話は前記事の丑の日から前後しますが、先週の土曜日に4年ぶりだかの隅田川の花火大会がありましたね。
オットは職場からの帰り道が影響されるので渋滞覚悟で車で帰って来たが、そう大変じゃなかったようだ。
人混み嫌いな局夫婦は当然現地で見物する気はないのでTVで鑑賞。
オットは職場からの帰り道が影響されるので渋滞覚悟で車で帰って来たが、そう大変じゃなかったようだ。
人混み嫌いな局夫婦は当然現地で見物する気はないのでTVで鑑賞。
今年はコロナにも雨にも邪魔されずに最後までできて良かったね、TV東京 高橋父娘。
以下、花火の写真はTV東京の画面を映したものです。
そういえば混雑嫌いのワタシも一度だけ、この花火大会に出向いたことがあったのである。
そう、あれは10年前・・・・
この時、舞台友Nに誘われて浅草まで出向いた。スカイツリーのすぐ脇のような小学校の屋上の特別席を用意してくれたのは、彼女の恩師の団塊オジであった。
その後の経緯は↑の記事を読んでいただけばおわかりと思うが、始まって30分もたたないうちに雨が降り出し、それは激しい夕立となり、大会は中止、見物客たちはびしょぬれで帰ることになった年であった。
もちろん最後まで見たかったが、あれはあれで忘れられない一日になったな~と読み返して思う。
そして、この時、色んなコネを駆使して、私達をあの屋上の特等席にいざなってくれた団塊オジは、もうこの世にいない。
3年ほど前に肝臓がんで亡くなってしまった。
スカイツリーと月と花火。都会ならではの景色ですね。
そういえばこの近くのタワマンの高層階に住んでいたワインと料理好きの若者に「花火もよく見えるから今度みんなで来てね」と誘われたこともあった。ワイン仲間の妙齢の独身美女のカレシだったが、彼女がふっちゃったのでその話は当然無しになった。
何を思ったか彼はそのマンションを売って南の島に移り住んだかと思ったらそこで事業を始めて成功して、福祉事業などにも携わり、定期的に外国にも短期滞在しつつ自由に生きているのはインスタで知れる。
彼と別れた彼女は結婚して2年持たずに別れてまた独身になった。
花火と屋形船 この屋形船に同窓会メンバーで乗り込み宴会をしたこともあったっけ。もちろん花火の日じゃないですよ。
次から次に出て来るテンプラにヘキエキし、せっかく川の上にいるのにあたりの景色もそんなに見ないでビールを飲むのとおしゃべりに終始して「これじゃわざわざ船にのる必要もないね」ってことでその年だけで終わった。
そういえばコロナの初期の頃、屋形船で宴会していた方たちが次々に感染したってこともありましたね。
あの初期の頃のコロナは確かに恐ろしいものであった・・・
フィナーレの花火は華々しく、TV鑑賞ながら気分は高揚した。
しかし、花火の終わったあとのポッカリ空いた夜空は寂しいもんですね。
そんな気持ちを抱えながら、浴衣の乙女たちとそのお相手や会社の同僚、家族連れは混雑の中帰っていったのでしょうね。
この日の都心は遅くまでうごめいていたに違いない・・・
しかし、何となくこの日、10年前からこの日まで、近しい所にいたのに遠ざかって行った人、環境を変えて新しいことを始めた人の事がなぜか頭を過ぎり、その時の流れが川だとすると、自分がそこにただ立っている一本の杭のように思えてなんだか虚しい気分になった。
10年前の自分の記事を読んでみて、ムスコは海外に居て、その後日本に戻り子供も二人授かり、忙しいながら充実はしているらしい。
ムスメもこの10年で結婚して海外で2国過ごし、子供も授かり、もうすぐもう一人増える。
オットはオットで相変わらず忙しい日々。特にコロナに振り回されつつも、どうにか無事に老骨に鞭打つ日々。
その反面、両親と姑は、この10年で老いて施設に入ることになった。
なんだか自分だけその調整役に徹して過ごしてしまったような気もしないでもない(そりゃ~色々楽しみ事はしてますけどさ)
自分だけが変わらず進歩もしてないと思うのは、ある意味大きな病気やアクシデントがなかったってことなのかもしれないが、色々あありながらも漫然と過ごしちゃったのかなと10年の流れの速さにある意味愕然としたりもする。
花火っていうのはノスタルジーに浸らせもするが、この先の未来も考えさせられたりするもんですね。
もちろんこんな頃には戻れないけどね。
これから彼女が季節を重ねてどんな大人になっていくのだろうか? それをどこまで見届けることができるのだろうか?
隅田川の花火、涼しくした室内で観るのがイチバンですね🎆
今もテレビでやっているんですねーいつの頃からか愛知では観れなくなったようなーー
(;ω;)
足立区の花火→隅田川の花火を見るのが定番でした
今年はテレビで柏崎の花火を満喫しました〜
ワタシもひとり留まってる気がして、生きてる価値や意味を考えたりすることもあります🌀
お世話する動物もいないし。
今は子どものために元気でいることが使命だと思うようにしてます〜
ムスメさんのbabyちゃんが誕生したら忙しくて目が回るだろうから今のうち羽を伸ばして飛び回っておいてくださいねー(外は暑いけど〜🌀)
花火に纏わるいろんな思い出が走馬灯のように頭の中を流れてられる状態でしょうか
考えさせられちゃいました
けれど家族間の中間管理職の立ち位置とても重要だと思います
つぼねさんのサポート支えありきで皆さん上手く進まれていると思いますし
またつぼねさんが変わりなくお過ごしされてること健康でいらっしゃること
僭越ながらとてもお幸せだと感じてます🌸
花火は前と変わらなくても自分の周りは変わって行く。いい悪いでなくてそれが時の流れ。ですよね。
健康に過ごせるのが何より。ご家族も増えて、これからの人生をお楽しみくださいね。
そこまでするか!って。
道路を観客席にするんですね。
高橋父娘って何をしたんですか?
解説?
ALFEEの夏イベがさいたまスーパーアリーナであった日と花火大会が同日日だったことがあり、帰りの電車を心配しました。幸い先に花火が終わったので混雑もなく帰れました。しかしコロナ前に幕張メッセの夏イベの時は花火大会と被ってしまい駅で入場規制となりものすごく待ちました。
花火だけでこんなに人が集まるのは当然わかるけど入場規制になるなんてやっぱり都会は違いますわ。
テレビで観るのが一番ですね。
高輪に住んでた時マンションの非常階段から花火が見えてました。あれは特等席だったなぁ。
今はどこかで上がってる花火の音だけが聞こえます😅
昔のこと、越し方行く末を考えるトリガーイベントってありますね。
花火って、そういう気持ちにさせてくれる要素をたくさん持ってる気がします。
あたしは大抵旅行の時にそれがやってきます。
今回は津波被害にあった地域のうちがみんな綺麗になってるのを見て、弟が売却に苦労してる実家のこと思いました。
あのウチでのことをいろいろと思い出して、売らないならそれでもいいんじゃないかと思えてきて、まだ決めてないけど、大幅に減築して大々的にリノベーションして退職後あたしたちが住むとか、それまで人貸すとか、リサーチしてもいいかもね、という話になりました。
所有権を弟のままにしておいて固定資産税をあたしたちが払って借りてることにしておけば、弟の子供達に今ほど売買が容易になる「古い家」のたった土地として相続できるし、とか。
あたしの実家とは言え、住んだ期間は本当に短くて、土地勘もないのでちゃんと調べなきゃだけど。
義兄から遠ざかれるというメリット、捨てがたし(爆笑)
は
今よりは売買が容易になるだろう「古い家」のたった土地
です。意味不明のkeba語炸裂ですみません。
コロナの患者数はこの夏間違いなく増えてますけど、もう色んなイベントを止めて自粛する時代は終わっていいと思いますよ。インフルとか他の風邪でも大変な症状になるしさ、自粛して隔離して3年間の結果が、今の子供たちの色んな感染症に一挙にかかって小児科パニックみたいなことになってるんじゃないかな?
ってことで久々の花火はTVで見るだけでも一つの区切りだな~って感慨深く感じました。
言い訳になるのかと思いながらも、親やオットや子供たち関連のことがかぶさると、やっぱり遊軍でいないとあちこちに迷惑がかかるって感じで、「仕事」に関してはとっぷり漬かれませんでした。
それで確かに生きてく意味とか感じることもあるんだけどねぇ。
まあ仕方ないですね。
今は時代はそうとう変わりました。
次代は女性も頑張って欲しいとは思います。
アイメロディさんは音楽関係の仕事で、老若男女を楽しませるってことができていらっしゃること、それはお好きなこと、得意な事が仕事と人生に直結しているうらやましい例だと思いますよ。
確かにワタシ、今倒れるわけにはいかないなあと思いつつ、この夏の埼玉のゴルフは自粛しつつ、(一つ追悼ゴルフの予定はあるんですけどね💦)とりあえずはムスメの出産までは元気でいようと思います。
確かに健康が第一、今ワタシが倒れると色んな方面が困るであろうってことで、今週健康診断にも行ってきました。
ブログには書いてないけど、本業の方で頼まれ仕事も引き受けました(と言っても月2回ですが)
もう少しジタバタしつつも歳を重ねて行こうと思っています。
ありがとうございます。
ワタシはあれに加わるのは無理だわ、TVなら特等席でビール飲みながらゆったり見られます。
高橋英樹さん真麻さんは、いつからだろう? 隅田川花火のレギュラー解説で出演されてますね。
今年は真麻さんは「花火が見えるお宅」に訪問されてました。
kikiさんは、また横浜まで来られていたのですね。
アルフィーファンの移動でも結構な人混みだと思いますよ。
いつもながら好きなアーティストを同時代でライブで見られるって幸せですよね。
そのうち東京でお会いしましょう。