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LIGHTS OUT! : Spencer Abraham

2010-10-27 16:59:19 | 書評
"lights Out!" は、ブッシュ政権で2001年から05年までエネルギー長官であった Spencer Abraham が、エネルギー問題を巡る10迷信(と言うか妄想)を切り口に、エネルギー、主に電力の現状と現実的な解決方法を提案している本である。

今年読んだ本の中では、一番面白い本であった。アメリカ事情が中心なのであるが、エネルギー問題はグローバルにならざるを得ないので、是非日本でも翻訳が出版されて欲しい。もしくは、日本のエネルギー事情をこの本のように総括的に理解出来、政策提言にまで踏み込んだ本が出版される事を願う。

まず、10の迷信である。

1)アメリカはエネルギー自給が出来る
2)ガソリン価格の急激な上昇は石油会社の陰謀である
3)地球温暖化は全く事実無根である
4)原子力発電は危険である(スリーマイル島発電所のように)
5)再生エネルギーは環境に負荷を掛けない
6)石炭、石油の時代から天然ガスの時代に突入している
7)CAFE Standard (燃費総量規制)を30%厳しくすれば、石油消費が30%が減る
8)高圧電線はガンの原因である
9)政府が正しいエネルギー技術を選び、補助金を出すべきである
10)マンハッタン計画(原爆製造)のような画期的なプロジェクトでエネルギー問題は全て解決する

彼自身は共和党出身であるが、事実をもとにエネルギー問題を論じているし、10の迷信も政治的な偏重はなく非常に冷静である。

まず、過去、現在、予想される未来の分析から始めている。例えば、1960年に20%であった石油輸入は2009年は63%、現在21%である発電の原子力の割合は2050年には0%、2005年から2030年でグローバルのエネルギー消費量は38%増える事等が述べられている。

エネルギー市場でも経済原則が働く事(当たり前ではあるが)、地政学上の問題、環境問題を危機として捉え、なぜ過去のエネルギー政策が上手くいかなかったのかを、議会、行政、環境団体、マスコミ、実業界、エネルギー省、最後に人々と、多方面に渡り複雑に絡み合った問題点を的確に指摘している。その上で、夢のような解決策はなく、現在実用若しくは実用確実な全ての技術を有機的に発展さす事で解決を図ろうと提案している。

2030年の発電量として、原子力発電30%、再生エネルギーと効率化で30%(水力5%、再生エネルギー15%、スマートグリッド等の効率化で10%)、石炭、天然ガス25%、クリーン石炭5%でバランスを目指す事を提言している。それぞれ利点と限界を明らかにし、提案の根拠を示している。

再生エネルギー、風力や太陽電池については環境にやさしいというイメージとは裏腹に、環境を含めて問題が多く、限界が示されている。

逆に、原子力の安全性と将来性について詳しい。(個人的に勉強になったので、不必要なまでに詳しく書いておく)

まず、危険性についてだが、原子炉自体の安全性、原子力発電所へのテロの危険性、核兵器への転用、核廃棄物の問題(但し、再処理をすれば核廃棄物は限りなく少ないとしている)を挙げている。地震の心配をしていないのはアメリカらしいが、これは原子炉自体の安全性と関連する。

まず、原発用の濃縮ウランの話から始まる。ウラン鉱石の濃度は0.7%、原発用として利用するためには3%に濃縮する必要がある。核爆弾にするためには90%まで濃縮する必要がある。これには莫大な電力と年月が必要である。イランが何年も核の濃縮に掛かっているのは、こういう事情がある。

原子炉は構造的に暴走できないように出来ている。最悪の事態となったスリーマイル島の事故でも、近辺で検出された放射線はチェルノブイリ事故で同じ場所で検出されたそれより少なかった。これは原子炉を守る構造と核反応の媒体(スリーマイルでは水)の違いによるものである。(チェルノブイリは全く違う構造であった。今ではロシアさえも暴走出来ない構造になっている)日本では原発からの排水の放射能について心配しているが、その話は全然出てこない。(日本の心配は的外れか?)

現在では、原発技術者さえ暴走できないような構造になっているので、万が一テロリストが原発を占領したとしても、そういう意味では心配ない。飛行機や船での体当たりも考えられるが、コンクリートの防護壁が強くてジャンボジェットが当たっても大丈夫らしい。(この映像でコンクリートの丈夫さがわかる)

使用済燃料には、核爆弾の原料となるプルトニウムが生成されて残る。(原子炉を活発に5ヶ月ほど運転すると比較的大量に出来る。北朝鮮はこうして核爆弾用のプルトニウムを取り出した)再処理されるとMOX燃料となり、高速増殖炉の燃料となる。現在、高速増殖炉に実用性が確立されていない。アメリカは、再処理自体をやめているので、使用済燃料は原発敷地内のプールで保管されている。(日本も結構、原発内に保管されている)再処理では医療用の放射線物質もとれる。(アメリカは医療用の全量をカナダからの輸入に頼っている)

アメリカでは再処理をしないので、使用済み核燃料を一括管理するためにネバダ州の地下に巨大な洞窟を掘り、氷河期が来ても大丈夫になっているのだが、未だに使用許可が下りていない。

現在アメリカでは104基の原発が稼動中だが、安全性の面から言えば今日のものに見劣りする。2030年に発電量の30%を賄おうとすると、50基の原発が新たに必要となる。スリーマイル事故以来、新規の原発建設がないので、アメリカでは製造技術がなくなってきている。これは行政側も同じあり、特に建設許可の経験者がいなくなってきている。

今後のことを考えると、同じ重量なら化石燃料の2百倍のエネルギーを発する核エネルギーを利用することは不可欠な事を強調し、エネルギーの現状、増え続ける需要、現在確立している技術、バランスの取れたエネルギー政策を迅速める事を強く訴えている。

"lights Out!" の日本語訳が出る事を期待するのと、資源エネルギー庁長官経験者なりが、同様な啓蒙的な本を出版する事を義務と感ずるべきだと思う。Spencer Abraham もエネルギー長官として、アメリカのみならず世界各国の事情を見ていること、公聴会での経験等を反映させており、そのことが現状分析、提言に深みと幅を与えている。

エネルギー問題を考える上で非常に参考になる一冊である。英語の読める人は是非。


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