ!/絶対零度の看板

2006-02-23 23:57:29 | ワレ路上デ発見セリ!
Mirror_ad鏡文字というのは、ちょうど裏側から透かして読める文字、鏡に写せば正像となって読める文字の事だが、ミステリーや謎かけには使われても、まさか多くの宣伝媒体として町を埋め尽くしている看板には使われることはないはずだろう思っていた。ところが、それがあったのだ。それも、ボクにとってはもっとも身近なわが町に!
ボクが知る限りこの看板は、もう数年にわたって営々と見事な宣伝効果をあげている!
もうボクなど気になって気になって、この町の看板の中で一番みている看板ではないかと思う程である。それに、どうやらその看板が宣伝し、誘い掛けるものがどうやら中空というか、空虚な実体をともなわないものらしいと推測すればするほど、ボクの好奇心は増大するのだ。

そう、なんと言えばいいのだろう! あのロラン・バルトの構造主義的な見事な論理構成を彷佛とさせてしまうのだ。その実用的な役目から解き放たれた看板、読ませ宣伝するという「看板」の役割からさえ自由になった看板。そこに掲げられ、あることだけの純粋なる存在!
中心が空虚なる非実用的な有り様!
これをロラン・バルトの「零度の文学」の、ひそみにならって「絶対零度の看板」と名付けたい(笑)!

<ワレ路上デ発見セリ!(5)/絶対零度の看板



ワレ路上デ発見セリ!/踊り場のシーサー

2006-02-22 23:31:17 | ワレ路上デ発見セリ!
Seasir_stepシーサーを御存知だろうか? 沖縄各地で赤瓦の屋根に君臨している陶製の置き物だ。これは、家の中を窺おうとする「魔」を払う「魔除け」の意味があるようで、沖縄を旅すれば誰もが印象にとどめるだろう風習のひとつだ。
シーサー自体は「民芸」と呼んでもいいのではないかとボクは思っている。民衆の生活の中に、溶け込んだアートと言っていいだろうと思っている。

伝統的なシーサーは獅子の姿をしているが、内地(ヤマト)で言えば瓦の棟のところに取り付ける「鬼瓦」(これも「オニ」だった!)に当たるものかも知れない。ただ、「鬼瓦」は、立派な日本瓦の家のみだが(それゆえ、今は少ない)、「シーサー」は、貧しいひとの家にも、コンクリートにも、それこそマンションであろうとも取り付けるのは可能だ。
かく言うボクも道に張り出したところに、ネットで取り寄せたシーサーをつけている。赤瓦と白い漆喰の取り合わせの沖縄の民家の屋根の美しさにはかなうべくもないのだが……。

写真のシーサーは階段の踊り場付近で手すりの上に鎮座して、外部を端倪(たんげい)していた。どうやら、このお宅の二階部分の入り口を守り固めているようであった。
なかなかの面構えだ。本場の沖縄の方が、伝統的なシーサー(それはどこか唐獅子、チャイナ風である)がオリジナルや愛嬌のあるものに取って変わりつつあるのに比べ、ヤマトのシーサー愛好家の方が伝統的なデザインを好むようである。
全身真紅に塗られたこのシーサーの迫力は泥棒、訪問販売はもちろんお客さんも帰してしまうのではないかと思われた(笑)。

<ワレ路上デ発見セリ!(4)/踊り場のシーサー>



ワレ路上デ発見セリ!/毘沙門天前の鬼っ子たち

2006-02-21 23:59:26 | ワレ路上デ発見セリ!
Oni_childrenそうか、節分で追い払われたオニたちはこんなところで寄り添っていたのか! と、思わせてしまうほどこの小鬼たちは愛らしかった。
オニを愛らしく表現したものは馬場のぼるの絵本、アニメ「日本むかしばなし」くらいしか思いつかないが、とかく悪役としてひとびとの、とりわけ何をしているのか分かったもんじゃない善男善女の厄(やく)をかってに負わされて一方的に追放されるオニにボクは同情的である。
そのことは「節分」あたりによく書くことなのだが、そんな巷から追い払われたオニたちが神楽坂の毘沙門天近くの店舗の軒先きに集まっていることは知らなかった。
新旧入り交じった坂の町である。どこか色町の名残りもただよわせる町である。
子オニたちも、こころなしか赤オニが多いのはこの町の色香に惑わされたのであろうか?
路上を歩き回ることによって、見い出した露台の商品。そうではあるが、ほとんど無為のようなたたずまいが自分を結び付けて「商品価値」のなさそうなところに価値を見い出したボクでした。

<ワレ路上デ発見セリ!(3)/毘沙門天前の鬼っ子たち>



ワレ路上デ発見セリ!/路上の「監物」

2006-02-20 22:26:58 | ワレ路上デ発見セリ!
Name_katabutuいや、最初にお断り申し上げますが、監物さま! 一度もお目にかかったことのないあなたさまに何の怨みもある訳ではありません。このようなことで、お子さまがいじめられることがないように祈ります??いや、すみません。道を歩いている時、発見して、思わず吹き出して表札に頭を下げてしまいました。というか、監物さまの御先祖様のイメージまでフツフツと湧いてきて、名字ひとつでこんなに遊べるのか! と、これもあらたな発見だったのです。自分が、ムダに散歩をしたり歩き回っている訳ではないということの証明になったような気がして、とてもうれしかったのです(それと、これとがどうつながるのかは、ボクも説明できませんが……)。

決して、揶揄(やゆ)している訳でも、中傷している訳でもありません。世の中には御手洗という名字の方もいらっしゃるのですから……(これは、一般には「みてあらい」と読みます)。
監物さま! 読みは「カタブツ」でよろしいのですよね。それとも「カンブツ」なのでしょうか?
しかし、敬服いたしました。素晴らしい名字でございます。
その素晴らしさゆえに、ここで紹介させていただきました。お許し下さいませ。
これからも、末永く世の中でそのお名前をユーモラスに流布なさいますよう、お祈り申し上げます!

<ワレ路上デ発見セリ!(2)/路上の「監物」>


ワレ路上デ発見セリ!/屈曲部

2006-02-18 00:48:06 | ワレ路上デ発見セリ!
Road_sight_1東京は小金井市の一画で発見したものである。住宅の道路部分に小さな植え込みが作られていてその土盛りの境のようなものとして使われていた。材質はコンクリートの四角い棒状。そこにレリーフのように彫り込まれた形で「屈曲部」の文字が浮き出しています。で、ここがちょうど道の曲り角、つまり「屈曲部」なんだが、それをわざわざ表示するために使った訳ではないでしょう。
それにしても、見事に「適材」を探してきたものだと思うが、そもそもこれはなんの用途で使われたものなんだろう?
ちなみにこの民家の近くには、JRの高架線工事のための飯場や、高圧変電所などがある。なにか、そのようなところに使われていたものを家主が探してきて、リサイクルしているのだろうか?
それにしても、これは笑えた。

(このシリーズは「発見物」があった時に、随時掲載します。「路上観察学」というジョークのようなものがありますが、ま、非常に似たものではあるでしょう。)
<ワレ路上デ発見セリ!(1)>


高天原~~沈没!(共謀罪ナイト)

2006-02-17 00:09:52 | 歌え! 叫べ! 世界を切り裂いて……
Loft_koybo_night_1「共謀罪に反対する表現者たちの会」が主宰する『共謀罪ナイト』に出演してきました。この日は、いみじくも治安維持法違反で特高(特別高等警察=共産党など天皇制に反対したり、革命を画策する団体や個人を取り締まり、思想弾圧をすること目的にして作られた戦前の秘密警察)に拘束され、取り調べの拷問で惨殺された小林多喜二(『蟹工船』などを書いたプロレタリア文学者)の命日の5日前であり(小林多喜二が殺されたのは、1933年2月20日)、またこの日の朝刊には自民党が共謀罪を暴力団などの組織犯罪集団にかぎるという修正案を民主党に提示した旨の新聞報道があった日でした。

さて、「共謀罪」をめぐるパネル・ディスカションには法学者、弁護士、ライターなど入れ代わり立ち代わりたくさん出演しましたが、社民党の保坂展人議員が駆けつけてくれたのが印象に残りました。しかし、内申書裁判や校則の問題をやっていた頃の保坂氏に比べ(と言ってもあれは20代そこそこでしたか?)すっかり議員顔になっていました(保坂氏は現在、「NUKED LOFT」の方で月イチのトークライブをもっていることが分かりました)。
この日、ディスカッション以外で表現したのはポエトリー・パフォーマンスのボクとZAKIさんの歌でした。さらに、この日の模様は逐一インターネット中継されたそうで、これは口で言うのは簡単ですが、機材や技術の問題でクリアするのが実際むずかしいにもかかわらず実現させただけでもたいしたものです(our planet-TVの技術協力)。さらに、視聴者との双方向を目指すために、掲示板(CGI)までつけたらしく、そこに、いま「タカマガハラ~~!」と叫んでパフォーマンスしたのは誰だという問い合わせがあったらしいです。

「高天原~~沈没!」は、この日のポエトリーの締めのフレーズです。その実、この日覚えた鹿児島弁「おいどま腹けちょっと~~!(オレたちは怒ってるぞ!)」も叫んだのですが……。
この鹿児島弁は鹿児島県警が起こした選挙違反デッチ上げ裁判でえん罪を主張している川畑さんという方が、叫んだ言葉でこの事件は鹿児島県の志布志で起った事件で、鹿児島では知らない人がいないほどの事件なのだそうだ。しかし、その事件の説明の過程で語られる鹿児島弁が実にユーモラスで、なんだか深刻な話なのに思わず微笑んでしまいそうになる(電話で会場にやり取りが流された)。
ああ、櫻島が見たくなったなぁ!

ということで、全然イベント内容の説明になっておりませんが、この前代未踏の「共謀罪」この国会の法務委員会で最初に審議される可能性があるとか、みなさん、この悪法を成立させないように声をあげましょう!
行動にうつせない者は、せめて自分のブログやネットの日記に、疑問や疑念を表明しましょう。このような法案が審議されていることを知らせましょう。

この日、知ったのだが、なんとこの「共謀罪」が成立すると615もの犯罪(罪状)に関連するらしい(この日の前まで、550以上と認識していた)。で、その実、肝心の法務省もよく把握していないらしい。

まさしく、この意味でも驚くべき悪法です。このあらたな「共謀罪」の制定は、かっての「内乱罪」や「不敬罪」で、人間の思想、信条さえも取り締まって多数の拷問死、獄死に追いやった治安維持法と同じ、人間の内面の自由、イマジネーションの自由、ジョークや冗談やタメ口の自由さえも取り締まるとんでもない法律だと言わねばなりません。

(この日、法学者も会場からのボクの質問に、それから主催のライターの方も「治安維持法」とのアナロジカルな関係を軽視しているようにしかボクには見えなかったが、意見が違っても、解釈が違っても反対の行動や、表明はともにします。)

(写真_2)「タカマガハラ(高天原)~~沈没!!」この日のボクのポエトリー・パフォーマンスです。今回、「盗聴法」や「個人情報保護法案」のようにはマスコミ関係の対応も無関心のように見えます。この法案こそこの国を「戦前」に引き戻すもの(あるいは、あらたなる「戦前」へひっぱっていくもの)だとボクは危機意識を持つのですが……。(カメラ:西村仁美)



2/15「共謀罪ナイト」に出演します!

2006-02-12 23:25:46 | イベント告知/予告/INFO
Seqt0101『共謀罪』という悪法が3年ごしで、継続審議されているのを御存知だろうか?

現行の刑法では犯罪事実が実行・成立した時に、処罰される訳ですが、現在国会で継続審議されている『共謀罪』は、実行行為がなくとも刑の上限が4年以上とされている犯罪(おおよそ550以上もの罪に適用)について、その犯罪を相談したり、話し合ったりしただけで2~5年の罪に問われると言うとんでもない法律です。
これは、そもそも国際的な組織犯罪を防ぐための国連批准による国内関連法の整備と言う名目ではじまったのですが、このような法律が成立すればまさしく「1984年」(J・オーウェル)のような息も詰まるような監視社会が到来するのは必至でしょう。

かって『治安維持法』によって、密告、ウワサ、挙動不審で「予防拘束」し、「非国民」はては「反逆罪」で多数の名もなき市民を、知識人をそして運動家を文学者を逮捕・拘束し罪なきままに死にまでいたらせた「特高警察」の時代がやってこようとしています。
反戦の意志はもちろん、ビラ巻きの相談や、労働運動の相談や、銀行強盗のジョークまでもがうっかりすると犯罪者にしたてられ逮捕されるかも知れないと言うとんでもない時代がやってこようとしています。

ブログでこんな訴えももしかしたら「共謀罪」に仕立てられるかも知れません。
このような時代がやってこようとしている事に、危機感をもったフリージャーナリスト、記者、ミュージシャン有志たちが昨年「共謀罪に反対する表現者たちの集い」という会をつくり、共謀罪の危険性や悪法ぶりを訴え、10月22日にはじめての集まりを渋谷宮下公園でもちました。
その集会も公安警察数十人が取り囲む中でおこなわれるという権力の反対の声をあげるものたちへの警戒ぶりが露骨にあらわれているものでしたが(この集会の記録は会の手でDVD化され、ネット販売および新宿「模索舎」で扱っています)、ふたたび国会審議がなされる中、以下のようなギャザリングを新宿「LOFT PLUS ONE」で持つことになりました。
これに、ボクもふたたび出演します。たいしたことのできないボクのせめてもの意思表示、表現者のひとりとして「共謀罪」の成立する「戦前」にこの国がふたたびならないためにも……。

平日ですが、お勤めの帰りにでも気楽にお立ち寄り下さい!

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『共謀罪ナイト』
2006年2月15日(水)
新宿ロフトプラスワン!!

来たる2月15日(水)の夜7時より、新宿のロフトプラスワンにて「共謀罪ナイト」を開催します!!
「共謀罪に反対する表現者たちの会」主催イベントです。
(※なお、当日は会場からのインターネット中継も実施の予定です。)
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ロフトプラスワンを救え!!
表現者たちの共謀罪ナイト

再び国会審議が始まった共謀罪。こんな馬鹿げた法律が通ったら、ロフトプラスワンは閉店必至、客も店員も一網打尽にみな逮捕(?)。政府や警察は何考えてんだ??ということでみんなで問題点を語り合いましょう!
【出演】寺澤有、三宅勝久、沢田竜夫、岩本太郎(司会)ほか。国会議員やマスコミ関係者にも出演要請中
【開演】19時00分(開場は18時30分)
【料金】1000円(2drink込み/3杯目以降と料理は別途支払いとなります)


http://wave.ap.teacup.com/kyobozai/

なお、わたくしフーゲツのJUNは、21:30~40の出演枠でポエトリーリィディングで「共謀罪」への反対の意志を表現します!



「ヴィオロン」のためいき

2006-02-11 22:56:12 | 曲水の宴/う・た・げ
Tomo_violin阿佐ヶ谷の「ヴィオロン」へ何年ぶりかで行く。阿佐ヶ谷自体が久しぶりだ。そして、「ヴィオロン」はその懐かしい阿佐ヶ谷の中でも、またさらに懐かしい場所の近くにある。
今週のなかば、なぜそんなところへ行ったかといえば、1年ほど前まで、よくボクのポエトリーの音楽サポートをしてもらっていたTOMOが岡ちゃん主催のライブに出演することを知らされたからである(TOMOは岡ちゃん、ガンジーさんとともに一昨年秋の関西ツアーにつきあってくれたミュージシャンだ。この詳細は「凶徒関西ツアー報告」を御覧下さい。そして、ボクは彼のファーストアルバム「太陽と月」(DHARMAレーベル)のジャケットデザインをした。)。

TOMOは、その中近東風の、あるいは中央アジア風の音楽性が、ボクのお気に入りでまた楽器のコレクション自体でも珍しい楽器をもっている。そして、それらの楽器を見事に弾きこなす。
もともとギターリストだから、ギターはむろんのこと弦楽器のみならずハルモニウムも弾きこなす。そうそう、ヴィオロンつまりヴァイオリンも弾いていた。さらには、日本の古楽器だろう筑前琵琶も弾く。この日も、披露していた。さらに、TOMOにとっては声も楽器である。 TOMOはホーミーさえも自力でマスターしている。

いつもならクラシックの名曲がレコードで流れるこの静かな店内に、TOMOのつま弾く古楽器はアコステックながらも奇妙に似合っていた(TOMOは越前琵琶の語りのようなうたを聞かせた)。この日、使ったのはこの越前琵琶とサズ、ハーディ・ガーディだった。

次回、E.G.P.P.100のゲスト・ミュージシャンとしてTOMOを呼ぶことにした。サズでのセッションも申し込んだ。久しぶりにTOMOと掛け合いをする。御期待下さい。

(写真2)TOMO played with a hurdy gurdy at the "Violin".
久しぶりに見たTOMOのライブ。TOMOがかかえているのは、とても珍しい古楽器ハーディガーディ。ボクもその音色は初めて聴いた。




つかの間のTOKYO雪景色

2006-02-07 23:32:11 | 東京暮色/秋~冬
Snowday_tokyo今朝起きてみたら東京は雪国になっていた。深夜から降り出した雪は予報通りまたたくまに降り積もって、一面の白銀の世界が現出したのだ。立春がすぎたばかりで春もまじかと思っていた矢先だった。それでも、昼間、おもったより気温は上がらなかったのだが、朝までの白い世界はまたたくまに溶けていってしまった。首都が雪国になったのは、半日程であったらしい。
寒いのは嫌いだが(なにしろ九州生まれである)、一面の銀世界は好きだ。この世界が無垢に包まれるように感じるからだ。
かって(というか、もう大昔なのだが)このボクのことを好いてくれた少女が居て、彼女は北国の生まれだった。名前しか知らない、その街に真冬にヒッチハイクでたずねていったことがあって、ボクは凍死しそうになったことがある。それでも死ななかったのは、親切な北国のひとに助けられたからだ。見知らぬ旅人のボクに親切にもメシとアシを提供してくれたひとがいたからだ。

少女はボクに捧げた詩を書いた。ある日、いつものように「風月堂」へ行くと掲示ボード(入り口レジ脇の壁に掲示ボードが置いてあり、メッセージなどはそこに画鋲で留めておけばよかった)にボクあての封筒があった。封書の面(おもて)には赤いマジックで、「JUNへ…」と書かれてあった。

それは黒いラシャ紙にホワイトのサインペンで書かれた1編のポエムだった。ポエムの形式で書かれたラブレターだった。

………………
あなたは 死んでしまったのだと思う 雨が降り続いているから たぶん……
あなたは 鳥です わたしは 魚です
そしてふたりは 雪が降れば 会えるんです


ボクは、その詩に返答を書いた。少女に手渡したかったが、凍死しそうになって不在のままにいまだ少女に手渡されることの無かった1編の返歌を。

そして 空から涙が 涙の結晶が降ってきたとき
世界は 純白に包まれて
空と 海は 溶け合うだろう!
鳥は 魚に 魚は 鳥に なるに違いない
世界は 無垢なたましいに 包まれ
世界が 白 一色になったとき??


1967年10月の嵐の一日だった。
この返歌としての詩は、ボクの私家版の詩集(「風月堂の詩(うた)」)に収められている。