ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

「ただし、わたしは主に仕えます」

2019-08-30 13:10:38 | 説教
8月18日(日)礼拝説教のプリントをいただきました。
テキストは「ヨシュア記」24章11節~18節 タイトルは「ただし、わたしは主に仕えます」でした。






自分の中にいつの間にか欲望の塊の自我が大きくなって私の神となっていることに気付かされます。
信仰弱いわたしが今、神様に感謝することは拷問も磔も踏み絵もない時を生きていられることです。
江戸時代まで戻らなくても、先の大戦中もキリストを神と告白するのは多分、勇気が要ったこと
でしょう。己の内なる不信仰と外からのプレッシャーのあるとき、私は、聖書の神のみを
神と信じ、逆境にあっても迫害に会っても神様への信仰を告白することができるでしょうか。
本当に生ぬるい信仰の私は、死を前にしてしっかりと神様を告白するヨシュアの信仰に「私には
無理かも・・・・」と後ずさりしそうです。ヨシュアの信仰に倣いたいものと祈るばかりです。

美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。


少し秋めいた<ヤブカラシ>の花の蜜を吸う<カラスアゲハ>
メタリックブルーが印象的な美しいアゲハです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「折々のことば」から

2019-08-24 11:51:08 | その他
防ぎようのない自然災害、病気、事故などの不条理、愚かな人間の作り出す
争い、虐待、差別、貧困、地球規模の汚染など不幸な出来事は後を絶ちません。

7月29日の「折々のことば」を大切にとってあります。

「存在は与えられているのであり、いつ奪われてもおかしくない。」
そうなのだ!と、この世の不条理を私なりに納得できる「ことば」でした。
私達は神様に命を与えられて今、ここにいます。私達は神様に造られた者です。
「わが生けるは主にこそよれ、憂いも悩みもまた主のため」(讃美歌337番)

H.S.クシュナーという人の「なぜ私だけが苦しむのかー現代のヨブ記―」という本のことを知りました。
彼はユダヤ教のラビで、彼の息子は3歳で難病が見つかり14歳で亡くなりました。
何故わたしが、何故罪のない息子が苦しむのか、神の救いをひたすら願い、神はどこにおられるのか
問い続けました。善良で神を信じている人々が何故不幸な目に合うのか、神が世の中を創ったとしたら、
なぜ善良な人々が苦しまなければならないのか。
クシュナーは神を信じるものとして神の存在を否定はできない、その中で、なぜ自分が苦しむのかを
真摯に考えた末「私は神の限界を認識している」と語るそうです。
彼は、不条理としか言いようのない天災、苦難、病気などの問題は人間の罪、赦し、贖いとの関わり
において解決できる問題ではない、神は自然界の法則に中に介入することはおできにならない、
つまり「無力」であられると結論します。
そして「神は病気も事故も天災も止める力はありません、しかし人に、その困難や辛さに耐えて生きる
勇気を与えてくださる。神は苦しみ悲しむ者とともにある」と語ります。

私達を、この世界を創造された神様の御心は那辺にあるのか、被造物である私たちがそれを知ることは
できるのでしょうか。私は、神様の本当の御心はなにか、御心に叶う行いとはどうすることなのか、
わかりません。神様と真摯に向き合ったことが無いかもしれない私、専門的なことを何も知らない私には
クシュナーのように神様が無力だと言うこともできません。ひょっとしたら、この温暖化も人心の荒廃も
自然災害も実は神様の本当の御心なのかもしれない、と思って(疑って?)しまう時もある程に、神様の
御心は私には計り知れないのです。

そんな私ですが、毎日一生懸命(時々は眠気に襲われながら)願い事や悩み苦しみを神様に祈っています。
神様はすべてを統治なさっている、私たちの望むものはすでに神様はご存知だ、と聖書に書かれていても、
同じようなことでも毎日神様に祈らずにはいられません。
それはなぜか、それはクシュナーの言われるように、神様は常に私と共にいてくださるからだと思います。
神様に祈ることによって与えられる平安、勇気、慰めは私には計り知れない恵みです。
私のそばにいつもいてくださるのは神様だけです。
これから先、自分の身に激しく厳しい試練や苦しい現実が襲った時、これを御心と受け入れ、祈りつつ
主に従って行けるのか、全く自信はありませんが、今はただただ聖書を読み、聖書に訊くこと、祈ることを
心がけて生きていきたいと願っています。

今、旧約聖書は「コヘレトの言葉」を読んでいます。
今日の聖句、これまた恐ろしいです。
「コヘレトの言葉」4章2節~3節

すでに死んだ人を、幸いだと言おう。
さらに生きて行かなければならない人よりは幸いだ。
いや、その両者よりも幸福なのは、生まれて来なかった者だ。
太陽の下に起こる悪い業を見ていないのだから。
   ウ~ム (-_-;) 

美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。


青い<カラスウリ>の実を見るととても嬉しい・・・・
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「箴言」31章 有能な妻

2019-08-19 17:33:21 | 今日の聖句
今日の聖句は「箴言」31章10節~ 「有能な妻」です。

有能な妻を見いだすのは誰か。真珠よりはるかに貴い妻を。
夫は心から彼女を信頼している。儲けに不足することはない。
彼女は生涯の日々夫に幸いはもたらすが、災いはもたらさない。
羊毛と亜麻を求め手ずから望みどおりのものに仕立てる。
商人の船のように遠くからパンを運んで来る。
夜の明ける前に起き出して一族には食べ物を供し、
召し使いの女たちには指図を与える。
熟慮して畑を買い手ずから実らせた儲けでぶどう畑をひらく。
力強く腰に帯し、腕を強くする。
商売が好調かどうか味わい灯は夜も消えることがない。
手を糸車に伸べ、手のひらに錘をあやつる。
貧しい人には手を開き、乏しい人に手を伸べる。
雪が降っても一族に憂いはない。一族は皆、衣を重ねているから。
敷物を自分のために織り、麻と紫の衣を着ている。
夫は名を知られた人でその地の長老らと城門で座に着いている。
彼女は亜麻布を織って売り、帯を商人に渡す。
力と気品をまとい、未来にほほえみかける。
口を開いて知恵の言葉を語り慈しみの教えをその舌にのせる。
一族の様子によく目を配り怠惰のパンを食べることはない。
息子らは立って彼女を幸いな人と呼び夫は彼女をたたえて言う。
「有能な女は多いがあなたはなお、そのすべてにまさる」と。
あでやかさは欺き、美しさは空しい。
主を畏れる女こそ、たたえられる。
彼女にその手の実りを報いよ。その業を町の城門でたたえよ。

今日でようやく「箴言」読み終り~、と開いた最終章、こんな聖句でしたっけ? 
何回も読んでいるのに、例によって、今日初めて読んだように胸が痛い(笑) 
有能な妻って・・・・こんなに立派でなくてはならないのかぁ。
裁縫は運針もできず、夜の開ける前はまだ夜だ、と思って眠っているし、
変形性膝関節症で畑仕事はできないし・・・・。 あ、冗談です。 
別にこんなに立派な妻でなくても「主を畏れる女」ではいたいと心から願って
いる私は、「主、我とともにあり」と信じて祈り、聖書を読み、心に平安を
与えられていることに感謝して日々を過ごしています。
神様がおられない人生を生きることは、私にはとても苦しくてできません。
神の国の平安とは神様を信じて祈り、聖書の御言葉に聴き、訊く毎日の
生活の中にあるような気もするのですが、どうなのでしょうか。
明日からは大好きな「コヘレトの言葉」楽しみです。


美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。


暑い毎日、公園で蝉の羽化が見られるのもあとしばらくでしょう。
(昆虫が苦手な方はクリックしないでくださいね。
 虫、平気という方はクリックして大画像をご覧ください。)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「イエスの系図」

2019-08-11 17:39:44 | 今日の聖句
「マタイによる福音書」は「イエス・キリストの系図」としてずらずらと並んだ人名から始まります。
太字は私の記憶に残っている人名です。(あ、イエスは人名でもこのイエス様は救世主、神様です。)
聖書を読み始めた頃は全く馴染みのない方々でしたが、だいぶお知り合いが増えました。(^^) 
それにしても私は何年聖書を読んでいるのでしょう、
それでもこの程度の知り合いしかいないなんて、恐るべき記憶力の低さです。(泣)


マタイによる福音書」1章1節~17節
01:01アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。
01:02アブラハムイサクをもうけ、イサクヤコブを、ヤコブユダとその兄弟たちを、
01:03ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、
01:04アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、
01:05サルモンはラハブによってボアズを、ボアズルツによってオベドを、オベドは
エッサイを、 01:06エッサイダビデ王をもうけた。
ダビデウリヤの妻によってソロモンをもうけ・・・・・・・

01:07ソロモンレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを、 01:08アサ
ヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、 01:09ウジヤはヨタムを、
ヨタムはアハズを、アハズヒゼキヤを、 01:10ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、
アモスはヨシヤを、 01:11ヨシヤは、バビロンへ移住させられたころ、エコンヤ
その兄弟たちをもうけた。 
↑このあたりは「列王記下」で何回も読んでいるのに覚えていない人(王様)がいっぱい。
記憶力の低さ、恐るべし!

01:12バビロンへ移住させられた後、エコンヤシャルティエルをもうけ、シャルティエル
ゼルバベルを、 01:13ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、エリアキムは
アゾルを、 01:14アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、
01:15エリウドはエレアザルを、エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、 01:16ヤコブは
マリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。

01:17こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの
移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。

↓ところで「ルカによる福音書」にも「イエスの系図」が載っていました。
残念ながらこちらは知り合いがぐっと少ないのですが、どちらが正しいか、勿論私にはわかりません。
自分の記憶力のことは考えず、ただ眺めているだけでも何となく楽しいです。

「ルカによる福音書」3章23節~37節
03:23イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。イエスヨセフの子と思われていた。
ヨセフはエリの子、それからさかのぼると、 03:24マタト、レビ、メルキ、ヤナイ、ヨセフ、
03:25マタティア、アモス、ナウム、エスリ、ナガイ、 03:26マハト、マタティア、セメイン、
ヨセク、ヨダ、 03:27ヨハナン、レサ、ゼルバベルシャルティエル、ネリ、 03:28メルキ、
アディ、コサム、エルマダム、エル、 03:29ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタト、レビ、
03:30シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エリアキム、 03:31メレア、メンナ、マタタ、ナタン、
ダビデ、 03:32エッサイ、オベド、ボアズ、サラ、ナフション、 03:33アミナダブ、アドミン、
アルニ、ヘツロン、ペレツ、ユダ、 03:34ヤコブイサクアブラハム、テラ、ナホル、
03:35セルグ、レウ、ペレグ、エベル、シェラ、 03:36カイナム、アルパクシャド、セムノア
レメク、 03:37メトシェラ、エノク、イエレド、マハラルエル、ケナン、 03:38エノシュ、
セトアダム。そして神に至る。

美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。

猛烈な暑さ! こういう日、公園ではマルタンヤンマ、ヤブヤンマ、
アオヤンマなどなどたくさんのヤンマの黄昏飛翔が見られます。
それを狙って捕虫網を振るう少年たち。
貴重なヤンマは「捕虫網」ではなく「カメラ」で撮ろうね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新しいエルサレム

2019-08-10 21:43:37 | 今日の聖句
ヨハネの黙示録 21章~22章 「新しいエルサレム」

21:09さて、最後の七つの災いの満ちた七つの鉢を持つ七人の天使がいたが、その中の一人が来て、
わたしに語りかけてこう言った。「ここへ来なさい。小羊の妻である花嫁を見せてあげよう。」
21:10この天使が、“霊”に満たされたわたしを大きな高い山に連れて行き、聖なる都エルサレムが
神のもとを離れて、天から下って来るのを見せた。 21:11都は神の栄光に輝いていた。その輝きは、
最高の宝石のようであり、透き通った碧玉のようであった。ー中略ー
21:12都には、高い大きな城壁と十二の門があり、それらの門には十二人の天使がいて、名が
刻みつけてあった。イスラエルの子らの十二部族の名であった。 21:13東に三つの門、北に三つの門、
南に三つの門、西に三つの門があった。 21:14都の城壁には十二の土台があって、それには小羊の
十二使徒の十二の名が刻みつけてあった。ー中略ー
21:18都の城壁は碧玉で築かれ、都は透き通ったガラスのような純金であった。 21:19都の城壁の
土台石は、あらゆる宝石で飾られていた。第一の土台石は碧玉、第二はサファイア、第三はめのう、
第四はエメラルド、 21:20第五は赤縞めのう、第六は赤めのう、第七はかんらん石、第八は緑柱石、
第九は黄玉、第十はひすい、第十一は青玉、第十二は紫水晶であった。 21:21また、十二の門は
十二の真珠であって、どの門もそれぞれ一個の真珠でできていた。
都の大通りは、透き通ったガラスのような純金であった。 ー中略ー
22:01天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。
22:02川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、
毎月実をみのらせる。そして、その木の葉は諸国の民の病を治す。


「ヨハネの黙示録」読み終わりました。
「新しいエルサレム」の記述を読むたびに、一体どんな都なのだろうと想像を働かせます。
金銀宝石に縁の無かった私には残念ながら具体的なイメージが浮かびませんが、
透明で透き通って光り輝く都、碧玉、ガラスのような純金、水晶のように輝く水の川、
文章をよむだけでも身体の中を風が通り抜けるような気分がします。

「聖書事典」の解説によると「ヨハネの黙示録」の著者は小アジアの諸教会が血なまぐさい
キリスト者迫害を経験してきたことを目の当たりの見て見てきた人だそうです。
さらにローマによる迫害という恐ろしい苦境を眼前にしている著者や当時の教会はローマ帝国の
速やかな崩壊・没落をなによりも切望していたのでしょう。
黙示録には裁きの待望と教会の救いへの待望が強く描かれているということです。
来たるべき神様からの救いを「新しいエルサレム」として想像した人々の思いが胸に迫ります。

明日から新約聖書は「マタイによる福音書」に戻ります。
旧約聖書は「箴言」の森をまだウロウロさ迷っています。(;_;)


↓「新しいエルサレム」画像の一枚をネットからお借りして貼ります。


美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

讃美歌288番 「たえなる道標の光よ」

2019-08-03 20:21:26 | 讃美歌
讃美歌288番 「たえなるみちしるべの光よ」
“Lead, Kindly Light, amid the encircling gloom” by John Henry Newman, 1833
「LUX BENIGNA」by John Bacchus Dykes, 1865

 1)たえなる道しるべの光よ、家路もさだかならぬやみ夜に、
   さびしくさすらう身を 導きゆかせたまえ。
 2)行く末遠く見るを願わじ、主よ、わが弱き足を守りて、
   ひとあし、またひとあし、道をば示したまえ。
 3)あだなる世の栄えを喜び、誇りておのが道を歩みつ、
   むなしく過ぎにし日を わが主よ、忘れたまえ。
 4)標(しるべ)となりたまいし光よ、今よりなおも野路に山路に、
   闇夜のあけゆくまで、導きゆかせたまえ。
 5)とこ世の朝に覚(さ)むるそのとき、しばしの別れをだに嘆きし
   愛するものの笑顔、御国にわれを迎えん

■ジョン・ヘンリー・ニューマン(John Henry Newman 1801-1890 英国)の代表作であり、
近代讃美歌の代表と言える。
彼の初めてのイタリア訪問の時、シチリアで病気になり、Giovanni城で静養した後、
帰国のため到着したパレルモで、国に向かう船がなく3週間滞在を余儀なくされた。
その時、パレルモにある教会を巡り歩きやっと心の平安を得ることが出来た。
マルセイユ行きの船に乗り込んだが、コルシカ島とサルジニア島との間のボニファチオ海峡で
霧のため丸一週間船は行く手を阻まれた。その時に、この詞が浮かんだという。
詞の題名は「雲の柱 The Piller of Cloud」で、モーゼがイスラエルの民を引き連れて
エジプトより逃れてカナンの地に向かう途中で、イスラエルの神が「雲の柱」で行く手を
先導した物語を想定したものと思われる。讃美歌の題名「みちびきゆかせたまえ Lead,
Kindly Light....」は、歌詞の出だしから取ったものである。

■作曲者ジョン・B・ダイクス(John Bacchus Dykes 1823-1876 英国)はある日、霧のかかった
ロンドンのテムズ河畔を散歩している時、空の一方に美しい虹を見た。
その時、彼の心に浮かんだのがニューマンの詞「雲の柱」であった。
彼は直ちにこれに対する楽想を練って、一気に作曲した。1865年8月29日であった。
翌々年、この曲はBarryの出版した「Psalms and Hymns」に讃美歌の曲名となった「LUX BENIGNA
(kindly lightのラテン語)」という曲名で発表された。更に翌1868年、「Hymns Ancient and
Modern」の初版(1861年)の補遺版が出版された時、ダイクスは、この曲を書き改めて、
同じ曲名でその補遺に取り入れた。以来この形が英米の讃美歌集に載ることとなった。

作詞者ニューマンは、この讃美歌の註解において、『この讃美歌が普及したのは、歌詞の
ためではなく、その曲のためである。この曲を作ったのはダイクスであり、ダイクス博士こそ
偉大な芸術家である』と謙譲に曲を称賛している。この原詩は、心の底から光を求める叫びで
あり、曲はその気持ちを充分に現している。

■ジョン・ヘンリー・ニューマンは、ロンドンの銀行家の子として生まれ、オックスフォードに学び、
優秀の成績で卒業後、特別校友、学生監等を経て、同学内の聖メアリ教会牧師に任じられ、幾多の
名説教をした。
1845年、ローマ・カトリック教会に転じ、イギリスの社会に非常な衝撃を与えた。

■ジョン・B・ダイクスは、牧師を祖父とし、銀行家を父にもち、ケンブリッジ在学中に大学音楽協会
(University Musical Society)の指揮者に推され、、1849年には、ダラム(Durham)大聖堂の
評議員兼聖歌隊長となり、後にダラム大学は彼に『音楽博士』の学位を贈った。
300曲に上る讃美歌の作曲をし、又、英国讃美歌史上の歴史的事業である「Hymns Ancient and Modern」の
編集に関与して重要な役割を果した。特に保守的な英国讃美歌の伝統を破って、当時の通俗的歌曲に
もとづいた新しい形の讃美歌曲を書いた点に彼の特色が認められる。ダイクスの曲が英国的でありながら、
民謡的色彩を持ち、大衆通俗性を持っているのは、彼の曲のこういう性格にもとづいている。
讃美歌に採用されているダイクス作曲の曲は「聖なる、聖なる、聖なるかな 66番」他18曲ある。

ココをクリックすると讃美歌288番を聴くことができます。

この讃美歌は以前このブログに載せたことがありますが、
今回ネットで調べたらさらに詳しい解説が載っていました。再掲いたします。

美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
フェイスブックやツィッターもご覧ください。

   
   梅雨が開けた途端に物凄い暑さ!
   皆さま、お大事にお過ごしください。
   花は梅雨の朝の<ヒルガオ>です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする