鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

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さらば、鈴木隆行!

2006年01月28日 | Weblog

鈴木隆行選手のレッドスター・ベオグラードへの完全移籍について
鈴木隆行選手は1月27日(金)現地にて移籍契約を交わし、レッドスター・ベオグラード(セルビア・モンテネグロ)への完全移籍が決定しましたのでお知らせいたします。

■移籍先: レッドスター・ベオグラード(セルビア・モンテネグロ)
■レッドスター・ベオグラードの概要:  
・チーム名 : レッドスター・ベオグラード (FC Red Star Belgrade)
・創立年 : 1945年
・本拠地 : ベオグラード市
■鈴木隆行選手プロフィール:
生年月日 1976年6月5日(茨城県出身)
身長/体重 182cm/75kg
経歴 日立工業高校 - 鹿島 - CFZ(ブラジル)- 鹿島 - 市原 - 鹿島- CFZ(ブラジル)- 鹿島 - 川崎F - 鹿島 - ゲンク(ベルギー)- 鹿島- ゾルダー(ベルギー)- 鹿島
■鈴木隆行選手コメント:

  11年間の応援ありがとうございました。新しい環境でサッカーが出来るということはとても大変なことですが、その分得るものも大きいと思います。今後もチャンスがある限りチャレンジを続けていきたいと思います。

レッドスター鈴木、セルビア語で入団会見
 セルビア・モンテネグロの名門レッドスター・ベオグラードに移籍したFW鈴木隆行(29)が27日、入団会見を行った。
 セルビア語で「はじめまして。鈴木です」とあいさつ。さらに「こんなビッグクラブに呼んでもらえて光栄です。チームのために全力を尽くし、持っている力をすべて出して貢献したい。よろしくお願いします」と、緊張した面持ちながらも笑顔を交えて話した。
 会見の席上で、契約書に正式にサインした。
(ベオグラード=小西弘樹)

オレ!鈴木隆行!!オレ!鈴木隆行!オレ!鈴木隆~行!
タカ!タカ!おータカゴール!
と黒崎コールの変形で親しまれた隆行が去ってしまう。
鹿島の流浪のストライカー、鈴木隆行。
この男は、結果は出さないが記憶に残るゴールをするFWだった。
昨季に於いては開幕のアウェー浦和戦の決勝ヘディング。
一昨年はアウェージュビロ戦のハットトリック!
我等に幸福をもたらすが、逆にゴールは量産しない。
特別に足が速いわけでも、テクニックに優れるわけでもない彼のプレーは泥臭い。
体を張ってひたむきに走る。
そして入らない…
確かに記録を残すことは出来なかったが、彼の功績は大きく計り知れない。
その最たる結果は三冠だ。
この事実は曲げることの無い歴史である。
そして彼がベルギーに移籍してから一度もリーグ戦を獲得していないことも事実である。
だか、だからと言って、鈴木隆行が絶対的で必ずしも必要な選手であるというわけではない。
この男に代わる新たなリーダーが現れる。
それが勝者の道を進むべき鹿島アントラーズの道だからである。
今回、ついに鈴木隆行がレンタルではなく完全移籍で鹿島を去っていくことは寂しい現実である。
しかし、それは我等が新しい道を進む第一歩に過ぎないことを誰もが知っていることだろう。


さらば根本…

2006年01月26日 | Weblog

根本裕一選手の大分トリニータへの完全移籍について
鹿島アントラーズより大分トリニータへ期限付移籍しておりました根本裕一選手は大分トリニータへ完全移籍することが決定致しましたのでお知らせ致します。

■プロフィール: 
氏名 根本 裕一(ねもと ゆういち)
生年月日 1981年7月21日
身長/体重 174cm/66kg
ポジション DF
出生地 茨城県
経歴 鹿島アントラーズユース ― 鹿島アントラーズ ― セレッソ大阪 ― ベガルタ仙台 ― 大分トリニータ
代表歴 U-23日本代表
■出場記録: 
    チーム   リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2000 鹿島 J1  0(0)  2 (0)    2 (0)
2001 鹿島 J1  5(0)  0(0)   0(0)
2002 C大阪 J2 34(4)   -       3(1)
2003 仙台 J1  28(2)  6(0)   1(0)
2004 大分 J1  18(2)  4(0)   1(0)
2005 大分 J1  23(0)  2(0)   1(0)

( )内は得点数

 
流浪の左サイドバック根本裕一が遂にクラブを去る日が来た。
相馬の後継者としてユースから上がってきた男。
脅威の左足を持つ男。
しかし、この男は鹿島の左サイドバックに定着することはなかった。
セレッソ大阪、ベガルタ仙台、大分トリニータとレンタルで渡り歩き、そして大分トリニータに買い取られることとなったのだ。
確かに期待していたが、相馬の壁は厚く、また左サイドバックというポジションの難易度も高かった。
相馬が去った後も、新井場、石川とポジションの壁は厚かった。
これも鹿島という神聖なクラブならでは。
悪しき土地へ行った刺客だとしても、我等に金銭を残した功績は大きい。
根本裕一、初めてユースから昇格し売られた男として記憶しておこう。


中島くん

2006年01月16日 | Weblog

中島裕希選手の期限付き移籍について
中島裕希選手は2006年2月1日よりベガルタ仙台への期限付き移籍が決定しましたのでお知らせいたします。

■プロフィール: 
氏名 中島 裕希(なかしま ゆうき)
生年月日 1984年6月16日
身長/体重 175cm/73kg
ポジション FW
出生地 富山県
経歴 富山第一高校 ― 鹿島アントラーズ
■代表歴 U-23日本代表
■出場記録: 
  チーム     リーグ戦 カップ戦 天皇杯
2003 鹿島 J1 11(0)   4(0)  4(1)
2004 鹿島 J1 10(0)   5(1)  1(0)
2005 鹿島 J1  2(0)   4(0)  1(1)

( )内は得点数
■中島裕希選手コメント:
 アントラーズでの経験を活かし、新天地仙台では自分自身のレベルアップをはかり、ひとまわりもふたまわりも大きくなれるよう全力で頑張りたいと思います。

レンタルで仙台へ。
一年目から同期の深井と共にスタメンに名を連ねたFW。
泥臭いプレーが身上で、チームが活気付く。
満男のお気に入りの選手だった。
ただ、その後は出場機会に恵まれておらず、昨シーズンはリーグ戦には不出場。
彼を一番多く見たのは2003年シーズン。
入団初年度だ。
雨の国立で悲しみにくれたのが印象深い。
こういうプレーをする選手は絶対に必要なのだ。
巧いだけでは上へはいけない、気持ちが重要だ。
彼が再び聖地に戻ってくる日を待っている。


鹿島が柳沢、浩二「救済」検討

2006年01月15日 | Weblog
鹿島が柳沢、浩二「救済」検討
 鹿島が、メッシーナの日本代表FW柳沢敦(28)とマルセイユMF中田浩二(26)の復帰を視野に入れた「救済措置」を検討していることが14日、分かった。両選手とも出場機会に恵まれず移籍を希望しているが、所属クラブとの交渉が難航。古巣復帰も選択肢として浮上していることから、鹿島側も再移籍の条件を模索する方針を固めた。前日13日にはフェイエノールトMF小野伸二(26)の浦和復帰が決定、6月開幕のW杯ドイツ大会を控え実戦の場を求める欧州組の去就が慌ただしくなってきた。

 苦境に立つ柳沢と中田浩へ、古巣の鹿島が救いの手を差し伸べる。出場機会に恵まれずW杯での代表入りに危機感を募らせる両選手から近況報告を受け、幹部が復帰を想定した諸条件などを協議。完全移籍で所属クラブの意向が優先され、鹿島主導で移籍交渉を進めることはできないが、鈴木満取締役強化部長は「できれば戻してやりたい」と金銭面も含めて前向きに検討する考えを明かした。

 柳沢は昨年5月にメッシーナと3年契約を結んだばかりだが、昨年末にクリスマス休暇で帰国した際に鹿島側へ復帰の希望を伝えていた。ただ、戦力維持を理由にフランサ会長が残留を望んでおり、移籍交渉に至っていない。同強化部長は「相手の状況を考えると、すぐに完全な形で戻るのは難しいと思う」と話し、半年間の期限付きでの復帰など具体的な条件を煮詰めていく考え。すでに現地の代理人に方針を伝えており、来週中にも本人を交えてメッシーナ側との話し合いが持たれる予定だ。

 マルセイユ側が放出を決めた中田は現在、代理人を通じて他の欧州クラブへの移籍を模索しているが、有力な移籍先が定まっていない。本人は「日本に戻るなら鹿島」と将来的な復帰を希望している。昨年2月、鹿島との3年契約の満了により移籍金なしでマルセイユへ完全移籍。鹿島にとっては中田が復帰する場合は無償に近い形が望ましいが、鈴木強化部長は「(在籍中は)複数年契約で貢献してくれた経緯もあるし、無償でなければならないということはない。妥当な金額であれば(移籍金を)出すこともあり得る」という。

 ともに実戦経験を積めない現状が続けば、W杯を控えた日本代表にとって大きな痛手になるとともに、2人の今後の競技人生に影響を及ぼしかねない。古巣の救済措置が選択肢を増やすことは間違いないだけに、復帰を含めた両選手の今後の去就が注目される。

[2006/1/15/08:25 紙面から]

心情的なことはもうこの期に及べば無視せざるを得ない。

2006年01月14日 | Weblog
「浩二は好きだが…」マルセイユ退団へ 
マルセイユDF中田浩二(26)が、チームを退団することが濃厚になった。13日午前に全体練習が行われたが、姿を現さなかった。前日に、事実上の戦力外通告を受けていた。すでにイスラエルのベタル・エルサレムのオファーは断り、うわさされるウクライナリーグへの移籍も進展がない。古巣の鹿島が受け入れ準備を進めているが、無償が条件で、移籍金を払う考えはない。現状では八方ふさがりの状態だ。

 12日の全体練習は午後4時半まで行われたが、中田浩は同5時半からの別メニューを強いられた。フェルナンデス監督は「中田のことは好きだが、もうこのクラブではプレーできない。マルセイユ運営陣は中田を放出する事を決めたんだ。このことを中田に話してくれよ」と、報道陣に話していた。

 マルセイユの左サイドには新たにボニセルが加わり、タイウォ、カンタレルの計3選手がいる。これを受けて、中田浩が試合に出るチャンスは完全になくなっていた。
(大越龍雄通信員)[2006/1/14/10:02 紙面から]

正直に言って去年の裏切り行為でユダという男には愛想を尽かしている。
しかし、昨シーズン(特に後半)の不甲斐なさは攻撃陣の不調というよりも守備の不安定が響いているのではないかと分析している。
特にフェルナンドと青木で固定できていた前半は特に問題のない出来であった。
しかし、後半はフェルナンドの怪我や出場停止でリカルジーニョや満男を起用することとなり攻守のバランスを欠いたといえる。
特に満男の起用は、攻撃的な位置に入る選手の力不足が露呈したと言えただろう。
戦術的に満男を抜きにしたチーム作りをしていなかったことも大きいが、それは別の問題。
つまり、今季は守備的MF(とCB)を通期に渡って安定させれば勝機は見えると断言できる。
やはりここで見えるのはユダの存在だ。
この男が中盤の底に構えるのは、布陣として美しい。
フェルナンドと青木と3人で3センターを組めばカウンターの戦術にも対応可能となるであろう。
そうすれば前線の野沢と本山に守備の負担を軽減させることが出来、タレントを有効に使える。
やはり、1シーズンを乗り切るのは安定した戦いが必要だ。
そのための層の強化、明らかに必要なセンターのメンバー。
どう考えてもこの補強は大きい。
クラブとしての気持ちはここで差し置いて、移籍金を支払うべきではなかろうか?
とはいえ、交渉ごとと言うことなので焦る必要はない。
期間ギリギリで最低限の支出で獲得を目指すべきであろう。
我等が勝利の美酒に酔うために最善を尽くしたいのだ。

満男よ…

2006年01月12日 | Weblog
小笠原1月中の移籍なし「夏に向けて…」
 プレミアリーグ、ウェストハムの入団テストを受けた鹿島の日本代表MF小笠原満男は1月中の移籍がなくなった。小笠原は12日、「練習後に監督と話して、夏に向けてやっていきたいという話になった」と明かした。
 小笠原は3日に英国入りし、5日から11日までウェストハムの練習に参加。パーデュー監督と入団テスト最終日の11日の練習後に会談した。外国クラブの環境を経験した小笠原は「日本とはスタイルが違う。自分の目で見られたのが良かった」と収穫を強調。将来的な海外でのプレーについては「あるなら、いろいろな話を聞いてみたい。自分がどこにいれば一番成長できるのかで判断していきたい」と話した。
[2006/1/12/16:39]

不合格ということで、鹿島の至宝としては残念な結果である。
しかし、満男よ、お前は結果を出しているのか?
鹿島では不動のポジションを掴んでいるが、代表ではどうだ?
鹿島においてもビスマルクが退団した後を継いだだけではないのか?
もっと自分の置かれているポジションを認識せよ。
代表で他を押しのけポジションを掴んでいれば我等も納得いくであろう、しかし、そんなことはない。
能力は十分に知っている、しかし、そうなっていないのだ。
そのあたりを深く考え直すべきであろう。
今回のこともそういうことなのだ。
満男よ、所詮ドメスティックな選手であることを自分自身で考え直すのだ。
そしてどこに忠誠を誓うのか考え直せ。
されば救われん。
満男が今季も我等とありますように。

本田の魂よ、永遠に。

2006年01月11日 | Weblog
鹿島のベテラン本田がスピード調整
 鹿島の元日本代表MF本田泰人(36)が、開幕に向けて調整スピードを上げた。
 11日にクラブハウスを訪れ、ランニングや筋力補強など精力的に約2時間の自主トレーニングを行った。チームの始動は今月末だが、既に3日から個人的に練習メニューを消化。
 クラブ史上10個目のタイトル獲得を目指し「早めに体を動かしておかないとね。頑張りますよ」と気合十分だった。
[2006/1/11/20:25]

頼もしい。
心の底からそう思う。
この早い時期からの調整で、キャンプで走る主将の姿が目に映る。
中堅を引っ張り、若手の手本となり、チームを底上げする。
鹿島になくてはならない存在、本田泰人。
やはりこの男が今季のキーマンであることに異論は無いであろう。
鹿島の歴史を知り、引っ張り、影から支えているキャプテン。
試合を行うのは11人だが、チームは総合力。
ベンチにすら入らない主将、そして我等サポーターがいてこそ成り立つものなのだ。
今季への気合は十分に伝わってきた。
今度は我々が力を見せるときであろう。
星を大きくするために。

金古聖司再びレンタル

2006年01月09日 | Weblog

金古聖司選手の期限付き移籍について
金古聖司選手は2006年2月1日よりアビスパ福岡への期限付き移籍が決定しましたのでお知らせいたします。

■プロフィール: 
氏名 金古 聖司(かねこ せいじ)
生年月日 1980年5月27日
身長/体重 180cm/75kg
ポジション DF
出生地 福岡県
経歴 東福岡高校 ― 鹿島アントラーズ ― ヴィッセル神戸
その他 1998年U-19アジアユース選手権出場(タイ)
■出場記録: 
  チーム     リーグ戦 カップ戦 天皇杯
1999 鹿島 J1 0 (0)    0 (0)    0 (0)
2000 鹿島 J1 10 (0)   0 (0)    0 (0)
2001 鹿島 J1 8 (1)    2 (0)    0 (0)
2002 鹿島 J1 3 (0)    0 (0)    0 (0)
2003 鹿島 J1 2 (0)    1 (0)    0 (0)
2004 鹿島 J1 22 (3)   5 (0)    0 (0)
2005 鹿島 J1 0 (0)    0 (0)     -
2005 神戸     10 (0)     -      1(1)

( )内は得点数

昨季後半から神戸にレンタルされていた金古聖司が今季は福岡にレンタルされることとなった。
秋田の魂、背番号3を引き継いだ男。
この男にしては屈辱のシーズンが続いている。
高校選手権得点王を引っさげ鹿島入団、ワールドユース候補、そして怪我…
栄光から転落、そして髀肉之嘆。
そして復活というシナリオを誰もが望んでいたはずだ。
今季は地元でレギュラーを掴み取って欲しい。
勝者のメンタリティを取り戻して欲しいのだ。
期待の現われがレンタルという形であることを認識すべきなのだ。
まだまだ我々は金古聖司が将来のディフェンスラインを背負う事を望んでいるのだから。


選手会長曽ケ端準

2006年01月08日 | Weblog
2006年の選手会長が決まった。
曽ケ端準 26歳。
アントラーズユース出身。
鹿島不動の守護神である。
彼の怒号は天をも動かす。
ピッチの最後尾から激しいコーチングを行い試合をコントロールする。
時にはゴールエリアを飛び出しDFラインの背後をケアするディフェンダーと化す。
この男がついに選手会長としてチームを率いることとなった。
もう、不甲斐ない試合は見せられない。
我等が期待に応えてくれるであろう。
この男の前でプレーする選手たちへの影響は計り知れない。
今季の期待を一身に背負ってゴールマウスを守って欲しい。

あけましておめでとうございます。

2006年01月02日 | Weblog
昨年から始めたこの鹿島アントラーズ原理主義もここに新しい年を迎えた。
本年は皇紀二千六百六十六年。
我が鹿島アントラーズが永らく離れているタイトル奪取にふさわしい年ではなかろうか。
新たな指揮官を迎え入れ、飛び出していった若者を呼び戻し、新たな血が沸き踊るであろう。
また、楽しみな一年が始まった。
今年も魂を込めて聖地に向かいたいと心に誓おうではないか。