ヤンマ探索記

トンボの観察記録です。

タイトルはヤンマですが、トンボなら何でも撮ります。
勿論、ヤンマが優先です。

昭和40年代前半の鉄道写真(5) 

2014-11-29 | 昭和40年代の鉄道(北陸線他)

白鳥形気動車特急

キハ82系気動車は遡ること昭和36年10月、白紙ダイヤ改正の特急大増発で登場した。
その目玉が"白鳥"であり、はつかり形81系の改良型である82系は白鳥形と呼ばれていた。

昼間に千キロ以上を走行する"白鳥"は花形列車であり、名古屋から米原に行くと丁度よい時刻に入線するので必ず撮っていた。

北陸線に向け雪の米原を出発する下り特急"白鳥"

1965.12   米原駅

当初、"白鳥"は大阪から青森発着と上野発着各6両の列車として運行、大阪・直江津間は併結されたので食堂車が2両連結されていた。
撮影当時は、上野発着が"はくたか"に分離された後であるが、最長14両の長大編成であり壮観であった。

米原停車中の下り特急"白鳥"


米原到着

1968.5   米原駅

大阪の出発を待つ

1968.8 大阪駅

雪の湖東を行く

1967.12   北陸線 米原・坂田

昭和40年10月、"白鳥"の上野発着列車が分離され上野・金沢間(信越線経由)を"はくたか"として運行開始した。

金沢始発上野行 気動車時代の上り特急"はくたか"





1967.3   金沢駅

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昭和40年代前半の鉄道写真(4)

2014-11-28 | 昭和40年代の鉄道(北陸線他)

キハ58系急行のヘッドマーク

前回"紀州"のヘッドマークについて記したが、昭和30年代後半、中央西線の急行"信州"が特大のヘッドマークを付けていた。
その後"しなの"に統合されると外され、名古屋発着の定期DC急行でヘッドマークを見たのは2列車に限られる。
一方、不定期の急行や快速でヘッドマークを取付けたキハ58系が時折見られた。

41年10月、名古屋から北陸線敦賀経由で出雲市を結ぶルートでDC急行"大社"が運行開始されていたが、
海水浴シーズンの混雑緩和のため、43年7月から臨時急行"エメラルド"が東舞鶴まで運行されることになった。
当時人気の海水浴を時代背景にしての登場で、いかにも違和感ある愛称であったが、簡易なヘッドマークが取付けられていた。

米原から北陸線に入る下り急行"エメラルド"と駅弁売り

1968.8   米原駅

北陸線を行くDC臨時急行  "わかさ観光"の小さな円形のヘッドマークが見える

1968.5   北陸線 田村駅付近

名古屋発着で運行されていた時期の臨時急行"ライン"  高山線下呂、高山への観光列車で1等車が連結されていた



1967.9(推定)   名古屋駅

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昭和40年代前半の鉄道写真(3)

2014-11-25 | 昭和40年代の鉄道(関西線他)

南紀急行"紀州"

南紀特急"くろしお"が登場する以前から、紀伊半島を一周する名古屋・天王寺間の気動車急行"紀州"が運行されていた。

キハ58系の製造が始まるといち早くキハ55系から置換えられ、1等車を2両連結した南紀方面への看板列車である。
戦後から昭和30年代の新婚旅行の人気スポットが南紀であった流れをくむもので、カラフルなヘッドマークが印象的であった。

定期DC急行のヘッドマークは珍しく、当時の名古屋で見られたのは本列車のみであったと思う。

名古屋出発を待つ58系DC下り急行"紀州"  


冷房車の1等車を2両連結

1965.9   名古屋駅

名古屋を発着する関西線の昼行の急行は"紀州"のみで、"かすが"、"平安"、"うしお"等はDC準急であった。

亀山に停車中の55系DC準急上り"かすが"1号

1965.7   亀山駅

キハ26先頭の関西線DC準急   55系、58系の混成     左は閑散とした新幹線ホーム

1965.11   名古屋駅

当時の関西線を代表する準急"かすが"は33年の命名であるが、ルーツは国鉄初の気動車準急という歴史がある。

41年3月の準急から急行格上げ後     キハ55を先頭に名古屋出発を待つ下り急行"かすが" 



1967.7  名古屋駅

長良川付近を走行するDC急行     55系、58系の混成

1968.1   関西線 長島・桑名

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昭和40年代前半の鉄道写真(2)

2014-11-24 | 昭和40年代の鉄道(関西線他)

名古屋発着の気動車特急"くろしお"と"あすか"

昭和40年3月、名古屋から関西線を西へ向かう気動車特急がデビュー、"くろしお"、"あすか"として各一往復が運行された。

中央西線や高山線に特急が運行されていない時代で、名古屋駅で見られるキハ82系は珍しい存在であった。
初めて見る 運転台の曲面ガラスは斬新なデザインで、新時代の到来を感じさせられた。鉄道写真を撮り始めた時期である。

名古屋の出発を待つ下り特急"くろしお"  

1965.11   名古屋駅

南紀特急"くろしお"は名古屋を出て関西線亀山から紀勢線に入り阪和線を経由して天王寺まで。
"あすか"は関西線八尾から阪和貨物線経由で杉本町に抜け東和歌山行きであった。

名古屋を出た"くろしお"は、翌日"あすか"として戻り、再び"くろしお"として出て行った。

ヘッドマーク付替え作業・・・ 名古屋に到着した"あすか"は "くろしお"にヘッドマークを交換

1967.6  名古屋駅

"あすか"は、"くろしお"の間合い運用で元々無理なダイヤを組んでいたため、当然人気はなく42年10月に廃止され短命に終わった。

亀山に停車中の上り特急"あすか"

1965.7   亀山駅

名古屋に到着した"あすか"    奥は中央線の急行

1966.3 名古屋駅

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昭和40年代前半の鉄道写真(1)

2014-11-23 | 昭和40年代の鉄道(関西線他)

初めての列車撮影

昭和40年6月、父が購入したキャノネットを借りて初めて鉄道写真を撮った。
キャノネットは当時一世を風靡した大衆機であり、サラリーマンでも手が届く価格に設定されていた。

真っ先に撮りたかったのは近鉄特急ビスタカーで、揖斐川橋梁東側まで出かけた。
伊勢湾への海水浴の行き帰りに車内から眺め、何時かは写真を撮りたいと思っていた場所である。

近鉄電車を撮っていると、隣接して走行する関西線にDC特急"くろしお"がやってきた。
当時のカメラで動く列車を撮るのは大変で、初めてにしては上出来。それ程までにゆっくりしたスピードで走行してきた。

82系DC特急下り"くろしお"



1965.6   関西線 長島・桑名

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