目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

草津スノーシューPart1~氷谷コース

2018-01-28 | 山行~スノーシュー

標高 約1200m 群馬県

2018年1月6日(土) 晴れ

メンバー 山の神と私

コースタイム 10:00草津国際スキー場第5駐車場10:20--レストハウス10:28--10:35天狗山クワッドリフト乗り場横「氷谷コース入口」--10:51休憩10:56--ロープ地点--迂回(いったん下降して登り返す)--林道カーブ地点11:28--ロープ地点--11:40氷谷分岐--12:00岩室--12:13広場(昼食)12:52--13:25駐車場

5:20過ぎに自宅を出発した。関越道に入ると、3連休の初日ということもあって交通量は多い。途中突然動かなくなり、もう渋滞が始まったのかと観念したが、すぐに事故現場に出くわして、直後ウソのように車は流れ出して事なきをえた。出発時間が遅かったら、この事故にやられたかもしれない。その後、上里SAで朝食をとり、渋川伊香保ICで下り、草津までの長い60Kmあまりの移動に入る。しばらく草津方面に来ていないうちに八ッ場ダムの工事はだいぶ進んでいて、それに伴う道路の付け替えも行われていた。

途中、道の駅あがつま峡に立ち寄る。幹線道路からはずれているせいか、駐車場はがらんとしていて恐ろしいほど人がいない。ここで、そろそろコンタクトレンズでも入れるかと、メガネをはずしたのだが、コンタクトを入れるのにしばらくここで格闘することになった。

 
左:草津国際スキー場第5駐車場 右:天狗山クワッドリフト乗り場横に「氷谷コース入口」の標示

それでも草津国際スキー場に到着したのは、ほぼ予定通りの10:00だった。すでに第4駐車場まで満車となっていて、第5駐車場に誘導された。車を入れて準備を始めると、直後にお隣に車を停めた若者グループもスノーシューを出していた。われわれとは違ってロングコース、たぶん芳ヶ平かお釜あたりが目的地なのだろう。思ったとおり、その後、彼らに会うことはなかった。

10:20駐車場を後にし、レストハウスで最終トイレ。山の神と天狗山ゲレンデの向かって左端に位置するクワッドリフト乗り場へ向かう。スキー場でスノーシューツアーを実施していることもあり、大きく「氷谷コース入口」の標示が出ていた。これだけ目立てば、間違うことはない。スノーシューをここで装着し、誰かがつけたトレースをたどり始める。

 
左:トレースがつづく 右:上空は気持ちのいい青空

クワッドの下を横切り、森の中へ突入していく。すぐに山の神が暑いから1枚脱ぐわといって、立ち止まった。見ると明らかに着すぎで、それでは暑いはずだと。こちらもザックを下ろして、テルモスから温かいお茶を出して一口飲んだ。ふとカメラを上空に向けてみると、気持ちよく晴れていて、青空が広がっていた。

 
左:突然ロープで道は遮られた(ロープ先のトレースは山の神と私がつけたもの) 右:ロープ位置からいったん下降してみる(いずれも復路撮影)

再び歩き出すと、前から老夫婦が下りて来た。早いなと思っていると、「ロープが張られていたので、あきらめて引き返してきた」という。状況がよくわからないまま、山の神と突き進んでいくと、老夫婦が言っていたとおり、ロープの張られた地点に出た。おかしいな。この先が崩れているのかとロープをくぐって進むと、案の定、道は寸断され谷が行く手を遮っていた。このまま渡るのは到底無理だ。いったん下って、登り返すほか向こう側には行けない。ロープのところまで戻って、山の神と強引に木々を縫って下り始めた。やがてトレースらしきものが目に入った。誰か、この辺りを歩いたのかと近づいていくと、それは動物の足跡だった。でも動物とはいえ、足跡があるんだから歩きやすいだろうと、その近辺から谷を横切り登り返すことにした。そして林道に上がる最後の急斜面は、エイヤの気合で上がる。

 
左:最初のロープ位置に戻るべく下降中の山の神 右:氷谷への分岐を発見

上がったところで林道は、ヘアピンカーブになっていた。あれ?なぜまっすぐじゃないんだと、疑問が噴出した。ここで初めてスキー場のサイトにあった「氷谷コース」のマップを取り出して、現在地がどこなのか確認した。マップによれば、氷谷への分岐はとうに通り越していて、ロープ地点は道が崩落しているため、そこから直登するように書かれていた。ロープ地点にあまりに早く着きすぎたので、新しい崩落地と勝手に解釈し、マップをみるべきと思わなかったのは失敗だった。マップに従い、カーブしている道をそのまま上方へ進み、谷筋を渡った。このとき山の神はなんなくそこを通過したのだが、私はスノーシューがズボッと雪を割ってハマり、肝を冷やした。ヘタしたら谷へ転落だった。慎重に片足を抜き、難を逃れた。

すぐにロープが下へ向かって張られている箇所を見つけ、慎重に足を下ろしていく。やがて最初の通行止めロープのところに出た。迂回作戦は徒労に終わったけれども、いい運動になった。「さあ、引き返すぞ」と山の神に声をかけ、向かって右手にあるはずの分岐に注意を払いながら、スノーシューをばたつかせ再び歩み始めた。すぐにそれらしき場所は発見できた。ゲレンデからこんなに近くてトレースがなければ、見落として当然だ。とくに道標の類もない。

 
左:トレースなし。アニマルトラッキングになる 右:最後は窪地に行き当たる

ウサギの足跡しかない雪面にスノーシューで分け入っていく。マップどおりにちょっとした広場も出てきて、もう間違いではないと確信した。やがてどん詰まりの場所に出る。この辺りに岩室(いわむろ)があるはずだと周辺を歩きまわって探す。私より先に山の神が「あった、あった」と声をあげた。

 
左:山の神が岩室を発見 右:中は真っ暗。物置小屋のようになっていた

岩の隙間に木組みされて造られた構造物があった。だいぶ入口が雪に埋もれているけれども、入れないことはない。かがんで中に体を滑り込ませると、狭いし、真っ暗だった。物置になっているようだった。

 山の神は岩室には入らず、早々に退散

お目当ての岩室を見つけて、ひとまずは達成感なるものが湧き上がり安堵したせいか腹が減ったなと感じた。そろそろお昼にしようかと岩室を後にし、先ほどの広場まで戻ることにした。それにしても誰も来ない。コースとしての魅力に欠けるからか。順調だったら、あまりにもあっけなく到着してしまっただろうから。

 
左:ちょっとした広場で昼食 右:山の神と私がつけたトレースを戻る

12:13広場に戻り、スノーシューでぐるぐる回って雪を踏み固め、レジャーシートを広げた。コンビニのおにぎりを頬ばりつつ、豚汁で温まり、人心地つく。休憩しているうちにだいぶ冷えてきて、これはたまらんとバタバタと片付け、12:52には帰路についた。山の神と私がつけたトレースを忠実にたどり、分岐を越えて、ゲレンデまでもうすぐというところで、どこかで見かけた2人組が登ってくるのが見えた。朝会った老夫婦だった。孫とゲレンデの食堂で昼食をとり、あきらめきれずにまた上がってきたという。われわれがたぶん行っただろうから、トレースがあると期待しての再チャレンジなのだろう。分岐を見つけたので、左を見ながら行ってみてくださいと伝えた。せっかく来たのだから、やはり岩室まで行かないと満足できないだろうね。

山の神と私は、そこからすぐにゲレンデに出て、スノーシューを脱ぎ、第5駐車場に13:25に到着した。今回は腰痛後(じつは今も腰痛を抱えているが)のリハビリでもあって、これでおしまいだ。宿のチェックインタイムまで、比較的空いているといわれている西の河原公園駐車場(2hまで¥550)に車を置いて、草津の温泉街を散策していた。

常布の滝スノーシューへつづく 

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草津本白根山噴火

2018-01-23 | 山雑記


草津国際スキー場 2018年1月6日撮影

今日は、びっくりした。草津本白根(もとしらね)山が噴火したニュースだ。ちょうど昨晩、草津でスノーシューをしたときの写真を整理していたところだったからなおさらだった。ちなみに草津国際スキー場をベースに歩いた氷谷コースと常布滝コース。後日アップします。

そもそも山の神と私がそこへ行ったのは、草津温泉が目当てだった。昨年末は転職をしたこともあり、思うように休みがとれず、1月の3連休で近場の温泉に行こうといって決めたのだった。まずは宿を押さえ、しばらくしてから草津でスノーシューで歩けるところはないかとWebと昭文社の山地図で探した。今回は腰痛が長引いていたこともあり、スキー場で滑ることは早々に断念し、その代わりにスノーシューメインとしたのだった。そのとき最新地図を見て、そうだ火山性地震が続いて、白根山は2Km圏内が警戒域に入っているのだったと思い出した。Webでチェックしていたときは、お釜へ行こうと思っていたのだけれども、即それはヤバいと撤回した。

なにせ大正15年の冬に起きた十勝岳噴火を小説で描いた三浦綾子『泥流地帯』を読んでいた。小説では、噴火とともに積もった雪が瞬く間に解け、泥流となって人も家屋も飲み込み、富良野や美瑛を壊滅させた。20年前くらいに美瑛のペンションに泊まったとき、オーナーのおじいさんから小説以上に恐ろしいリアルな話を聞かされたことも思い出していた。

そんな体験もあって、山の神とは、万が一噴火したときに2Km圏内にいたら、まず助からないだろうと話していた。まさか本当に噴火するとは。被災された方には、心よりお見舞い申し上げます。

蛇足ながら、ほかに、山の神と冬に行くとヤバいのではないか、絶対避けるべきではないかと話していた場所がある。それはZ王。あそこもいつ噴火してもおかしくないと思う。あくまでも私見だが。

泥流地帯 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社

 

 

 

 

 

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元祖山手七福神めぐり

2018-01-21 | 七福神めぐり

山手七福神 東京都

2018年1月3日(水) 晴れ

メンバー 山の神と私

コースタイム 11:35頃 白金高輪駅--覚林寺(毘沙門天)--瑞聖寺(布袋尊)--妙圓寺(福禄寿尊・寿老人尊)--昼食--大圓寺(大黒天)--蟠龍寺(弁財天)--目黒不動尊 瀧泉寺(恵比寿神)--15:00頃 目黒駅

目黒納め。というのも昨年9月まで在籍していた会社が目黒にある。今年は、心機一転の年。目黒と白金にまたがる6ヵ寺の七福神を巡って、きれいさっぱりと目黒とは決別することにした。


山手七福神の色紙

山の神と10:30頃家を出発し、電車で山手線の目黒駅に向かう。そこから南北線で白金高輪駅へ。駅の改札あたりに、山手七福神のパンフか、チラシかが置いてあるのではと期待したのだが、見当たらない。まっいいかと、Webで見つけた案内MAPを片手に1番出口から山の神と地上に出た。すると、いきなりなんかの建物の中で、ここはどこ?となる(ちなみに建物は高輪区民センターだった)。それでもすぐに桜田通りを見つけてひと安心する。でも今度は方向がわからない。はて、どっちだろうとお上りさんのようにきょろきょろして、たぶんこっちっぽいと歩き出したら、大当たり。交差点の信号に「清正公前」の文字が見えた。だだっ広い桜田通りを横断して、まずは覚林寺だ。門をくぐって、すぐ左手に毘沙門天はおわした。正月3日ということもあり、なかなかの人出だ。こんなに混んでいるのなら、七福神巡りは4日のほうがよかったかと、ちょっと脳裏をよぎる。お参りを済ませ、さっそくご朱印をもらう(色紙が¥500で、ご朱印は¥300)。普通なら、封筒やビニール袋などに入れてくれるのだが、剥き身のまま裸で渡された。そういやかばんの中にビニール袋があったはずと、がさごそやると出てきたので、それにとりあえず色紙を仕舞う。

 
左:横断歩道の向こうに覚林寺 右:瑞聖(ずいしょう)寺

次は、布袋さんの瑞聖寺。目黒通りに入ろうとすると、すぐ目の前に色紙を持ったおばちゃん2人組がいた。これからずっと一緒かとそのとき思ったのだが、このおばちゃんたちばかりではなく、このあと、同じ七福神巡りの方々に何度も遭遇することになる。

シェラトン都ホテルを越えて、しばらく歩いて瑞聖寺に到着した。1列に並んで布袋さんのご尊顔を拝する順番を待つ。ここでは、ご朱印をもらうのに結構な時間待たされた。そういえば、どこかのサイトでお参り前に色紙を渡しておこうとアドバイスがあったのを思い出した。こういうことかと得心。

 
左:瑞聖寺の布袋さん 右:妙圓寺の福禄寿・寿老人は残念なことに撮影禁止だった

瑞聖寺を出て、妙圓寺へ。予想以上に距離があって、行き過ぎたんじゃないかと危惧するほどだった。でも明らかに七福神巡りと思える人たちが左折していくのが見えて、後につづく。人だかりができているお堂に靴を脱いで上がる。皆参拝とご朱印待ちだ。山の神と私も列の最後尾について堂内に入った。しばらく待たされて、奥に鎮座している福禄寿、寿老人を拝することができた。

妙圓寺を後にすると、もう見慣れた目黒の街並みだ。首都高の高架下をくぐり、どこかこの辺りでご飯にしようと山の神に提案する。台湾料理の巧匠が目に入り、ここにしようとお店に入った。正月のせいか空いていてゆったりと食事ができた。お奨め!


大圓寺の五百羅漢

昼食後、目黒通りをまっすぐ進んで目黒駅を越え、雅叙園へと導く行人坂を下った。途中に次の目的地、大圓寺が出てくるのだが、目黒の会社に通っていた割には、まったくこの寺の存在に気を留めていなかった。境内に入ると、五百羅漢が盛大に出迎えてくれる。こんなすごい石仏群があったなんて、まったく知らなかった。灯台下暗しとはまさにこのことだ。

  
左:大圓寺、大黒天の奉られたお堂 中:蟠龍寺、弁財天堂内の木造の弁財天 右:蟠龍寺石窟内の石造の弁財天

参拝客でにぎわう大圓寺の大黒天をお参りしたのち、雅叙園の前を通過して山手通りに出る。歩道橋を渡って蟠龍寺へ向かう。小路を抜けるとその先にそれはあった。お堂内の弁財天に手を合わせる。顔を上げて目を細めても、残念ながらお姿は小さくてよく見えない。そのまま帰ろうとすると、お堂の横にもう一つ何かがあるのに気づいた。近くにいくと、それは石窟で、もう1体弁財天が奉られていた。傍らには一心不乱にお祈りしている年配の女性がいて、そんなにご利益があるのかと、しばし待った。順番が来て、山の神と正面に立って石窟を覗き込むと、中はかなり狭い。またもやお姿はよく見えなかった。

 
左:瀧泉(りゅうせん)寺大本堂 右:瀧泉寺の恵比寿様

最後は目黒不動(瀧泉寺)の恵比寿様だ。目黒不動といえば、五不動のうちの一つ。目黒不動のほかに、目白不動、目赤不動、目青不動、目黄不動がある。ウィキぺディアによると、密教の陰陽五行説にのっとり、5色の不動尊を江戸の運気上昇の要として配置したようだ。

恵比寿様は、瀧泉寺境内に入ってすぐのところにあった。柔和なお顔立ちの石像で、見ているだけでこちらも幸せになれそうな気がしてくる。大本堂の人出に比べれば、こちらは参拝客も少なくひっそりとしていた。お参りを済ませ、社務所でしばらく待たされたのち、ご朱印をもらい、今年の七福神巡りを終えた。来た道を戻り、山手通りから権之助坂に入る。ちょっと前まではこの辺りの店で昼メシを食べ、同僚とよく飲みにいっていたのがこの居酒屋で、などと上の空の山の神に説明をしながら目黒駅にたどり着いた。

過去の七福神めぐり:
七福神めぐりhttp://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/8d9f16337cf2cb97d013ccc74a2bc6b3
東海七福神と品川富士http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/e7dcc0df1eca1c89dea42374fd68f971
池上七福神http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/e7dcc0df1eca1c89dea42374fd68f971
千寿七福神(北千住)http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/e5c9ac63891aa7ecf16842f63bfb796a
下谷七福神http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/d9d2bc94d677699ddba1c85946e81c9e
新宿山ノ手七福神http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/18d67a1f45c22a06563d3e3068401343

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たたたた……腰痛はつづく

2018-01-17 | 山雑記

 『腰痛は自分で治せる』石井博明(主婦の友社)

こんな本を見つけて、腰痛の原因をさぐるとともに、対処法としての腰痛予防運動を実践してみた。

まずこの本には、腰痛の原因は、4つあるとして以下を挙げている。
1. 骨折
2. 骨のずれ 
3. 椎間板ヘルニア 
4. 筋を痛めている

予防運動のおかげで快方に向かっている実感はあるのだが、痛みはずっと続いている。もしや骨? 鍼で一度すっきりと痛みがとれたことがあるので、まさか骨のはずはないと思いつつも、そう考えるたびにぞっとする。病院は嫌いだけれども、しょうがない行くかと重い腰を上げた。山の神が膝を痛めたときに治療してくれた整形外科だ。山の神によれば、整形外科もピンきりで、最初に行った医者には、もうその膝は治りませんから、山登りなんてとんでもないといわれたそうだ。そして次の医者へ。そうしたら、むしろ、どんどん登って膝を使ってくださいといわれたそうな。そんなお医者様なら、自分も行ってもいいなと決意したのだった。

でも、行くと決めると、私の性格的なものかもしれないが、腰の状態は快調になり、大またでスタスタ歩けたりする。それでも、骨が原因ではという恐ろしい想像からは逃れられなかった。レントゲンを撮ってもらうと、なんのことはない、思ったとおり筋を痛めていると判明した。少しずつ腰痛予防運動をしてほぐしていけばいいのだ。

いま思い返せば、このときのお医者様とのやりとりが恐ろしい、というかスリリングだった。
「何か肉体労働をされていましたか?」
レントゲン写真の腰上部から背中にかけての骨を指差しながら、
「間隔がかなり詰まってますね」
それって、ヤバイのかと青ざめながら、私は返答した。
「肉体労働はしていません」
「では、なにか激しい運動、たとえば格闘技などしていましたか?」
「激しめの中国武術を十数年やってましたが、、、」
私はこれって骨には関係ないよなと思ったその瞬間、ハタと思いついた。
「若い頃から山登りは続けてます」
先生は得心がいったように膝をうった。
「それですね、50歳くらいで普通はこんなことにはなりません」
私はうろたえて、即座に訊いた。
「この状態は、将来的に何かよからぬことになりますか」
先生は笑いながら、
「いやいや、だいじょうぶ。勲章ですよ、これは。漁師さんの背骨がこうなってますね。男の勲章!」

私はこの「勲章」という言葉でちょっと誇らしげな気分になり、このエピソードをあちこちでいいふらしてしまった。
たんに背骨が詰まっているだけなのだが(笑)

それから4日。腰痛はあまり改善していない。今日も無意識のうちに「たたたた……」と口走っていた。

 

寝ながら簡単にできるものばかり! 腰痛は自分で治せる
クリエーター情報なし
主婦の友社
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ヘッドランプご臨終

2018-01-04 | 山道具&ウェア

 壊れたPETZL(ぺツル)TIKKA2

購入したときは、一生ものだと思ったのだが、あまりにもあっけなく壊れた。原因は電池の液漏れだ。スイッチを入れても点灯しないので、電池切れと思いパカッと開けると、単4電池3本すべてから液漏れしていた。おそらくすべての禍(わざわい)のもとはこれだろう。

そういえば、山の神もいつだったか、同じヘッドランプを購入し壊れたはずと思って聞いてみると、4年前だという。たしかそのヘッドランプは、買ってすぐに昇天したのだった。山の神は怒り心頭、罵詈雑言の嵐、嵐、嵐だったように記憶している。少なくとも私のは、それから4年は長生きしたことになる。でも山道具だからねえ、ちょいと短かすぎやしませんか。

このヘッドランプ、購入当初は、軽くてデザインもかっこいいし、救助用の点滅なんかイカしていて気に入っていたのだが、、、これではねえ。役に立たない。前に使っていたヘッドランプでとりあえず急場をしのごうと探してみると、意外にも捨てずに残っていた。よく見たら、メーカーは同じ、フランスのPETZL(ペツル)だ。偶然なのか、たんによく行く店がこればかりを扱っているのかはよくわからないけれども、それなりに信用の厚いメーカーなんだろうね。

見つけた先祖返りPETZL(micro)は、デザインも機能も時代を感じさせるけれど、やはり道具は頑丈で壊れないに越したことはない。

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