局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

美婆に学ぶ

2011-05-30 23:02:23 | 見る(映画 劇場 美術館など)
日曜日、着物仲間オバの踊りの発表会に行ってきた。

いわゆる 花☆流とか藤☆流とかという由緒正しい流派のものは何度か行った事もあるんだけど 昨日のはちょっと毛色が違い、ジャンルとすれば新★踊といっていいのだろうか? 歌謡曲(演歌ね)に乗せて舞う踊りらしい。
う~~ はっきり言ってあまり趣味ではないような気がする・・・

昨日はオットが講演会の資料準備で一日家で仕事だったので別に一人で出かけても差しさわりはなかったのだが、「どこに行くの?」と聞かれたのでそのプログラムを見せたら(北島三郎みたいなおっちゃんが浴衣を着てポーズをとっているのが最初に出てくるなかなかすごい冊子であった)
「おまえ こっこれを観に行くのか? わざわざ? この台風の雨の中に?」と心底びっくりされてしもうた。

日曜のお昼から始まるNHKの国民的音楽番組がありますね?(はっきりとは書かぬが) あれがTV画面にうつっている空間には居たくないと普段から宣言している私である。
あの、素人が自分の歌に酔ってる姿を客観視するのがこっぱずかしくていたたまれないのである。

それなのに それなのに 演歌をバックに舞う・・・ のど自慢より私の「こっぱずかしいセンサー」は刺激されそうな予感である。
オットもそれを指摘したのであろう。

しかし結局 雨脚が強くなったので、駅まで車に乗せてってくれるのを途中で変更して隣区の会場まで送ってくれた。
お前もつくづく付き合いいいね とイヤミを言いながら・・・

着物の会同期のメンバーと待ち合わせて会場に入ると いきなりハッピを着てモモを出した白塗りの化粧の軍団に会ってびっくりする。(推定around70) ひえ~ やっぱりすごそうな世界 と入っていくと肥満した子供かと思ったらカツラをかぶってかぐや姫のような装束を着た80歳くらいのおばばさまに遭遇。

こうなると☆食わば皿までといった感じでこの空間を楽しもうではないかと腹をくくった私。

ホールは老老男女(たまに駆り出された家族って風情の子供、孫年代も)で満杯であった。
いくつかの社中が集まった発表会だったらしいが、身内の人たち、あるいはご近所友達といったオババ&オジジがとても熱心に舞台を眺め、時には歌舞伎の常連さんのように掛け声をかけ 実に嬉しそうに眺めている。

スピーカーから鳴り響く演歌、あの歌詞とか節回しとかはどうしても趣味ではなく、その中でも情感たっぷりなせりふ入りのものなんかには笑いのツボにはまってしまって下を向いて笑いをこらえるのに必死であったが・・・

踊りそのものは上手な人は上手であった。同行の人に藤☆の名取がいたんだけど、こういう舞踊の人は古典的な流派にしたがって踊るよりも自由度が高く、自分を魅力的に見せるポーズなんかもよりはっきり表現できるんだそうだ。要するにシナの作り方なんかも極端にできるらしい。
オジが勇壮に黒★節なんかを踊り、

オバが藤十郎の恋の相手の人妻になって情感たっぷりに悲恋を表現する


芸術と芸能 演芸の垣根ってのはいったいどこにあるんだろうか? などと思いながらも 結構楽しんでしまったのである。
別に自分に酔ってもいいじゃないか。人に迷惑かけるわけじゃなし。幸せそうだしね。(趣旨がえか?)
半世紀生きると寛容になるもんだわね、のど自慢も舞踊も自分じゃやらないとは思うが…

そしていよいよ友人オバの出番になった。
着物の会で同期で7,8年ほどの付き合いの方でかなり年上の友人である。
この方はいわゆる「天然」と「御嬢さん奥様」「本音で語る人」とさまざまに呼ばれているが 何よりの特徴はその美貌である。

彼女が舞台化粧しておひきずりの衣装を着て舞う姿は見たかったのである。さぞ綺麗だろうと思って。

 

やはり綺麗だった。
この舞台について「私って情感こめられなくって困るの~」とおっしゃってたが、却って抑えた振りが上品に見えた。
出番が終わってホールに出てきた友人(白塗りだから載せちゃえ)

 

そのままお座敷に出られるような色っぽさ。これでover70 すごすぎる・・・
ここまで行くと妖怪である。(誉めてます)

みんなで 「綺麗ね~~」と称賛。別に謙遜もせずそのまま受け取る友人。昔から美人ってのは褒め言葉に慣れていて照れも否定もしないのであろう

彼女は普段の着物姿も大変美しい。元からの姿形に加えて着こなしにものすごく気を使っているのである。衿元はゆったりしつつもちょうど首のおとろえを隠すくらいに合わせ、理想的な裾つぼまりのすっとした着付け。時には柄の半襟をこまめに付け替えて その色合わせも着物や帯締めとひきたてあう選択がとても趣味が良い。
人のことも気になるようで、私がいい加減な着付けをしていると、「局ちゃん、もっと衣紋を抜きなさいよ、あとここのお皺をとらないと綺麗じゃないわよ」と直してくれる。着物は好きだが、それに付随する針仕事や小物の手入れはなるべく避けて通りたく 時には半襟を布用ボンドで張り付けるというような荒業をする私とは まず 「美」に対する情熱が違うのであろう・・・

美人は一日にしてならずだね。
しかし 元が違うから仕方ないのだが、こういう姿勢は見習いたいものである。婆でも美しいのは立派ですよね~


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食べた食べたの日

2011-05-28 21:57:28 | 食べる
久しぶりに食の伝道師Fさま&友人、総勢四人でディナーへ

Fさまのグルメ友達の推薦の店だそうな。グルメはグルメを呼びますからね。そのおこぼれにあずかれるのは幸せである。
東京都下の小料理屋系の店。

「おいしいものがたくさん出るからね。おなかすかせてきてよ」とのFさまからの指示に従い、昼食を抜いてスタンバイ。



ちょっと一見さんでは入り難い店先なれど

まだ若い板さんと大正生まれのご店主の組み合わせ。8人くらい座れるカウンターと小上がりに一卓だけ。

へ~と思いながら予約席に座って おまかせコースをいただく



なかなかステキなしつらえでした。コースターは太宰 これは場所がらかもね。



まずはソラマメと枝豆にビールでかんぱい



くらげの和え物が突出しで



青柳の茶碗蒸し これは絶品だった



お刺身はシマアジとクルマエビとミル貝とあとなんだったっけ? シマアジ絶品



アナゴと万願寺とうがらしの天ぷら

もうこのへんでお腹いっぱいになったが



さらにアマダイとキノコだかのソテーのあと



最後に握りずしが供される

シャリは小さくて品の良い握りだったけど もうダメってほどの胃袋だったので

コハダとウニとトロだけでギブアップしてしまった (私の分の三貫食べたのは誰でしょう?)


お好きな人はお気づきでしょうが、この店は器が素敵だったな。



このお寿司のお皿の絵の大胆さ。ちょっとマネして描いてみたくなった。この色使いが斬新。

大正生まれのご店主は銀座で寿司職人の修業をしてから日本橋に自分の店を出していたそうだ。
接客も粋な感じで話も面白かった。


店内のあちこちにさらさらっと筆で書いてあるのもご店主の手によるものだそうだ。

こういう店に足を運ぶのは 最初の一見をオモテ 二回目をウラ 三回目をマブと言うそうな。
廓言葉だそうだ。 廓言葉と言えば「ありんす」しか知らなかったが色々奥が深そうでありんすな。

またお待ちしてますよ と 帰る時に道まで出て送ってくれて握手したご店主の握力はびっくりするほど強かった。
この分じゃ100歳くらいまでお元気で店に出ていそうである。

また季節が変わったら来てみようかな?
次はウラね。

 

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満身創痍

2011-05-26 22:47:55 | 日々の生活
ここ三日間で…

チャリにこぎ乗りしようとしたらサドル調節レバーに思い切り太もも前面の一部をぶつけた。
情けないほど痛かった。今青アザまっさかり。

車から降りて、携帯置き忘れに気づいて閉めようとしたドアをまた開いたさいにドアのはじっこを目の下にカウンターパンチ。
うめき声をあげつつ、何故当たるのかが不思議であった。

家の階段を降りるとき、犬ストッパーをスライドせずに跨ぎこそうとして踏み外す。
階段角が脇に当たる。

そのまま階段に腰かけてしばし呆然。犬たちに心配される。

オーブンからスペアリブを取り出す時、鉄板で左手火傷

誰か私を恨んでます~?
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Kooza

2011-05-24 20:17:03 | 見る(映画 劇場 美術館など)
急なお誘いで行ってきた。

初見である。


明治神宮の新緑の対面に出没したテント小屋。風景的には面白い。

TVコマーシャルとか特番とかで、その高度な芸は目にしていたが、それほど「見たい!」とは思わなかったのよね。チケット高いしさ。

しかし今日はご招待である。ウキウキしながら原宿で待ち合わせる。



感想は・・・
確かに一つ一つの技は素晴らしい。 
鍛え抜かれた綺麗な肉体が織りなすサーカスの技の数々。

言い古された表現だけど 「息をのんで」とか「手に汗を握って」私も眺めました。シーソーの大きいのとか 二段つなわたりとか 円の中に人が入ってグルグル回るのとかは新鮮だった。

しかし、三人のアジア系の女性が軟体動物のように柔らかい体を見せつけるパフォーマンス。 生理的にダメだった。
三人の肉体が絡み合って 一つの大きな蜘蛛みたいでどうも気持ち悪かった。

椅子を何段も積み重ねてその上で逆立ちするパフォーマンス、上海雑技団でも似たようなのがあったが、椅子がどんどん積み重なっていくたびに 「そこまでしなくても・・・」とか「脊損したらどうすんだ」とかいらぬ心配が頭をよぎる。

あとね 演目の合間合間でクラウンがやたらと客にからんで舞台にあげたりするんだけど ちょっとしつこいって感じたな。せっかくの演技で高揚した気分があそこでしぼんでしまうんじゃないだろうか?

要するに私はサーカスってものに対するイメージをどこかで暗くとらえてるのよね。
曰く どこかでさらわれてきた少年少女が 酢を飲まされて体を柔らかくさせられて、テントでの寝泊り、団長のしごきと鞭 なんていう そうそう、江戸川乱歩書くところの世界観。
どんなに華やかでも どこかにうら悲しさとか物寂しさを感じてしまうのよね、サーカスっていう空間に。

どれだけ昭和の女なんだよ ワタシ?

ってことで 同行の友人の喜びや席の周りの熱狂から ちょっとばかり浮いているなって自覚しながらの2時間半を過ごした。

まあ一度は見たかったからね。ありがたいご招待ではあった。しかしこの先は自腹じゃ行かないであろう。(それにしてもSS席の範疇広すぎ 一番前列も ワタシの座った16列めも同じSS席ってのは納得がいかなかった その上 前の一列に異様に座高の高い男性グループが座って非常に見にくかった もうちょっと座席の傾斜をつけるべきである)

でも 音楽は良かった。黒人の女性のボーカルには酔った。バンドも良かったな。

結論を言えばこの手のパフォーマンスでは マッスルミュージアムの方が趣味だった。あれは一生懸命さ 明るさが曇りなく勝っている世界を感じたのよね、私の中では。
そう思うとmade in Japanも頑張ってるなあ。



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通り過ぎた時代を思い出す

2011-05-23 10:08:54 | 読む
桐島 部活をやめるってよ




この作者の生年月日を見てびっくり!1989年生まれだって! 平成だよ、平成。
岐阜県生まれで高校まで岐阜で過ごし、早稲田大学に進学して20歳の時に書いたこの小説がすばる新人賞をとる

以前、新聞か週刊誌の書評で読んで、題名が印象に残っていたので図書館の書棚で発見して借りた本。

桐島くんをめぐる高校生のオムニバス形式の小説。ただし 桐島本人は登場人物の口を借りて語られるだけで登場はしない。
バレー部のキャプテンであった桐嶋くん 爽やかで頼れる人柄で誰よりもバレーが好きだったはずなのに、なぜか周りから浮いてしまってバレー部を休むかやめるかしてしまっている状態。彼をめぐる部活やクラスの高校生たちの群像である。

私は面白かったな。
軽い語り口ですぐに読めてしまうので軽い話と受け取ってしまうかもしれないけど、そうでもなかったな。

ちょっと見 同じような制服を着て、同じように見える高校生の群れ、ところが学校内では上と下っていう見えない序列がある。
この小説で書かれているのは かっこよくてあか抜けていて目立つ男の子(たいていスポーツが得意)が上だとしたら ちょっとオタクっぽくて目立たない男の子が下ランク。
女の子は、可愛くておしゃれでやはり目立つ子が上 そうでない子が下。という序列ある世界。
もっとさっぱり言い換えると 異性にモテルかモテないかが序列になっているかもしれない。

そういえば この時代の序列に言及した話は桐野夏生氏の「グロテスク」でも描かれてましたね。あっちはもっと特殊な慶☆女子高がモデルの話だったし、もっと陰惨だったけど。

こちらは田舎の進学校が舞台なのである意味普通ではある。だからこそ色んな付加価値からフリーでその子の見かけや生まれながらにして持ってるものが評価の対象になっちゃっているのかもね。

で、「上」も「下」も色々それなりに考えはしているのだ。自己肯定してみたり これでいいのか?と反省してみたり、時には家庭に深い事情があってそれと闘ったりしながらも・・・
しかし、あまり深刻なことを口に出したり、他人と深くかかわったりするのを避ける風潮なのか、ちょっとした違和感は飲み込んだり、自分自身に対しても気づかないふりをして通り過ぎたりして過ごしているのだ。

私自身の高校時代(もうとお~~~くなっちゃったけど)共通している部分もある。今思うときらきらしていてまぶしかった反面、どこかひりひりしていた感覚は普遍的なものなのかもね。

しかし この年になると 高校時代 あれほど輝いてた男子が ハゲメタボのオヤジになっていたり、学年一の美少女と言われた女子が、なぜかダメンズウォーカーで子供を連れて離婚してきてから宗教にはまってエライ地味な格好で選挙前にお願いに来たりとか 人生の変遷ってものを目の当たりにしてきちゃっているのよね。

この小説のように「俺たちって高校の序列では「下」だもんね。どうしても「上」にはなれないんだもんね。」と下を向いていじけてる子たちに 「君たち 人生なんて今のクラスの中の序列が続くわけじゃないんだからね」とついつい声かけしてあげたくもなる。

また それとはまるで反対の感情だけど、あの一瞬の高校時代だからこそ 輝いている「上」の若者たちの傲慢さは許してあげたくもなる。

と、過去を振り返ったり登場人物を知人に置き換えてみたりして色々考えてしまったのだ。





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指輪物語

2011-05-21 21:00:39 | 日々の生活
ドラ結婚までの道 vol.3

一応今度のボーナスで婚約指輪&結婚指輪を買うことにしたらしいドラ。銀座某所に指輪を見に行ったらしい。
「おかん 指輪ってあんなにするもんなんか?」とびっくりして帰ってきた。
どこに行ったのか聞いたら H・・・ W・・・・ だったらしい。あの門番が居て入るのにも名前を書かなくてはならないところである。良くあの店に足を踏み入れたものだ。おかんでもビビるぞ。

「高くてよ~ 予算オーバーだよ」 あたりまえではないか。身分不相応ってもんだ。よりによって一番最初にあんなところで見るなよな・・・

そこで なるべく口を挟まず 見て見ぬふりを貫こうと思った私ながら今回もまた口を出してしまった。

仲間内のジュエリーデザイナーの工房に二人を案内することにしたのである。

H風でもVC風にでも好きなように作ってくれるし、ああいった店で買ってお金を使わなくちゃならないところに回せなかったり、予算内でおさめてカスみたいな小さい石よりはいいんじゃないかしら? と思ったし。
ドラやM子ちゃんがどうしてもブランド名にこだわるならそれはそれで仕方がないが・・・

しかし、合理的な二人、私の友人の工房もすてきだし、デザイナーの友人は決して押しつけがましくはないけど、とても頼りになるしセンスの良い人である。
彼女の作品を見せていただいたり相談にのっていただいたりした結果こちらで決めることになった。

 

最終的にこの二つのデザインのうちのどっちかで もう少し大きめの石を入れるんですとさ。(ドラ予算内で十分にできることになりそうである)
来週までにM子ちゃんの母上や友達にも意見を聞いて決めることになった。いいなあ・・・

良く言われることだけど こういう結婚までの日々が一番楽しいかもね。

ここ何年も 宝石屋には足を踏み入れる機会なく過ごしてきたけど やっぱり綺麗なものはいいな~ 見ているだけで元気が出るね。

こうやって出入りしてるとついつい自分のも・・・ って手を出しそうで怖い。

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ダンシング・チャップリン

2011-05-19 23:20:59 | 見る(映画 劇場 美術館など)


オットと待ち合わせ銀座に

気分が明るくなる映画なら付き合ってもいいよ とのことで ブラックスワンは諦めこちらを選択



見て良かった。DVDよりスクリーンで見た方が良い映画だと思った。

草刈民代さんはクレバーなヒトだ。

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ニジンスキー

2011-05-17 14:48:58 | 見る(映画 劇場 美術館など)
宝塚も行きだすとキリがないのでね、大劇場以外は自粛しようと思っていたのだけど・・・ 「良い席あるよ 初日だよ」というNのお誘いに乗って行ってしまった。青年館。



雪はロミジュリ以来。 あの時 髪をおったててマキューシオを演じた 早霧せ☆なさんが主役。



めちゃ美形だね、この人は・・・
しかしちょっと小柄。ロミジュリの時はトップも小さいから目立たなかったけど ディアギレフ役と一緒に出ると小ささが目立ってしまう。

とはいえこの衣装の似合うこと。顔の表情の美しさは目の保養だった。踊りと歌は言及しないでおこう。すごくファンが多そうだから怖い(って婉曲表現)

ニジンスキーって名前はクマテツの踊ったバレエを見たあたりから印象に残っていたのだけど、改めて「こういう人だったのか」って知らされた。
ディアギレフと関係を持ちつつ ロモラという妻も持ち、早すぎた天才ゆえに、バレエを踊る事以外には世の中になじめず、いえそのバレエでさえ受け入れられず精神を侵されていった悲劇の人。

それを宝塚がどう表すのかって興味があったけどね。わりに通りいっぺんの演出(あ~ また言っちゃった)だったかな? 途中睡魔が・・・

しかし早霧さんの美しさってのは色々補ってあまりあるものであった。

震災にあったのはちょうどこのお芝居のおけいこ中くらいだったのだろうか? 初日の舞台挨拶で、この舞台に立てたことがどんなに感激したかというのを熱く熱く涙しながら語って(目化粧が溶けて流れるくらいに)その熱さが可愛かった。美形で性格もよさそうなヒトだねと好感を持った。

この日の観劇仲間は いつものNとMちゃん。
幕間にお茶を飲みながら 私はニジンスキーについてwikipediaで調べたプリントを見ていた。実在の人物をモデルにした観劇の場合、背景がわかっている方が楽しめる性質なのだ。
「そのプリントちょうだい」ってNが言うから読んだ後にあげたら、次の日にこんなハガキが送られてきた。



前略
観劇も回数をこなしていくうちに 目も肥え(ボディも)口はますます達者(頭は反比例)
今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。
メトロポリタン美術館で写真に収めたニジンスキーを印刷したのでご覧ください。

ニジンスキーをモデルとしたロダンの彫刻である。

踊っている映像がまるで残されていないという彼の躍動感がこうやって彫刻で残されているのは救いだね。

それにしても こうやってすぐさま資料が出てくるNの家ってどうなっているんだろうか? 私は彼女を資料館の館長と呼んでいますが・・・

この数年でずいぶん舞台も見てきて、その舞台そのものが大当たりで文句なく魅せられたものもあるが、イマイチだったな・・・ つまんなかったってものも少なからずあった。
しかし 演出や演者が自分の趣味にあわなくても それが歴史上の実在の人物ならば、それをきっかけにその人物周りを調べてみようってきっかけにはなるのだ。

赤十字思想を立ち上げた アンリ・デュナンなんて宝塚の舞台で初めて知ったし、項羽と劉邦を読もうと思ったのもきっかけは宝塚だった。
中途半端な理系ゆえ、イマイチ古典とか世界史とか体系的知識がない(高校でしか勉強してないし)私にとって どんなきっかけであれ、歴史が復習できるのは良いことだと思う。

そしてハガキと一緒に送られてきたのが これら





明治初期 オーストリア・ハンガリー帝国行使だった伯爵に東京で見初められ 初めて日本人として伯爵夫人としてヨーロッパに渡った光子夫人の資料集。

何さつかの本と 吉永小百合が彼女を演じたあとにその足跡を追って現地を訪問したNHK特集のビデオまで。

なぜかっていうと これは来月舞台があるからなのだ。

安蘭けい主演 演出が小池先生。 これは見逃せないってことでチケットはおさえた。

あとは予習だけ。

こうやって舞台観劇の水先案内人がいてくれるのはありがたい。
着物周りのことでも書いたけど 大人になってからの実学じゃない勉強ってなんて楽しいんだろうか と思う。
オットに言わせると 勉強じゃなくて道楽だろ だけどね。










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着物の会前日

2011-05-16 00:19:03 | 着る
毎度のことながら どうしてこんなにバタバタしてしまうのであろうか?

まだ五月だから袷でいいやと思っていたのだけど 明日はどうやら最高気温23℃らしい。

世の中クールビズの期間を延長せよっていう気風なんだからもう単衣を着てもよろしいんじゃないだろうか?
先生も 地球温暖化で日本の夏も厳しくなっています。昔のように6月に衣替えなどきっちりしなくても 暑ければ5月半ばを過ぎたら単衣でもいいと思いますよ。と常々おっしゃっている。

「そうだ 明日は単衣よね」

そう思って着物はあまり夏っぽくない 江戸更紗の小紋を着ることにした。



そうしたら長じゅばんも夏物にしないとね って箪笥の中にあるはずの夏物の長じゅばんがない。

季節ごとに入れ替える箱の中の夏の着物の中にもない。必死で探してベッドと床が散らかした着物でいっぱいになったところで
「あっ 浴衣と一緒にクリーニングに出して夏物の洋服と一緒にしまったんだ」と思い出す。

やっと発見してほっとして散らかした着物をたたんで片づけてたら、今度は襦袢に半襟がつけてないことを発見。
今度は夏物の半襟を捜索。 それは案外すぐに発見できたが、次にそれを縫いつける作業をしなければならぬ。
娘に頼んでみたが 「私も明日までしなきゃならないことがあるの」と冷たく拒否られる。

仕方ないので こぉんな大きい針目(絶対見せられないが3cmくらい)でやっつけ仕事で縫い付ける。

次には帯 明日の帯結びは角出しなので名古屋帯を用意しなければならない。 名古屋はあまり持ってないのでそれも捜索。

 またベッドの上が散らかる。

イマイチ気に入らないが 黒地のでいいや。

季節の変わり目の着物ライフはなかなかめんどくさい。

いつもきちんとこういったものの整理が行き届いて、いざとなってもバタバタあせらず、何の苦労せずにその季節と場にあった着物と帯を即座に用意できて、それを優雅に着付け着こなせる・・・
こういう女性にワタシもなりたい・・・ が 多分この先も無理であろう。

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昔も今も

2011-05-13 12:59:22 | 着る
私の所属する着物の会は、単に着付けを習うだけではない。「着付け教室ではないんですよ」 と先生がおっしゃるように、(そりゃあ自分で着付けができなきゃ話にはならないけど)着物のハード面ソフト面と言えばいいのかしら?着物周り全般をお勉強する教室である。
主宰する先生は源氏やその他の古典文学、歴史にも造詣が深く、服飾文化から歴史を切り取った講義の時間はとても楽しい。

去年は 色 がテーマの講義で、それも大変興味深かったのだけど、 青の話 ★ とか 紫 ★ の話などこの辺に結構真面目に書きました。

今年は江戸時代の生活周りがテーマの講義である。 もう講義も三回目なのだけど、つい先日の3回目が面白かったので抜粋してみようと思う。

先生の参考文献は 錦嚢智術全書(江戸お生活百科的な本) や都風俗化粧(けわい)伝 など

面白かったのは 都風俗化粧伝であった。

<髪の手入れ法>

洗髪 ・・・ ふのりをさきて あつき湯につけ置き、箸にてまわせば、よく解くるなり。その中にうどんの粉を入れ、掻き混ぜ、熱きうちに髪へよくおく擦り付け、また手にすくいためて髪をよくよくもめば、髪につきたる油、ことごとくとれるなり。・・・略 
その次に髪を水にて洗いてのち、よく干し、髪を結えば、色をようし、光沢(つや)を出だし、あしきにおいお去る也。

昔は鬢付け油をつけてたからね、暑くなって汗かいて蒸れたりすれば臭いもすごかっただろう。ふのりとうどん粉のドロドロしたもので長い髪を洗うってのも大変だったなと思ってしまった。

若白髪を治す薬の伝 ・・・ くるみをよくよく磨り潰し、白髪をぬき去りて、その毛の穴の中にすりこめば、黒き髪を生じて、ふたたび白髪生ぜず。

ホントかいな?  今はハゲ薬は数多あるけど白髪予防とか白髪を黒髪に直すって薬は未だ開発されてないですよね、考えてみれば・・・どなたか探究心旺盛な方やってみてください。

<顔の手入れ法>

皺をのばし少女(むすめ)のごとくわかやぐ薬の伝・・・大猪蹄(ちょてい) 四つを洗い清め、米をかしたる白水にて煮詰め、とろりとなりたるを寝る時顔にぬり、翌朝、これを白水にてあらいおとし、その夜、またはじめのごとくなすべし。半月ののち、かおの皺よくのびて、きめを細かくなし、光沢を出だし、若やかなること少女のごとし。

これって考えると現代のパックみたいなもんですよね? それに猪の蹄を豚足と置き換えればコラーゲンパックのようなものじゃないかいな? 

湯を使うこと、ならびにぬか袋の伝

毎朝湯をつかうに、至って熱き湯にて顔を洗えば、顔にはやく皺を生ず。ぬか袋をつかうに、顔につよくあてて洗うべからず。顔のきめを損ず。静かにまわしてつかえば、糠汁よく出でて、肌理をこまかにし、顔につやを出す。

これも今でも洗顔の注意として言われてることですよね。 ぬるま湯で洗う。こすりすぎない とか。昔人ってのも経験則からか結構科学的にアンチエイジングを考えていたんだなぁ



この歌麿の絵、どこかで目にしたことがおありでしょうが、湯あがりの若い娘の様子である。右の子が口にくわえているのが糠袋。もめんの晒で袋を縫ってその中に糠を入れて湯屋へ持って行ってお手入れに励んだあとであろう。


昨日 久しぶりに友人Tに会った。帰国子女で元モデルもしていた彼女は今でもスタイル抜群 すげーおしゃれなマダムである。
しかし いかんせん 一時痩せすぎた時があり、顔の皺を気にしていた。色々レーザーとかコラーゲン&ボトックス注射なんかもして、改善しつつあったのだけど。
昨日は なんとなく顔がピンっとしている。

「ね、Tちゃん どうしたの? 肌がピンとしてるじゃん なんかした?」と聞いたら 喜ぶT

「あら~ 局ちゃん 気が付いてくれた? 韓国よ、韓国!」

とTが話してくれた美容法。 自分の血液を抜いて(ひぇ~)分離して、血漿部分をごく細い針の注射で顔の皮下に注入するんだと(ひぃ~) その後カップのほにゃらら(名前を忘れたけど韓国エステすると真空状のカップを背中なんかに張り付けてから吸い出すみたいなのありますよね?)の顔用のものでスッポンスッポン針跡に当ててあとを目立たなくするんだそうだ。

「自分の血液だから拒否反応も起こらないし、だんだんとふっくらハリが出てくるのよ、絶対イイから。今度局ちゃんもやらない? 案内するよ 」だそうだ。

ひえ~ ワタシもメソホニャララっていうイオン導入をパワーアップしたものは愛好 レーザーくらいならいいけど 顔にメスとか顔に針とか 考えただけで御免こうむりますだ。


しかし 昔も今も女性のアンチエイジングに対する情熱ってのは変わらないのね~ とつくづく思ったよ。






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その後の犬騒ぎ

2011-05-11 23:02:50 | 家族あれこれ(犬も含めて)
一つ前から読んでね。

さて 疑似発情?疑惑ありのGちゃん。赤ひげ獣医の診たて通り その後出血は始まらないで今に至っている。
しかしGちゃん、自分がお尻を向けてPちゃんを誘惑し、それに乗ったPちゃんからおっかけまわされるのに味を占めた様子である。
のしかかられても反撃すればすぐにかわせるし、13歳2か月(人間で言えば80歳くらい)のジジイのPちゃんよりはるかにすばしっこいし体力もまさりつつある。Pちゃんが追っかけまわすのに疲れるまで、Pちゃんの周りを飛び回り 自分からつっつきに行き 主導権を握り、面白い遊びを発見したつもりで始末が悪い。



追っかけ遊びに疲れたPジジイとビッチG


だいたいその遊びが始まるのは朝夕2回のエサタイム後、いい加減にしろとこっちが介入してGちゃんを一喝するまでなかなかやまらない。
ってことで 私はこのところ外出も短時間ですませて 犬のお守りおばさんになりつつあるのだ。

そう言えば今年は母の病気 地震 父の眼科オペと続いて旅行とも無縁 そろそろまた旅心を誘われてるのに(実際にこの時期ベルギー、来月タイにっていう友人からの誘いもやむなくお断り)おとなしいPちゃん一匹の時は 近所の犬友奥様に鍵を預けて昼間様子を見てもらったり、他の家族がいない時には食事も頼んでおいて 心配なく旅行に行けたのに、この調子ではムスメも忙しくなった今、Gちゃんが落ち着くまで私一人の旅行は無理そうである。
まあ仕方がない。生き物を飼うのはそれだけ責任も持たなきゃならないし、手間がかかる分、自分は癒されているわけだし。

しかし、Gちゃん。♀なのでおとなしいと思ったがなかなかヤンチャで身体能力も高い。
今思うと 先住犬Pちゃんはホントに扱いやすい優しい性格の犬なのであろう。
獣医さんに 「Pちゃんは そんなことしなかったんですよ~ 子犬があんなにいたずらするって思いませんでした~」って嘆いたら

「何いってんの? 俺は ダックスって書いたら ワルガキって振り仮名振ろうと思ってるよ。」とはっきり言われた。
へ~ ワルガキなんだ と今更思ってる今日この頃。 ただ7・8か月くらいになるとだいぶ落ち着くらしいけどね。その頃になると子犬的可愛さも消えるからさびしいこともさびしいけど(ちょっと心待ちにしている今日この頃)


で、新たに困っているのがGちゃんが階段を上ってしまうことなのである。Pちゃんはダメと言ったら上らないから柵も今まで考えたこともなかったのだけど 最近のGちゃんはいとも簡単に上ってしまい、ダメと言っても隙をみて上りたがる。犬だけ居間に置いて二階に上がって振り返ると平気な顔してついてきている。

留守中二階にあがられても困るし、上から落ちてけがされるのも心配である。柵でも設置しないといけないなと思ってネットで検索したのだけど どうもピンとくるものがなかった。

その時思いついたのがこれ ↓



ムスメが箪笥からあふれた衣類の整理するために購入したブティックハンガーの入っていた段ボール

資源ごみの日が明日だったので折りたたんでいるときに思いついた。

階段の幅に切って 三角柱状のものを作り自立するようにして、階段に置くことにした。

アクリルペイントして花でも描こうと思ったが、そこまでするのもめんどうなので、シンガポールかなんかで買ってきたバティックかなんかの布で覆った。ホッチキスとガムテープで留めただけ。



製作中 邪魔する二匹



ほれこの通り。

横から見るとずさんさが丸わかり



これでGちゃんが階段を上るのを阻止できたから まあよしとしよう。

費用はタダですんだし。



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えらいこっちゃ

2011-05-09 20:23:43 | 日々の生活
昨日の母の日・・・ 義母と食事でもと思っていたのだったが、オットが先週の仕事のトラブル処理に疲れ果て 「今日 おふくろと食事したら疲れが倍増する・・」と言い出し、急きょプレゼントを持ってムスメに行ってもらうことにした。

仕事のトラブルってのもオットがやったことでなく違う部署の人の結果で原因不明のトラブルが起こり、それを責任者として対処したってことらしい 「東電の社長の気持ちがわかるような気がする」とまで言ってたからそうとう責められたのであろう。
途中 「よくあそこまで言われて冷静でいられますね」と周りに言われたらしいが 「俺は家でお前の毒舌に慣れてるからああいった場面じゃ強いんだよ」 だって 人を鬼みたいに言わないでいただきたいわ。

オットが職場のネガティブな出来事をウチで言うことは少ないんだけど 今回は大変だったみたいね。それにしても会うと疲れが倍増する母親・・・ 私は将来息子にそう言われないようになりたいものである。

そんなこんなで犬の散歩以外家からまるで出なかった昨日一日。
日曜夕方 このユルサでリラックスして週明けに備えるという我が家の日曜の定番 笑点大喜利を見てから野菜多めのおかずとビールで夕食をすませ お風呂に入り やっとオットの疲れも癒えたかな と言うひと時であった。

犬たちもご飯をすませて お皿に置いた二本のソーセージのように平行寝



ところがですね。 この後 Gちゃん(4か月半)が起き上りおしっこをしてまたソファに戻ろうとした時、Pちゃん(13歳2か月)のジジイがむくっと起き上った。 そしてGちゃんのお尻の匂いをかぎ やおらマウントを始めたのである。

目がテンになった局家三人(オット ワタシ ムスメ)

今までやんちゃな孫娘に絡まれることはあっても自分から絡んで行くことはなかったPちゃん。寝ている所を乗り越えられようが顔を舐められようが時々噛まれようが じっと耐えていたPちゃんが・・・・

自分の体の二倍の体重はあるPちゃんにのしかかられたやんちゃGちゃん 当然それに黙って耐えるキャラではない。
Pちゃんの下からすぐに逃れて なおものしかかろうとするPちゃんに反撃。遊んでいるつもりか嬉しそうに飛び回って耳や口元なんかをつっついたり軽く噛んだりしている。
それに切なそうな声でなおもおっかけまわそうとするPちゃん。

「も・・・もしかして Gちゃん もう発情期?」 オットとGちゃんを持ち上げて見てみたけど素人目にはわからず・・・ 
なおもしつこいPちゃんにGちゃんも反撃度を増してもし流血の惨事になると大変なので昨夜は二匹を分離して寝かした。

今朝もしつこくのしかかろうとするPちゃんにGちゃん あろうことかお尻を見せて挑発している。(Gちゃんビッチの素質があることを発見)

しかし この突然の変化 それにもうGちゃんにホントに発情期が来ていてこんなに小さいのに妊娠でもしちゃそれこそ大変である。

そして今日はGちゃんを連れて朝一でいつもの赤ひげ獣医さんに相談に行った。
「ちょっと腫れてるけどこれは本格的な発情じゃないから大丈夫だよ。ホントの発情がある前にこういうことがあるんだよ。しかしちょっと早いね。でも離しておかなくても妊娠はしないよ。先住犬とたくさん遊んでやって。気がまぎれるから」とのこと。

それで私もちょっと落ち着き、家に帰って二匹を同じ部屋に置いたら一晩離して置いて少し落ち着いたのか、Pちゃんもやろうとしてもできないことを悟ったのか、やみくもなマウントは減り いつものように二匹でくっついて寝るようになった。



やっぱり生き物を飼うってのはいろんな事が起こるのね~
新しい犬を迎え入れて先住犬とも相性が良さそうで良かったよかったと思ってたし、Gちゃんの避妊はもう少し経ってから考えようと思っていた。それにPちゃんも年も年だしもう枯れてるんじゃないかななんて勝手に思っていたけどその認識が甘かったことを思い知らされた。

本格的な発情出血のシーズンが来たら 完全に分離して飼えるような豪邸ならともかく この狭い家ではなかなか大変ということがわかった。

そして昨日一晩で年下のビッチに翻弄されるPちゃんの切なそうな追いかけっぷりと誘惑しておいて最後に拒否るGちゃんのツンデレぶりがわかり、やっぱりGちゃんには避妊させようと決心した。
昨日色々考えて目が冴えてしまったので夜中に色々携帯で検索したところ ♀が避妊する場合は早いほうが後々乳腺腫瘍や子宮の病気になりにくいらしいのでこの偽発情?がおさまったら手術の予約をとるつもりである。



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目のごちそう

2011-05-06 23:11:33 | 見る(映画 劇場 美術館など)
さて もう一昨日になってしまったけど。

連休中で一番気持ちがよかったのではないかというすっきり晴れた一日。
オットとそそくさと簡単な朝ごはんをすませて世田谷美術館へ。

あとでわかったけど この日はどこも人出が多くて遅い時間だと大渋滞になっていたらしいけどこの日は腰の重いオットをせかしてさっさと行動を起こして良かった。

 

新緑も美しい砧公園。



白洲正子 生誕100年特別展 「白洲正子 神と仏 自然への祈り」

白洲次郎 正子夫妻がこんなにもある種ブームになる前から畏怖をもって憧れる対象だった。夫妻に関する本はずいぶん読んだし、武相荘が公開されるようになってすぐに行ったし。

なので白洲正子展ってだけで特に調べることもなく行くことにしたのだけど・・・

彼女が40代になり能面を求めて各地を旅したことをきっかけに寺社を訪ね背景を調べ紀行文の名作を記す中で、彼女と出会った神仏の像や宝物を展示 という企画であった。
展示のかたわらには 彼女の文章が添えられている。



さくっと一言で感想を述べれば 日本人の信仰心って自然と深く結びついていたんだな~ ってこと。

山を拝み 森を拝み 大きな岩を拝み 湖や滝を拝んできた私たちの祖先。その自然に対する信仰心のDNAってどこかで私たちの心にも受け継がれているんじゃないかしら?

今回の震災の影響下にあるってことで尚更それを感じた。科学の進歩の恩恵はあるけど、今度の原発のことにせよ、どこかで自然を支配下においたとうぬぼれた現代人に対して、自然はすさまじい力でその間違いを思い知らしめたのじゃないだろうか?


しかし、オットと行くとそんな感慨には長く浸ってる暇もなく、
「おい やっぱり今度の旅行は熊野路にしようぜ」と提案があった。那智参詣曼荼羅図 熊野観心十界図の素晴らしさと床にしぶきが上がりそうな那智の滝の映像。
そういえば昨年の夏休みに熊野に行こうと計画していたのが、飛行機がとれずにキャンセルになったのだ。今年こそ行きたい。

館内はおおむね年金世代。真野響子さんの音声ガイドを聞きつつゆっくり回っていくうちにだんだん混んできた。
ず☆いこ(☆はず です)人形の前で笑いをかみ殺しつつ(周りの世田谷マダムのポーカーフェイスもおもしろかった)33年に一度しか公開されないという十一面観音立像を見て 「じゃ ここで観られて得したね」なぞオットと話を交わす。

後で二人で趣味が一致したのが、他の大きな立像の中にあってこぢんまりした十一面観音の像だった。



↑ これ なんとも柔和で繊細なお顔の観音様。

「あれはもらって帰って家に飾りたいと思った」とオット 私も同感である。誰もくれないだろうけどさ。

しかし、白洲正子ってヒトはかっこいい。あの時代(明治43年生まれ)で 初めて女性として能舞台に立ってアメリカ留学もしたのですぜい。
次郎さんとも美男美女カップル。セレブってのはああいうヒトの事を言うのだと思う。
そして この企画展示で改めて思ったが、彼女の審美眼ってのは青山二郎氏や小林秀雄氏との交流で磨かれたらしいが、この時代に男友達との文化的交流 自分の美意識に基づいた旅を成しえた強い意志。それを許した白洲次郎氏の太っ腹。 すごいカップルだったと思う。

二時間たっぷり時間を過ごして出てきたら環八までずっと連なる駐車場待ちの車の列があった。
やっぱりゴールデンウイークだね。こんなに混んでたらオットは間違いなく入るのを拒否したと思う。珍しく休日迅速行動で得した一日。







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めったにないこと 続き

2011-05-03 22:33:26 | 家族あれこれ(犬も含めて)
ほどなく現れたオットとムスメ(首都高で来たら案外早かったそうだ) 公園につく寸前でガブリエルが車内でう☆ちをしてしまったとげんなりしながらの登場だった。しかもオットと彼女たちは結婚式以来ほどのご無沙汰である。そうそうオットとO家妻とは学部は違うが同じ大学。O妻はその頃スリムでツンとした近づきにくいキャラでオットのまわりでもファンが多かったのである。

ってことでちょっと遠慮気味な登場だったのだけど、こちらは殆どできあがってるし、何より子供と犬の存在は大きく、ムスメも子供たちは同じような年代ということもありすぐにうちとけて時折突風に吹かれながらも楽しい宴となった。



特にオットはT家の上の孫娘(幼稚園児)に気に入られて 腕をつかまれてずっと遊びの相手をしていた。

 

ここの家のムスメちゃんはまるで人見知りをせず 公園で会ったほかの子にもどんどん話しかけているのでおもしろい。

オットも 「ねえねえおじちゃん あっちに色々遊べる所があるよ おもしろいから行ってみようよ。」とすっかりタメ口で仲間扱いされておった。



私も結構相手をしたが、タンポポを摘んで花輪を作るなんて何十年ぶりであろうか? これも自分の孫の予行演習になるのかも・・・
たまにはいいけど毎日じゃ疲れそうだな。

まだ一歳児の下のお孫ちゃんは遊び疲れてぐずったのちに爆睡。

私の友達のT夫妻 見かけはかなり若くてとてもおじいちゃんおばあちゃんとは呼び難い。孫たちにも OOちゃん ××くんと呼ばせているようだ。若いうちに孫を持つっておもしろいのかもね。

ちなみにこの上のお孫ちゃんは強要もしないのに(ここ重要)私のことを「おねえちゃん」と呼んだ。
私が 「子供は純粋だねえ 思ったままを口にするのね~」と喜んだら ムスメはひんしゅく顔 オットは「お前、陰でおどしたんじゃないだろうな?」 だと うるへ~ 



広場で解き放たれたガブリエルも野生化。黒い弾丸化していた。

4時ごろになり雲行きがなってきたので撤収することにした。
局家以外は慣れているから 火の始末 テーブルや椅子の片づけ(ああいう物ってコンパクトに折りたためるのでびっくりした)ターフの片づけなどでキビキビ働く。
手伝おうにも何をどうしていいかわからないままに役立たずの局夫婦。
地面に深くささった杭なんて抜けやしない。 抜けないよ~ なんて言ってたら O家のムスメちゃんが 「刺さった方向確かめて抜けばいいんですよ」と言いながら いとも簡単にささっと抜いて片づける。



あとでムスメが「ホントにあなたたちってああいう場所では役にたたないんだね」と車の中で言った。 うるへ~  と言いながらも自覚。
それに 「家って旅行は連れてってもらったけど キャンプとかお祭りとかあんまり行かなかったよね~ 私案外ああいうこと好きなのに全然しなかったよね」とも言う。 確かにキャンプやお祭りももちろん、子連れの定番ディズニーランドなんかも1・2回しか行かなかったな~

ヒトの多いところで遊ぶのが苦手な偏屈両親に育てられたのが不運と思って 健全にアウトドアを楽しめる伴侶を見つけるようにと言い渡しておいた。












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めったにないこと

2011-05-01 23:50:17 | 食べる
こちらのブログを今まで読んでくださっている方はおわかりかと思うが、スポーツは別として局家はあまりアウトドアには縁なく過ごしている。
特にキャンプ系、テントを張ったり 火をおこしたり 外で料理したり一連のこと ワタシも敢えてしたくはないし、オットが輪をかけてめんどくせーと思う人だったのでやらなかった、いややらずに済んでラッキーだったというほうが正しい。

しかし この連休・・・ 高校時代の友人たち。~親友A Nなどとはまたちょっと毛色の違った友達だけどそっちはそっちで大切な友の一人が 忘年会もできずに年明けちゃったし 震災でGWの予定もキャンセルしちゃったから会おうよ、できれば家族で と言い出した。
私も特に予定もなかったのでOKしたところ 「じゃ 三家族で○○○公園でバーベキューね」 と言うこととなった。
道具類や食材などはキャンプ歴の長いO家が用意

ゲッ 公園で バーベキュー・・・・ 私はまだ良い。しかしオットは来ないであろう。
雨天の場合はT家にシフトと言うことにもなっていた。


そして 今朝の天気 夕べの激しい雨に地面は濡れていて、時折強風が吹いている。
しめしめ これはT家であろう と思ったところ
O家のご主人の「大した風じゃないですよ」との一言で公園で決行ということに・・・
大した風じゃないどころか駐輪した自転車が倒れるほどの突風である。 
一応オットに 「これから行くんだけどさ あなたも来る?」と尋ねたら
冗談じゃないとの顔で「いってらっしゃい」の一言である。
ちぇっ やっぱりね と思いながらも タケノコご飯とお団子とビールを持って一人で出発・・・ 目的地は埼玉と東京の境のどこの駅からも遠い公園である。
とちゅうの電車の中で 腕に食い込む荷物の重さを呪いつつ 何が楽しゅうてワタシャ・・・ などと内心は思いつつ・・・

埼京線のとある駅にはT家が迎えにきてくれていた。T家 もともと私の友人も結婚が早く、子供も早かったのに加えて長女ちゃんも20歳で子供を生んだので40半ばに孫ができたカップルである。
今日は夫婦と 娘ちゃんと 孫二人という組み合わせである。

広い公園の中バーベキュー場目指して行くと木々に強風が吹き荒れているのがわかる。(こっ この中で火を起こして肉焼いて食うのか・・・)と思いつつも

「風 強いね・・・・」としか言えず

土のグランドのそばを通りすぎると土埃で道がかすんでいるのにはもう笑うしかなかった。



荒☆(☆は川です)沿いのひろ~い公園

しかしO家は強かった。
私たちが着く1時間以上前にそこにスタンばって コンロに火を起こし 手作りのスモーカーで色々スモークしつつ ターフ?と風よけをはり、テーブルを整え、準備万端であった。

 

手羽先 アユなどを炭火で焼き

 

チーズ シシャモ ちくわなどをスモークする。

いくら風よけの中にいても 時折の突風で紙皿は飛び 油断するとビールのアルミ缶もそのまま倒れる。
しかし、行く前に マジですか? と思ったほど大変でもなく そりゃー気心知れた友人とその家族だから色々食べたり飲んだりしながら話すと楽しい。

キャンプ好きO家は 夫妻と♀♂二人の子供連れ。「家はこの手のことは年季が入ってるからさ」とO妻が言うだけあって 焼くとか並べるとか配るとかきびきび動く。

自宅で料理教室をしているT妻のフルーティーな焼肉のたれは絶品。

そしてスモークすると ごく普通のちくわや固いチーズも風味を増しておいしくなること・・・

あ~ら 来て良かったじゃん と思っていたとき 携帯が鳴った。オットからである。

「どう? 楽しんでる?」と言うから

「楽しいよ~ 風も大したことないし(これは強がり) あなたも来れば良かったのに」と言ったら

「そうか じゃ 迎えがてらに車で行くよ 犬たちも連れてくよ」とのこと。
私の誘いを断ってウチにいることにしたもののつまらなくなったのであろう。

予定は夕方からでやはり手持無沙汰だったムスメも連れて迎えに来ることになった。

O家 T家の子供 & 孫ちゃんも大喜びだった(オットが来ることじゃなくて犬が来ることで)

                  続きます。



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