目指せ! 標高1122メートル

山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

黄金色?の湯を愉しむ横谷温泉旅館

2021-08-29 | まち歩き

2021年7月23日(金・祝)北横岳より下山後、宿に向かうにはまだ早いので、道の駅ビーナスライン蓼科湖に行ってみることにした。北八ヶ岳ロープウェイからビーナスラインに入り移動していくと、すぐに目的の道の駅に到着した。駐車場はほぼ満車で、ちょうど1台空いたスペースにこれ幸いとすばやく滑り込んだ。この道の駅は、蓼科湖に隣接した施設で、ジモティが涼みにもやってくるようだ。湖畔にはテーブルや椅子が置かれていて、昼食をとる人たちが大勢いてにぎわっていた。

山の神は道の駅でさっそくお土産を物色していたが、私はすぐに飽きてしまい、辺りをふらふらと歩いていた。このエリアにはソフトクリームの店や民芸品を売っている店もあって、覗くだけでも楽しい。

山の神のお買い物が終わって、いよいよ本日の宿へと移動開始だ。ビーナスラインを少し戻って、メルヘン街道へと入る。少し走って左折するとすぐに目的地だ。バブル期に建てたのか、ボロボロの日帰り温泉施設や「農夫の食卓」と看板が出ている廃墟が恐い。そこを抜け、沢へと下っていくと、本日の宿、横谷温泉旅館が現れる。

15:00過ぎにチェックイン。結構大きな旅館で山の神と私が泊まった部屋は、エレベーターなしの古い清流荘(本館)の一室だった。つくりからいって、元は二部屋だったのをぶち抜いて一部屋にしたようだった。入って右手が普通の和室で、左手には、テーブルと椅子が置かれていた。

清流荘はフロントから横移動し、大浴場を越えて隣の建物だった。なんとそのときに館内標示で知ったのだが、北横岳ですれ違った某女子高の生徒がここに泊まることになっていた。しかも〇時からは団体客が風呂を使用しますと、この女子高生のために貸し切りタイムが設けられていた。この旅館は大きいだけに団体客をとっているのだ。

チェックイン早々に宿自慢の温泉に浸かってみた。特徴的なのは泥湯ともいえそうな黄色い湯だ。この宿では、黄金色の濁り湯と称している。巨大な露天風呂は開放感があり、ゆっくりと浸かれてくつろげる。また貸し切り露天風呂の「月あかり」にも入ったが、小ぢんまりとしているものの風情があってなかなかよかった。

風呂上がりには、家でnalgeneに詰め替えて持ってきたスコッチを、ここの清水で割ってガブ飲みしていた。やわらかい水でのどごしよくするする飲めてしまうのは危険だ。上の写真のグラスに入っているのがまさにそれ。

夕食は豪勢だった。すでにスコッチが食前酒と化してしまったが、まずはかりん酒で胃の腑を熱くする。それからお造り、蓼科牛のステーキ、同じく蓼科牛の赤ワイン煮、紅鱒の野菜餡かけ、色鮮やかな地野菜と鶏&海鮮系のしゃぶしゃぶ、自家製粉の十割そばなど、大満足の品々だった。

翌朝はこの宿にほとんど隣接しているといってもいい横谷峡を散策した。

横谷峡トレッキングにつづく

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SWITCHインタビュー「石川直樹×大竹伸朗」

2021-08-22 | テレビ・映画


イメージ Th GによるPixabayからの画像

よくチェックしている番組にNHKEテレの「SWITCHインタビュー達人達」がある。先週番組表で「石川直樹×大竹伸朗」を見つけて(放送は8月14日)、これは見逃してはならじとさっそく録画予約を入れ昨日の午後さっそく再生した。

石川直樹さんといえば、このブログでも2度ほど登場させている。この番組での肩書は写真家となっていたが、厳密にいえばなんだろう。冒険家のようにも、探検家のようにも見えるし、それを記録することからノンフィクション作家のようにも見える。対談相手の大竹伸朗(おおたけ・しんろう)さんは、今までにない地図を探っているから「マップ・メイカー」と彼のことを評していた。

番組の冒頭シーンは、2021年4月のヒマラヤ。このコロナ禍で収入が激減したシェルパ族にカンパとして、自らのシェルパにかかわる写真集(『EVEREST』か)の収益の一部を渡していた。何度もシェルパとともに仕事をした彼であるからこその気遣いなのだろうが、そうそう実行に移せることではない。

シェルパのエピソードをはじめとして、17歳のときのインド・ネパール行、学生のときに選抜されて参加した南極から北極までの旅「Pole to Pole」、世界七大陸最高峰最年少登頂(当時)など、石川さんの山や自然とのかかわりを紹介する一方で、最近は人類学や民俗学にも食指を伸ばしていることも紹介していた。

南米パタゴニアの洞窟に残された「ネガティブ・ハンド」と呼ばれる太古そこに住んだ人々が残した多くの手形を見に行ったり、折口信夫で有名になった異形の神「まれびと」に関心をもち、日本各地の「まれびと」が登場する祭りを写真に収めていたりと、活動の幅は広い。コロナ禍で自由に動きにくくなると、地元渋谷の街を駆け回るネズミに注目するなど、好奇心の旺盛さには舌を巻く。未知の領域がすぐそばにあったとうそぶくのは彼らしい。

対談相手に大竹伸朗さんを選んだのは、やはり似たマインドをもっているからなのだろう。大竹さんは画家という肩書で登場したが、果たしてそうなのか。現代アート作家というほうが私にはしっくりくる。様々な気に入った切り抜きや道具、廃品などパーツを集めては、2次元でも3次元でもコラージュして作品化するのが彼の真骨頂だ。

石川さんと大竹さんの共通点はマインドだけではなく、多作であることにもある。石川さんは40歳そこそこにもかかわらず、すでに50冊くらいの本をものしており、大竹さんはお気に入りの切り抜きコラージュのスケッチブックが40年で70冊もあり、2006年に開催した自らの作品を集められるだけ集めた「全景展」では、2000点を展示したというからすごい。

この2人は、まだまだ多くの作品や話題をわれわれに提供してくれるのだろう。楽しみに待つとしよう。

参考:当ブログ
石川直樹 この星の光の地図を写す オペラシティアートギャラリー
冒険家と探検家はべつものだった。下北沢B&Bトークショーにて

 
 
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定員オーバーの北横岳

2021-08-16 | 山行~八ヶ岳とその周辺

北横岳南峰 標高 2472m 北峰 2480m 長野県

2021年7月23日(金・祝) くもり時々晴れ |

メンバー 山の神と私

コースタイム 9:45北八ヶ岳ロープウェイ駐車場--10:20山頂駅10:28--11:36北横岳南峰(昼食)12:03--12:08北峰12:11--七ツ池--12:35北横岳ヒュッテ12:40--13:21ロープウェイ山頂駅13:30--13:37山麓駅

9:15頃前泊したベルクコットをチェックアウト。30分ほどで北八ヶ岳ロープウェイの駐車場に到着した。何度か来ているはずなのにビーナスラインから曲がるところに見覚えがなかった。最近来ていなかったからということもあるけれど、来ていたのは冬場が多かったためかもしれない。また2012年4月を境にいつの間にかピラタスという名称もなくなっていたことを知った。

ロープウェイ乗り場に並ぶと、連休で混んでいるかと思いきやすぐに改札となり、それほどでもないのかと最初は思った。しかし、すぐに乗れると思ったのはつかの間で、その次の便までお預けとわかり結局20分も待つことになった。


坪庭入口から縞枯山を望む

山頂駅では、三々五々乗客は展望テラス、坪庭、縦走路へと分かれて出発していく。

山の神と私はまずは坪庭組で、入口のところでお茶を一口飲んでから、やおらスタートした。この日は天候が今イチかもしれないと懸念していたのだが、青空も覗き、まずまずだった。


左:山の神と坪庭の木道を進む 右:北横岳への分岐

観光客のためにスニーカーでも歩けるようにした坪庭の遊歩道は、よく整備されていて歩きやすい。すぐに北横岳への分岐に出た。


左:雨池峠への分岐 右:北横岳ヒュッテ

その分岐に北横岳ルートは登山者向けであると注意が出ていたものの、そんなことはまったく意に介さず、装備らしい装備もなく軽装で登っている人を見かけた。登山道をふさいで、私は山頂まで行く、私たちはここで引き返すと相談しているご婦人がたもいたし、学校登山で来ている女子高生1学年分もいた。大勢で休日に登山するということがほかの登山者にどれだけ迷惑をかけているか、想像力の乏しい学校の先生には参る。

山でのルールやマナーを知らない人も多くいた。登りと下りですれ違う際には(原則は)下る人が道を譲り、安全確保のために山側によけるというものがあるが、なぜか我が物顔で下ってくる御仁がいるばかりか、谷側によける人が続出。待つ人も通過する人もお互いに安全でありたいものだ。

論外なのは、おしゃべりしながら歩いてまったく後ろを気にしない人。自分たちの後ろに長蛇の列ができているのに道を譲ろうとしない。明らかに後続の登山者が視界に入っているのに、話に夢中で気づいていないのか、あるいは確信犯で完全無視なのかはわからない。人を思いやる心を持とうよといいたい。


樹林帯を抜けると一気に開けた場所に出る。山頂はすぐそこ

登山者やハイカーだらけの道を歩くこと1時間10分。いや、厳密には待っている時間も含めてか。樹林帯を抜けてパッと開け、北横岳南峰のピークに達した。


左:北横岳南峰 右:南峰から北峰を遠望する

最初はそれなりの景色が目の前にあったのに黒っぽい雲が流れてきて、たちまち視界を閉ざしてしまった。それでもまだ指呼の間である北峰のピークに大勢の登山者が見えていて、あそこで昼メシにするには窮屈すぎるよなと山の神と相談。まだ人が少なめの南峰で昼メシにありつくことにした。


左:北横岳北峰 右:北峰は大勢の登山者でにぎわう

昼食後、北峰に移動。ものの5分もかからないくらい近い。北峰の標高が8メートルほど高いためか、こちらを主峰として登ってくる人が多く、自然と北峰に人が集まってくる。とりわけて広い山頂ではないので、3密状態だ。写真を撮って早々に退散する。


左:七ッ池の巨大な標示 右:北横岳ヒュッテから下るとまず現れる七ッ池の入口

下山を始めると、まだまだ登ってくる人は多くここでもそこでもすれ違いまくる。ロープウェイで容易に高所まで来られて展望もあり、池もあり、しかも短時間で歩けるというお手軽さで八ヶ岳屈指の人気コースなのだ。

北横岳ヒュッテまで下れば、そこから七ッ池への道がついている。行ってみると登山者が1人だけで静かだった。壊れかけた木道が荒れた感じを出していたけれども、奥に進むほど秘境っぽい感じの場所になる。水面が鏡と化して、風景を映し込み、ちょっとした絵画のような趣で目を奪われる。 


水面は鏡面のようになり周囲の景色を映し込んでいた。紅葉の時期もまた来たい


入道雲を飲み込んだアート作品のようだ

景色を堪能していると、続々と登山者がやってきて騒がしくなり、興を削がれてしまった。北横岳ヒュッテに戻り、小休止。山の神はヒュッテのブランコに乗ってご満悦だった(冒頭の写真)。

休憩後坪庭へ下り、歩いていない残りの坪庭コースをめぐって、ロープウェイ山頂駅には13:21に戻った。ベンチでお茶を飲んでいるとちょうど改札が始まり、ラッキーとばかりに13:30発のロープウェイに乗り込んだ。ここでのんびりしていて混雑で待たされるのはごめんだった。ロープウェイが下り始めると、シカが何頭も草を食んでいるのを見下ろせた。この辺りでも増えすぎているのだろう。

山麓駅に到着して、コケモモとバニラのミックスソフトクリームを食べる。さっぱりしてほんのり甘くておいしい。食べ終わって、さあ出発かなというときに、登山道でおしゃべりに夢中で渋滞を引き起こしていた妙齢のご婦人グループがやってきた。われわれと同じようにソフトクリームを買ってここで食べようという腹積もりのようだ。私がその存在に気づいたとき、向こうに立っていたその1人と目が合った。山の神がテーブル席を立つと、当のご婦人グループはもうワープしてきたのかというほど素早く移動してきて、テーブルをアルコールティッシュで拭き始めた。まだ私がテーブルに広げていた地図や手帳などを仕舞っているところなのに早すぎる。ありがとうねといいつつ、早くも座る態勢に入っていた。体よく追い出され、すごすごと山の神の後を追った。

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八ヶ岳山麓の野鳥と出会えるペンション「ベルクコット」

2021-08-15 | まち歩き

天狗岳下山後、雨具を片付け、雨に濡れたザックを拭いたり、一服ふかしたりしているうちに17:00を回っていた。もたもたしていると本日の宿蓼科東急ペンション・ベルクコットには到着と同時にディナーになってしまう。

急ごうと山の神を促した。

この宿は、たまたまじゃらんでこの界隈を検索していて見つけた。口コミの評価の高さ、とくに料理がおいしいというのはそそったし、野鳥が来るというところも気に入った。さっそく予約して楽しみにしていたのだが、チェックインがこんなに遅くなってしまっては、せっかくのお楽しみも半減で残念だった。

宿までの経路でカーナビに電話番号や住所を入れると、たどりつけないことがあると注があったことから、事前にGoogleMapのストリートビューで確認。ビーナスラインから「東急リゾートタウン蓼科」の入口を間違わなければ、あとはだいじょうぶと東急の敷地内に入った。

ベルクコットは、道路から一段低くなったところにある。進行方向右手にペンション名を掲げた駐車場(右の写真)を探しながら進む必要がある。しかしカーナビで行きつけないという情報が頭にこびりついていて集中していたせいか、通過することなく難なく見つけられた。

宿はご夫婦で切り盛りしていて、チェックイン時は旦那さんが相手をしてくれた。かわいらしい置物に自然と目がいく階段を上がって2階の部屋に入る。まずは館内2か所にあるうちのひとつ、2Fの麦飯石の風呂に入って汗を流す。そして部屋で少しくつろいでいるとすぐにディナータイムとなった。ディナーは評判にたがわずおいしかった。リンゴのチップでスモークした自家製ベーコンは逸品。地元の無農薬野菜がシャキシャキの歯ごたえもあって新鮮さをアピールするとともに滋味豊か。リンゴで育ったという牛もいうことなしだった。

食堂前のスペースには、動物が来るように餌場を設けていて、この日はタヌキが姿を見せていた。ほかにアナグマやテンが来るという。いずれも夜行性だから宵のうちだと姿を現さないのかもしれない。またテラスには野鳥やリス用の餌台があって朝食時に野鳥やリスを見られればと思っていたのだが、見られるのはタイミングによるようだ。

次回訪れる機会があるのなら、快適なテラススペースでくつろげるように早くチェックインしたいものだ。

参考:https://www.facebook.com/bergcot/

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著者と栗城くんとの相似形『デス・ゾーン』

2021-08-14 | 山・ネイチャー・冒険・探検の本


『デス・ゾーン—―栗城史多のエベレスト劇場』河野啓(集英社)

それをすると面白いのか、視聴者の興味を引くのか、視聴者の支持を得られるのか。

こんな思考法をとる栗城くんと、仕事への取組み方やマインド、行動様式がそっくりと思ってしまったのは、著者の河野さん。そっくりだからこそ、河野さんにとって栗城くんは取材対象となったし、いったん興味を失いしばらくブランクがあったのに、再び取材対象となったのではないか。類は友を呼ぶというやつか。

河野さんは、栗城くんの関係者に精力的に接触を試み、取材をしている。ただ残念なのは、栗城くんにいちばん近いと思われる事務所の側近中の側近から取材拒否されたことにある。常に近くにいるだけに、もっとも栗城くんの心情を知っていたであろう人から話を聞けなかったのは、臥龍点睛を欠くというものだ。

それはさておき、いきなり核心を書いてしまおう。この本のクライマックスは、栗城くんの最後のエベレスト遠征にまつわることだ(以下ネタばらしになるので、これからこの本を読もうという人は注意)。

まずは5度目のエベレスト挑戦でSNSで大炎上したことが絡んでくる。この時GPSを装着することで栗城くんの位置情報を公開したわけだけれども、電源のON/OFFを繰り返してついたり消えたり、しかもゆっくりとした歩みが突如3倍のペースに変わったりと不自然さが際立った。支援者をだましてでも、演出して盛り上げようとしていたのではないかという疑惑が巻き起こり、Webでは大炎上した。真相はこうだ。シェルパもGPSを装着して登り、さも栗城くんが登ったように装ったのだ。だからシェルパが登った地点の栗城くんの映像はない。

またあれだけ「単独・無酸素」を標榜していた割には、栗城くんはBCに酸素ボンベを持ち込んで吸っていたし、C2やC3の上のキャンプ地にもシェルパが荷揚げした酸素ボンベがあって吸っていたことが明らかになった。単独といいつつ、まるで昔の極地法のような登山スタイルで荷揚げをしていたのは周知のことだ。

加えて驚きだったのが、凍傷で指を切断することになった件。あんな不自然な凍傷は見たことがないと登山関係者は声をそろえたという。演出のために故意にグローブを外して指を雪に突っ込んだのか?という疑惑もあったようだ。おそらく実際そうだったのだろう。凍傷になったというドラマティックな映像をつくるつもりが、やりすぎて指の組織を壊死させてしまったというのが真相だろう。

そして驚くべきは、著者の河野さんは栗城くんの死は自殺ではないかと疑っていることだ。死ぬ前の言動からさまざまな憶測を呼んだが、たしかにその推理は当たっていそうだ。「単独・無酸素登山」に疑惑をもたれ、激しい誹謗中傷を受けて自暴自棄になっていたこと、どんなにがんばってもノーマルルートで酸素ありでなければ、エベレスト登頂の可能性は低かったということがある。それを裏付けるように最後のルート設定は夢枕獏さんの『神々の山嶺』に出てくる未踏ルートであり、登頂の可能性はないといっても過言ではなかった。最後に華々しい散り方をしてカッコよく自分の人生に始末をつけようとする演出だったのではないのか。

どうしてこんなことになってしまったのか。最初に戻るが、冒頭に掲げたテレビ屋さんマインドに侵されてしまったからなのではないか。エスカレートすれば、倫理感は失われ、やらせが当たり前でバレなければなんでもよしとしてしまう、ちょっと前のテレビ屋さんと同じだ。河野さんはじめ栗城くんをとり上げたメディアの方々が知らず知らず追い詰めてしまったのは否めない。そう感じているからこそ、事務所の側近は取材拒否したのだろうか。

最後にこの本で、違和感を感じたのは、「山頂アタック」という言葉を頻繁に使っていたこと。初出で断り書きがあったが、山登り関係者でいまこの言い方をしている人はまずいない。山は攻撃や攻略するものではなく、われわれと一緒にそこにあり調和しているものであり、登らせてもらうものという感覚が普通であり、「サミットプッシュ」という言い方が一般的だ。この本の読者は、登山とは無縁の一般の人が対象ということで、わざわざ「山頂アタック」としたのだろうが、まさにテレビ屋さんマインドの象徴という気がした。

参考:当ブログ 栗城史多とはいったいどんな存在だったのか?Nスペで総括

 
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