泉大津市会議員  ただち恵子です

私の市政報告、毎日の活動、そのなかで思うこと.




桜、満開

2015-03-31 23:01:41 | 季節・花

ぽかぽかと暖かい一日でした。

助松公園の桜です。

「お弁当持って集まってます。」とメールあり。


私も、サンドイッチを持って(急なのでパンやさんで買いました)コーヒーをポットに入れて出かけました。

春休みなので、子どもたちの姿もたくさん。



憩いのひととき。


明日は雨だとか・・・。
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かみじょう認定子ども園の開園式

2015-03-30 18:35:45 | 保育・子育て
隣接する上條幼稚園と上条保育所を渡り廊下でつないで、ひとつの施設、認定子ども園になりました。

子どもたちの元気いっぱいの歌声、思わず一緒に手拍子しました。

ども子もみんな元気で育って欲しいものです。


北公民館の児童室を使っていた「おやこ広場」も、この施設の2階に移ります。
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「戦争立法」ストップの声を大きく

2015-03-29 22:36:52 | 憲法・平和
条南長寿園という初めての会場で市政報告懇談会。

初参加の方もあり、新鮮でした。

「公共施設のトイレが和式で困る」(公民館の様式トイレは以前に要望。公共施設全体をもう一度見直してみます。)

「線路から海側には、食料品を買えるお店がない」(そう言われてみれば、そうです! まちづくりに住んでいる人の声が生かされるようにしたい。)

「有料ゴミ袋の小さい袋を作ってほしい」(以前の議会で要望しました。今年の10月から7.5リットルの袋が販売されます。)

等々、いろんなご意見、いただきました。


最後に、安倍政権が今国会での成立を狙う「戦争立法」について訴えさせていただきました。

自・公の法案骨格の合意文書から伺えるのは、まさに「戦争する国づくり」。


昨年の「集団的自衛権講師容認」の閣議決定のときから、「法改正は統一地方選挙のあとに」と言われてきました。

ならば、地方選挙の中でもおおいに語り、憲法改悪、戦争への道にストップをかける審判を。


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春!

2015-03-28 21:59:00 | 大きくな~れ パート2






○ちゃん一家は、きょうはパパさんもお休みで、お弁当作ってでかけたそうです。

桜はまだチラホラ。でも「朝より、帰りの方が咲いていた気がするよ」と。

暖かい一日でした。



母と「お別れ」して1週間がたちました。

心に沁みるお便りをいただきます。

今、このときを大切に。この出会いに感謝。

そんな気持ちで、返信を書きました。



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ひとりで悩まずに

2015-03-27 20:46:57 | つぶやき
1月に風邪をひいてかかった近くの診療所の待合室で、このパンフレット目にしました。

表紙に「泉大津市 認知症初期集中支援チーム発足・推進冊子」の文字。



2018年度には全部の自治体で「認知症初期集中支援チーム」の結成が義務化されます。

泉大津では、それに先駆けて今年度から始動、新年度からは本格的な活動が始まるとのこと。


行政、医療、介護の分野のスタッフが連携を取りながら、「それぞれにあった対応を一緒に考える」という趣旨です。


パンフレットには、地域包括支援センターや地域のお医者さん、3人体制から新年度に4人体制に拡充されるコミュニティソーシャルワーカー(地域の困りごとにフットワーク軽く相談に乗ってくれます。カタカタの長い名前ではなく、お年寄りにも親しみやすい『通称』を考えて欲しいと要望しました。)、民生委員さん、福祉委員さんなどが笑顔で登場します。


認知症に限らず「困ったときの相談窓口」が、身近にあることを知らせるこのパンフレットは、なかなかの優れものだと思います。



今日、ある方から相談の電話がありました。

お話聴くと、私達の知っている方。

障害のある夫さんの介護をしていた妻が病気で入院中。夫は急遽、息子の住まいへ。

息子さんは当然、仕事に行くので昼間、ひとりになります。その息子さんとも先日、話をしたところ。

「介護保険の申請をして、サービスを使わないと無理・・・」ということ。


介護保険がなかった時代、歩行も言葉も不自由な妻の介護を一手にされていた夫が入院することになり、その相談を受け、その日のうちにヘルパーを派遣してもらったことがありました。

行政の判断ひとつで動けた時代です。


今は、ひとつひとつのハードルが高くなりました。

それでも、相談できる体制は広がっています。

「あなたの味方、ここにいます」と笑顔の呼びかけ、街中に届けたい。

そして私も、微力ながら「困っている人の味方」のひとりでありたいと思います。




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「クロコダイルとイルカ」

2015-03-26 22:15:58 | 絵本
14日に泉大津で上映された映画「じんじん」から生まれた絵本です。

映画のラスト、めくられるページの絵がとてもきれいで、手にとってみたいと思いました。

今の私の気持ちにぴったりです。

毎日、ながめて癒されています。


素敵な絵を描いたのは、あの旭山動物園の元飼育係りさんで、たくさんの絵本を書いている あべ弘士さん。

その「プロフィール」が楽しいので転載しておきます。

「1948年北海道に生まれる。72年旭川市旭山動物園飼育係りになる。78年ゾウに絵をならう。79年スカンクにやられる。89年カワウソと昼寝、園長にみつかりしかられる。90年ゴリラに哲学を習う。96年アフリカでライオンに吠えられる。2004年ロシア・アムール川でトラの匂いをかぐ。11年北極で白熊の母さんに子育てをならう。」


ドリアン助川・作  あべ弘士・絵
発行所;映画「じんじん」事務局 株式会社プリズム内
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「自治体消滅論を超えて」

2015-03-25 23:16:22 | 読書
「2040年、つまりあと25年の間に全国半数近くの自治体が消滅の危機にある」という日本創成会議が発表した推計、いわゆる「増田レポート」は、話題をよんだ。

推計値とともに「消滅可能性」の自治体名も公表された。

行政に携わる者が、その推計を自明のもののように、あるいは議論の前提として引用することに違和感を感じている。


本書は、「増田レポート」の問題点として、①2005年~2010年までの国勢調査をもとに全国平均で、20代~30代の女性がほぼ同一の傾向で動くことを想定している。②3.11以降の人口動態の新たな動き、首都圏からの若い世代の移動をみていない。③自治体ごとの定住策等、主体的努力による変化をみていない。・・・等をあげ、「この種のシュミレーションは、政策をつくる際の動かぬ『大前提』としてではなく、むしろ警告のひとつ、参考数値といして受け止めればいい」としている。


「少子・高齢化」のうち、「少子化」に国と自治体の政策によって歯止めをかけようといたのが「次世代育成支援」の立法であり、計画策定であったのに、それが効を奏していないことへのまともな検討がされただろうか。

「安心して子どもを産み育てられるための公的支援」、「子どもを社会の宝として大切する仕組み、制度」など、大変不十分であることが、「少子化」に歯止めをかけることができない要因だということ。

自治体の「主体的努力」の中身こそ、しっかり考えていかなければならない。


著者;岡田知弘(京都大学大学院経済学研究科教授。自治体問題研究所理事長)

発行所;自治体研究社






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市政報告懇談会 ご案内

2015-03-24 22:55:44 | 活動報告
小学校の桜のつぼみが膨らんでいます。春はそこまで・・・



ですが、「冬のコートでお出かけください」と、朝の天気予報で言ってました。

その上、晴れているのにパラパラと雨が降り、すぐにやむかと思えば本降りに。

市政報告会のご案内で歩いていて、訪ねた先で傘を貸していただきました。



今度の日曜、市政報告懇談会を以下の通り開催します。

私にとっては、初めての会場です。

どんな方が来てくださるか、楽しみです。どなたもお気軽に、のぞいてみてください。


市政報告懇談会

3月29日(日) 夜7時~

条南長寿園
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母・・・最後のメッセージ

2015-03-23 23:13:37 | 
今日は冬の寒さが戻った一日でした。

たまっていた事務仕事を片付け、市役所でいくつかの用事を済ませ、「こんにちは ただち恵子です №822」の配布をし、夕方は松ノ浜駅前で政党助成金廃止署名、夜は会議。

一日が終わって、ひとりになると思うのは、やっぱり母のことしかありません。


子育てと仕事の両立、というより「女は家にいるもの」という強烈な意識の父との間での摩擦に疲れていた母が、私が大学に入学した年になぜ仕事をやめたのか?

子育ての時期を乗り切って、子どもは自立した時期になぜ?


今日、ふと思い出して納得しました。

母は「子どもたちと思いっきり、かけっこできなくなったら学校はやめようと思っていた」と私に言ったことがありました。

50歳を前にして、母は体力の衰えを感じたんだと思います。

「子どもとかけっこ」するだけが教師ではなく、年を重ねたベテランの教師にはそれなりの魅力があるはずだけど、母はどこまでも子どもたちと体でぶつかり、体で受け止める教師でありたかったんだろうと思います。


いつも決断の早い人でした。

人生の幕引きも潔く、決断してしまったんだろうかと思います。



母が残してくれた手記、「あらぐさの呟き」の最後のページをここに転載しておきます。

著者の了解を得ることはできないので、私の独断です。

でも、このメッセージを母は、多くの人に伝えたかったに違いないと思います。


最後に一件、どうしても言わなければならないこと。

かつて教え子たちに私が言った言葉「職業に貴賎はない。どんな仕事についても、その仕事で第一等になる努力を重ねることが大事だ。ただ共産党のような考えを持つ人にはなるな」

この後半の部分については私の不明を侘びて訂正しなければならない。時の流れとは言え、自分の偏見を正義と信じこんで若い頭脳に刻み込んだ罪は大きい。情報を自由に選択できる現在、おとなになったあなた達は、どうか私を乗り越えて「自分の眼」を持ってほしい。



泉大津で短歌のグループに入れてもらって毎月の例会に参加していた頃、母はこんな歌を詠んだ。


遠き日の不明を詫びて

壮年となりし教え子らに 入党を告ぐ



このブログに「母」というカテゴリーをつくった。

明日は、もっと元気になろう。


おやすみなさい。
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母のこと・・・・仕事と子育て

2015-03-22 23:57:10 | 
母の突然の死について、このブログとフェイスブックに書いたので、たくさんの方からお悔やみの言葉、慰めと励ましの言葉をいただきました。


親を見送るということは、ほとんどの人がいつかは迎える日。

私にとっては、それが昨日、3月21日でした。



母が、「私が死んだら読んでね」と言っていた「あらぐさの呟き」と題した一冊の「私だけの本」を読んだ。



立派なケースに入っているけれど、中は白紙のページに手書きで231ページ。


私の幼いころの母の記憶は、小学校の教師として働く姿。

母が仕事をやめたのは、私が大学に入学し、家を離れた年だった。

だから、私の記憶には、朝は私達は学校に行き、それより早く仕事に行く母の姿しか残っていない。

そのとき、母はまだ49歳だったことに驚く。


仕事を続けることと、子育て、家庭の主婦の仕事を両立させることに、母は悩み続けていたことを私は知らなかったわけではない。

でもこれほど深く、ずっと悩み迷い、苦しみながら仕事をしてきて、50歳になるまえにやめた母の気持ちは考えたこともなかった。


「あらぐさの呟き」にはさまれた、包装紙の裏に鉛筆で走り書きしたものがある。

そこに記された私の年齢からすると、それを書いた母は36歳。


「勤めていながら家庭を第一義として学校のことは要領よく片付けて、さっさと引き上げていく人たちのまねは私にはできない。毎晩遅くまで公務で飛び歩きながら夫に労わられ助けられて活躍している人はうらやましいけれど、私には望むべくもない」

という文章に続き、「私はやめよう。あと10年子どもの成長を見守ろう」という言葉で結んでいる。


「中途半端」ができない母は、私が義務教育を終える頃までの10年間、「家庭の主婦」の仕事に専念しようと決めたことがあったようだ。

「女は家にいて家庭を守るもの」という考えの父との間での、小さな衝突、大きな摩擦は日常だった。

でも母はやめずに末っ子の私が大学に入学する年まで働き続けた。


そして一旦退職して、非常勤で近くの小学校や幼稚園で講師の仕事をしていた。


母の葛藤を、私は自分の心のなかでなぞっている。


そんな母を「先生」と慕い、ずっと交流を続け、半世紀以上たったいまでも、毎年決まった日にクラス会を続けている卒業生のグループがふたつある。

母が大阪で暮らしていたときも、そのクラス会には必ず出かけて行った。幸せそうだった。

「私の母はどんな先生だったんですか」と、いつか聞いてみたい。





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母とお別れしました

2015-03-21 22:45:52 | 
今日の未明、3時過ぎに、母が倒れて救急搬送されたという知らせを受けました。義姉からの電話でした。

いくつかの用事を済ませ、母のいる病院へ向かう途中で、間に合わなかったことを知りました。

3月21日午前7時2分。母は最後の呼吸を止めました。


母の部屋を最後に訪ねたときに「私がいなくなってから読んで。」と言われていた「母の本」を帰りの新幹線の中で読みました。



幼い頃のこと。結婚。子育てと仕事。そして最後は「日本共産党との出会い」という一文でした。


眠っているより安らかでした。

生前の母が書き残した望みの通り、献体の手続きをし、遺体はそのまま運ばれたので通夜も葬儀もありません。

お骨になって帰ってくるのは、1年ほどあとになるそうです。



兄達、叔父さん、叔母さん、従姉妹たちと一緒に、お別れをしました。




遺体は、50年前、母が障害児教育に携わっていたときの子どもたちの寄せ書きで覆われました。

これは、母が「旅立ちの日のために」と書いて残していた、自分で縫い上げた衣装とともに箱に入れてあったものです。


今、寂しくないといえばウソになりますが、それ以上に、体の中から不思議な力が湧いてくるのを感じています。

これ以上ないほど、見事に美しく、母は最後の幕を自分で引いたと思います。


92歳でした。
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高石市泉大津市墓地組合議会

2015-03-20 23:21:36 | 活動報告
泉大津の市議会は昨日で閉会しましたが、今日は高石市と泉大津市で構成する墓地組合の議会でした。

新年度の予算に、高石斎場の耐震化とバリアフリ工事のための実施設計の費用の計上があります。

私はこれまで、斎場にエレベータ設置、その他の改修工事等にを基金を活用する提案のときにも「優先するべきは耐震診断」と意見を言ってきました。

昨年、耐震診断を行い、それに基づく耐震化の工事が新年度に予定されています。

「高石市泉大津市墓地組合」と両市の名前が冠になっていますが、実際の利用は、ほとんどが高石市で、泉大津からの利用はわずかです。


1年前の議会で実績を質問しましたが、泉大津の利用率は3%弱。

分賦金の割合は8%となっています。


「利用率を反映して分賦金の比率も見直すこと」を求めてきました。

今日は初めて「今回の工事費用の負担は、従来の分賦金の割合とするが、今後については両市の協議で今年度中に、利用率等を勘案して見直す」という答弁がありました。

分賦金と言っても、元は市民の税金ですから、合理的な説明のできるものでないと・・・。という思いで言い続けてきたことです。



午後は市民の方からのご相談が3件。



夕方は北助松駅で「政党助成金廃止」の署名と宣伝。

暖かくなってきたせいか、たくさんの方が足を止めて署名をしてくださいました。


そして夜は、昨日、閉会した議会報告の「こんにちは ただち恵子です №822」の作成と印刷。


フル回転の一日でした。



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今期最後の市議会定例会が閉会しました

2015-03-19 16:41:12 | 市政&議会報告
市議会最終日でした。

予算審査特別委員会の委員長報告のあと、討論。採決。

国保、介護、後期高齢の三つの特別会計予算案に反対、一般会計を含む他の会計は賛成。

他の議員さんは「全て賛成」で、全会計予算案を、本会議でも原案どうり可決しました。


人事案件として、山本賢次副市長が3月末で退任、大阪府へ帰られるということで後任に、現総合政策部長の樫葉智晴氏を選任することに全会一致で同意しました。

予算案に対して、日本共産党を代表して私が行った討論を以下に掲載します。

ご一読いただければ嬉しいです。


日本共産党市会議員団を代表して、2015年度予算案について総括的な意見を申し上げます。

【一般会計】
昨年4月の消費税率5%から8%への増税は、深刻な景気悪化をもたらし、その影響は市民の暮らしにも広く及んでいます。その上に、国の新年度予算案は「社会保障の財源確保のために」いって増税した直後の予算であるにも関わらず、高齢者の増加などによるいわゆる「自然増」分をも圧縮し、社会保障切捨ての予算となっています。
本市の新年度予算案には、今年度に続いて「消費税増税による低所得者、子育て世帯への影響を緩和するもの」として、臨時福祉給付金、子育て世帯臨時特例給付金の計上があります。今年度より給付額を縮小し、ふたつの給付金の総額で1億4千万円余に対し、支給に関わる事務事業などの経費は約4千万円に上ります。全額国庫負担とはいえ、正職員の人件費などは自治体負担です。これだけの規模の財源と人手を、自治体の裁量、知恵と工夫で活用することができれば、どれほどの事業ができることかと考えます。自治体は国の下請け機関ではありません。国庫負担は、すなわち市民の税金でありますから、真に市民生活に役立ち生きた財源措置のありかたについて、住民に密着した基礎自治体から国に対して意見をあげていくべきだということを申し上げます。
「貧困と格差」がますます大きな社会問題となる中で、生活困窮者自立支援事業がスタートします。「生活困窮」の実態は税や保険料、各種公共料金の滞納という形で行政機関に把握されることが多いことを、申し上げてきました。福祉部局だけの対応に留まることなく、就労支援、教育の保障などを含め、生活再建のために寄り添い支える支援の継続ができる全庁の連携を特に求めます。
新年度予算案には、子ども医療費助成の対象年齢引き上げ、妊婦健診公費助成拡充、発達相談事業の開始、公立幼稚園施設の活用による保育を必要とする子どもたちの受け入れ、学童保育の時間延長と対象拡大、子育て世代の女性の健康づくり応援企画など、安心して子どもを産み育てることができるまちづくりをめざして、多くの点で施策の拡充が盛り込まれました。人口減少・少子化がすでに進行しているもとで、子育て世代、すなわち働き盛りの世代の定住促進を図ることは、市の将来の財政基盤を確かなものとするためにも重要であることをこれまで主張してまいりました。引き続き、子育て世代にとって魅力あるまちづくりに、経済的支援策の拡充、保育・教育内容の充実、遊び場・公園の整備、通学路の安全対策などに総合的に取り組み、子育て情報の発信にも努めていただくことを求めます。
高齢者の医療・介護の保障、生きがいを持って暮らし続けるための保障という点では、先送りが許されない状況です。長年働き続け、社会に貢献されてこられた高齢者の方々が年金の全てを費やしても、医療も介護も受けられない事態を放置して、どうして「住めば誰もが輝くまち」のビジョンが語れるでしょう。市長が、私の一般質問に対して、ご答弁いただいた「高齢者の尊厳を保ちながら、暮らし続けることのできるまちづくりが非常に、本当に重要なことであると考えている」という思いを具体的な施策の中に生かしていただくことを期待します。
「第4次総合計画」を策定し、その目標に向かって新たな一歩を踏み出すにあたり、「誰もが安心して暮らし続けることができるまちづくり」をめざす今後の取り組みに期待し、ともに力をつくす決意を申し上げ、一般会計予算案に賛成いたします。

【国民健康保険特別会計、介護保険事業特別会計、後期高齢者医療特別会計】の3つの会計予算案に対しては、委員長報告に反映していただきました理由により、反対の態度を表明いたします。市民の命と健康を守るセーフティネットであるべき公的社会保険制度でありながら、保険料は重い負担となって家計を圧迫し、その重い負担に耐えても医療・介護を受ける確かな保障はありません。保険者として、国の制度改悪に反対し、負担増から市民を守る防波堤の役割を果たすことを求めます。

【その他の特別会計、及び水道事業会計】水道施設の耐震化促進、水道料金引き下げのための広域水道企業団の構成団体としての働きかけなど、市民生活を守る立場からのいっそうの努力を求め賛成いたします。

【市立病院事業会計】
「子どもと女性に優しい病院」をひとつの柱として掲げる病院として「患者のための一保育の実施」を求めたところ、病院管理者より極めて前向きの答弁をいただきました。感謝を申し上げ、今後に期待をいたします。公立病院であるからこそ、こうした市民の要望のひとつひとつにできるところから、可能な限り応えていただきたいと願っています。
国の総医療費抑制の医療政策が続く限り、公立病院の経営は困難が続くと思われます。国は、一方では70歳以上高齢者の窓口負担を1割から2割にするなどの患者負担増、一方では入院ベッド縮小など医療の供給体制の抑制を都道府県に権限を持たせて進めようとしています。その医療供給体制の再編計画の中心に公立病院の縮小・再編が位置づけられています。
しかし一方では、高齢化が進む中、市民の日常生活圏域に医療・介護の供給体制を確保していくことはいっそう重要な課題となります。だからこそ、多くの市民が市立病院に期待を寄せています。
委員会審議の中でも、新年度の重要な新規事業である、乳幼児健診から子どもの成長に寄り添う一貫性のある発達相談事業、認知症高齢者に対する福祉・医療の連携による支援体制など、いずれにおいても市立病院が重要な役割を果たしていることを確認いたしました。
公営企業法の全部適用により、人事・財政において独立した権限と責任を持つ経営形態に移行したとはいえ、事業内容においては、引き続き公設公営、自治体直営の病院として、福祉・介護・健康増進・子育て・災害対策など行政の各課との連携を強め、双方の事業効果をあげていくことにより、市民にとって頼れる病院としての経営改善にも資するものと考えます。
市民の命を守る砦として、病院の収支改善に努めながら、高齢者にも子どもにも女性にも、すなわち「全ての患者・市民にとって優しい病院」をめざす病院スタッフの皆さんのご努力に敬意を表し、いっそうの期待をこめ病院事業会計に賛成いたします。
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市議会は明日が最終日です

2015-03-18 22:22:31 | 市政&議会報告
市議会定例会の最終日を明日に控え、最後の議会運営委員会が開かれました。

採択する「意見書」、明日の議事日程等のの確認。

残念ながら、私たちが提出した「政党助成金制度の廃止を求める意見書」「高浜原発再稼動の反対を求める意見書」「日本政府に核兵器全面禁止のための決断と行動を求める意見書」は、他会派との調整により3本とも同意を得られず、上程されないこととなりました。

しかし「核兵器全面禁止」の意見書で掲げた要望事項を生かして、他の会派から提出された趣旨の重なる「意見書」に修正・挿入を求めて合意することができたのはよかったと思っています。

明日は予算案について予算審査特別委員会の委員長報告のあと、あらためて総括的な討論をします。

その原稿に手をつけられないまま、この間、読もうと思って読めなかった本、雑誌、等を読みふけっていました。

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「村長ありきーー沢内村 深沢晟男の生涯」

2015-03-17 18:16:54 | 読書
1905年、岩手県沢内村に生まれた深沢晟男が都会での生活を経て、生まれ育った村へ帰り、教育長から助役へ、そして村長に就任したのは1957年、51歳のときだった。

各地区の公民館や学校の教室で、村の人々と膝を突き合わせての座談会を重ね、一方で信頼する行政スタッフによる調査分析をすすめ、「豪雪、多病・多死、貧困」という「沢内村の三悪」を明確にする。

そして、その悪条件の克服に果敢に挑むなかで、真っ先に実施したのが「乳児の医療費無料化」、続いて「老人医療の無料化」。


法律との整合性や、貧困な村財政など、どんな難題があっても「生命・健康は平等に守られなければならない」という信念を貫く。


「医療費の無料化」は、生命尊重の行政が取り組む保健事業、「救える命は救わなければならない」という大きな目的の早期発見・早期治療の延長線上にある。


憲法25条を行政の施策に生かせば、そうなる。当然の帰結として。


村の人々の暮らしをみつめ、村民との対話のなかで課題を明確にし、そして村民の協力を率直に求めながら、課題の解決にあたる。

住民自治の模範、「市民と行政の協働」と私たちが言うモデルがここにある。


ただただ残念なのは、「疾病の早期発見・早期治療」を村民に呼びかけ、乳児死亡率を激減させ、平均寿命を延ばした業績で高い評価を受けた村長が、自らの病気の早期発見・治療には配慮が足りなかったのか、わずか59歳、村長2期目の在職中にその生涯の幕を閉じたということ。



子ども医療費助成は、全国の全ての自治体に広がり、対象年齢も市町村が競い合って引き上げ、「中学校卒業までが3分の2の自治体」というところまで来た。

「いいこと」で競い合うのは歓迎すべきだし、運動の力でここまで切り拓いてきたことも事実だと思う。

財政負担を理由に腰が重かった自治体も、「周りの自治体がやれば、やらないわけにはいかない」と動く。

しかし、沢内村の「生命尊重行政」の理念がしっかりと受け継がれているなら、高齢者の医療費負担の重さはもっともっと、問題にし、運動にし、改善しなければならないと思う。

深沢村長が2期目の村政を担当して岩手県国保蓮に招かれて講演した記録の抜粋が本書に収録されている。

「年寄りを大事にしなければ、いろいろの秩序というものが生まれて参りません。誰もが辿る年寄りへの運命であってみれば、その年寄りを生産能力がないからという理由で粗末にする、そいう風潮が一家の中に出るようでは、社会全体も無秩序の状態になる。・・・年寄りを姥捨て山に送るような考え方が、若い人やお嫁さんの中に出てくるようでは問題にならん。・・・私はお年寄りが、自分の生命という一番大事なものにすら遠慮なさっている、こういう方々に最初の段階(医療費10割給付の)としてしぼったわけでございます。」


介護保険の改悪、70歳以上の医療費2割負担、後期高齢者医療の保険料軽減の廃止・・・「姥捨て山」の政策に深沢村長は、「こんなことを許してはならん」と本書の中から私達に語りかけている。



著者;及川和男
発行;れんが書房新社

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