無知の知

ほたるぶくろの日記

アジュバンドについて

2017-08-06 20:17:47 | 生命科学

最近知ったのがASO3アジュバンドの副作用問題です。ある講演会でこのことを知りました。

ナルコレプシーという病気をご存知でしょうか?日中、突然に脱力し寝入ってしまう、という病気です。そして眠りから覚めればまた普通に活動できます。
この患者さんは高い割合で情動脱力発作を伴っています。何かとても面白かったり、楽しかったり、というポジティブな強い情動がわき起こると身体中の力が抜けてしまう、という発作です。この場合意識はしっかりしています。
また、患者さんはレム睡眠(夢を観ている眠り)からノンレム睡眠への移行時に目を覚ましてしまうことが多く、その際に「金縛り」を体験することになります。このような状況から眠りが浅くなりがちで、夢も悪夢が多いとされています。

この疾患の最も根本的な病因は「オレキシン」という物質(タンパク質)の欠損であることが証明されています。ただし、患者さんの全てにこの遺伝子欠損や遺伝子変異がある必要はありません。オレキシンを産生する細胞が無くなっていたり、機能しなくなっている場合も同じ症状が出ます。またオレキシンを受け取る受容体(レセプター)の遺伝子が変異を受けている場合、その他オレキシンのシグナル伝達の経路上にある全ての機能の異常で同様の症状がでます。

一方、ナルコレプシーは以前から、次のことが分かっていました。1)主要組織適合抗原のHLA-DR2型が陽性であることと強くリンクしている。2)日本の患者さんでは殆どの場合HLA-DQ1型が陽性であること。このことはナルコレプシーが自己免疫疾患である可能性を強く示唆しています。しかし、これまでその証拠となる知見は殆どありませんでした。

さてそのような状況の中、2012年に下記の論文が報告され、欧米ではちょっとした騒ぎになったようです。ただ、日本ではまったく報道されなかったと思います。少なくとも私は寡聞にして知りませんでした。

AS03 Adjuvanted AH1N1 Vaccine Associated with an Abrupt Increase in the Incidence of Childhood Narcolepsy in Finland
(仮約:AS03アジュバンド添加AH1N1ワクチンはフィンランドで小児期のナルコレプシー発症率が突然増加した事象に関連していた)
Hanna Nohynek1*, Jukka Jokinen1, Markku Partinen2, Outi Vaarala1, Turkka Kirjavainen3,Jonas Sundman1, Sari-Leena Himanen4, Christer Hublin5, Ilkka Julkunen6,Pa ̈ivi Olse ́n7, Outi Saarenpa ̈a ̈-Heikkila ̈8, Terhi Kilpi1
PLoS ONE 7(3): e33536. doi:10.1371/journal.pone.0033536

この論文もオープンとなっていますので、PDFで全文を閲覧できます。以下はアブストラクトの仮訳です。
(仮訳)
背景:ナルコレプシーは慢性睡眠障害であり、強い遺伝的素因を伴う。日中の極度に強い眠気とカタプレキシー(情動脱力発作)をおこす。インフルエンザの世界的流行がおこり、AS03アジュバンド添加のインフルエンザワクチン接種が行われた直後、フィンランドで小児のナルコレプシー患者の急激な増加がみられた。この患者の増加は他の年齢層では観察されなかった。
方法:後ろ向きのコホート研究。2009年1月1日から2010年12月31日の期間、後ろ向きにフィンランド在住の1991年から2005年12月31日までに生まれた全ての子どもたちの群を追跡調査した。これらの全小児のワクチン接種のデータはプライマリヘルスケアデータベースから入手した。全ての新規症例はナルコレプシーのICD-10コードが適用されており、医療記録は二人の専門家によってレビューされ、Brighton(ブライトン)標準化症例定義に基づいたナルコレプシー症例分類がなされた。ナルコレプシーの発症は過剰な日中の眠気のため最初に診療を受けた時、と定義した。初期のフォローアップ期間はワクチン接種後のナルコレプシーにメディアが注目する前日の2010年8月15日までで閉め切られた。
知見:対象群のワクチン接種は75%であった。初期の解析においてはナルコレプシー確定症例の67ケースのうち46症例はワクチン接種を受けており、7症例は非接種であった。ナルコレプシーの発症率はワクチン非接種では0.7/100,000人/年に対し、接種した場合は9.0であり、12.7倍の発症率(95%信頼度範囲は6.1-30.8)であった。ナルコレプシー発症のワクチン起因性リスクは4歳から19歳で1,600あたり1人(95%信頼度範囲は13,000-21,000人に1人)
結論:フィンランドにおける2009-2010年のインフルエンザ流行時におけるインフルエンザワクチンは4歳から19歳のナルコレプシー発症に関係している。この知見が他の範疇の人々でも観られるのかどうか、また背後にある免疫学的メカニズムについてはさらなる研究が必要である。今後このアジュバンド添加ワクチンの使用について結論を出す前に、特別な認可を受けたアジュバンドの関与についてさらなる研究が必要である。
(以上)

私が行ったシンポジウムは睡眠に関するものだったのですが、ナルコレプシーの患者さんの脳検体では、オレキシン産生細胞が全く無くなっていることがわかり、どうやらI型糖尿病の膵臓のβ細胞のように細胞自体がいなくなって発症するらしいことがわかってきたようです。つまり自己免疫疾患である可能性が出てきたということです。このことは、特殊な主要組織適合抗原とナルコレプシーが強くリンクすることを考え合わせますと意味深いことです。

その講演会では、ナルコレプシーの自己免疫起因説の傍証としてこの事象が紹介されていました。

この中で重要なのは新規アジュバンドAS03添加のワクチンという点です。あのときに多種のワクチンが作られたのですが、このAS03アジュバンドは新規のもので、まだ安全性の確認が十分ではなかったのです。ただ、TLRに対しての働きかけがあることなどからアジュバンドとしての性能がよい、高い確率で免疫を付けることができる、とされていました。しかし、それはどうやら諸刃の刃であったようです。

免疫系を賦活化した結果、一部の免疫細胞は暴走し、重要な細胞まで破壊してしまったということです。

免疫系に介入する治療は非常に難しいものです。慎重に行われないと何が起こるか分からない危険性があるようです。ちなみに問題になっている子宮頸がんワクチンのアジュバンドはAS04で、今回のAS03とはまた異なるものですが、やはり、これもTLRへ働きかけるものです。神経系の細胞が何らかの影響を受けた可能性もあるでしょう。ワクチン再開に際しては慎重な研究が望まれるところです。


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