鹿島アントラーズ原理主義

愛する鹿島アントラーズについて、屈折した意見を述べていく場です。

さらば、田代有三

2011年12月22日 | Weblog
田代 有三選手がヴィッセル神戸に完全移籍 2011/12/22
田代有三選手がヴィッセル神戸に完全移籍することとなりましたので、お知らせいたします。

<選手プロフィール>
■選手名:
田代 有三(たしろ・ゆうぞう)

■生まれ:
1982年7月22日、福岡県出身

■ポジション:
FW

■サイズ:
181センチ、77キロ

■経歴:カッコ内は加入年
石丸FC-福岡市立下山門中学校-福岡大学附属大濠高校 -福岡大学-鹿島アントラーズ(2005)-モンテディオ山形(2010)-鹿島アントラーズ(2011)
・2003大分トリニータ強化指定選手
・2004サガン鳥栖強化指定選手

■公式戦成績:
J1リーグ通算 144試合41得点(鹿島で112試合33得点)
ナビスコカップ通算 29試合10得点(鹿島で27試合7得点)
天皇杯通算 19試合9得点(鹿島で15試合6得点)
AFCチャンピオンズリーグ 14試合6得点(すべて鹿島)
ゼロックススーパーカップ 2試合0得点(すべて鹿島)
J2リーグ10試合1得点

■代表歴等:
国際Aマッチ3試合0得点(2008東アジア選手権代表)
2003年 ユニバーシアード日本代表 (於韓国・大邱:優勝)

■田代選手コメント

サポーター、ファン、スタッフ、そして鹿島アントラーズに関わる全ての皆様、7年間本当にありがとうございました。
小さい頃から憧れだった鹿島アントラーズに入団でき、最高の環境でサッカーをやらせて頂いて本当に幸せでした。凄く悩んだのですが、自分が成長する為には環境を変える事が1番だと思い、今回の移籍を決断しました。
鹿島は第二の故郷みたいなもので本当に寂しい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。
自分で決めたからには、後悔なく、そして鹿島の名に恥じぬよう、新天地でも更に努力して行きたいと思います。これからも応援していただけたら幸いです。
本当にありがとうございました。


ここ数日、紙面を賑わせておった田代の移籍が公式発表された。
田代としては苦渋の選択だったと思われる。
山形で自信を付け、鹿島でのレギュラーポジション確保を誓って帰ってきたが、負傷もあり監督の信頼を確実なものにすることは出来なかったように思える。
しかしながら、今季、田代の得点で勝利した試合はいくつもあった。
我等としては、もっともっと共に勝利の歓喜を味わいたかったので、残念と言えよう。
その田代は、GK・ワシントンからゴールを奪った唯一のFWである。
2005年5月8日、東京ヴェルディ1969相手に決めた決勝ゴールは、満男が失敗したPKのこぼれ球を詰めて奪ったもの。
田代の鹿島に於けるファーストゴールである。
2006年終盤にはレギュラーポジションを奪い、得点力の高さをまざまざと見せつけてくれた。
しかしながら、この年は川崎のGKにPA外で掴み倒される岡田主審の誤審により激高し退場したことが記憶に残ったシーズンであった。
そして、2007年、奇跡の逆転優勝は戦術・田代が機能したおかげと言っても過言ではなかろう。
2008年後半以降は負傷に泣き、レギュラーを興梠に奪われた。
相手GKより高く跳び、倒されても田代のファールにされてしまうほどの才能はJリーグでは他に見当たらぬ。
田代とは来季より袂を分かつこととなった。
非常に残念ではあるが、これも縁というものである。
以前、神戸に請われて移籍した平瀬とは別の結果になるよう祈っておる。
お互いに良い移籍であったと後の歴史家に言わせしめるよう努力して欲しい。

自主練、バチと聖真

2011年12月22日 | Weblog
2011年12月22日(木)

今日はチームオフとなっておりますが、土居選手、梅鉢選手がフットサルコートで汗を流しました。また岩政選手も自主トレを行っています。

自主練するバチと聖真である。
入団一年目は明暗が分かれることとなった二人と言えよう。
聖真はシーズン終盤に出場機会を得、良いプレイを魅せてくれた。
世間に名が売れ始めたとも言える。
逆にバチはベンチ入りは叶ったものの、紅白戦ではCB起用されるなど、プロの壁に悩んでおる。
ボランチは特に層が厚く、来季も難しいシーズンとなろう。
しかしながら、能力の高い諸先輩と共に練習することは、必ずや血となり肉となる。
また、来年からはボランチとしてJリーグMVPに輝いたジョルジーニョから指導を賜ることが出来るのだ。
バチにとって、これほど成長させてくれるクラブは他にない。
いずれ鹿島を背負って立つボランチとしてピッチに立ってくれるであろう。
若き二人に期待大である。

ジョルジーニョ監督、ブラジルにて語る

2011年12月22日 | Weblog
ジョルジーニョ氏が母国で「鹿島に戻る」
 鹿島の監督就任が決まった元ブラジル代表でクラブOBのジョルジーニョ氏(47)が21日、ブラジルで「鹿島に戻る」と明言した。98年以来の鹿島“復帰”について「チャンスをもらえてすごくうれしい。鹿島は大好きなクラブで、ファンにも尊敬されていた。今回のチャレンジはピッチの中ではなく外になるけどね。過去に日本でプレーし、住んでいたから文化もサッカーも分かっている。それがプラスになる」と前向きに話した。契約は1年で、来年2月初めに来日予定だ。(エリーザ大塚通信員)
 [2011年12月22日7時8分 紙面から]


ジョルジーニョのコメントを報じるニッカンである。
日本のサッカーを熟知し、選手として成功を収めたジョルジーニョが指揮官として帰還する。
何ともうれしい話ではなかろうか。
我等としては諸手を挙げての歓迎である。
来季の戦いが楽しみである。

田代、神戸移籍、野沢も決定的

2011年12月22日 | Weblog
鹿島FW田代を獲得、野沢も決定的…神戸
 神戸が鹿島の元日本代表FW田代有三(29)を複数年契約で獲得することが21日、決まった。22日発表される。今季で契約が切れる田代を神戸は「逆境を個人で断ち切れる選手」と高評価、早々に正式オファーを出していた。同じく鹿島MF野沢拓也(30)の獲得も決定的になった。

 今季をチーム史上最高の9位で終えた神戸は、すでにG大阪MF橋本英郎(32)、同DF高木和道(31)らを獲得し、鹿島2選手を合わせ今オフ補強を終了。来季に向け三木谷浩史会長(46)が「ACLを狙いたい」と3位入りを厳命する。新戦力と残留したFW大久保嘉人(29)、DF相馬崇人(30)に命運を託すことになる。また、MFポポ(33)は浦和移籍が決定的。来季開幕時点で外国人は、FWペ・チョンソク(21)、DFイ・グァンソン(22)の2人で迎える。

(2011年12月22日06時02分 スポーツ報知)

元日本代表FWの鹿島・田代が神戸入り
 J1神戸が、鹿島の元日本代表FW田代有三(29)を完全移籍で獲得することが21日、決まった。22日にも両クラブから正式発表される。今季限りで鹿島と契約満了となる田代に対して、神戸は早くから動向をチェックしており、11月上旬に正式にオファーしていた。今季、鹿島でリーグ12得点を挙げたストライカーが、神戸躍進への新戦力となる。

 屈指の大型ストライカーが、港町神戸にやってくる。関係者によれば、田代は山形へ期限付きで移籍した昨年を除く6年間、プレーを続けた鹿島への愛着も強かった。もっとも、自身の能力を高く評価し、上位浮上へ変革を進める神戸の熱心な交渉の末、移籍を決断したという。

 田代は181センチの長身と跳躍力を武器に空中戦にも強い。今季はリーグ22試合に出場し、12得点。山形、鹿島とクラブが変わっても2年連続で2ケタ得点を挙げるなど、高い決定力も併せ持つ。神戸は今季過去最高の9位に食い込んだものの、総得点はリーグ10位の44点にとどまった。得失点差もマイナス1だったため、田代の加入で攻撃力の強化が期待される。

 今月8日には、長きにわたって痛みをこらえていた左足の遊離軟骨の摘出手術も受けた。神戸の幹部は「不安材料を取り除いたという認識で、手術をしたからといってネガティブなイメージはない。来季は年間を通してプレーをしてくれると思う」と信頼を寄せている。

 神戸は田代以外にも、鹿島から元日本代表MF野沢拓也(30)を完全移籍で獲得することも決定的だ。来季まで契約を残すため移籍金の交渉を重ねており、年内には決着がつく見込みだ。既に加入が決まっているG大阪MF橋本英郎、DF高木和道に加え、常勝軍団からの大型補強に成功。来季の神戸から目が離せない。

(2011年12月22日)

田代の神戸移籍が決定したとのこと。
それだけ、神戸が田代を高く評価したのであろう。
心情的には抑えきれぬものもあるが、ここは気持ちよく送り出したい。
また、野沢の移籍も決定的とのこと。
フロントとしては慰留をするとの話であったが、野沢の気持ちが覆ることはなかった様子。
こちらに関しては、良い気分にはなれぬ。
神戸の複数年提示を誠意と受け取ったのであろうか。
野沢の決断は尊重する以外にない。
ここで重要なことはチームの主力がいとも簡単に引き抜かれてしまったことであろう。
このようなことが横行するようではクラブの存続に関わる。
今後は契約の見直しの時期や選手との対話など、フロントの対応を見直すこととなろう。
この経験を糧にクラブはもう一つ成長したいところ。
災い転じて福としたい。

Fマリノス、マルキーニョスにオファー

2011年12月22日 | Weblog
横浜がJ109発マルキーニョス獲りへ
 横浜がJ1通算109ゴールのブラジル人FWマルキーニョス(35)の獲得に乗り出していることが21日、分かった。マルキーニョスは大震災の不安から4月に仙台を退団。帰国後はブラジル1部、アトレチコ・ミネイロへ移籍していた。婚約者から離日を懇願される形での決断だったが、関係者によると日本でのプレーを希望しているという。

 リーグ5位の横浜は、得点力は計46点で全体9位。日本代表FW前田遼一(30=磐田)にもオファーを出すなど、得点力アップを目指してきた。

 マルキーニョスは03年に、東京Vから期限付き移籍でプレーし、リーグ優勝に貢献。入団合意となれば9年ぶりの復帰になる。鹿島時代の08年にはMVPにも輝いた大物外国人が、横浜の救世主になる可能性が出てきた。

 [2011年12月22日7時7分 紙面から]

横浜 マルキーニョス獲りへ!年俸1億円で複数年を提示
 横浜が、歴代6位のJ1通算109得点を誇るアトレチコ・ミネイロ(ブラジル)のFWマルキーニョス(35)獲得に動いていることが21日、分かった。関係者によると、横浜側は既にブラジルでの視察を終え正式オファー。年俸1億円(推定)の複数年契約を提示しているという。

 横浜は今季、序盤から安定した戦いを披露。約6年ぶりに首位に立つなど久々に優勝争いを繰り広げたが、終盤に失速。最終的に5位に終わった。首脳陣はその原因が決定力不足にあったと分析。ストライカーの獲得を画策し、磐田のFW前田にオファーしたが、断られた。そこで、Jでの実績も申し分なく、03年に横浜でリーグ制覇、07~11年に在籍した鹿島では4連覇に貢献した優勝請負人のマルキーニョスに白羽の矢を立てた。

 マルキーニョスは今季仙台に加入したものの、東日本大震災による精神的ショックを理由に4月に退団していた。関係者によると、本人も愛着の強い日本復帰に前向きという。アトレチコ・ミネイロとの契約が残っているため、交渉にはハードルもありそうだが、「横浜マルキーニョス」誕生の可能性は十分ある。

 ◆マルキーニョス 1976年3月23日、ブラジル生まれの35歳。01年に初来日し、東京Vに入団。03年に横浜、04年に市原(現J2千葉)、05年に清水に移り、07年から鹿島に在籍しリーグ4連覇に貢献。今季から仙台に移籍も震災の影響で退団。現在はアトレチコ・ミネイロに所属。J1通算109得点は歴代6位。1メートル74、76キロ。利き足は右。
[ 2011年12月22日 06:00 ]

仙台とマルキーニョス争奪戦…横浜M
 横浜Mが、東日本大震災の影響のため、4月に仙台を退団したFWマルキーニョス(35)=アトレチコ・ミネイロ=の獲得へ乗り出していることが21日、分かった。関係者によると仙台も水面下で接触しているという。J1歴代6位タイの109得点を誇る助っ人の争奪戦が名門復活のかぎを握る。

(2011年12月22日06時03分 スポーツ報知)

ブラジルで報じられておったようにFマリノスがマルキーニョスにオファーとのこと。
マルキーニョス本人も日本への復帰へ前向きとのことで、再来日の可能性は高い様子。
また、今年の春まで所属した仙台もマルキーニョスと接触しておるとのことで、争奪戦となっておる。
はたしてマルキーニョスは我等の敵として立ちはだかってくるのであろうか。
相手にとって不足はない。
強い気持ちでマルキーニョスの攻撃を弾き返したい。