『朝日新聞』(2019・11・2)の土曜日の『be』に「サザエさんをさがして」という欄がある。今日は「店はきたないがウマイものをくわすんだ」という店に波平が連れて行ってもらう。まず酒を注文するとぶっきらぼうな店のオヤジは「サケなら人肌だ」といって、胸毛いっぱいの懐からちょうしを差し出した。波平は、あ~あという表情になる。きたなくても旨いとはとても言えそうにない。世間にはきたなくてもうまい店はたしかにある。でも、きたなくてうまくない店もけっこうある。
その店は、今から15年ほど前にはのれんを下ろした。十三東口からずっといくと十三ミュージックがある。店はもっとその先の住宅街だ。その店の近くの事務所に用があって、90年代、昼食のため何度か訪れた。「トラヤ」といった。L字型カウンターだけ6席くらいの店だった。焼きそば、焼きめし、野菜の炒め物などを出していた。オヤジさんは頭がやや禿げて、おなかが少しせり出していた。せり出したあたりの調理服は汚れていた。スッとは開かない引き戸を開けるとそこは別世界。カウンターはねっとり黒光りしているが、服が汚れるほどではない。冷蔵庫は昔の家庭用のもので、置く場所がそこしかなかったのか、扉は逆びらきだった。オヤジさんは中華鍋ではなくフライパンを振っていた。
その店には、何枚かの色紙が貼ってあった。その中で断然目を引いたのが、愛染恭子のものだった。なんと2枚もあった。愛染恭子といえば、7,80年代に一世を風靡したポルノ女優だ。ポルノ映画の時代も過ぎ、彼女は十三ミュージックなどにもゲスト出演するようになった。そのとき住宅地の方に足を延ばして昼食を食べに来たのだろう。2枚も色紙があるということは、2回以上は来ているということだ。なんだこんな汚い店、しかもまずいと思ったら2回も来ないし、色紙も書かない。ということは、トラヤは愛染恭子に気に入られたのだろう。偶然に入るしかないきたない店で誰もが目を引き付けられる愛染恭子の色紙。わたしは、トラヤを勝手に日本で2番目にきたない店と呼んで愛した。だがいつか、スッと姿を消した。
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