日本の心・さいき

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くだらない話

2007-04-01 08:45:55 | Weblog
 3月31日に、民放で、芸能人12人を1年間特訓して、東大受験を試みての結果の発表の番組があった。結果は、全員不合格。それも、まだ一次の段階で。しかし、模試では、700点を超えていた人もいた。
 これを見て、ホッとした受験関係の人も多かったに違いない。受験と無関係の生活をしていた人が、わずか1年間で、大学に、それも最難関の東大に一次だけでも合格出来たとしたら、日本の多くの受験生がこんなに苦労するはずがない。1年間では、900点満点の700点近くまでになるのが精一杯なのであろう。見方を変えれば、全国一斉の共通試験が、1年間ぐらいでは、そんなに簡単に点が取れない様に作成されていることの証だと思う。国立を受ける場合は、すごい得意科目があっても、すごく苦手な科目があれば、いい成績は、望めない。それよりも、平均的にいいことが望まれるし、それなりに、受験の準備をしておかなくては、難しいのである。
 しかし、問題は、何故東大にこだわるのかと言うこと。それに、大学で具体的に何を学び、社会にそれどの様に還元しようとしているのかと言うことであろう。視聴率アップの為に、又、東大と言うステイタスを得んが為に、それをさせられているだけの話ではないのか。そうだとしたら、芸能人があまりにもかわいそうである。まあ、そのパフォ一マンスが目的であれば別だが。
 東大と言うプランドで、実質が伴わなくて生きること、これは本人にとっても社会にとっても、非常に悲しいことだと思う。東大生の学力が落ちていることが声高に言われれている。自分の頭で独創的に考え、自分なりに答えを出すのが、受験ではない。全く逆に、決まった答えを如何に早く正確に出すかで選ばれているだけに過ぎないのだ。しかし、世の中に出れば、答えのはっきりしないものの方が多い。問題も与えてくれないし、答えも、あるかどうかも分からない場合だってある(むしろ、いい仕事をしようと思えば、そちらの方が多いかも知れない)。
 人生は、長い。20歳前後でトップに立った後、その後落ちていくつらさ、学歴が思った程価値がないことを知って行くつらさ、受験で失ったものの大きさを知って行くつらさ、世間の多くの人は、そこまで分かろうとしないが・・・。
 万事塞翁が馬なのが、人生の醍醐味ではないのか。

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