風に吹かれすぎて

今日はどんな風が吹いているのでしょうか

白駒池

2005年11月07日 | 
木漏れ日眩しい白樺の林を抜け、苔むす古い杉の林を抜け、しんと静まり返った湿地を抜け視界が開けると、突然湖が現れる。
晩秋の風が湖面を銀色に波立たせている。
空には鉛色の雲が速い速度で流れ、今にも雪が降ってきそうな気配。
湖畔の朽ちかけた木のベンチに腰を下ろし、リュックからガスバーナーとコッヘルを取り出し湯を沸かす。
耳を澄ますと、時折吹く風に、梢に残った枯葉がかさかさ鳴る。

湯が沸き、カップにコーヒーの粉を入れ、湯を注ぐ。
冷え切った両手にカップの温もりが心地よい。
背中を伝っていた汗が急速に冷えていくのを感じながら、コーヒーをすする。

ここに来るのは何度目だろう。
来るたびに違う表情があり、違う感触がある。
ぼくの表情も心模様も、来るたびに違っているに違いない。
言葉の通じぬ同士、互いに風に吹かれている。
いつかぼくにも分かる言葉が風に乗って流れてくることを待っている。

言葉が流れてこないので、ぼくはあちこちに目を凝らす。
見落としがないようにと、目をさまよわせる。
葉をすっかり落としてしまった湖畔の黒い木々。
水辺に打ち寄せられた白々とした流木。
濁流のように流れる厚い雲。

圧倒的に意味を含んでいながら、ぼくにはその意味が分からない。
もどかしいままに、ぼくの体は冷え切っていく。

ぼくはコーヒーをもう一杯飲もうかどうかを迷う。
目的地はまだ遠い。
あと二山越えなければならない。
風が時折強く吹く。
枝と枝が擦りあう音がする。

今度もまた言葉を聞き損ねた。

と、ぼくは突然気がつく。
言葉を聞こうとしているだけで、ぼくからは何の言葉も発していないことに。

ぼくは湖面を、木々を、空を、ぼくが見ているつもりだった。
でも、ぼくが湖から、木々から、空から見られていたのだ。

ぼくは苦笑いをして、立ち上がり、リュックにガスバーナーとコッヘルとカップを仕舞う。
最後にもう一度、湖面を見る。
音も立てず銀色に波立たせていた。