目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

白山Part2~御前峰と池めぐり

2011-08-31 | 山行~中央アルプスと御嶽山・白山

Part1のつづき

コースタイム 8月17日 室堂ビジターセンター6:50--7:35白山御前峰7:55--(池めぐり)--9:40室堂11:00--11:20黒ボコ岩11:35--12:15殿ヶ池避難小屋(昼食)13:20--14:10別当坂分岐近辺14:20--15:05別当出合

山小屋の朝は早い。人によっては、ご来光を山頂で見るために暗いうちから起きだして、そそくさと小屋を出て行く。山の神と私は4:50起床。室堂センターの外からご来光を見ようと、東の空がしらみ始めるころに外に出る。同じことを考える人が結構いて、皆近くの岩場に登り東の空を見つめている。

山頂からいっせいに万歳の声があがる。ご来光だ。山頂からだと、雲海からのご来光だろうか。さぞかし感動のご来光だったことだろう。こちらは静かに眺めている。

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左:室堂ビジターセンターからみたご来光 右:御前峰から室堂を見下ろす。赤い屋根がビジターセンター

6:50ザックを背負ってわれわれも御前峰に向けて出発する。45分ほどで山頂に到達。祠の先に山頂の碑があった。木の標柱と石の標柱があって、山の神と私は、ご立派な石碑のほうで記念撮影する。山頂は強風が吹いていて、人は少なかった。

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左:御前峰山頂 右2点:石碑の前でパチリと

山頂から下ると、池が点在している。皆その池を巡りながら室堂に戻るコースをたどるが、われわれもご多分にもれず、同じコースをたどる。

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左:剣ヶ峰の影で半分以上隠れている紺屋ヶ池 右:翠ヶ池

御前峰から下るときにもう見えているのが、紺屋ヶ池だ。だいぶ雪渓はとけている。今年は雪解けが早いようで、雪渓は小さいとのことだ。

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左:血の池 右:五色池(たぶん)

下っていくと、次々に池が現れる。それぞれ名前がついており、よく名は体を表すというのだが、ん~、表しているのかどうかはわからん。血の池は銅とか鉄分とかで赤いと思ったのだが、全然赤くないしね。

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左:大汝峰への分岐 右:登山道から見える異様な出っ張りは御宝庫(熔岩柱)

分岐からすぐそこなのに大汝峰はカットしてしまい、池めぐりをつづけた。ちょっと後悔。分岐からは右手に五色池、百姓池。そして左手に雪渓で埋め尽くされていて、これ池なんですか?という千蛇ヶ池。雪渓がとけると、千の蛇が悪鬼よろしく這い出すといわれている恐ろしい伝説があるらしい。でもそれを知らないと、ただの雪渓。どう見てもただの雪渓。

涸ヶ池は名のとおり(これは名が体をだ)涸れていた。でも涸れている期間が長い池は、そもそも池と呼べるのだろうか?

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左:百姓池(たぶん) 中:タカネマツムシソウ 右:ハクサンシャジン

室堂には9:40に戻り、お湯を沸かしてティータイム。時間に余裕があると、行動も優雅になる。センターへの荷揚げのヘリが行ったり来たりしている。人が多いから物資も多く必要なのだ。

帰路は観光新道を使った。殿ヶ池避難小屋で昼食をとり15:05別当出合に下山した。その後車で一理野温泉ホテルニュー白山に移動し、そこに一夜の宿をとった。やはり下山後は温泉だね!

Part1にもどる

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白山Part1~極楽浄土への一本道

2011-08-29 | 山行~中央アルプスと御嶽山・白山

253p8160690 白山 御前峰 標高2702m 石川県

2001年8月16日(木)~8月17日(金) ともに晴れ 

メンバー 山の神と私

コースタイム 8月16日 8:30別当出合駐車場8:45--8:58別当出合9:15--9:55休憩10:00--10:45別当覗11:00--11:35甚之助避難小屋(昼食)12:35--12:55南竜ヶ馬場・室堂分岐13:05--13:45水場13:55--14:10黒ボコ岩14:25--15:00室堂ビジターセンター(泊)

お花の山、白山を訪れた。「百花繚乱」、まさに種々様々な花が咲き乱れているという言葉は、この地のお花畑を表現するためにあるような言葉だ。すごいね。またいずれ行ってみたいと思わせる引力をもつ山だ。ちなみに上に載せたピンクの小花たちは、アカバナシモツケソウ。こんもりふわふわと咲いていて、華やかだ。

前泊は金沢のビジネスホテル。コンビニで買出しをし、7:00すぎに市内を出発した。林道をバリバリ走っていくと、傍らにのっそりとニホンカモシカがいた。こんなところに出て来ちゃうんだね。

ところでこの林道は、本来お盆期間中はマイカー規制で乗り入れができないのだが、たまたま週なかの木曜ということで、この1日だけが規制外になっていた。

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別当出合登山口。休憩舎もある

8:30別当出合駐車場に到着。バスが停まっているところをみると、かなりの人が入山しているようだ。そこから12,3分で登山口にたどりつく。大きくて立派な休憩舎があって、すでにもう中のベンチは登山者でいっぱいだった。お盆のさ中だから半端じゃない人の多さだ。登山計画書をポストに投函して、さあ出発。

上での宿泊を素泊まりにしているため、ザックには食糧や水を詰め込んできている。ザックの重さと普段の不摂生が影響してか足が重い。歩き出して40分くらいでもうへたりこむ。お茶を飲めば、ちょっとは元気が出るか。

 

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延々とつづくお花畑に圧倒される。上のほうには登山者

別当覗で再び休憩をとり、砂防新道をたんたんと登っていく。甚之助避難小屋には11:35に到着した。人がなにせ多い。木陰にベンチがあったが、すでに占領されていた。落ち着けそうな適当な場所へ移動し、昼食にする。

12:55南竜ヶ馬場と室堂の分岐にさしかかる。このあたりから、これでもか、これでもかとピンクだ、白だ、黄色だとお花畑がつづき、三途の川を渡って極楽浄土へ向けて登高していくイメージにとらわれる。あの世への一本道。

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左:とりあえず上に乗ってみる黒ボコ岩 右:黒ボコ岩から頂上方向をみる

水場を越えて、黒ボコ岩に14:10到着。とりあえず皆岩の上に登ってみて、周囲を見渡している。私も例外ではなく、一段高いところから、山の神を見下ろす。へへへ。岩の周辺はちょっと小広くなっているので、格好の休息場となり、ここも人だらけだ。

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左:室堂の白山奥宮 中:ハクサンフウロ 右:イワギキョウ

平坦な弥陀ヶ原から五葉坂を登ると室堂だ。15:00到着。本日宿泊予定の室堂ビジターセンターの建物に入っていくと、まだ日も高いのに室内は薄暗い。宿泊客は多かったのだが、フツーの山小屋のように詰めて詰めて隙間なしという状態ではなかったのは、せめてもの救いだった。なかには海外からのお客さんもいて、この山の知名度の高さを思い知らされる。

ビジターセンターは、このとき改装中ということもあって素泊まりのみの受付だった。¥4,400(現在は¥5,100)。この素泊まりだけというのが宿泊者を減らしたのかもしれない。缶ビールは¥500。登山口では¥400だったから、荷揚代で¥100上がってしまうのだ。

 

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入道雲がもくもくと

室堂からの眺めはすばらしかった。この開放感は森林限界を越えているからこそだ。目を転じると、緑色の草原の山が眼前に迫ってくる。そこへもくもくと入道雲が湧き上がってきて、ひと雨来るかと思ったが、それは杞憂だった。

センターの周りにはお花畑があり、柵をめぐらして花を踏みつぶさないように配慮がなされている。山の神と、この花は何で、これは何でと、花園を散策しながら時間を忘れた。

Part2へつづく

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裸の山ナンガ・パルバート

2011-08-27 | 山・ネイチャー・冒険・探検の本

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トンガっている。ラインホルト・メスナーって若い頃は、自由奔放、やりたい放題だったのかなと思わせる、感情むき出しの筆致にちょっと驚いた。日本で言えば、亡くなった長谷川恒男みたいな印象だ。

この本は、ラインホルト・メスナーが25歳のときにドイツのナンガ・パルバート遠征隊に参加して、その頂上を極め、直後遭難死寸前で助かったときのことを詳細に書いている。メスナーの人となり、そしてこの現場で何が起こったのかを克明に読者の前にさらけだしている。

このときの隊長であるヘルリヒコッファーとのその後の確執はすさまじく、訴訟に到っている。ヘルリヒコッファーはある面、優秀な経営者的なセンスで、隊を統率、指揮した感がある。ただし鼻持ちならない狡猾な面ももちあわせていたようだが。それに対してメスナーは、ヘルリヒコッファー何するものぞという一匹狼的なやんちゃぶりで、彼の独善的な管理に反発している。管理しようとする側と管理される側の確執は、一歩間違えれば、労働争議が勃発するのだ。

メスナー兄弟の遭難の発端は、弟のギュンターが無茶をして、山頂を目指す兄のメスナーを追ったことにある。ギュンターは兄に追いつくために体力を消耗し、登頂後ベースキャンプへ下る余力を失ってしまうことになる。そのギュンターを救うためにメスナーは、手を尽くすのだが、万策つき、唯一の助かる道は、縦走してディアミール谷へ下ることだと決意する。その途上、ギュンターは雪崩に遭って命を失う。

隊長ヘルリヒコッファーは、メスナー兄弟は死んだという判断のもとにベースキャンプをたたみ、捜索隊を編成することもなかった。だが、ラインホルトは生きていた。幻覚を襲われながらも生きて谷を下り、村人と出くわす。凍傷にやられた足では歩けず、村人に背負われ、即席担架で運ばれ、軍のジープに乗せてもらい、命からがら町に戻るのだ。あまりに生々しいその記録、描写は、読んでいて卒倒しそうになる。

ラインホルトは、その後さまざまな物議をかもす。それだけ自分の考えや行動に自信をもっているのだろう。そのトンガリの度合いは、最近はだいぶ鈍ってきているようだが、まだまだ舌鋒するどく相手をこっぴどく批判する態度は健在のようだ。ドイツ国内では、いまだにメスナーが正しいのか、ヘルリヒコッファーが正しいのかの論争がつづいている。

このナンガ・パルバートの遭難については、『奇跡の生還へ導く人』や、『ラインホルト メスナー自伝』にも登場する。『自伝』では、あまりにも淡々と描かれていて、私のなかでは何の印象も残らなかった。『自伝』は、彼の実績を誇り高い勲章のように掲げているから当然なのかもしれないが。

最後にひとつ付け加えておこう。驚くべきことに、ラインホルトは再びナンガ・パルバートに帰ってきた。今度はディアミール壁を越えての単独登頂のために。まさに超人といわれるゆえんだ。

関連記事
生還のカギは、サードマン現象?
http://blog.goo.ne.jp/aim1122/d/20110416

裸の山 ナンガ・パルバート
クリエーター情報なし
山と渓谷社
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針ノ木岳・蓮華岳

2011-08-26 | 山行~北アルプス

針ノ木岳 標高 2820.6m 蓮華岳 2798.6m 長野県

2001年8月4日(土)~8月5日(日) 初日 2日目

メンバー 山の神と私

コースタイム 8月4日 10:30扇沢駐車場10:50--11:40沢11:55--12:25大沢小屋13:15--13:55針ノ木大雪渓取付14:10--15:05雪渓尻15:20--16:00休憩16:15--16:55針ノ木小屋
8月5日 針ノ木小屋5:15--6:00針ノ木岳山頂6:25--6:55針ノ木小屋(朝食)8:05--9:10蓮華岳9:35--10:20針ノ木小屋10:45--11:30針ノ木大雪渓取付(昼食)11:55--12:30雪渓尻12:45--13:45休憩14:10--14:40扇沢駐車場

この頃はカーナビを備えていなかったから、道をよく間違え、初めての場所へ向かうときには、ここはどこ? なぜにここにいるのかしらんという、はなはだもって風まかせ、運まかせのところがあった。このときの拠点扇平はたしか2度目の来訪だったと思うが、道を間違えて、思わぬ時間ロスとなった。

10:30扇沢の駐車場に到着する。車はもうだいぶ停められていたこともあって、駐車場係の人に導かれて、登山口からは遠い場所に車を置くはめになった。それでも、ようやく着いたとホッとする。でも安心するのは早かった。空を見上げると低く垂れ込めたどんよりとした雲。昨日の天気予報では、晴れときどき曇りで、降水確率10-20%となっていたのだが、空は今にも泣き出しそうな感じだ。また気象庁にだまされたかと思いながら、準備していると、この時間でも歩き始める人はいて、ザックを背負って山にわけ入っていく。

歩き初めて小一時間で、とうとう雨が降り始めた。宿泊予定の針ノ木小屋はまだだいぶ先だ。雨具をつけて、出発となる。だんだん本降りになってきて、大沢小屋に逃げ込んだ。今はおそらくもういないだろうが、ここの小屋番は、立川談志ふうできわめて横柄でいばっていた。小屋に入るなり、「おい!おまえ」と呼ばれ、どこに行くんだ?ここに泊まっていくのか、泊まらないなら何時までにはここを出て行け、雨脚は変わらないから、この雨の中を歩くか、やめるか、早く決めろといわれる。あとから来た団体もやられていた。ただおばちゃん3人組は、何を言われても、どこ吹く風で、微動だにせず、平然としていた。かくあるべし。

001p8040668 002p8040669 針ノ木といえば大雪渓。右奥に団体さまご一行

山の神と昼食をとりながら、善後策を検討。ここに泊まると明日の行程が長くなるからと、雨のなか登高をふたたび開始する。13:55針ノ木の大雪渓が登場した。ここの取付で休憩し、アイゼンを装着する。まもなく、大沢小屋にいた団体16名が追いついてきて、にぎやかになる。

1時間ほどで雪渓を抜け、岩場に腰かけて休憩する。なかなかの急登で疲労困憊だ。でも小屋はもう目の前。水分補給して、最後のひと踏ん張り。16:55針ノ木小屋に着いた。

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左:針ノ木小屋のある針ノ木峠 右:峠から見た早朝の北アルプス

針ノ木小屋は予想どおり混んでいた。8月はお盆までは大混雑だよね。天気がちょっと悪かったけど、予報はよかったから、皆来てしまってるしね。ということで、到着が遅かった山の神と私は部屋からはみ出して、食堂で寝ることになった。早朝、朝食の準備があるからと早々に追い出されることになったが、部屋に泊まっていた人たちよりは、スペースをゆったり使えてラッキーだった。

朝食前に針ノ木岳を往復することにした。5:15朝焼けの空を見ながら、小屋を出発する。6:00針ノ木岳山頂に到着。雲海の上で太陽がサンサンと輝く。最初は登山者はだれもおらず、山頂を独占し、その眺めを堪能した。

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針ノ木岳山頂

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右端に爺ヶ岳。その後ろ中央付近に鹿島槍

針ノ木小屋に戻り、朝食。素泊まりにしたから、気兼ねなく時間は使える。8:05小屋を出て、今度は反対側の尾根へとりつく。イワギキョウやコマクサの花を見ながら登っていき、9:10蓮華岳山頂に到着した。山頂ではクークーと小さくかわいらしい声がしていて、そのほうに目をやると、雷鳥の親子がいた。この辺りは多いのかな?

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雷鳥と登山者。絵になる風景

9:35蓮華岳を出発。下り始めると、また別の個体の雷鳥がいた。体は小さくて、一瞬羽を広げて飛ぶマネをする。本当は飛べるのか?と思わせる動作だった。 

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左:蓮華岳山頂の碑 右:雷鳥

10:20針ノ木小屋に下り休憩して、あとは昨日登ってきた道を引き返すだけだ。11:30大雪渓の取付地点で軽く昼食をとり、アイゼンを着け再び雪渓に入っていく。雪は硬く締まっているので、危ないことはないが、足元に気を配って下山する。12:30大雪渓を抜ける。足早に大沢小屋を通過し、14:40に扇沢の駐車場に着いた。

03p8050684 針ノ木小屋では屋根をつぎはぎしているように布団干し

帰途、大町温泉郷の薬師の湯に立ち寄る。1人¥600(この当時は¥500)。ここはその後も行っているが、広くてなかなか快適だ。しかしゆっくりくつろいでしまうと、帰りの渋滞が恐い。山の神と私は中央道の渋滞40kmにはまり、帰宅は午前様となってしまった。 

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秋雨前線立山逃亡記~能登Part2

2011-08-25 | まち歩き

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井波の道の駅(井波彫刻総合会館がある)に鎮座していた大きな木像たち

Part1のつづき
結局天候の回復は望めず、能登半島をめぐった。そして最終日は和倉温泉と思ったのだが、手ごろな料金の旅館はすでに予約でいっぱいで、検索地域を広げてじゃらんや楽天で調べまくり、庄川温泉郷、鳥越の宿 三楽園に予約を入れた。砺波市にある宿だ。格調高いご立派な部屋と温泉でくつろぎ、おいしいものをいただいて至福の時を過ごせた。

翌日チェックアウトしたらまっすぐ東京に帰るつもりでいたが、山の神が井波彫刻総合会館に行きたいと言い出し、寄り道することになった。

 

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2点とも:井波彫刻総合会館

この寄り道は予想外に充実したものになった。南砺市にあるこの井波地区は、知る人ぞ知る彫刻の街で、内外から彫刻家が集まってきている。もともとは、国宝に指定されている瑞泉寺を飾り立てている彫刻から始まったようだが、欄間の透かし彫りや、衝立、置物としての獅子頭や鯉などの伝統彫刻、そして現代ふうにアレンジした彫刻、たとえばギター等と、あらゆるジャンルの彫刻がここで生み出されている。井波彫刻総合会館には、これら地元で制作された作品が展示されていて、いわば井波彫刻の見本市になっている。なかなかの値札が付いているが、展示作品は販売もしている。彫刻の実演もしていて、充実した内容だ。

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左:国宝の瑞泉寺 右:瑞泉寺参道の商店街で見つけた彫刻

彫刻ついでに国宝の瑞泉寺も見たくなり、井波彫刻総合会館から指呼の間にあるこの寺へ車を移動させた。立ち寄った8月22日(月)は、ちょうど境内で彫刻イベントをやっており、制作中の現場を見学することができた。巨木から作品を削りだしている様は、まさに木に命を吹き込んでいるように見える。完成予想図ならぬラフスケッチが各アーティストの前に掲示されているので、現状ここを削っているというのがわかる。海外からのアーティストも大勢参加していて(井波在住?)、国際色豊かなイベントだった。ただ気になったのは、チェーンソーで切り出している人が結構いて、工事現場のような喧騒だったことだ。

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左:輪島の朝市 右:千枚田

旅の最終日の印象が非常に強かったけれども、その前日には能登半島をぐるりとめぐった。大賑わいだった輪島の朝市は楽しかった。魚の干物や岩のり、いしる(魚醤)、漆器などがとにかく安い。お店を出しているおばちゃん、おばあちゃんたちの威勢のいい客引きにおそれおののきながらも、あっちもこっちもと欲張って見て回った。活気に満ちた場所は、こちらも元気になるから不思議だ。

そして千枚田。ポケットパークから海岸線を覗くと、一面田んぼのひだひだがつづく。最近有名になったせいか、観光客だらけだった。

海岸線をひたすら走って能登半島の先端へ移動すると、そこには禄剛崎(ろっこうざき)灯台がある(Part1に写真)。道の駅狼煙からちょっとした散策コースがあり、広々とした敷地の灯台にいたる。バスツアーの面々も灯台への道をあがってきた。

03img_5223 見附島(軍艦島)

半島の先端を回って飯田を過ぎると、見附島がある。海上にぽっかりと岩が突き出ている。干潮であれば、波にさらわれることなく、島に行けそうだ。何か不思議な風景、奇観だね。

ほかに能登金剛で遊覧船に乗って、巌門を見たりしたけど、やはり登山の醍醐味に比べれば物足りない。能登をめぐって、それなりに楽しかったんだけどねえ。次回は4度目の北アルプス計画になるのだが、晴れてくれるのだろうか。

Part1に戻る

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