風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

沈黙

2007年10月20日 | 
目が覚めるとカーテンが青白く揺れていた。
女は立ち上がって身支度をしていた。
かける言葉もなく毛布にもぐりこんだ。

何度も繰り返す駆け引きと口喧嘩と芝居がかった別れ。
さよならも言わずに出て行く女と閉まるドア。
こういうのは慣れることはない。

罠にかけられたのはおれだったはずが、いつの間にか裏切り者になってしまう。
立場が逆転する瞬間というのがある。
おれが思っていることをそのまま言ってしまった時だ。

目がさえて立ち上がり、カーテンを開けて外を見る。
夜明け前の青い歩道を女は足早に去っていく。
もう会うこともないその後姿は、おれの何か大切なものをも道連れにしているはずだ。

わかっているのだが、おれには女の視点というのが欠けている。
いつだって自分の都合で頭を埋め、スケジュールを埋める。
自分の都合だけで動く男を女は憎む。

女と共同でどうやって頭とスケジュールを埋められるのか、いまだにわからない。
おれはタイ料理店や温泉の隠れ宿や沖縄なんかには行きたくないのだ。
精神世界やアロマテラピーや昨日飲んだワインの話など聞きたくもないのだ。

おれはマックス・ピカートの「沈黙について」という本に心酔している。
豊潤な沈黙、すべてを生み出す源であり、すべてがそこへ回帰する沈黙。
女は決して沈黙の深さ、豊潤さ、ピュアさ、可能性を理解しない。

おれは語れば嘘つきになる。
だから語らない。
だが女はおれに嘘つきになれという。

日が昇り始め、金色の光がベットにさしこむ。
女はいつだっておれに粗いヤスリをゴシゴシかけては去っていく。
磨かれて光るのか、それとも、傷だらけになって、血だるまになるんだろうか。

とにかく、いまは語ることはないし、裏切り者はおれだ、ということでもいい。
ただ、女の残した太い憎しみが心に突き刺さったままだ。
沈黙に回帰するには時間がかかりそうだ。


*当然ながら、これはフィクションですから(笑)