無知の知

ほたるぶくろの日記

STAP幹細胞ゲノムの解析結果について

2014-07-12 16:20:46 | 生命科学

しばらくO氏の細胞(FLS-3, 4)の遺伝子解析の結果について情報が混乱していました。とくにW氏のラボにあったES細胞株等と一致するのかどうかについて情報が二転三転していたことが、事態をより不透明なものにしていました。私も情報が出揃うまで、少し事態の推移を見守っていました。今週になって、やっと色々な解析結果の詳細がネット上に出て来ており、起こっていることが見えて来たように思います。

 

遺伝子、特にゲノムの解析は複雑なものです。ほ乳類細胞のゲノム解析はウイルスや細菌のゲノム解析とは比較にならない難しさがあります。今や、問題の細胞株群のゲノム解析は専門家が担当するべき事態のようです。初期の解析は「ゲノム解析」といいつつ、単に「PCRによってある配列があるかどうかをチェックする」だけであったようです。しかし事態はより深刻にみえます。今回の件では、GFPカセット周辺の配列をかなり広範囲に読む必要があるでしょう。大まかに染色体のin situ hybridizationでGFP配列の挿入された染色体を確定し、その周辺のゲノム解析をサザンブロット、ゲノムウォーキングなどの手法を用いておこなうべきかもしれません。そして混入されたと疑われるES細胞などの目星がついたら、その細胞ゲノムとの詳細な比較が必要でしょう。これは結構大変な仕事です。とはいえ数ヶ月で結論は出るはず。しかし、当然かなりの費用もかかります。

今回どうしてW氏は解析結果の解釈を誤ったのでしょうか?W氏が予想していなかったGFPカセットが件の細胞のゲノムに挿入されていた。そのことが、PCR解析を誤らせた原因でしょう。これはW氏が想像もしていなかった事態が起きていた、ということなのでしょうか。 

この辺りの事情をもう少し分かりやすく書きます。

今回の論文で使用されているマウスに導入されていたはずのGFP遺伝子とは、oct4-GFPとcag-GFPでした。oct4-GFPカセットは、oct4遺伝子の発現を調節しているプロモーター領域に、緑色の蛍光を発するGFP遺伝子を人工的に融合させた遺伝子カセットで、OCT4が発現するべき状態のときにGFPを発現するような装置です。

それをゲノムのどこかに組み込み、細胞やマウスでOCT4の発現している条件や場所を特定するために作られた遺伝子カセットです。その後、逆にOCT4を発現する条件になった細胞を同定するためにも使われるようになりました。つまり「細胞の初期化」の遺伝子マーカーとして使われるようになったのです。

それに対しcag-GFP遺伝子カセットとはCytomegalovirus enhancerとChicken β-actin promoterにGFP遺伝子を繋ぎ、さらにウサギのβ-グロビン遺伝子のpolyA signalサイトを接続したものです。サイトメガロウイルスのエンハンサーとトリβアクチンプロモーターによって全身性、すなわち身体中どの細胞にもGFPが発現するようになっている遺伝子カセットです。これを組み込まれた細胞は、ほぼどんな細胞でもGFPを発現するようになります。こちらはともかく光る細胞を作る目的で作られています。この遺伝子カセットをもった細胞はどこにいるのか、すぐに見つけられるためのマーカーとして使われています。 

ところが、当初15番染色体に挿入されていたと発表されたcag-GFPは、実は上記の市販されているカセットではなく、それに改変を加え15番染色体に存在する遺伝子の断片も接続されたcag-GFPカセットだったそうです。そのため、PCRでGFPあるいはcagエンハンサープロモーター周辺の遺伝子配列を増幅した断片の中にその遺伝子配列があり、挿入部位は15番染色体と誤った判断をしたのです。その後の解析により、実際は3番染色体であったとの情報があります。

上記のような事情から、当初FLS-3, 4細胞株では15番染色体にcag-GFPが挿入されていたとされたため、そのようなマウスも細胞はW研にはないと公表されたのでした。しかし、cag-GFPカセットの事実がわかり、そのゲノム構成に合致するマウスと細胞がW研にあることが明らかになったのでした。

それにしても、上記のような結果が出て来たとき、W氏はなぜそんなに簡単に15番染色体への挿入、と発表してしまったのでしょうか?自分のラボにはあったが、コントロール実験のみに使用していたため、まさかそれから「STAP幹細胞」なるものが作製されたことになっているとは思わなかった、ということなのでしょうか。当初のゲノム検証の際に、W氏はこの細胞のゲノム解析をやっておらず、市販のcag-GFPが組み込まれた細胞の解析のみやっていたようですが、実験にも使っていたならば、ゲノム解析をするべきでした。

ともかくこの細胞が今のところ疑惑を解明する手がかりとなりそうです。今後は誰がどのような意図をもってこのES細胞をSTAP幹細胞としたのか、が焦点になってきます。関係者は早いうちに名乗り出るべきでしょう。その他のSTAP幹細胞株群のゲノム構成にも、GFP遺伝子構成や挿入場所は一致していてもマウスの系統が異なっているものがあり、O氏、W氏の証言に合わないものがあります。今後もさらに詳細な解析が必要でしょう。

 

このような案件で、生命科学の技術を説明するなど、本当に気の重い作業です。しかし、起こってしまったこの事件をうやむやにせず、最後まで、全てが明らかになるまでフォローしていくつもりです。それとは別に、理研CDBのガバナンスの問題点も追求され、関係者の処分、新たな理研CDBの構築に向け議論がなされるべきと思います。こちらの成り行きについても最後までフォローし続けるつもりです。今後の日本のライフサイエンスの将来がかかっていると考えるからです。

何度も申し上げますが、理研CDBは膨大な公的資金をつぎ込まれて運営されている、使命をもった研究所なのです。曖昧なままの幕引きはあってはならないと考えます。 

 


5 Comments

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解析 (ペルドン)
2014-07-13 00:27:25
それだけ・・
複雑かつ手の込んだ手管・・完全犯罪・・
弄せられるのは・・
思い当たるのは・・一人しかいない・・

0嬢や若山さん・・到底無理だ・・ランクが違う・・
モリアーティ教授だろうか・・・(笑)
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暑中お見舞い申し上げます! (かんなかな)
2014-07-20 23:27:14
梅雨の終わりの雷はいつやってくるかなぁ~
自然はいつも知らせてくれる優しい存在ですね。
いろんな話が飛び交っていても、本当のことを知る方たちの良心はある…。
ほたるぶくろさん、これからの暑さをともに過ごしましょう!なのでくれぐれもご自愛くださいませo(^-^)o
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お暑うございます (ほたるぶくろ)
2014-07-21 20:07:16
さて昨日がその梅雨の終わりの雷だったようですね
近畿は明けましたでしょう?
この辺りは明日でしょうか

某大学の報告書を眺めているんです
何かこの事件はすっきりしない
それはすっきりさせると困る方々がいるからです
その辺りがいやな事件です

こっちも梅雨が明けたようになればいいのに、と
ついつい思ってしまいます
自然には明けないので、何とかしなくてはいけない
それが壁のように立ちはだかっています
ぼちぼちがんばります
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Unknown (hanaturuse)
2014-08-03 01:41:35
まったく、仰るとおりですね。
多額の税金を使っている公的機関であることを忘れているとしか思えません。
ES細胞のコンタミ、TCR再構成、マウスの由来などなど・・・ 
多くの疑義に対してO氏も理研もW大学も明確な説明ができずにいることも不可解です。
日本政府やアメリカの特許など、下々の者にはわからない「何か」が動いているとしか思えないのは私だけでしょうか?
研究者ではありませんが、近い世界で仕事をする者として曖昧な着地だけはして欲しくないと心から願っています。
多くの真面目に頑張っている研究者の為にも。
ほたるぶくろさんの切り口に期待しています^^
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責任について (ほたるぶくろ)
2014-08-03 16:00:39
通常の会社組織であれば、背任行為で民事裁判になってもおかしくないかもしれません。組織の名誉を著しく損害して経済的な打撃を与えたわけですから。この組織は、理研CDBとは日本国の組織です。日本国民が出資者として存立している組織です。

その組織に致命的なダメージを与えた、という責任を一体誰がどのように負うのか?そこがあまりにも曖昧です。

日本国民には追求する権利があり、また義務もあります。自分たちの資金によって行われていることに対し、弱腰ではいけない、と自分に言い聞かせています。
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