目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

脱出記~シベリアからインドまで歩いた男たち

2011-04-29 | 山・ネイチャー・冒険・探検の本

01

いったい全体シベリアからインドまで、歩いてどのくらいかかるのか?
実話であるから、すごそうだと、興味津々でこの本を手に取った。

想像を絶する過酷な状況が次々に現れる。そりゃそうだ。十分な旅費をもって、飛行機だ、鉄道だ、バスだ、車だと乗り継げるわけではない。清潔なお宿に泊まれるわけじゃないんだ。最初から最後まで歩き。お金はないから、旅の途中で必要になる、着るものや靴、食糧は材料を現地調達し、自分たちでつくる。地図もないから、太陽の位置や地形を見て、あるいは土地の人に聞いて、方角を見定めて行くしかない。風呂やシャワーも当然ないから、川が出てきたらの水浴び。毎日都合よく川には遭遇しないから、体臭プンプンの、髪やひげも伸び放題の、もうレゲエのおじさんだわな。

そもそも彼らは、なぜ、この過酷な大移動をすることになったのか。著者であるスラヴォミール・ラウイッツはポーランドの軍人だった。ソ連でロシア語ができることからスパイ容疑をかけられ、25年の懲役を言い渡されていた。そしてシベリアの収容所送り。気の遠くなるような長期間にわたる拘束と労働が待ち受けていたわけだが、彼はそれに甘んじることなく、仲間を注意深く募って、脱獄を決意するのだ。

そして周到な準備が始まる。まずはどこへ脱出するか。東コースをとり、ウラジオストクから日本へ脱出。これは出国時や極東ロシアに着いた時点で、つかまる危険性が高い。そこで、追っ手も想定外と思われた南へ抜ける超ロングコース、すなわちバイカル湖岸を通って、モンゴルへ抜け、ゴビ砂漠を通り、チベットそしてヒマラヤ山脈を越え、インドへというコースを選ぶのだ。

脱獄はいとも簡単に成就する。しかし、そこからが彼らの生き地獄(?)の始まりとなる。食糧を調達できる時はいい。それが尽きれば、すぐに飢えとの闘いだ。飢えが続いたあと、あるとき野生動物を狩って、たらふく食べた。長いこと、からっぽだった胃がびっくりして腹痛を起こす。つぎに下痢。長い移動の間、これが繰り返されるのだ。

せっかく狩った動物も、大型動物だと、その肉をすべて運べず一部はあきらめるしかなくなる。なるだけ食べて、自らの胃に収めて、肉は燻製にして、運べるだけ運ぶとなる。われわれは日に3度メシを食べているわけだが、その量たるや、大変なものだ。1日分を想像してみよう。朝何を食べたか、昼・晩は? 1日分でもかなりの体積と重量になる。移動しながら、十分な食事をとるということは、それをその場で調達するか、さもなくばすべて運ばなければならないということだ。体のエネルギーの消費量に見合う、補給の確保が難しいことがわかるだろう。必然的にどんどん痩せていく。食糧だけではなく、水もないと、死と直面することになる。ゴビ砂漠では、とうとう仲間が命を落としてしまう。

そんな過酷な状況の中での人との出会いは、読んでいて救われるし、こちらも感情移入してしまって、この人たちから食糧はもらえるのだろうかとか、何者なんだろうかとか、親切心にあふれていて食べ物をくれるのだろうかとか、そんな期待や不安を、彼らとともにしてしまう。

出会いで特筆すべきは、バイカル湖近郊の山中で17、8の少女と知り合ったことか。一緒に行動を共にすることになる。なにか虚構の物語を読んでいる錯覚にとらわれた。事実は小説より奇なりとはよく言ったもので、なぜこんなところに少女がいるんだと。映画のような展開にこの先どうなるのだろうかと、興味は膨らむ。

The Long Walk(=原題)のクライマックスは、ヒマラヤ越えだ。急峻な岩稜地帯を登山家なみに歩く。きちんとした装備もなく岩場を歩いていくから危険このうえなくて、仲間が一人墜落死してしまう。もう一歩で、インドという場所での仲間の死に皆打ちのめされる。そしてイエティか(?)という謎の2足歩行の生き物を目撃している。体長2メートルくらいの黒っぽい生き物がこちらの存在を明らかに認識しているはずなのに、下山コースにいつまでもいて、まったく逃げる様子がない。結局ラウイッツ一行はリスクを避けて迂回し、その正体はわからずじまいとなる。

彼らは1年をかけて、インドに到着した。しかしその1年の脱出行は体を蝕んでいた。30歳くらいが平均寿命だった原始人のような生活だったからね。肉体的にも、精神的にも、復調するのに1ヶ月以上かかっている。実際はこの本に書かれた以上の時間を要しているのだろうけど。それほど深刻なダメージを受けたのだ。

蛇足 『地球でいちばん過酷な地を行く』を思い出した。まあ、たんに地球でいちばん暑いところ、いちばん寒いところ、いちばん乾燥しているところ、いちばん湿気の多いところに行ってみて、そこがいったいどんなところなのかをレポートしているテレビ屋さん的なノリの本だ。『脱出記』に比べれば、ひとときの苦しみののち、また快適な現代生活に戻れることが保証されている点、ハラハラ、ドキドキはない。お気楽なルポだが、世界の過酷な場所というものがどんなものなのか、それなりに仮想追体験ができる。

脱出記―シベリアからインドまで歩いた男たち (ヴィレッジブックス)
クリエーター情報なし
ヴィレッジブックス

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