ゆうゆうの教会便り

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讃美歌194番 「栄えに満ちたる」

2014-04-02 21:35:07 | 讃美歌
讃美歌194番、先日の主日礼拝で歌いました。

1) さかえにみちたる 神のみやこは
   千代(ちよ)経しいわおの いしずえかたく
   すくいのいしがき たかくかこめば
   み民のやすきを 誰かはみださん

2) つきせぬ愛より いのちのいずみ
   ゆたかに湧きいで くめどつきねば
   みくにの世継ぎは かわくときなく
   あふるるめぐみに たえずうるおう

3) 神にまもられる みやこの民は
   はかなき楽しみ むなしき富に
   ほこれる世びとの あざみにあうも
   こよなきよろこび つゆも変わらじ

4) 尊き血をもて あがないませる
   みたみを王とし 祭司となして
   たえせずまつりを ささげしめたもう
   シオンのみやこの うるわしきかな


“Amaging Grace” の作詞者 John Newton の作詞。
教会をたたえたイギリスの古典的な歌で、1779年に詩人の William Cowper と共同で発表された讃美歌集 “ Olney Hymns” の中でも
最高の傑作と認められたものである。 なお “」Amaging Grace” もこの歌集で発表された。

原作者 John Newton(1725-1807)は幼くして母を失い、11歳の時、父が船長である地中海沿岸交易の商船で働き始めた。
船上の乗組員への過酷な取り扱いに耐え難く脱走したこともあったが、父の死後、自ら志願して奴隷交易船で働くようになり、
その後、船長になった。 1748年23歳の時、大嵐にあいまさに船が沈没しかかった時に彼は神に祈り、嵐を乗り越え
神の働きを確信することとなった。
亡くなった母が幼い時に信仰を教えてはいたが、それまでは信仰ニ確信を持っていなかった。
暫く奴隷船の船長は続けたが、その間、奴隷の取り扱いには細心の注意を払った。
1755年、船乗りを辞めリバプールで海運関係の仕事をしている時に George Whitefield(1714-1770 史上最初の大衆伝道家で
John Wesley 兄弟と共にメソジスト運動を展開した)との出会いがあり、Newton は聖職者の道を歩むことを決意し、
ラテン語、ギリシア語、ヘブライ語などの勉学に励む。

イングランド中部バッキンガム州 Olney 教区の副牧師として長年携わり、後に ST.Mary Woolnoth 教区の牧師で生涯を終えた。
Olney 在籍中、詩人の William Cowper(1731-1800)と共同で讃美歌の制作と編纂にあたった。

St.Mary Woolnoth 教会にある彼の墓地の墓碑には彼の次の言葉が刻まれている。
『かつて背信者であり放蕩者 アフリカの奴隷の使用人であった John Newton は我らの主であり救い主であるイエス・キリストの
豊かな憐れみにより救われ罪を許され、そして、自ら長年排斥していた福音を宣べ伝える役割を授かった。
彼は16年間 Olney で宣教し28年間この地で宣教した。』

旋律は、現在のドイツ国歌である。
1797年「交響樂の父」といわれる “Franz Josef Haydn(1732-1809)”により作曲されオーストリア国歌となり、
1841年にはドイツも国歌として採用した。
第2次世界大戦後、オーストリアは新たな国歌を制定したが、ドイツでは新たな国歌制定の試みが国民の中に定着せず、
1952年 アデナウアー首相によってハイドンの原曲が国歌の旋律として復活された。
(ただし、歌詞の方は誤解を招かない為に3番のみとなっている。 Deutschland、Deutschland ūber alles で始まる1節などは無い)

ハイドンは、二度の訪英によって、英国に美しい国歌 “God save the King” があることを知り、危機にひんしている
祖国オーストリアにも国民の士気を鼓舞するような国歌が欲しいと思った。
1796年ナポレオンのフランス軍がオーストリア軍を破って国民が途方にくれているとき、国民の激情的な愛国熱を奮い起こすために、
ハウシュカが「神よ、フランツ皇帝を護り給え」を作詞、ハイドンが翌年、これに4部合唱曲を作曲して、フランツ皇帝の誕生日に初演した。
これがオーストリアの国歌となったのである。

この原旋律は、もとは、ハイドン出生の地クロアテイア地方の民謡であった。

この曲は、単純にして荘重、且つ宗教的な響きをもっているため、1802年に讃美歌として収録され、英国で歌われるようになった。
爾来この曲は Austrian Hymn; Austria; Hayden; Vienna;Cheadle 等の曲名で英米讃美歌の各版に採用され、ひろく愛唱されている。

以上、ネットからの引用です。

ココをクリックすると讃美歌194番を聴くことができます。




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花絡みの野鳥が撮れて嬉しいです。 (^-^)


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2 コメント

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どこのドイツ (ガーゴイル)
2021-04-01 21:43:47
栄えに満ちたるの歌詞の4番は本来の歌詞は尊きちをもてあがないませるみかどを主として祭事をなしてたえせずまつりをささげしめたもうドイツの都のうるわしきかなドイツの都のうるわしきかなであって栄えに満ちたるの歌詞の1番も2番も3番も4番と同じように最後の部分は繰り返す。
返信する
コメント、ありがとうございます。 (ゆうゆう)
2021-04-03 17:41:45
旋律はドイツ国歌としても使われているようですね。
教えてくださってありがとうございます。
返信する

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