泉大津市会議員  ただち恵子です

私の市政報告、毎日の活動、そのなかで思うこと.




「さよなら 維新政治」・・・我が街から

2015-10-31 17:20:51 | 大阪府政問題
11月5日、知事選挙の告示目前。

街に公営掲示板も立ちました。



「さよなら 維新政治 府民大集合」のタイトルで、29日には中之島で、昨日は岸和田で、明るい民主府政をつくる会(明るい会)の連鎖集会が開催されています。

泉大津・忠岡でも11月1日(日)夜7時~

泉大津市民会館小ホール 



私は、司会を務めます。

司会者は弁士の引き立て役で、控えめがよろしいのですが、ここは「必勝の決意」で気合を入れて臨みます。


明るい会は「大型開発優先ではなく、福祉・暮らし・教育を」と訴えて、毎回の知事選挙を闘ってきました。

そして、残念ながらこの40年間、負け続けてきました。


それでも、全職員の思想調査を強行、民主主義も人権も公然と踏みにじり、裁判で断罪されても開き直るような知事は、見たことも聞いたこともありません。

8年前までは。


「政策の違いを議論するテーブルにつく」という当たり前の府政を取り戻すことが、全ての要求実現の出発点。

だから「さよなら 維新政治」です。


「政策が違う政党の候補者を応援するのはなぜ?」と疑問の声もあります。

そんな方も是非、明日の集いにお越しください。

「まじめに大阪。」大阪のことを一緒に考えましょう。
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「私(あなた)にとって男女共同参画って?」と問われて

2015-10-30 23:26:24 | つぶやき
いずみおおつ男女共同参画交流サロン(愛称;にんじんサロン)で活動する「輪を広げる会」の皆さんから、お誘いいただいて「男女共同参画学習会」に参加しました。

「学習会」と言っても、誰かが講師で「お話を聞いて勉強する」のではなく、皆でテーブルを囲んで、それぞれの思いを語り、発言を聴きながら考える。


それぞれの言葉には、共感できる部分もあれば、ちょっとツッコミを入れたくなる部分もあり、そしていずれにしてもその「言葉」には、それぞれの暮らしがにじみでる。

2時間があっというまで、「続き」の話をしたいと思いました。他の参加者の皆さんはどうだったのでしょうか?


「私(あなた)にとって男女共同参画って?」という問いかけで、それぞれの経験や思いを出し合いました。


私が議員として一歩を踏み出した25年前、「女のくせに」とは表立っては言われなかったけれど、(もう少しまえだったらきっと、言われたどうろ思います。)「母と子の幸せのために」という言葉が女性候補のキャッチフレーズとして普通でした。

私も、その言葉を使いました。国政選挙では女性候補のアピールは「台所の声を国政に」でした。

20年たったら、男性の候補者でも『子育て真っ最中』というようになりました。初めて「子育て真っ最中の父親です」という自己紹介を男性の候補者から聞いたときの新鮮な感動は、よく覚えています。

「子育て=女性の役割」という意識は、過去のものになったのだと思います。


職業をもって働き続けた母の悩み、葛藤をずっとみながら、私は育ちました。保育所もない。何より「女が外で働く」ことが、まるで悪いことをしているような空気が私の家庭にはありました。


母が子育てした半世紀前、そして私が議員活動を続けてきたこの25年、振り返ってみれば確かに意識も制度も、「前向きの変化」があると思います。

それは、多くの人たちの願い、声、運動によって切り拓かれたものでもあると思います。



「男女共同参画」という言葉自身が「古くなる」、やがて「死語」になるときが、きっとくるだろうと思っています。

「女性も、男性も、性的マイノリティの人々も・・・みんなが自分らしく生きていける時代」の扉を、私たちは開くことができるでしょうか?


一人ひとりの性的志向や性自認の多様性も含めて、あるがままに認め合い、生きていく社会をめざす途中の長い道のり。今、私たちはどこにいるのか?そのことを確かめながら、ほんの少しでも前へと進める力になりたい。

「私にとっての男女共同参画って?」に対する、私の答えです。


日頃は意識の底に沈んでいる大切なことを考える機会をくださった「輪を広げる会」の皆さんに感謝です。




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食糧と農業を守るための万全の対策を・・・・大阪府農業委員大会で決議

2015-10-29 23:21:16 | つぶやき
平成27年度大阪府農業委員大会が大阪市内で開催され、泉大津農業委員会の皆さんと一緒に参加しました。


4月に成立した都市農業振興基本法の趣旨を生かして、「大阪府独自の担い手育成に関する要請決議」(大阪府知事宛)とともに、「特別決議」として、「TPP大筋合意に伴う緊急要請」(政府、国会宛)を、全会一致で採択しました。

「緊急要請」は、政府が20日に発表した「TPPの関税交渉全体の合意内容」について「『国会決議の内容を逸脱している』との批判をはじめ、農業者に大きな不安と怒りが高まっている。」とし、「国民の『食』と『いのち』と『日々の生活』を守るため早急に対策を講じること」を求めている。


第2部は、医師で「シニア野菜ソムリエ」の資格を持つ宮田 恵さんの「医食農連携活動のすすめ~田や旗の未来は私達の未来に繋がる~」と題する講演。

超高齢化社会に、「シニア世代が医薬品や健康食品にしがみついて生きていくのか、それとも良い食材を地産地消で調達し、自分の年齢や体調にあった食事を毎日コツコツ食べていくことで健康を守るのか」、それはひとりひとりの人生の幸せとともに、市場経済のありかたも変えるという問題提起でした。

「たくさん作ってたくさん売って、余ったら捨てる」という効率重視の経済活動ではない、「美しい日本の風土、おいしい日本食、健康な身体を残すための経済活動の再構築は『農』主導で可能。」ということを熱く語ってくださいました。

そういう視点で考えるときに、新鮮な野菜の供給、防災空間と景観など、都市における農地と農業の役割は、かけがえのないもの、なんとしても守らなければならないものだとあらためて強く感じます。

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菊とコスモス

2015-10-28 19:44:18 | 季節・花
注意力散漫・・・なんだと思います。

小さなミスで、時間と少しのお金をムダにしました。


そし、予定した仕事の大半を残して日が暮れました。


「こんな日もある」と独り言。




市役所に行く途中のコスモス畑。


いつもチラっと見て通り過ぎますが、今日は立ち止まってみました。





市役所の隣の東雲公園の菊の花。




愛情こめて育てられ、この日を待っていた大輪の菊たちが、迎えてくれました。


コスモスと菊。

「いい日だった」と、独り言。


今日、やり残した仕事は、明日の楽しみにします。

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子どもたちは「未来社会の守護者」・・・東京都荒川区の視察

2015-10-27 23:33:57 | 市政&議会報告
「子どもの未来を守る」というタイトルの1冊の本に出逢ったのは2年南前。

その紹介のブログはコチラ


所属している厚生文教常任委員会の視察で、今日、荒川区を訪ねることができた。


「子どもの貧困対策」と「学校教育におけるタブレット端末」について。

二つのテーマで1時間半の間に、説明と質疑。


本当は「貧困対策」だけでも、1日とって聞かせていただきたいほどだった。

時間不足が残念ではあったが、荒川区の行政が全庁の力を結集して「子どもと教育」に力を注いでいることの熱い思いは充分に感じることができた。

副区長さんの総括的な説明の中で、「タブレット導入の、子どもの貧困対策と、関わっている」という言葉も印象に残っている。

「経済的なゆとりがあって、家庭でもITに親しむ環境に恵まれた子どもだけではなく、これからの時代に生きていく全ての子ども達が、等しく情報収集、活用のスキルを身につけていくことが大切だと考える」という意味のことをおっしゃった。


「貧困の連鎖」を断ち切り、豊かな未来を拓く事業とは、「特別な支援を必要とする子どもたちへのきめ細かな暖かい配慮」としてのセーフティネットと同時に、全ての子ども達を対象とした教育・福祉施策の向上なのだと思う。

「全ての子ども」を対象としてこそ、「救うべき子どもを一人残らず救う」ことになるのだから。


「未来社会の守護者」である子どもたち・・・・資料としていただいたなかにある「あらかわ区報」に掲載された西川太一郎区長の言葉からいただきました。


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今日と明日は視察で東京へ

2015-10-26 08:39:44 | 活動報告
朝の冷え込みに季節の移り変わりを感じます。

松之浜駅で「明るい会」のニュースを配布。「私達が自主的に支援している、くりはら貴子さんの主張も載っています」と呼びかけます。
寒くて途中で一枚、着込みました。

宣伝終わってそのまま難波行きの電車に乗ります。

厚生文教常任委員会の行政視察です。

新大阪の集合時間までまだだいぶありますが、途中でモーニングしながら予習。

今日は品川、小中一貫教育と学校選択制。明日は荒川、こどもの貧困対策(これは私の提案)と学校教育へのタブレット端末導入。

では、行ってまいります。
南海本線車中より。
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「沈みゆく大国 アメリカ 〈逃げ切れ! 日本の医療〉」

2015-10-25 00:51:14 | 読書
「これは読まなければ!」と人にすすめ、集会でも紹介しているのに、自分がなかなか詠み終わりません。

必要に迫られて読まなければならないもの、迫られてないけれど寝ないでも読みたい本が出てきて・・・。


ようやく最後のページをめくりました。

もう一度、最初から読もうと思っているところです。

読み終わってすぐに「もう一度、読もう」と思った本はそんなにありません。


文章が難解だということではない。

むしろ、歯切れよく読んでいて気持ちがいい。

書いてあることが「大切なこと」で、それをちゃんと人に説明できるようになりたい、自分の中でもう一度組み立てなおしてもみたいと思うので、再読する。


この本は、オバマケアについて詳細に書かれた、前作「沈みゆく大国 アメリカ」の続編。

前作は、今、友人の手元にあります。「2回目を読んでるところ」だそうです。

「同じこと考えるんだな」とおもしろく思いました。



「人はいつでも、ないものをねだり、あるもののありがたさを忘れてしまう。

私たちが当たり前のように手にしている国民健康保険証もその一つだ。」

本書の中の一節。


国民皆保険制度は、まぎれもなく私達の宝。

それが、中から、外から、じわじわを壊されていることに警鐘を鳴らし、「まだストップさせるチャンスはある」と、その希望を地方自治体から創り出す道を指し示してくれている。



著者;堤 未果


発行所;集英社
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介護保険 「新総合事業」を考える

2015-10-23 20:40:04 | 社会保障
北助松駅前で「11月22日は知事選挙。府民の手に府政を。くりはら貴子さんを応援します」と、「明るい会」連絡会の夕方宣伝です。

途中で失礼して、大阪社会保障推進協議会の学習会に参加しました。




初めに大阪府内のデイサービスの事業所アンケート調査の報告がありました。

介護報酬改訂で、小規模の事業所ほど打撃的な影響を受けている。この上、要支援者のサービスが保険給付からはずされていけば、地域に密着して介護サービスを支えてきた事業所が消えていくことになりかねない。

そんな状況が浮き彫りになりました。




続いて、大阪社保協介護保険対策委員の日下部雅喜さんから「新総合事業にどう立ち向かうか」、すでに総合事業に踏み出した自治体のヒアリングをふまえた報告でした。

日下部さんは、「総合事業」先行自治体のタイプを、介護保険からの「卒業」と、安上がりの基準緩和事業への移行を促進する「国モデル率先実行型」、「現行相当サービス」だけでとりあえず移行する「形式的移行型」、そしてまじめに予防を重視し、本当の意味での地域の支えあいを創りあげる「予防・地域づくり重視型」の三つに分類されました。

めざすべきは第3のタイプ。

現行サービスの効果と役割を改めて明確にし、指定事業者による専門的なサービスを土台にして、地域のボランティアを担い手とする多様な活動(保険サービスではできないお手伝いや、高齢者の居場所づくりなど)は、プラスアルファとして位置づけること。それは、まさに私がこれまでの、議会質問でも求めてきたところです。


とにかく自分の地域の実状、事業所や利用者さんの声や実態を知ることから始めたいと思います。10月に総会を開いて体制も新たになった、泉大津社保協の皆さんといっしょに取り組んでいきたいと思います。

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川のある風景

2015-10-22 23:55:28 | 私が好きなお店
天満橋の駅は、ずっと以前にしていた仕事の関係でも、通い慣れたところです。

午前中の用事が終わって、「お昼、食べていかない?」と友人(考えてみれば、一回り以上年が違いました。私がお姉さん)に声をかけ、ランチタイム。



何度も降りた駅ですが、いつもまっしぐらに目的地へ向かい、そして帰りもまっすぐ。周りの風景をゆっくり眺めることはありませんでした。


ちょっと裏手へ回ったら、とても気持ちのいい空間が広がっています。色づき始めた木々と川の流れ。




初めてのお店。日替わりランチはポークカツでした。

野菜たっぷりのスープが2種類。スープと、コーヒー、ジュースなどドリンクも、おかわり自由。

お値段は・・・890円。


広いフロアにテーブルの間隔は、たっぷりある上に、開け放たれた窓の外は川のある風景。

とても開放的な気分です。


川を眺め、最近、感動した本の話などして・・・リフレッシュのひとときでした。


もうひとつ、お店の中にちょっと楽しい仕掛けがありました。うまく説明できないので、もし近くに行くことがあったら、そして興味があったら立ち寄ってみてください。


Green Cafe 川の駅 はちけんや店 地下鉄谷町線 天満橋駅 徒歩2分


ランチが終わったら、それこそ、まっしぐらに帰って、たまった用事が次々。
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維新政治の8年間、何が変ったのだろうか?

2015-10-21 23:10:06 | 大阪府政問題
明るい民主大阪府政をつくる会(「明るい会」)の宣伝カーが泉大津に入りました。

岸和田、忠岡を走った車を、泉大津駅で引継ぎ、高石にバトンタッチするまでの1時間半、道案内と弁士を務めました。


明るい会は、今度の選挙で初めて、独自候補を擁立せず、今、知事選出馬の表明をされている、くりはら貴子さんを自主的に支持することを明らかにしています。

「自主的に支援」とは、いわば勝手に応援するということ。

政策協定を結ぶわけではないから、候補者の掲げる政策に連帯責任は負いません。

「それって、どうなん?選挙は、候補者の公約で選ぶものでしょ?」という声も寄せられています。


今度の選挙は、個々の政策の違いや政治的な立場も乗り越えて、「府民のための府政」を取り戻すチャンスだと思っています。

その点で、くりはら貴子さんの訴えと、私達の願いが、ぴったり重なります。


泉大津駅前では、宮原たけし府会議員が訴えました。


松井知事と論戦し、くりはら貴子さんの府議会での発言も直接、見てきたなかでの具体的な話で、説得力があります。


中小業者が利用できた融資制度も、「府・市の二重行政」と言って切り捨てたこと。

災害対策、河川の改修なども立ち遅れたこと。

子ども医療費助成は全国最低。少人数学級の願いにも背を向ける。

府庁移転のために旧WTCビルを購入、咲州庁舎に府庁機能の一部を移転、3・11の被害で防災拠点にならないことが明らかになっても大手前と咲州の「二重庁舎」を続けてきた。

「この点でも、地震・津波のときは陸の孤島になると言われる、咲州庁舎に固執する松井さんより、『ふたつの庁舎』のお金と時間、人手のムダをなくす」という、くりはらさん」と宮原議員は訴えました。


5月の住民投票では「大阪市解体」に市民はノーの審判をくだしました。

橋下市長と維新の会が唱えた「大阪都構想」なるものは、衛星都市の住民には意思表示の場もなく、しかし「大阪府」の役割を大きく変えていくものですから、5月の住民投票には私も、何度か足を運んでマイクも持ちました。

大阪市を、まっぷたつに分断した激しい争いになりました。本来、対立しなくてもいい市民の中に、対立・分断が持ち込まれました。

それをダブル選挙で、また蒸し返すのなら、あの住民投票は一体なんだったのでしょうか?「ラストチャンス」と、言っていたはずです。


「不毛な対立、抗争はもうおしまいにして、本気で大阪のことを考えましょう。高齢者や子どもたちに目を配るあたりまえの府政を、とりもどしましょう」と呼びかける、くりはら貴子さん。

宮原府会議員の訴えを聞いて、「個々の政策」でも多くの共通点があることも確信しました。

私も勝手に、そして本気で応援します。

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泉大津吹奏楽団 半世紀の歩み

2015-10-20 23:32:52 | 市政&議会報告
泉大津吹奏楽団と市議会の意見交換会でした。

議会基本条例で定めた「団体からの申し出による意見交換会」もこれで4回目になります。


テーマは「音楽を通した青少年の健全育成について」ということでしたが、議論の中心は市民会館の存続問題にほぼ終始しました。

市民会館の大ホールという舞台があってこそ、泉大津吹奏楽団が発展し、そのことによって「青少年の健全育成」に寄与してきたからです。


サマーナイトコンサート、定期演奏会でいずれも1000人を大きく超えて、大ホールをいっぱいにしてきた実績。私も、日程があえば客席に足を運びますが、ほぼ立ち見でした。

今日の発言でも紹介されましたが、観客のほとんどは市内の方、そして多くは高齢者。「このコンサートを楽しみにしている」という方もあります。

「青少年の健全育成」だけでなく、市民の文化活動の一翼を担ってこられたことがわかります。


来年は「結成50周年」の記念の年ということで、イギリスの作曲家、フィリップ・スパーク氏に、9年前の40周年記念に続いて記念曲の作曲を委嘱、「50周年記念の演奏会は、スパーク氏自身の指揮による世界初演を泉大津市民会館で」というビッグニュースも紹介されました。アマチュアの楽団でありながら、世界に向かって発信するまでの実績を築いてこられました。


ここまで大きく発展してきた楽団の発祥は、半世紀以上前の中学校の吹奏楽部の誕生だったそうです。その卒業生が「OB吹奏楽団」を結成。これを出発点として、毎年のプログラムの表紙の「since1966」と掲げておられます。

市内3中学校の吹奏楽部はいずれも活発で、100人規模。毎年市内中学校、高校の3年生部員と泉大津吹奏楽団との合同演奏も恒例となっているそうです。


来年50周年を迎える楽団が、これからも「泉大津吹奏楽団」の名で市民に愛され、演奏活動を続けて欲しいと思います。


泉大津吹奏楽団が、一中学校の音楽室で産声をあげたそのころ、私は中学校の吹奏楽部に所属してクラリネットを吹いていました。

私と入れ替わりで高校に進学した兄が、ブラスバンドクラブの部長をしていたことの影響でした。

兄はクラリネットからフルートに楽器を替えて、今でもずっと演奏活動を続けていますが、私は高校時代は、山に魅せられもっぱら山に通いつめる日々で、それ以来楽器にはふれていません。

けれども、管楽器独特の深い音色と、みんなで創り出すハーモニーの中に身を置くことの魅力は、まだ自分の体に記憶として刻まれています。


練習の場所と発表の場所があってこその楽団の活動です。


「市民会館の廃館で代替施設はテクスピア」という説明を受けてきましたが、テクスピアのホールは500名規模。代替施設にはなりません。


吹奏楽団の活動にとってだけでなく、1000人規模のホールを含む文化施設を市内に持つことはこれからも必要であることは間違いないと思っています。

だからといって、安全性の確認できない現施設の存続を求めることは万一のことを考えれば困難。新たな施設の建設で市の財政自身が破綻するとすれば、それも困難。

なんとか、知恵と工夫、発想の転換で道を切り拓きたいと思います。


私は生涯学習の基本計画の策定を求め続けきました。

まもなく、まとまったものとなるようです。

今日、改めて詳しくお聞きすることができた吹奏楽団も含めて、市内には素晴らしい一流の活動を永く続けてこられた方々がたくさんおられることと思います。

まだ今は形にならなくても、夢や構想を持っておられる方々もおられることと思います。

それらを総結集して、「泉大津の文化」を継承し、創りつづけていきたいと熱く思った今日の意見交換会でした。



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紫陽花のあかちゃん?

2015-10-19 23:47:57 | 季節・花
洗濯物を干しに出て、足もとの小さな花に目がいきました。

花を落とした紫陽花の枝から、小さなピンクの花が・・・。


別の草花がからんでいるのか思って、よくよく見ても、そうではないようで。

愛おしい、小さな命です。

これから、どんなふうに育っていくんだろう??

今朝も元気でした。





あの9月19日から1ヶ月たちました。

「19日を忘れない」と国会前に向かう人たち。


この流れ、止まらない。

けして、とめない。

私は、国会前には行けないけれど、19日を忘れません。




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公園にて。

2015-10-18 23:58:01 | 大きくな~れ パート4
夏に会ったときは、まだ、つたい歩きがやっとで、まだまだ「赤ちゃん」だと思っていた○おクン、娘がラインで送ってくれる写真でその成長ぶりに驚き、感動、そして癒されます。



砂場でおねえちゃんといっしょ。「人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ」という本がありましたっけ。

ここは幼稚園ではないけれど、公園の砂場は、確かに生きていくために大切なことを、学んでいるなと思います。




3歳。来年から幼稚園の○ちゃんも、去年の今頃、滑り台はひとりでできなくて、私の膝にのってすべっていました。何度も何度も「ばあばといっしょ!」と言って、階段を登り、滑って、また登り・・・。


今は、○おクンの保護者







今度、会えるのはいつかな?

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「平和を守る」の一点で地域に共同の輪を

2015-10-17 22:56:35 | 憲法・平和
泉大津ピースアクション。

9条の会代表の青山政利さん、「明日の自由を守る若手弁護士の会」=通称「あすわか」の市内在住の弁護士の南部秀一郎さん、南溟寺、ご住職の戸次公正さんの呼びかけで、東雲公園で集会。

呼びかけ人のおふたり、戸次さん、南部さんの挨拶が続きます。





宗教者の会で、宗派を超えた活動をしてこられた戸次さんのお話、心にしみます。


前議長の田中一吉さんも地域の労働組合の皆さんの連帯の気持ちも代弁しながら、挨拶されました。


市会議員は、野田悦子さん、高橋登さん、森下いわおさんと私の4人が参加。それぞれ「3分間スピーチ」ということでマイクを持たせていただきました。


4人の議員が扇町公園の集会などでは顔をあわせることがあっても地元で揃うのは、初めてのこと。嬉しいことです。




私が着ているのは、絵本作家、長谷川義史さんのTシャツです。これで歩いていると話題になります。




最後は、呼びかけ人を代表して、青山さんの行動提起。



泉大津駅前に移動して、署名と宣伝の行動を1時間。


「用事を終わって駅に着いたら、終わったところでした。また、機会があったら参加します」というメールもいただきました。

行動しながら、「平和が大切」「憲法は宝もの」と考える人の輪を広げ、手をつなぐ人、心をつなぐ人・・・を増やしていきたいと思います。


お隣の忠岡町からも、日本共産党町会議員団3人、そろって参加。写真は高迫議員さんから、いただきました。感謝


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「それでも  わたしは 山に登る」

2015-10-16 17:25:34 | 読書
長野市での都市問題会議の基調講演が、登山家・田部井淳子さんだった。

高校時代、山岳部に3年間 籍をおき、週末と長期休みはひたすら山へ通った。学生時代を含めて6年間は、松本で目の前に北アルプスの峰をながめて暮らした。

大阪に来てからも、仕事の仲間と一緒に関西近郊の山に毎月のように足を運んだ。


今も忘れらない山を、時折、思い出すことがある。

そんな私にとって、世界最高峰のエベレストに女性で初めて足跡を刻んだ田部井淳子さんという人は、憧れの人だった。

長野での講演と、この本で「憧れの人」は「心から尊敬する人」になった。


講演で、3・11以降、田部井さんの故郷、福島を訪ね、被災者を励ますハイキングをずっと続けてきたこと、「被災した東北の高校生を富士山へ」のプロジェクトを立ち上げ毎年続けてきたことを生き生きと語られた。「怖いもの知らずの女たち」と自称する仲間達とシャンソンのコンサートを開いたことも。けれど、それら全てが、田部井さん自身のガンの再発、「余命3ヶ月」の宣告、治療、副作用との闘いと同時進行だったことには、一言もふれられなかった。

まえがきの結びの言葉

「歩けるうちは歩いておく。生きているうちは1秒でも楽しく、やりたいことをやって生きぬけたい。・・・山に行く女も病にかかります。しかし、かかっても歩き、登り、歌い、食べ、笑い、故郷のために少しでも力になりたいと思っているのです。」



著者;田部井淳子

発行所;文藝春秋
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