ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

ユダヤ人の復讐

2014-02-13 14:11:05 | 今日の聖句
「エステル記」8章7節~16節
そして、パルシャンダタを、ダルフォンを、アスパタを、ポラタを、アダルヤを、アリダタを、パルマシュダを、
アリサイを、アリダイを、ワイザタをと、ユダヤ人の敵ハメダタの子ハマンの十人の息子を殺した。
しかし、持ち物には手をつけなかった。
 その日、要塞の町スサの死者の数が王のもとに報告された。
王は王妃エステルに言った。「要塞の町スサでユダヤ人は五百人とハマンの息子十人を殺し、滅ぼした。
王国の他のところではどうだったか。まだ望みがあるならかなえてあげる。まだ何か願い事があれば応じてあげよう。」
 エステルは言った。「もしお心に適いますなら、明日もまた今日の勅令を行えるように、スサのユダヤ人のために
お許しを戴き、ハマンの息子十人を木につるさせていただきとうございます。」
「そのとおりにしなさい」と王が答えてので、その定めがスサに出され、ハマンの息子十人は木につるされた。
スサのユダヤ人はアダルの月の十四日にも集合し、三百人を殺した。 しかし、持ち物には手をつけなかった。
 王国の諸州にいる他のユダヤ人も集合して自分たちの命を守り、敵をなくして安らぎを得、仇敵七万五千人を殺した。
しかし、持ち持荷には手をつけなかった。




物凄いとしか言いようがありません。
モルデカイが気に入らないからといってユダヤ人を皆殺しにするよう、王に願ったハマンも恐ろしいですが、
それに復讐するモルデカイやエステルも恐ろしい!!
これではハマンの発想と変わることがないではありませんか、というのは現代の私の感覚で、
当時のパレスチナの人々の感覚では普通のことだったのでしょうかね。
神に愛されている一人一人の命が重い、という考え方はいつごろ出現したのでしょう。

ハマンはプルと呼ばれるくじを投げてユダヤ人を滅ぼし去ろうとしました。
ハマンのたくらみはハマン自身の頭上にふりかかり、ユダヤ人は滅びを免れました。
プルにちなんで、この日を「プリム」と呼んで毎年祝うそうです。



公園の脇を流れる川にいた<カワウ>
姿はあまり可愛くありませんが、エメラルドグリーンの目玉が素晴らしいです。


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