次に着いたのはエフェソスです。 トルコではエフェスと言うそうで、わたしもそれに従ってエフェスと表記しておきます。 エフェスはビールの名前にもなっています。
行程表ではエフェス見学の跡アルテミス神殿跡の予定でしたが、逆にしますと説明があってアルテミス神殿跡に先に寄ったのですが、それが正解だったと分かりました。
入り口を入った途端、この風景
うぉ~、ひろい
すごい、すごい
装飾的な柱やレリーフ。 古代へタイムスリップしたみたいですね。
エフェスは紀元前2000年もの昔から人が住んでいたそうですが、紀元前11世紀頃にギリシア人が移り住み、アルテミス神殿を中心に繁栄してきました。 ここは昔は海に近く、交易が盛んだったそうです。
ついでローマ帝国に支配されるようになり、やがて長い年月の間に川が運んだ土砂が埋まって町は次第に海から離れて、エフェスは衰退してうち捨てられました。
この遺跡は、一つの都市丸ごとを見ることができるすばらしいものでした。
市庁舎の跡。 ここには聖火がともされ、それが消えることはなかったそうです。
イオニア式(うずまき)とコリント式(アカンサス模様)の二つの様式を持つ柱。 市庁舎の下の部分はヘレニズム時代、上部はローマ時代のものだそうです。
町には二つの大きな通りがありました。
一つは来たからケルススの図書館へ下るクレステ通り
もう一つは、クレステ通りと直角に交わって港へと続いていたマーブル通り。 名前の通り、大理石の柱が並んでいます。
このスケールと、遺跡の多様さーどうしてこれが世界遺産ではないんだろうね、と不思議に思いながら歩いたことでした。
この二つの通りの周辺には
ギリシア神話に出てくるヘラクレス。 じつはこれは門だったんですね。 うっかり1本の門柱しか写してません。
同じく勝利の女神ニケ。 これはもともとヘラクレスの門のアーチ部分にあったのだそうです。
それから、ローマ皇帝の名を冠した建物の数々
ハドリアヌスの神殿。 門の部分
アーチ部分にはギリシア神話に出てくるメドゥーサが彫られています。
これもローマ皇帝トラヤヌスに捧げられた泉
などなど、ギリシアやローマ帝国を想起させる遺跡が散在しています。 また、市民の生活に関わる遺跡からは、当時の人々の豊かで、現代にも通じる合理的な暮らしの仕組みをかいま見ることができました。
そして今も発掘と修復とが続けられているようです。
ここまでの旅は、たしかに物珍しくもあり、興味もあり、楽しい旅を続けてきたのですが、ツアータイトルのような「感動のトルコ」かと聞かれれば、その答えは、う~ん、ビミョー・・・・でしたが
しかし、ここへきてわたしたちのテンションは一気に上昇。 そして日を追うごとに感動はうなぎ登りに高まっていくのでした。 ーつづくー