鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

さらば、小谷野

2011年12月24日 | Weblog
小谷野 顕治選手がアルビレックス新潟に完全移籍 2011/12/24
小谷野 顕治選手がアルビレックス新潟に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
小谷野 顕治(こやの・けんじ)
■生まれ:
1988年6月22日、茨城県出身
■ポジション:
MF
■サイズ:
170センチ、62キロ
■経 歴:カッコ内は加入年
鹿島アントラーズジュニア-鹿島アントラーズジュニアユース(2001)-鹿島アントラーズユース(2004)-鹿島アントラーズ(2007~)
■公式戦成績:
J1リーグ 4試合0得点
ナビスコカップ 0試合0得点
天皇杯 2試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 2試合0得点

■小谷野選手コメント
『ありがとうございました』という言葉では表現できないほど、感謝の気持ちでいっぱいです。小学校1年生の頃から17年間、スタッフやファンの方々を含め、本当にいろいろな人たちにお世話になりました。自分を育ててくれたクラブで十分にチームに貢献できなかったことは残念ですが、アントラーズでの経験を次のステップに生かしたいと思います。鹿島は僕のルーツであり、ここでサッカーをできたことは誇りです。この先どこに行ってもアントラーズへの気持ちは変わりません。

鹿島アントラーズから小谷野 顕治選手 移籍加入のお知らせ
いつもアルビレックス新潟に温かいご声援をいただきまして、誠にありがとうございます。当クラブでは、鹿島アントラーズより、小谷野顕治選手(23)の完全移籍加入が決定いたしましたので、お知らせいたします。

小谷野 顕治 選手 Kenji KOYANO
■ポジション
MF

■生年月日
1988年6月22日(23歳)

■身長/体重
170cm/62kg

■出身地
茨城県

■経歴
鹿島アントラーズJrユース→鹿島アントラーズユース→鹿島アントラーズ

■出場記録

J1リーグ通算:4試合出場0得点、カップ戦通算:0試合出場0得点、天皇杯通算:2試合出場0得点、AFCチャンピオンズリーグ通算:2試合出場0得点

■コメント

今回の移籍は僕にとって新天地での大きな挑戦となります。
鹿島での経験を生かし、これまで以上に試合に出場して、チームに貢献できるように頑張りたいです。ビックスワンで大きく羽ばたけるよう、常に全力で挑みたいと思います。北信越の冬は寒いと聞いていますが、それに負けないファンの皆さんの熱い応援を期待しています。


12月20日に報じられたように小谷野が新潟に完全移籍することとなった。
新潟の黒崎監督から請われての移籍だけに、出場機会はかなりあるのではなかろうか。
小谷野は練習試合ではかなりの得点を決めており、ゴール感覚に優れる攻撃的MFである。
その才覚を認められ、ACL・シドニーFC戦に於いて先発出場を果たしておる。
この際、鈴木満強化部長からドルトムントの香川真司に例えられるほどの賛辞を得ておった。
伊達にメニコンカップMVPではないのである。
黒崎監督の指導で、小谷野の攻撃力に更に磨きがかかることであろう。
小谷野のドリブルで新潟に勝利を呼び込むのだ。
新潟・小谷野の活躍に注目である。

さらば、當間

2011年12月24日 | Weblog
當間 建文選手が栃木SCに完全移籍 2011/12/24
當間 建文選手が栃木SCに完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
當間 建文(とうま・たけふみ)
■生まれ:
1989年3月21日、沖縄県出身
■ポジション:
DF
■サイズ:
178センチ、72キロ
■経 歴:カッコ内は加入年
宇栄原FC-小禄中学校(2001)-東海大学付属第五高校(2004)-鹿島アントラーズ(2007~)
■公式戦成績:
J1リーグ 3試合0得点
ナビスコカップ 0試合0得点
天皇杯 4試合0得点
AFCチャンピオンズリーグ 0試合0得点
■代表歴:
U-18日本代表、U-20日本代表、U-21日本代表
■當間選手コメント
プロに入ってから5シーズン、いろいろな経験をさせてもらい、感動を味わわせてもらいました。もっともっと試合に出て恩返ししたかったのですが、それができなくて申し訳なく思っています。次のチームで活躍して、またアントラーズに帰って来られるような選手になりたいと思います。応援ありがとうございました。また皆さんに応援していただけるよう頑張ります。

當間 建文選手 完全移籍加入のお知らせ
この度、鹿島アントラーズ(J1)所属の當間建文選手が栃木SCに完全移籍することが決定致しましたので、下記の通りお知らせ致します。



當間 建文(Takefumi TOMA)選手
■生年月日 : 1989年3月21日(22歳)
■出身地 : 沖縄県
■ポジション : DF
■身長/体重 : 178cm/72kg
■利き足 : 右足
■経歴 : 宇栄原(うえばる)FC(沖縄県) → 小禄(おろく)中(沖縄県)→ 東海大学付属第五高校(福岡県) → 鹿島アントラーズ(2007~)
■代表歴 : U-18日本代表、U-20日本代表、U-21日本代表
■出場歴 : 
西暦   チーム      リーグ戦      カップ戦      天皇杯
                出場  得点    出場  得点   出場  得点
2007  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2008  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2009  鹿島  J1      0    0      0    0     0     0
2010  鹿島  J1      1    0      0    0     3     0
2011  鹿島  J1      2    0      0    0     1     0
通算        J1      3    0      0    0     4     0

【當間 建文選手コメント】

「栃木の一員になれてうれしく思いますが、一員になるだけでなく栃木に貢献できる選手になりたいと思います。早く始動して欲しくてワクワクしています。J1昇格を目指して頑張りますので、ファン・サポーターの皆さんには1試合でも多くスタジアムに足を運んでいただきたいと思います。応援よろしくお願いします。」

當間が栃木SCへ移籍。
予期しておったものの、実際に現実となると胸にこみ上げるものがある。
當間は篤人に憧れ右SBを目指したが、篤人の壁も、そして鹿島のSBのタスクの難しさも乗り越えることが出来ず移籍となった感が強い。
とはいえ、2010年の天皇杯・アルテ高崎戦では先制点をアシストしており、攻撃力の高さは魅せておった。
今年の天皇杯・筑波大学戦では左SBとして先発フル出場したが、タルタとのコンビネーションに難を示しておる。
攻撃的センスを見せつける絶好の場であっただけに残念であった。
来季は栃木のJ1昇格への起爆剤となれるよう、守備に攻撃に活躍して欲しい。
楽しみにしておる。

さらば、タルタ

2011年12月24日 | Weblog
タルタ選手との契約が満了 2011/12/24
フルミネンセから半年間の期限付きで移籍していたタルタ選手について、契約を更新しないことが決まりましたのでお知らせいたします。

<選手プロフィール>
■本 名:
ヴィニシウス シルバ ソアレス
Vinicius Silva Soares
■登録名:
タルタ TARTA
■生まれ:
1989年4月13日、リオデジャネイロ市生まれ
■国 籍:
ブラジル
■ポジション:
FW
■サイズ:
171センチ、65キロ
■経 歴:
フルミネンセFC(2008)-アトレチコ パラナエンセ(2010)-フルミネンセFC(2011)-鹿島アントラーズ(2011.7~)
■代表歴
2007 U-18ブラジル代表(仙台カップ国際ユース出場)
■公式戦成績:
J1リーグ 7試合0得点
ナビスコカップ 2試合0得点
天皇杯 2試合0得点


この夏からレンタルで所属しておったタルタとの契約は満了で退団とのこと。
これは少々寂しい。
若きタルタに助っ人としての活躍は難しかったのやも知れぬ。
途中加入という状況も戦術理解に時間を与えられず、タルタにとっては不幸であった。
ここで、鹿島とは別れることとあるが、この先もサッカー人生は続く。
大きく成長して、再び鹿島の地を踏んで欲しいところ。
これからのタルタに栄光あれ。

自主練中

2011年12月24日 | Weblog
2011年12月24日(土)

今日はチームオフとなっておりますが杉山選手、大迫選手、西選手が自主トレを行いました。

自主練を行う西と大迫である。
若手のカテゴリーに属する二人は、今季の出来に不満足であろう。
もっともっとやれたはず。
そう思っておるのではなかろうか。
来季は今季以上に活躍し、チームに貢献して欲しい。
それだけの才能を持つ選手であることは誰もが知っておる。
期待しておる。

山形・奥野監督、鹿島イズムを持ち込め

2011年12月24日 | Weblog
山形奥野新監督「J1昇格がすべて」

中井川GMと握手する山形奥野新監督(右)

 来季J2に降格する山形は23日、天童市内で奥野僚右新監督(43)の就任会見を行った。当初は緊張した様子だったが「1年でJ1昇格することがすべての目標であり、目的。昇格するためだけに来た」と自ら退路を断った。Jリーグ初監督で、指揮を執る経験は浅くとも、昇格請負人になる覚悟だ。

 J1最下位に沈んだチームをゼロから立て直す。「(現時点で)選手の評価は下していない。所属するすべての選手たちを見ていきたい」と横一線を強調。さらに「敵として山形を見てきて足りないと感じたものは」という質問には「弱点になる部分をわざわざ口にする必要はないと思う。お答えできず、申し訳ありません」と切り返した。穏やかな物腰の中に時折、常勝軍団鹿島に身を置いてきたしたたかさを漂わせる。

 2年の浪人生活を経て早大に入学した苦労人で、座右の銘は「虚心坦懐(たんかい)」。家族5人で山形に引っ越すことを決め「趣味は温泉巡りと散歩。県内をくまなく回ってみたい」と胸を高鳴らせている。フレッシュな“J監督1年生”に、チームの再建が託された。

 [2011年12月24日10時37分 紙面から]

奥野新監督、再建へ鹿島イズムでJ1昇格…山形

チームキャラクターのディーオ人形を掲げる山形の奥野新監督

 モンテディオ山形の奥野僚右新監督(43)が23日、山形市内のクラブ事務所で就任会見を行った。来季は4年ぶりのJ2となる山形は、Jリーグ通算15冠の鹿島で8年間コーチを務めた、若き指導者に再出発を託した。新監督本人も、1年でのJ1復帰を宣言して決意の1年契約を締結。さっそうと登場した山形の“オクノ手”が、再建にむけて舵(かじ)を取る。

 ぎこちない話し方が初々しかった。奥野新監督は、こわばった表情で第一声。「多少、緊張しているので口が滑らかではないですが」と前置きして抱負を語った。「Jリーグの監督として山形でスタート。クラブの歩みに名を連ねられて、大変光栄です」。1年1年が勝負という信念に基づく単年度契約。断固たる決意で山形の指揮官に就任した。

 鹿島イズムを持つ男だ。中井川茂敏GM(53)は、「優秀な3人のブラジル人監督の下での、8年間の指導経験は大きい」と招へい理由を説明した。DF出身ながら、今季まで在籍した鹿島では攻撃の練習を担当。居残り練習でもFW大迫勇也(21)にシュートを教え、U―22日本代表に送り込んだ。今季の山形はJ1最少の23失点。降格の最大要因は得点力不足。解消するには、これ以上ない人材を獲得できた。

 勤勉で実直な人間性で知られる。京都・山城高から2浪して早大に進んだ苦労人。「バイオメカニクスを学びたかった」と、人間科学部でフィジカルコーチも兼務できるほどの知識を身につけた。自宅に若手を招き食事を振る舞いながら、鹿島の教えを伝えた姿勢も、若返りを図るモンテには適任だ。さらに山形の監督には必須!?の田植えにも前向き。「土に触れることはとてもいいこと。畑仕事は大好きです」と、ブランド米・つや姫が胸スポンサーのクラブにはもってこいの人材だ。

 就任決定後は、サッカーを考えすぎて就寝前には頭痛がするという。「いかに頭を使ってこなかったか。現役時代も、いい試合の後はそうだった」と、サッカー人としてのスイッチはオンになっている。「J1昇格のためだけに山形に来ました」。目標を語った時だけは、言葉は滑らかだった。

 ▽生年月日、出身地 1968年11月13日、京都市出身。
▽サッカー歴 小1から始めて鹿島、川崎などで35歳まで現役。指導歴も含めると通算36年。
▽家族 夫人と2男1女。山形の監督就任は、「小4の次男に背中を押されて決めました」。一家で転居する。
▽趣味 温泉巡りと散歩。「県内をくまなく散策したい」と、今月5日に視察した際には山寺を訪問した。
▽自己分析 細かさと大雑把さが混在。「メンタル? 弱いかな」と謙虚。
▽座右の銘 虚心坦懐(きょしんたんかい)「わだかまりなく素直に物事を受け入れたい」

(2011年12月24日10時43分 スポーツ報知)

山形の奥野新監督会見がニュースになっておる。
山形に鹿島イズムを持ち込むこととなろう。
鹿島での経験が山形で開花することを望む。
是非とも攻撃サッカーでJ2を席巻して欲しい。
楽しみにしておる。

クリスマス・チャリティーサッカー2011

2011年12月24日 | Weblog
小笠原誓う「東北で2回3回」/慈善試合
<慈善試合:JAPANスターズ4-2東北ドリームス>◇23日◇ユアテック

 日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が行われた。

 岩手県出身で東北ドリームスの主将を務めた鹿島MF小笠原が、継続的な慈善試合開催を誓った。「続けて第2回、第3回とやることに意味がある。岩手、福島、茨城でもやれたらいい」と、この日の活動が第1歩であることを強調した。
 [2011年12月24日6時43分 紙面から]

香川&内田「線審」デビュー/慈善試合

ドクターストップで出場を断念したMF香川(右端)とDF内田(左端)は線審で出場

<慈善試合:JAPANスターズ4-2東北ドリームス>◇23日◇ユアテック

 ドイツ組の3人が“強行出場”した。日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が行われた。試合前に所属チームからのドクターストップで出場を断念したMF香川真司(22=ドルトムント)とDF内田篤人(23=シャルケ)は、後半42分から線審に立候補して1万3889人の観衆を沸かせた。MF大津祐樹(21=ボルシアMG)はハーフタイムに会場に到着後に途中出場し、ファンを喜ばせた。

 サンタクロースの格好でファンサービスに専念していた香川と内田が線審に早変わりすると、大観衆の興奮も最高潮に達した。

 香川 寒い中たくさんの人が来てくれていたし、何かやってやろうと思っていた。

 急性胃腸炎で直前の試合を回避。前日夜にチームから電話で血液検査の結果が伝えられ欠場が決まった。プレーは断念したが、線審でショートコーナーを蹴るサービス。「ラインズマンとワンツーするなんてサッカー史上初でしょ」と笑った。

 負傷明けの内田も開始1時間前に所属チームから、休養を強制するファクスが届いた。「(線審は)高校の部活以来です。ゴンさんにパスが出たらすべて流すつもりでした」。

 大津はチーム練習終了後、18時間かけて移動し、ハーフタイムに到着。後半32分から出場した。「荷物持って走ったのがアップでした。それくらいの価値がある」。

 香川は「まだ電気がつかなかったり、家が流されてそのままのところも見た。復興はまだまだ時間がかかる。もっと結果を残す自分たちを見せたい」と、地に足をつけた支援を強調した。【鎌田直秀】
 [2011年12月24日7時2分 紙面から]


香川&内田サンタ、復興“アシスト”
2011.12.24 05:03


チャリティーマッチを欠場した香川(右)と内田は、サンタの衣装でファンに挨拶 (撮影・川口良介)

 クリスマス・チャリティーサッカー2011(23日、ユアテックスタジアム仙台)日本プロサッカー選手会主催で開催され、JAPANスターズが4-2で東北ドリームスに勝利。急性胃腸炎の日本代表FW香川真司(22)=ドルトムント、同DF内田篤人(23)=シャルケ=は所属クラブの意向でともに欠場したが、サンタに扮したり副審を務めたりと奮闘。被災地に“プレゼント”を贈った。

 小雪が舞う杜の都。ハーフタイムにアイドルコンビ「タッキー&翼」のサプライズライブが行われると、続いてサンタの衣装を着た「ウッチー&香川」が場内を1周。ピッチ中央のマイクの前に立った。

 「(急性胃腸炎で)おなかが痛くて、試合はムリです」と香川が謝れば、内田も「試合5分前にシャルケから“出るな”とファクスがきました。ボクもおなかが痛い」。日本代表コンビの欠場に、1万3889人の無料招待客はため息をもらした。

 それでも2人は後半40分に副審で“出場”。内田は旗を片手に「ゴンさん(中山雅史)にパスが出たら(オフサイドも)流そうと思っていた」とニヤリ。香川は何とコーナーキックをけり、東北ドリームスのFW佐藤寿(広島)のゴールを演出。「ラインズマンからの得点は史上初でしょ」と笑った。

 香川が中学、高校時代を過ごした仙台市。東日本大震災の復興支援に意欲的で「空港周辺は町の明かりがないし、家も流されたまま。時間がかかるなと思った」。内田&香川サンタは、来年以降の開催も約束した。 (浅井武)
(紙面から)



前半 PKを止められる東北ドリームス・小笠原満男=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


前半 競り合うJAPANスターズのカレン・ロバートと東北ドリームス・小笠原満男=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


後半、線審を務める内田篤人=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)


試合後、場内一周する小笠原満男ら=23日、ユアスタ(撮影・川口良介)

鹿島・小笠原「意味のある試合」
2011.12.24 05:02

 クリスマス・チャリティーサッカー2011(23日、ユアテックスタジアム仙台)前半は東北ドリームスが優勢だったが、35分にMF小笠原(鹿島)がPKを止められ形勢逆転。両軍ともゴール後はパフォーマンス合戦を繰り広げ、スタンドにお菓子を投げ入れたり、円陣の中からサンタの衣装に早着替えしたFW中山(札幌)が現れたりと、観客を沸かせた。小笠原は「意味のある試合。少しでも生活が前に進めば」と厳しい冬を迎える被災地の復興を願った。
(紙面から)

小笠原“被災地ツアー”計画「継続してやることに意味」

後半40分、東北ドリームス・佐藤寿人のゴールが決まると、サポーター席の前で弓を引くパフォーマンスを見せる選手たち
Photo By スポニチ


 鹿島の日本代表MF小笠原満男(32)が慈善試合の“被災地ツアー”計画を明かした。日本プロサッカー選手会(JPFA)東日本大震災復興支援試合「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が23日、仙台市のユアテックスタジアムで行われ、JPFA選抜が4―2で東北選抜に勝利した。

 東北選抜の主将として先発出場した小笠原は被災地で初めての慈善試合を「選手たちの“やりたい”という気持ちでできた凄く意味のある試合。(東北の人たちに)喜んでほしい一心でこれだけの選手が集まってくれた」と喜んだ。

 今後の慈善試合については「復興はまだまだだし、継続してやることに意味がある。岩手、福島、茨城でもやっていきたい」と話し、宮城以外の被災地でも開催する意向を示した。


<クリスマス・チャリティーサッカー2011>前半、パスを出す小笠原

[ 2011年12月24日 06:00 ]

チャリティーマッチ常設化で復興アシストだ
 東日本大震災復興への貢献を目的とした日本プロサッカー選手会主催のクリスマス・チャリティーサッカー2011が23日、ユアテックスタジアム仙台で行われた。MF小笠原満男(32)=鹿島=、香川真司(22)=ドルトムント=ら選手はイベントを慣例化させ、今後も特に被害が大きかった岩手、福島、茨城などでの開催を目指す考えを示した。試合はJAPANスターズが4―2で東北ドリームスを下した。

 チャリティーマッチを終えた選手は共通の思いを抱いていた。小笠原が「復興には時間がかかる。(支援を)継続することが大事で、第2、3回と続けて岩手や福島、茨城でもやっていきたい」と話せば、香川は「どんどんやらなきゃいけない」と続いた。選手会としても継続開催を検討しており、慣例化される可能性が高まった。

 内容からもそうした思いが伝わってきた。香川は試合前日に急性胃腸炎でドクターストップがかかり、DF内田は開始5分前にシャルケ04から出場禁止を言い渡された。それでも2人は「何かできないか」と話し合い、後半41分から副審としてピッチへ。ハーフタイムにはサンタ姿で欠場をわび、観衆を沸かせた。

 両膝関節炎で負傷中のゴンことFW中山は後半44分から強行出場。足を引きずりながら右サイド突破からのクロスを試みた。海外組の日本代表DF吉田、槙野らも奮闘。両チームとも得点時にゴールパフォーマンスを披露するなど、選手全員が「東北の方に楽しんでもらえたら」(吉田)という一心だった。

 「みんなが楽しそうだったので良かった」と内田。小笠原は「今日は笑いあり、拍手ありで楽しんでもらえたと思う。すごく意味のある試合だった」と振り返った。サッカーを通じ、これからも復興貢献を続けていく。
(2011年12月24日06時03分 スポーツ報知)

勇気・感動、東北にシュート ユアスタでサッカー慈善試合

小笠原選手(40)らが大勢の観客を楽しませた「クリスマス・チャリティーサッカー2011」=23日、ユアテックスタジアム仙台

 東日本大震災で大きな被害を受けた東北を励まそうと、日本プロサッカー選手会(JPFA)主催の「クリスマス・チャリティーサッカー2011」が23日、仙台市泉区のユアテックスタジアム仙台で行われた。無料招待され、スタンドを埋めた約1万4000人のファンが、世界を相手に戦う選手のプレーやゴール後のパフォーマンスに歓声を上げた。

 試合は前半15分、盛岡市出身の小笠原満男選手(J1鹿島、岩手・大船渡高出)ら東北ゆかりの選手らでつくる「東北ドリームス」が、日本代表選手らが名を連ねる「JAPANスターズ」を相手に先制。ゴールを決めた奥山泰裕選手(J2鳥取、東北学院大出)ら選手全員が、プレゼントを客席に投げ入れるパフォーマンスを披露し、観客を喜ばせた。
 JAPANスターズの松井大輔選手(フランス・ディジョン)、カレン・ロバート選手(オランダ・VVVフェンロ)の巧みなドリブルやパスには、驚きの声が漏れた。出場はしなかったものの、香川真司選手(ドイツ・ドルトムント、FCみやぎ出身)らが副審を務める演出も雰囲気を盛り上げた。
 熱戦の末、JAPANスターズが4―2で逆転勝利。津波で自宅に被害を受けた宮城県七ケ浜町の亦楽小5年、渡辺響君(10)は「選手が審判をしたのが面白かった。寒かったけど、気にならなかった」と笑顔で話した。
 「選手は喜んでもらいたいという一心で、熱心にやっていた」。東北ドリームスの監督を務めた元日本代表主将の加藤久氏(宮城県利府町出身)は、サッカーを通じた被災地支援の広がりに目を細めた。
 小笠原選手は震災後に慈善活動を行い、募金の発起人になるなど積極的に支援してきた。「(試合は)取り組みの第一歩。これで終わりではなく、継続させたい」と話した。

2011年12月24日土曜日

クリスマス・チャリティーサッカー2011がニュースになっておる。
主将として先発出場した小笠原満男もサンタに扮した篤人も被災地の復興への思いは強い。
今後もサッカーを通じたチャリティを続けて欲しい。