風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

陽気なカミ様

2007年02月10日 | スピリチュアル
ずっと不思議に思っていたことがあります。
月です。
ご存知の通り、月はいついかなる時も一面だけを地球に向けています。
月も自転をし、地球の周りを回っているわけですから(公転)、驚異的な精度の仕組みで月の裏側を見せません。
ありえますか?
こうなる確立をコンピューターで調べたことがあるのなら、知りたいものです。
二つの大きさも軌道も異なる球体が何千年、何万年もの間ある一面だけを見せ続けて、お互いに自転、公転を続ける確率。

で、トンデモ世界にさらに深入りしてしまっているのですが、もう大変です。
ちょっと書くのは憚られます。
例え事実だとしても、知らなくてもいいし、知らないほうがいいくらいの感じの話が、ぞろぞろ出てきます。
霊の次元とか、悪魔とか、UFOとか、全部ひっくるめてリンクしていく話です。
宇宙戦争まで出てきます。
大天使とルシファーとの宇宙を舞台にした戦いです。

3次元の世界であくせくする人間が知ったところでどうする話ではありません。
なんというか、やっぱり知らないほうがよさそうです。
カミ様はそんなことには関わるなといっているような気がします。
人が歩むべき道はちゃんとある、うれしうれしの世界だぞ(「ひふみ神示」)と。

そういった世界から見ると、既存の教祖を持つ宗教というのに対してはかなり否定的です。
その宗教の信者以外をどうしても排他的に見る視点があるから、紛争の原因になるというのです。
日本の古来の「神の道」に関しては、例外的に肯定的です。
明治以来の国家神道に関しては、その他の宗教同様、ばっさりと否定されていますが。

日本のカミ様というのは陽気です。
乱暴な神様もいますが、底意地が悪くありません。
お供え物を差し上げますが、そのご馳走やお酒はお下がりとして、人もいただきます。
ともに喜びを味わいます。
順序はあります。
まず、人から神様に差し上げ、そのお下がりをいただきます。
でも、考えてみれば、人がなにもしなくても、常に地の恵み、天の恵み、水の恵みを人に差し出してくれるのが日本のカミ様です。
年に数度、感謝を捧げて、カミ様と一緒に踊り騒ぐのが、日本の宗教です。
地獄に落ちるぞという脅かしもなければ、こまごまとした戒律も緩やかなものです。

それでいて、日本の大元のカミ様は、位というか次元のかなり高いカミ様でいらっしゃる様です。
次元が高くなればなるほど、カミ様の性質というものは明るく楽しいものになるようです。
ですから、日本のカミ様は、「あれするな、これするな」ではありません。
「明るく、元気に、爽やかに生きなはれ」という感じです。
そのカミ様の言うことを素直に聞いて、呑気に楽しく生きて行くことが、日本のカミ様のお望みみたいです。
うれしうれしの世界だぞ、です。

そんな感じで、難しい話ではないはずだったのですが、近頃ではすっかり難しい生き方のように思われてきています。
得体の知れない強迫観念が世間を覆い、「勉強しなければ」「いい会社に入らなければ」「人より頑張らなければ」と、
「~しなければ」と追い立てられています。
得体の知れない強迫観念に覆われれば、人同士が強迫観念で牽制し合い、競争し合い、蹴落とし合います。

なぜこうなったのかということを、トンデモ世界は解き明かします。
でも、ほとんどの人はそれを受け入れることはできないでしょう。
以下はある神示からの抜粋引用です。


神、
汝等の申せし理想語りておるのでないぞ。             
汝等食らうことなど
自然と真釣り合わせつれば足ることぞ。

神と人、真釣り合えば、
ほんのチョットの
嬉し楽しのお手伝いで済むことぞ。
汝等の時間でいうならば
日々一~二時間のことで有り余るのぞ。

後は汝等の好きなことして良いのざぞ。
食らう事から自由になれるのぞ。
食らう事から自由になるれば、
人民様ワレもワレも
ハタラクさせくれよと申し来るのぞ。
汝等のハタラキ輝くぞ。
今の今でもこれできるのぞ。
マコトぞ。

今の今も汝等の食らう分、有り余れる程に用意してあるのじゃぞ。
天恵、誰のものでもないのじゃ。
気候、風土誰のものでもないのと同じ事ぞ。
誰のものでもないが由、
そのお土に生まれし汝等、
その地にあるもの好きなだけ
自由に食らうて良いのざぞ。
人、食らう量限りあるぞ。天恵限りないのぞ。

限りあると思うこと『あやま知』なるぞ。
限りあると申しつること『あやま知』の信奉者なるぞ。
汝等働かずば食らう事出来なくなりたるは、
汝等働かずば困る者の図りし事ぞ。
                         
そは『あやま知』操りし者どもの、
成せしが悪しき業なるぞ。

幼きより黒を白と教えつられ育てつられば、
これひくりかえすはなかなかのものぞ。

オカシキ事はオカシキ事ぞ。
人民様しっかりして下されよ。

衣食住なんでも自分で出来るようにしてみてござれ、
オカシキ事のタテワケ解かりて来るぞ。


以上です。

で、「汝等働かずば困る者」とか「『あやま知』操りし者ども」とは誰のことでしょう?
周到に張り巡らされた今の社会のシステムそのもの背後には誰がいるのでしょう?
それを考えると、言葉を失うんですね。
自分が生きているシステムそのものと戦うとなると、自分の世って立つ足場も失うわけです。
社会システムの根幹を成す金融、エネルギー、メディアに大きな支配力を持つ人々がいます。
そのピラミッド上のシステムの頂点に立つほんの一握りの人々がいます。
彼らはなにを考えているのでしょうか。





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