つつじの書・・

霧島つつじが好きです。
のんびりと過ごしています。
日々の暮らしを、少しずつ書いています。

エッセイ 大皿

2012-12-09 15:15:57 | エッセイ

エッセイ : 大皿

大皿の出番が少なくなった。茶箪笥の定位置にはあるが、肩身が狭そうだ。

ついこの間まで、と言っても10年も経つだろうか、男の子2人と私たち4人の食卓には、
いつも大皿に盛ったおかずがあった。

夏はい大皿にカツオのたたきやお刺身、白い皿にはカツや天ぷらの揚げ物など、寒
くなると赤い模様の深めの大皿に、肉じゃがなどの煮物を入れた。益子焼の無骨な皿
は出番が多く、野菜炒めや餃子がのった。

大皿には大盛りがいい、どっさりと盛り付けると、それだけでご馳走に見える。

今、夫と二人の食事が多い。長男が家を出、二男も時々しか一緒に食べなくなった。

その二男のために、おかずを小分けにする。その時、私たちも同じように盛り付ける。
夫には大目に、二男にはきれいに、私は多少崩れたものを少なめにとパターンが決ま
っている。出来上がったものを夫はテーブルに並べるが、自分のものは大きくてきれい
なものと決めている。
時々苦手なものが出ると「どっちにしようかな、うまそうなのを上げるね」と言いながら、
大きめのものを私の前に置く。

私も我儘になり、最近は「好きじゃない」と平気で言う事にしている。

時々長男の家族が加わると、大皿の出番になる。それぞれの小鉢はテーブルにはの
らないし、お互い苦手なものを押し付けてもと思う。あの頃と違うのは、取り皿を置いて、
自分の食べたいものを取り分ける。

成長期の孫は、好きなものだけを取ろうとするが、周りの大人たちの厳しい目にあうと
不満そうに箸を引っ込める。

あの頃、成長とともに食欲を増す子供達に、量も、中身も上手には分けられなかった。
何品も作った訳ではないが、大皿に盛り付けたおかずを、それぞれを思いやって箸を
けた食事風景を思い返すと、私たちの団欒の中心は大皿だったのかもしれない。

 十五夜夜さんのイラストより ツワブキ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする