ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

「ゲラサの豚」「ガダラの豚」

2019-10-10 19:20:19 | 今日の聖句
今日の聖句は「マルコによる福音書」5章1節~20節 “悪霊に取りつかれたゲラサの人をいやす”

05:01一行は、湖の向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。 05:02イエスが舟から上がられるとすぐに、
汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来た。 05:03この人は墓場を住まいとしており、もはや
だれも、鎖を用いてさえつなぎとめておくことはできなかった。 05:04これまでにも度々足枷や鎖で
縛られたが、鎖は引きちぎり足枷は砕いてしまい、だれも彼を縛っておくことはできなかったのである。
05:05彼は昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた。 05:06イエスを遠くから
見ると、走り寄ってひれ伏し、 05:07大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。
後生だから、苦しめないでほしい。」 05:08イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言われた
からである。 05:09そこで、イエスが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。
大勢だから」と言った。 05:10そして、自分たちをこの地方から追い出さないようにと、イエスに
しきりに願った。 05:11ところで、その辺りの山で豚の大群がえさをあさっていた。 05:12汚れた霊どもは
イエスに、「豚の中に送り込み、乗り移らせてくれ」と願った。 05:13イエスがお許しになったので、
汚れた霊どもは出て、豚の中に入った。すると、二千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、
湖の中で次々とおぼれ死んだ。 05:14豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。人々は
何が起こったのかと見に来た。 05:15彼らはイエスのところに来ると、レギオンに取りつかれていた人が
服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった。 05:16成り行きを見ていた人たちは、
悪霊に取りつかれた人の身に起こったことと豚のことを人々に語った。 05:17そこで、人々はイエスに
その地方から出て行ってもらいたいと言いだした。
05:18イエスが舟に乗られると、悪霊に取りつかれて
いた人が、一緒に行きたいと願った。 05:19イエスはそれを許さないで、こう言われた。「自分の家に
帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく
知らせなさい。」 05:20その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとくデカポリス
地方に言い広め始めた。人々は皆驚いた。


何回目かの「マルコによる福音書」です。
5章17節の “そこで、人々はイエスにその地方から出て行ってもらいたいと言いだした
これまで、この言葉は「豚の飼育で生計を立てている人にとって2千匹の豚が湖に飛び込んで死んだという
ことは大打撃に違いない。このようなことは二度とあっては困るので、人々はイエスにここから出ていくように
頼んだのだ」と理解していました。 今回、フト気になりました。
豚って、聖書にも記されていますが、ユダヤ(当時のイスラエル?)の人々にとっては汚れた動物で、その肉は
食べてはいけないとされていたのですよね? それでもこの地方に豚を飼育していた人々がいたのだとしたら
豚肉の需要があったということでしょうか。豚、豚肉、どんな風にしていたのでしょう、興味津々です。

『聖書本文検索|日本聖書協会ホームページ』というとても便利なサイトで「豚」で検索してみると、新約、旧約
合わせて8件しかヒットせず、そのうちの3件はマタイ、マルコ、ルカの福音書に書かれている同じ事件です。
「豚肉」では1件しかヒットしません。
ということは聖書の中で、やはり豚はマイナーな動物ですよね。


VKsturm' blog というサイトに分かりやすい解説がありました。******************
なぜユダヤ教・イスラム教で豚肉は禁止されるのか─ハリスの説から マーヴィン・ハリス著『食と文化の謎』

豚は中東の気候にあってないのである。豚の祖先は水の豊かな谷間や川岸の木陰を住処としていた。豚の体温調節
機能は中東の熱くて、日差しであぶられるような環境には全く適していない。熱帯種の牛、羊、ヤギは水なしで
長期間の間生きられ、発汗作用によって余分な熱を放出することも、明るい色の短い毛の生えた外皮によって身を
守ることができた。豚は汗をかけない。汗腺を持っていないからである。豚は涼しくいるためには泥の中で転げ回り、
冷たい地面からの伝導作用で熱を発散するしかない。豚は身体が大きくなるほど、熱に耐えられなくなる。
したがって、中東で豚を飼うのは反芻動物を飼う以上にコストがかかることであった。豚を飼うには人工的に影を
作ったり、転げ回る用の泥たまりを用意してやらねばならなかった。またその餌は人間自身が食べられる穀物
その他の植物性食物を与えてやらばならなかった。こうして考えてみると、豚は反芻動物に比べてベネフィットが
少ない。豚は農耕に使えず(鋤が引けない)、その毛は繊維や布にむかず、乳用にも適さない。
「豚は、肉以外ほとんど役立たない唯一の大型家畜である」*******************
もっとずっと丁寧に色々な面から解説しているマーヴィン・ハリスという方の文章です。

それにしてもゲラサには豚飼いがいて豚を大量に飼育していた・・・・豚の用途は何だったのでしょうね~ 
やはり食用かな? それともゲラサってユダヤでは無いとか? 
わからないことばかりです・・・・・楽しいけれど(^^)

大昔、中島らもという人の「ガダラの豚」という本を読んだことを思い出しました。舞台はアフリカだったような。
「ガダラの豚」本の内容も忘れました、タイトルの意味もわかりませんが、どうもゲラサとガダラは同じ土地のようで、
中島らもさんのタイトルは聖書の福音書の「ゲラサの豚」のエピソードに由来しているようです。
聖書の中では、マタイ伝では「ガダラ」 マルコ伝とルカ伝は「ゲラサ」となっています。

こういうことが分かったからと言ってどうということはないのですが、私にとってはとても面白い発見でした。 
今日も今日とて、聖書通読の日々は発見の旅です。


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秋めいた日差しの中の<アオサギ>
日本で一番大きな鷺です。
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2 コメント

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Unknown (キョウコ)
2022-01-14 15:10:43
このブログを読み、パレスチナにこういった土地があることが知ることができ感謝しております。
豚はイスラム教では食されないことは知っておりましたが、新約聖書にも豚の話が出てくるのは目からウロコが落ちました。
返信する
キョウコ様、こんばんは (ゆうゆう)
2022-01-14 18:24:27
コメント、ありがとうございます。
加齢もあって(^^)最近はサボリ気味のこのブログ。
コメントをいただくと嬉しくて、やはりブログを
続けようかな~と、元気が出ます。
それにしても、この頃の豚肉の用途はなんだったのでしょうね~? 不勉強のままのゆうゆうです。
<(_ _)>
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