こんにちは! ただち恵子です

政治と社会、日々の暮らしの小さな喜び。思いつくままに綴ります。

「原発がどんなものか知ってほしい」

2012-09-12 23:34:55 | 憲法・平和
郵便ポストに小さな箱。

中に白いバラのアートフラワー。「年末のバザーに使ってください」
差出人は奈良に引越しして4年。私より17歳年上。とてもおしゃれで、若々しい素敵な女性です。いつも、心にかけていただいて嬉しいこと。


手紙と一緒に、A414ページのコピー19ページ。
「元日立製作所技師 平井憲夫氏の遺書 原発がどんなものか知ってほしい」
一気に読みました。

この文書は1996年のもの。筆者は翌年1997年1月、58歳で亡くなっています。

「私は内部被爆を百回以上もして、癌になってしまいました。・・・・じゃ死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることを全て明るみに出そうと思ったのです。」 (本文より引用)

原子力発電所の現場で技師として20年働いてきた筆者が、病に冒されながら全国を講演してまわった記録のひとつのようです。
読んでいて、昨年の3月11日以降に書かれたもののような錯覚を起こします。平井さんが危惧し警鐘を鳴らしていたことが、福島でおきました。

この文書を「ウソばかり」と攻撃する人たちもいたようです。
3月11日以降、ネット上でも拡散され(そうして私のもとにも届きました。)、平井さんが反論できないなかで、一方では「ウソ」「おおげさ」と批判されていることも知りました。

事実のひとつひとつを検証する知識は私にはありません。

しかし、「まぎれもない真実」であることを確信できることはたくさんあります。
原発は、たとえ発電を止めても、どうしようもなくやっかいなものであること。
「放射能まみれになってしまった原発は、・・・・放射能が無くなるまで発電している時と同じように監視し、管理をし続けなければならないのです。」
「しかし、日本の電力会社が、電気を作らない、金儲けにならない閉鎖した原発を本気で監視し続けるか大変疑問です。」


全ての原発を止めて閉鎖、廃炉に向かう過程でも、私達は「監視、管理」を続けることを見届けていかなければならない。そして、現実にそれを気が遠くなるほど長期間に続けるためには、電気も石油も使い続けるのだということ。

「原発は確かに電気を作っています。しかし、私が20年間働いて、この目で見たり、この体で体験したことは、原発は働く人を絶対に被爆させなければ動かないものだということです。」

「核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私達の子孫なのです。」

「ですから、これ以上原発を増やしてはいけない。・・・そして稼動している原発も、着実に止めなければならない。原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから」


ひとりの技術者の、まさに命をかけた私達への「遺言」なのだと思います。


最後に一言。

「原発」は、次の総選挙で必ず争点のひとつになります。
大飯原発再稼動問題で「絶対反対」から、わずかの期間に「事実上容認」に変節した橋下氏率いる維新の会には、この一点でも信頼も期待もできません。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする