トシの旅

小さな旅で学んだことや感じたことを、
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JR福塩線の秘境駅、中畑駅を訪ねる

2019年04月08日 | 日記
平成26(2014)年4月にJR武田尾駅を訪ねました(「トンネルと鉄橋の駅、JR武田尾駅」2014年4月30日の日記)。牛山隆信氏が主宰されている”秘境駅ランキング”で、当時200位にランクインしている”秘境駅”だったからです。ところが、2019年度の”秘境駅ランキング”を拝見すると、武田尾駅がランクアップしていて、その次にいくつか新しい駅がランクインしていました。その中に、199位にランクインしているJR福塩線の中畑駅がありました。この日は、その中畑駅を訪ねることにしました。

福塩線はJR山陽本線の福山駅が終起点になっています。福塩線が発着している福山駅の8番ホームに向かいました。ホームからは、満開の桜の奥に福山城の天守閣が見えました。絵のように美しい光景でした。

福塩線は、福山駅と塩町駅を結ぶ路線ですが、実際の運用は三次駅が終起点になっています。府中駅までは、平成29(2017)年からJR西日本岡山支社の管轄になっています。また、府中駅までは電化区間でもあります。JR西日本岡山支社管内の指定カラーであるイエローの105系電車が入線して来ました。そして、14時09分、定時に出発しました。

2両編成の電車は、福山駅を出発してから約40分後の14時50分に、府中駅に到着しました。府中駅から三次駅の間は、非電化区間です。到着した向かいのホームの三次駅方面に、JR西日本広島支社のキハ120系デイーゼルカー(以下「DC」)が出発を待っていました。このDCは、府中駅を15時05分に出発する三次駅行きの列車です。平成3(1991)年からワンマン運転になっています。福塩線の運行本数は、府中駅から先で極端に少なくなり、臨時列車を除いて1日6往復の運行になっています。この列車の一つ前の列車は午前8時11分発の三次駅行きで、7時間前に出発しています。その間、1本の運行もありませんでした。車内には、20人ぐらいの方が乗車されていました。

府中駅を出てからは、時速25kmの制限速度の区間がかなりありました。昨年(2018年)7月の西日本豪雨による災害のため、福塩線は全線が運休となりました。12月13日に全線が復旧しましたが、その影響が残っているのでしょうか、列車はゆっくりと進んでいきます。次の下川辺(しもかわべ)駅で2人が下車され1名が乗車されました。その先の大迫山トンネル(全長200m)を抜けると中畑駅です。15時21分に到着しました。中畑駅は、1面1線のホームで、三次駅方面に向かって右側にありました。地元の方とご一緒に2人で下車しました。ちなみに、中畑駅の1日平均乗車人員は平成28(2016)年には3人だったそうです。

ホームの三次駅側の端で下車しました。列車は、ホームのすぐ前にある踏切を越えて、河佐(かわさ)駅に向かって出発して行きました。福塩線は、大正3(1913)年、両備軽便鉄道株式会社が、軌間762ミリの軽便鉄道を両備福山駅と府中駅間で開業させたことに始まります。両備軽便鉄道は、大正15(1926)年に社名を「両備鉄道」に改称し、翌年の昭和2(1927)年には、両備福山駅・府中駅間の電化工事を成功させました。その後、昭和8(1933)年には、両備福山駅と府中駅間が国有化され福塩線となりました。

福塩線が終点の塩町駅まで延伸開業したのは、昭和13(1938)年のことでした。中畑駅は、下川辺駅から3.9km、次の河佐駅まで3.1kmのところにあります。中畑駅が開業したのは、昭和38(1963)年のことでした。

狭いホームを府中駅方面に向かって進みます。駅名標の他には、待合いスペースの上屋があるだけのシンプルなつくりになっています。

上屋の内部です。

3脚のベンチの間に、白い箱が見えます。中を引き出してみると、秘境駅によく置いてある「駅ノート」が出てきました。失礼ながら読ませていただきました。昨年の2月には、「山へ逃げるサルの集団を発見した」こと、8月には「大雨被害で不通になっていた」こと、12月には復旧を祝うメッセージが書かれていました。その中で、「いい感じの駅だった」と書かれた訪問者のことばが最も印象に残りました。

時刻表です。12時48分発の三次行きと13時48分発の府中行きの列車は、臨時列車になっています。

時刻表の脇に、臨時列車の運行日の案内が掲示されています。4月は8日(月)、9日(火)、20日(土)、21日(日)の4日間、5月は14日間運行されることになっています。

桜の花が咲いているホームの府中駅側です。

こちらは、三次駅方面のホームです。山の斜面の狭いところにつくられた駅で、ホームの向かいには上の集落に上っていく道があります。駅舎もなく上屋があるだけの”秘境駅”らしい姿でした。

引き返して、下車したホームの三次駅側に戻りました。ホームへ上がる階段の左側に細い道が見えます。

10メートルほど進むと、雑草に覆われた今にも崩壊しそうな木造の建物がありました。ドアは破れ、柱もいたんでいましたが、トイレの跡でした。今は、とても使えそうにありません。

周囲のようすを見てみることにしました。ホームの先にあった中畑踏切です。山の上の集落に上っていく踏切を渡って進みます。

集落への道から見た中畑駅のホームです。満開の桜です。

駅の後ろに広がる山の斜面に民家が点在しています。いい風景でした。道を下ります。

引き返して、渡ってきた中畑踏切を渡ります。その先は福塩線に沿って進む道になります。

正面に集落が見えました。集落の手前で右折して、福塩線に平行して流れる芦田川に架かる橋を渡ります。

芦田川の下流(府中駅)側です。福塩線の起点である福山市で瀬戸内海に注ぐ川です。福塩線はこの川に沿って敷設されています。山の斜面に集落が広がっています。

上流(三次駅)側です。この先に八田原(はったばら)ダムがあり、その麓に河佐峡(かわさきょう)があります。「キャンプ、川泳ぎ、釣りを楽しむ家族連れで賑わう」ところだそうです。中畑駅は八田原ダムや河佐峡を含む府中市河佐町にあります。河佐町の面積は、6,029平方メートル超。平成31年4月1日現在、109世帯250人の人々が居住されている(府中市市民課の資料による)そうです。

前を走る県道に出ました。府中駅方面です。山里の雰囲気が伝わって来ます。この道は主要地方道24号です。府中市父石(ちいし)町から、府中市上下町井永とを結ぶ県道です。府中市上下町は、平成16(2004)年に府中市と合併した、旧甲奴郡上下町です。江戸時代には代官所が置かれ、幕府直轄領(天領)の中心地として、石見銀山で産出する銀が運ばれた石州街道(銀山街道)の宿場町として、繁栄したところです。以前、訪ねたことがあります(「銀山街道の宿場町、上下」2013年3月9日の日記)。

16時17分発の府中行きの列車に乗車するつもりでした。芦田川に架かる橋を渡って駅に引き返します。

線路に時速25kmの制限速度区間を示す標識がありました。帰りもゆったりとした普通列車の旅になりそうです。


「秘境度1ポイント(P)、雰囲気2P、列車到達難易度1P、外部到達難易度1P、鉄道遺産指数2P、総合評価7P」で、秘境駅ランキングの199位。秘境駅ランキングを主宰されている牛山隆信氏は、中畑駅をこのように評価されています。
山里の雰囲気に包まれた自然豊かな駅。桜の季節の駅周辺の美しさには心を奪われます。「駅ノート」に書かれていた「いい感じの駅」という、ことば通りのいい駅でした。

























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