局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

ちょっと路線変更

2011-01-30 21:55:18 | 見る(映画 劇場 美術館など)
前々からこちらのブログをお読みになってる方。
宝塚記事を書くとアクセス数が増え、そのまま引き続いて読んでくださっている方もいらっしゃるみたいなので、こういうことは書きづらいのですが・・・

ここの所(11月以来)宝塚関係の記事がないとお思いの方。
実は12月の月組も1月の宙組も観たことは観たのである。
しかし なぜ書かなかったか?
心から あ~面白かった って言える感動がなかったからかもしれない。作品との相性が合わなかった。
小池先生演出だとワタシの趣味ぴったりなんだけど それ以外の先生のはどうも(あ ここわざとらしい)とか(こんな所でおちゃらけなくてもいいのに)とかって細かいところが神経に障ってどうも心から楽しめない昨今なのである。

1月は



これだった。ヘミングウェイ原作。こういう半古典みたいな小説を元にするのって難しいのでしょうけどね。
「戦争なんて嫌いだ~」と叫ぶせりふにしても重みってもんが感じられなかった。



トップ二人もとても達者な方とは思うんだけど・・・



この方も組替えで4月から次期花組トップ さすがにかっこいいとは思ったんだけど・・・

しかし この方には罪はないけど ワタシと舞台友Nが花組でイチオシしていた壮様の次期トップの芽が消えたのがワタシの最近のシラケ加減の大きな原因だと思う。
なんだか人事を色々いじくって 二番手でしっかりトップを支えてた人たちをないがしろにしているように思えてならないのよね。(劇団のエライヒトの考えることはわかりまへん)

ってことで 今年は宝塚はちょっと押さえて 今まであまり見てこなかったものを観てみようと思う。

今年絶対観たいのは文楽。これは調べて自力でチケットを取ろう。

そして次は落語。学生時代は何度か寄席には行ったが最近全然ご無沙汰。でもやっぱり生で見て見たい。

って思ったら 天からプラチナチケットが降ってきた。

PARCO 志の輔らくご に行ってきます。

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どこも寒いらしい

2011-01-29 21:52:32 | 日々の生活
実家から戻ったら舞台友NからFaxが届いていた。
3月の花組公演と4月の美輪さんの公演の日程表。この日ならチケット取るよという相変らず親切なハナシ・・・

日程を調整してメールしたら こんな写真添付で返事が返ってきた。



「こんな 大雪になることとは露とも知らず
身包みはがされるボディチェックに遭う前の笑顔。自由の女神は 今や 不自由の女神に化したわけ。だれも信用できなくなった テロ後のアメリカも気の毒な話(笑)
それでも 世界一の都会に みな集まって来て 我々も住みたい…とまで思っているのも事実さね。ははは」

あれま NYでしたか・・・
怪しいロシア人? 女スパイ? ご主人と一緒にオペラ ミュージカル三昧なんだろうな いいな~

次のメールは

「大雪で空港閉鎖 あたしたち亡命かい?」

だそうだ。 とにかく寒いらしい。


一方神戸出張のオット



これが宝塚大劇場だぞ との写真添付

「ロミジュリやってるから見ておいでよ」と返したら

「そんなヒマないよ。隣に手塚治記念館があるんだけどさ、それを見ながらおばさんが 『ここがゲゲゲのヒトよね』って言ってたぞ(笑)」

さっき帰って来たが
「六甲おろしの冷たさはハンパじゃないぞ 顔が凍る」だそうだ。

日本全国、北半球一体 寒いんですね。



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お目見え

2011-01-27 21:20:33 | 日々の生活
さて 羽田空港へ沖縄から空輸されてきた「荷物」を取りに行った友人と私・・・ 昨日の記事 ★ 

その「荷物」とは・・・?




ミニチュア・ダックス♀の子犬である。 今まで 荷物、荷物って言ってごめんよ~

この画面は



このボックスの新聞紙を取り除いてお水を入れてあげたところ。今まで母犬と兄弟と一緒に育っていた所から突然この狭いボックスに入れられて飛行機に乗せられ初めて会ったおばさん二人に覗きこまれてさぞびっくりしたことであろう。

友人の家までは友人が運転して私が後部座席で 子犬のボックスを隣に置いて時々頭をなぜながら移動したのだが、この子犬 うんともすんとも言わず、水も飲まず そおっと首の下をなぜてやっても嫌がりもせずかといってすり寄っても来ず、ひたすらおとなしい子という印象であった。

この友人、とても犬好きでずっと母娘二匹飼っていたのだけど 一昨年母犬が 昨年娘犬が 相次いで死んでしまった。15歳と13歳だから仕方のない寿命だし、二匹とも友人の家で家族みんなに可愛がられて幸せな犬生を全うしたと思われる。
しかし残された友人の嘆いたこと。家の犬も(若作りだが)同じような年だから想像すると恐ろしいけど、家族の一員として10年以上も過ごしてきた犬が自分より先に死んでしまうという悲しみ ホントにつらかったと思う。
その後の彼女はペットロス症候群に陥った。 そして彼女以上に彼女のお父様も(彼女が留守の時の世話係)かなりのペットロスだったらしい。

家の両親もそうだったのだけど 年いってからペットに去られるのって想像以上にキツイみたいね。

5年前に実家では先天性の心臓病で可愛がっていたキャバリアが5歳で死んじゃったのだけど
 

その後の半年くらい二人とも暗かったこと。私も帰っても両親といつも一緒にいた犬が居なくなっててなんだかぽっかりと穴の空いた気がしたし、それまで毎日散歩に行っていた父もまるで運動しなくなったから 変な風に太ってしまって 脳梗塞をして入院したくらいである。処置が早かったから後遺症もなくて退院したけど、その後弟嫁ちゃんの知り合いのところで生まれた犬(トイプーハーフ)を譲り受けてまた飼いはじめたら


 また俄然元気を取り戻したのである。

思った以上にペットって人の人生にかかわってくるんだな~と実感したことだった。

だから 友人もおじいちゃんと相談して 昨年死んだ娘犬とそっくりの犬だったらまた飼おうと決心して ミニチュアダックスの子犬を全国から探したらしい。

そして似た子がいたのは沖縄のブリーダーの所。何度かやりとりしてその子が昨日東京まではるばる運ばれたってことなのだった。


さて、無事に羽田からのドライブは終わった。酔って吐いたりすることもなく ひたすらおとなしく運ばれたモ★ちゃんである。



ボックスから出て初めてリヴィングに降ろされた所。



おとなしくあたりを嗅ぎまわるモ★ちゃん。
「ホントおとなしい子ね~」「飼いやすそう」と私たちは口ぐちに褒めたがだいぶこの時は猫をかぶっていた模様(笑)



おじいちゃんも 「なるほどな~」「すぐに慣れそうだな」とおっしゃっていた。
そんなに感情をあらわにするタイプの方じゃないけど 十分うれしそうなのが伝わってきた。



そしてモ★ちゃん。
友人はご対面直後に 「わ~ く★★ちゃんに色がそっくり でもちょっと目が小さいかな?」って言っていた。

確かに友人の飼っていた母娘はお目目ぱっちりの誰が見ても美犬だった。この子は確かにそう目がぱっちりって感じじゃないのよね。

その後帰ってきた ご主人からは 「こいつ寝起きみたいな顔してるな~」と言われ 息子ちゃんからも「寛平」と言われたらしい。
しかし 良いじゃないか このほのぼのした雰囲気。 癒し犬としてまた彼女の家の中心となると思う。

今朝 「その後どう?」とメールしたら直に電話がかかってきて、その後の大騒ぎと楽しそうな様子が伝わってきた。














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羽田空港へ・・・

2011-01-26 19:05:54 | 日々の生活
今日は友人と羽田空港へ行った。

沖縄から空輸されてくるとある「荷物」の受け取りである。

そんなに大きな荷物ではないが とても重要な荷物である。
友人は首都高を運転してそれをピックアップして また戻ってくる時一人ではちょっと不安と言う。
私もその「荷物」を一刻も早く見たかったので一緒に彼女につきあうことにした。
新しい国際ターミナルも見たかったしね。



さて昼間は上天気だった東京 久しぶりのベイブリッジを通り過ぎて



ウワサの国際ターミナルに・・・(ソウルに行くときは何度かここから乗ったが、あのショボイ国際線発着所からみるとずいぶん立派になったものですね。



あたりは 中国語 韓国語が飛び交っている。



さんざんニュースとかワイドショーでやっていた国際ターミナルのショップとレストラン街入口。
鳥居をデザインしたのだろうが なんとなく日本的というよりアジア的な入り口だと思ったな。



さんざんTVで見た江戸小路? 旅行客というより物見遊山客がたくさん(まぁ私たちもその中の一員ですが)

この小路のレストランはちょっと遅めだったにもかかわらず(しかも平日なのに)どこも長蛇の列であった。

「どうして串★坊に入るのにこんな並ばなきゃならないのよ?」と文句をたれる私たち。

どこもそんな状態なので江戸小路で食べるのはあきらめた。

ちょっとはずれた イタリアンへ。

店は狭かったが

 

温野菜の載ったピッツァはかなりおいしかった。 パスタもまあまあ。

そんなこんなしているうちに 「荷物」の乗った飛行機が来る時間近くになった。

無料空港内バスで第二ターミナルに急ぐ我々。
なぜなら その沖縄からの飛行機が到着する姿を第二ターミナルの上から見届けたいというのが友人の願いだったのである。

 

15:05に着陸予定の飛行機。私たちが屋上についたのは15時くらいだった。ちょうど一機のANAが上空から降りてきたところであった。(遠くに見えるのがそれです)

「きっと あれかもね」
「そうよ あれよ」

興奮して飛行機を指さす私たち。 飛行機に向かって手をふる二人は傍から見れば変なオバさんだったであろう。

「やっと会える・・・」と友人はうっすらと目に涙を浮かべていたほどである。

・・・・ あとでわかったことだが 肝心の沖縄便は 14:53に着陸済であった。私たちはどこから来たのかわからない飛行機に勝手に思い入れて感動していたのである (こういう所が私たちらしいのさ)




その「荷物」が手渡し可能になったらANAの方から電話で知らせてくれる予定だったが、友人の携帯が電池パックが壊れていて突如通じなくなってしまった。

「こりゃ 大変 とにかく貨物手渡し所に急ごう」ってことになった。

金の翼で ニシナヤさんの西の横綱コーヒーを見物してこようと思ったがその時間がなくなった 残念。



で、到着した貨物エリア。ゲートには検問所があり 氏名や連絡先 目的 車両NOや同行者も記入して 身分証明書の提示も求められる。(こんな所に来たのは初めてである)


そして ついに「荷物」が目の前に・・・・




                      続きます。





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どうしても吐きたくなった毒

2011-01-24 12:05:18 | 様々な思い
とある大学の名前がついた駅をとある電車に乗って通りすぎた時、全身痒くなるような看板広告に遭遇した。
歳のせいで動体視力が衰えてるので詳細な広告元は不明… しかし場所がら、大学に通いながら難関資格をとるための予備校の宣伝と思われる。
三人の若オジが(どっちかと言えばイケメン方向に分類されるがなにせ動体視力が難だから定かではない)自信たっぷりのカメラ目線でこちらを見据えている図。
一人の若オジから吹き出しが出て曰く、「公認会計士ほどセクシーなものはない」
これがキャッチコピーのつもりかい?

この駅を利用するT大生が、(そうかっ、公認会計士ってセクシーなんだ!んじゃボクちんも目指しちゃおっ!)って思うとおもってんのか?(このコピーに惹かれるT大生がいたらワタシャ世をはかなむよ)

って事で、このセンスに腹がたち、ムカつき携帯でブログ投稿してるワタシもバカね。
だけど、エリートでもなんでも(エリートは殊にかも)自分の能力に対しての謙譲のココロがあってもいーんじゃないか?
含羞こそJapaneseの美しい特徴なんじゃないか?
まぁわたしみたいな感覚が Chineseにつけいられる元かもしれないけどさっ!
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ジジイの啓蒙

2011-01-22 11:47:49 | 日々の生活
さて アラカンおじたちとの合コン(笑)も先回で三度目になってその時の様子は先日アップしたが、実家から戻ってきたらその中の世話役オジから郵便が届いていた。

その時の写真と何やら文書が同封してあった。世話役ではないもう一人のオジの文章であった。
そのオジ 当日、飲んでいる間は機嫌がよかったのに、おでん屋の後 銀座線の駅に向かう途中から機嫌が悪くなり、「まったく おまいら 何もわかってないんだから・・・」のような事をブツブツ言っていたのであった。
そのわけが判明。

その文書がなかなかおかしかったので本人にはもちろん許可を得ていないが書き写してしまおうと思う。しかしこのオジは本も何冊か出しているし、PC関係も専門家なので例によって検索除けの伏字多用いたしますがお読みください。


★浅○・田×町雑感

先日の ○○レディース ××シティボーイズの合コンでは 寒中にもあかわらず大変楽しく 延々と約半日にもおよぶ時間を過ごさせていただきました。
しかしその折 何度も今回の会場となった○草、とりわけ×原町についての私自身の思いを皆様にお話したのですが、話の途中で「ちょっとトイレに行ってもいいですか」とかいうような調子で、まったく意が伝わらなかったのを残念に思っています。

中略

左の写真は 昨年夏に私が撮った雷門から×原町に向けての風景
正面やや左の黄色い看板のところが×原町交差点です。先日はお○ふく ×草ビューホテルからの帰りに、その前を右から左に通ったことになります。

かつて、この場所はまさに東京の中心地でした。
この交差点の所に、関東大震災で崩壊するまでは「浅×十二階」と呼ばれた「凌×閣」(雲を凌ぐほど高い建物という意味)があり、それは明治、大正期の東京を象徴する建物物でした。

現在でいえば、六本木ヒルズといったらよいでしょうか。とりわけ地方出身者のあこがれの場所でもありました それは若者にとっては渋谷のセンター街 おじさんにとっては新橋SL広場 おばさんにとっては新大久保コリアンタウン おばあさんにとっては巣鴨とげぬき地蔵・・・?

★吉★勇

今回、私たちはこの×原町の交差点を何の感慨もなく「こっちの方が駅に近いから」という感じで素通りしたことになります(実に嘆かわしい!)
この×雲閣が崩壊したあとは、それを模した○丹塔が建てられ、それも昭和の東京を代表するランドマークでした。ということで、×原町の×雲閣や仁○塔については、石川啄木、北原白秋など多くの文学者がその作品に取り上げています。

先日私が伝えたかったのは吉×勇がこの仁丹塔をテーマにうたった下の写真の歌・・・
文芸春秋はこの「東京の秋の夜半に別れきぬ 仁丹の灯よさらばさらばと」を東京を代表する歌に選びました。
×井勇が多分女性と別れ、そして東京を去る時、夕日に浮かぶ東京のランドマーク仁丹塔を見上げながら「さらばさらば」と叫ぶ、その思いはいかばばかりだったのかと・・・

今ここにアサヒスーパードライの看板だけがあり、そうした思いがまさにこの場所にあったということが忘れられていることが私の心をさびしくさせるわけであります。(署名)


ジジイなげぇよ とお思いになった方もあるやもしれないが、さすが文筆業 文章は巧み、せっかく10歳年下のレディース(笑いどころ)を啓蒙しようと そしてその場で記念撮影をしようと心に決めておられたらしいが、あの場での私たち 話を始めると「あっここ(ビューホテル)でトイレ借りてこうよ」と話の腰を折り、この信号を渡って写真を撮ろうとの提案も 「え~? 遠回りじゃん 寒いからさっさと駅までいきましょう」などとあっさり却下していたのであった。(尿意と寒さにロマンが負けたっつーことでよろぴく)

まあせっかちで気の強い女性っていうのが共通項の県民性 その中でも強い女の集団が相手だったのが彼の不運であろう。


そして世話役オジのまとめ文章

正月早々の○草、長丁場ではありましたが楽しかったですね。

ホッ★ー通りを経て お★★くを出るころには「冷てえ風にほろ酔いの心持よくうかうかと」で、ビューホテルで厄落とし(トイレで用足し)もし 濡れ手で粟の百両は手に入りませんでしたが、「こいつは春から縁起がいいわえ」で締めくくれたと思います。


こっちも三人吉三のセリフ引用でキレイにまとめてあった。こっちのオジも印税生活者 さすがである。
私の周りにはオットはじめ 理系出身者が多いんだけど このオジたちは全員文系出身だったと思う。文系出身者ってのも面白いもんだね。(上司やダンナにしたらめんどくさそうではあるが 秘)


この手紙を読んだらしい Nちゃん(一級建築士・頭は超切れるが超せっかちの情緒なし女)から感想メールが来たけど 彼女は私たちの呼称を○○レディースにしていた所に反応していた (○○は故郷の山の名前が入ります)

「○○レディースってさあ 暴走族みたいじゃないね~ 自分たちだけ ××シティーボーイズ(××って東京の中堅高級住宅街)ってずるくない?」

確かに ○○レディースっていうとヤンキー上がりで10代でできちゃった結婚してその子供も結婚が早かったから40代半ばで孫ができちゃってて 髪が真っ赤でジャージーに派手なスタジャン着て、タバコ焼けした嗄れ声で 「昔はじいちゃんと一緒にヤンチャしたもんさね~」なんて言いながら孫をあやしているおばはんを思い出すのでやめてほしいと思った。









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謎の行動

2011-01-20 14:58:08 | 日々の生活
実家の犬
椅子に腰かけた母の膝に乗る時、必ず横を向いてピョンピョン跳ねて準備体操をしてから膝に飛び上がる。
なぜかは謎
とりあえず カワイイので動画とりました。
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ドライブの友

2011-01-19 17:40:17 | 日々の生活

先月からの実家との往復も今回で 6往復半目(母の退院のためまた今日は実家) 運転は嫌いじゃないがさすがに飽きてきた。
それに混んでなければやたら単調な高速。先日は夜出てきたら睡魔に襲われて困ってしまった。
そこで、危なくなく運転しながらコーヒーを飲むために購入した。
サーモスのマグ 片手でワンタッチで蓋が開く。
その開け閉めのカチっと言う確かさに安心感を覚える。
飲み口のカーブも計算された飲みやすさ。
朝入れたコーヒーも夕方まで熱い。
さすがmade in Japanだね。
今まで三年ほど使っていた安物の韓国製のは断捨離~!
こんな事なら最初からこれを買うべきだった。
こういう頻繁に使う物ってケチしちゃダメですね。

これにとっておきのコーヒー(今日はブルーマウンテンNo1)を入れて運転席に置いておくと長距離ドライブに向かうのもちょっと気が楽になる。
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きれいなオバアチャン

2011-01-17 20:39:33 | 家族あれこれ(犬も含めて)
先週末、オットも母のお見舞いに来て、居合わせた担当の先生の話を一緒に聞くことができた。
AG画像 どこまでカテーテルを入れて抗がん剤を入れたかなど母のグルグル巻きの血管にそこまで入れて処置できたってことを見せたかったのか? オットも 「お見事! ありがとうございました」って感じで話がすすんだ。
一つ知ったことだけど 肝臓って番地みたいな名前がついているんですね。ウチの母の癌はその7区? 肺に近い部分にできているらしい。

カテーテルの処置中も母はずっと冷静で騒ぐこともなく ちょっと除脈気味になっただけで平穏に済んだらしい。
その後も発熱も37℃をちょっと超えるくらいで元気である。
「非常にこちらとしてもやりやすい患者さんですよ」と先生はおっしゃってくださった。
「ただし 血管は別です」 だそうだが・・・w

しかし 元気といっても処置後は半日くらいは絶対安静でベッド上動けず その後もそうは動いてはいない生活がほぼ一週間。それに本人が(この前TVで見た刑務所のご飯の方がおいしそうだったよ)と言う病院食のためか体重が落ちてしまった。
もともとかなりスリムなヒトなんだけど(154cm 42.5kg)昨日体重を計ったら40kgになってしまったらしい。
60kg 70kgのヒトの2.5kgならどうってことないが元々少ないヒトの2.5kgは見かけにも影響があるし、お風呂の後に見たら下半身の筋肉が衰えてしまったらしく足がすごく細くなってしまった。

こうやってみるとやっぱり年寄りの入院ってのは怖いもんだと思う。
実は肝癌の場合、一箇所だったらそのまま肝臓切除って選択もないわけじゃなかったらしいが、やっぱりオペとなると身体にもっと負担もかかるし予後の安静期間も長くなるだろうからもっと筋肉の衰えもあるだろう。
癌は切ってなくなりました でもその後寝たきりになりました なんて事になったら患者にとって良いのか悪いのか?
その人それぞれの選択かも知れないけど、母の場合はまずこの処置で様子をみてフォローするのが正解じゃないのかな~と思った。

オット曰く 「医学」と「医療」って=じゃないんだよな~。
病気そのものに注目するのが医学で、もっと広範囲でその人の生き方、死に方まで考えていくのが医療ってことを言いたいのかしら? これからの高齢化社会 自分や家族だけじゃなくて社会的にも考えていかなきゃならない問題だと思うな~

そして私は日曜日いったん東京に戻り あさっての退院にあわせてまた実家に行くことにした。
昨日最後に母の部屋に行った時はちょうどお昼ご飯だった。

「日がたつにつれて少しはマトモになってきた」ってご飯は三食ごはん(鶏ソボロ 炒り卵 サヤインゲン) コーンスープ(粉っぽいらしい) トマトサラダ ヤクルトジョア だった。
「まずいけど一生懸命食べなきゃもっと痩せちゃう」と母は全部平らげ 私のもっていったアンポ柿もおいしそうに食べた。

「朝夕スクワットもすることにしたんだ」 ←森光子か・・・

「午前中 ヒマだったから色々病院内をお散歩してたら ボケたおじいさんが病室がわからなくなっちゃったって言うから看護婦さんに引き渡してあげたの」 

「小児科にずっと居る子はかわいそうだね~ 私はあの子たちのところに行って本でも読んであげたいよ」

など ヒトのお世話までする気満々である。

そして私が 前日に皮膚科に行って メソホニャララをした話をしたらヒトの顔をじっとみて

「どうりで OO子、今日は色が白くなったと思ったわ。お化粧を変えたんじゃなかったんだ。いいわね~ 私も退院したら連れてってね。」と自分もやる気である。

そして

「色んな看護婦さんが 私の年を知るたびにホントに78歳ですか?って驚くのよ。すっぴんなのにシミもなんにもなくてお綺麗ですねって オホホホ」と自慢する
「じゃ、別にそれ以上何もしなくてもいいじゃない」ってちょっと意地悪を言ったら
「何言ってるのよ。次に入院する時も キレイですねって言われたいからちゃんとお手入れをしときたいのよ。」だそうだ。

前向きと言うかなんと言うか・・・ まあ元気なんだから良いか・・・



まあこれで癌で入院中の上にすっぴんなんだから、客観的に見てももうすぐ80には見えないキレイなおばあちゃんと言ってもいいと思う。この年でこのくらい保てるようにワタシもがんばりたいな~(気が早いけど)






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またも見つけたすぐれもの

2011-01-14 23:12:11 | 日々の生活
昨日も言ったが 病院通いと実家の家事以外はわりにヒマな実家暮らしである。

無駄に広い空間、長年通ってくれたお手伝いさんが急逝して以来、老夫婦二人で手に余ってできない部分もあるのだろう、綺麗好きな母だけどちょっと汚れの目立つ部分も出てきた。色々やってあげたいのだが なんせ寒いんだもん。今朝起きたら 室温が1℃だった。外気温じゃなくて私の寝ている部屋の温度だよ。 冷蔵庫かよ この家は・・・

たとえば洗面所とか納戸とか綺麗にしてあげたい処もあるんだけど 冷蔵庫の中状態の環境で水仕事などなれないことしたらこっちが身体を壊しそうなのであっさりやめた。キムタクもTVCMでしつこくなんでもセコムがやってくれるって宣伝しているんだから弟と相談してセコムにでも頼むようにしようかと思う、この先。

そうこうしているうちにこちらにいる友人からステキな情報をいただいた。
私たちの中高の後輩の医師がこちらで美容皮膚科を開業しているんだけど、そこのクリニックで最新の機械が入ったそうだ。それはエステ扱いでできる施術で、まだ噂の広まっていない今なら比較的予約もとりやすいそうな。

「局、こっちにいるうちに一度行ってごらんよ。すんごく良いから~ 色々美容成分が素肌の奥の奥まで浸透していく感じ~」

そういえば暮れから今年にかけて 母関連の心配と実家への車での往復の緊張 夜更かしetcで結構疲れがたまって皮膚にダメージが来ている。
おとといは右目の白目の所が出血してウサギ年に似合う赤目になってたし。目の下もクマっぽいし全体に疲れた感がにじみでている。

やっぱり無理するとてきめんだわ~ 年には勝てない・・・ などとあきらめてみても仕方ない。

せっかくもらったこういう情報は乗りましょう! とワタシは勇んでその施術を申し込んだのであった。

その名は メソ・アク●×ス (●×=ティ)です。今まで皮膚にイオン化しなければ浸透しなかったビタミンCとかその他の成分が電流の力でガッツリしみこませられるんですと。それもイオン導入の70倍 より深いところまでだって すごくない? (割にすぐその気になるヒト)
しかも 今までは注射で皮下に入れていた成分 (ヒアルロン酸とかボトックスなど)が電気的に入れられるのだそうだ。
顔に針を刺すなんて考えただけでもおっそろしいと思っていたけどこれなら大丈夫そう。。。

で、行ってきた(我ながら行動早っ)

ドクターじゃなくても教育を受けたスタッフ(看護師さん?)でもこの施術はできるそうだ。

背中に電極みたいなものを当てられ デコルテ部分まで施術してもらうことにした。まずビタミンCのジェルを顔全体に伸ばしてペン状の電極で顔をジグザクに撫ぜられる。これで細胞膜に小さい穴をあけるんだって(考えると怖っ)
そのあとローラーで成分を浸透させる。時々電気刺激っぽくピリピリするが、そう不快ってほどではない。
そしてポイントで気になる部分にヒアルロン酸とボトックスを浸透させる。(私は眼の下と眉間の皺方面をお願いした)

そのあと首と顔全体を保湿成分をしみこませた布で覆ってパック。施術時間はおよそ40分ほど。


ワタシはマッサージとかエステとかしてもらうのはもちろん好きですが、普段エステは習慣にはしていない。だって気持ちは良いけどはっきりとした効果があるって感じたことがないから。
日本で行くとやたら高いし、安いところはしっかり勉強したわけでもないようなねーちゃんがやってそうで信用する気にならないし。
効果を期待するなら皮膚科とか美容外科とかでしっかり医学的根拠がある所じゃないとお金出したくないもんね と思っているから。

しかし・・・ これはききます。 ケチなワタシが施術が終わって鏡を見て 即 リピートのアポを入れたんだから間違いない!

顔色は一段明るくなったし 首の横皺が確実にうすくなった たった一回で。

それにね、このクリニックって田舎の価格設定ですごく安いんですわ。東京でも結構話題になってるからだいたいの値段は見た覚えがあるけどはるかに安い。半額以下よりまだ安い。(ここではっきり書けないくらい安い)
どうせ母の事でこの先定期的に実家に通わなければならないし、そのついでにしてもらえれば わざわざこれだけに交通費をかける事にならないから心理的にも来やすいではないか(と自分に言いわけ)

ところでhirokoさんなど 私が美容関係に詳しく、美容の達人 などと誤解されているご様子だけど 実は違うの。要するにモノグサだし、化粧品(特に高い外国製品)つけるとかぶれやすいからなんですね。
毎日の化粧はなるべく手間をかけたくない。ファンデーションを厚塗りしたくない。だから素肌のコンディションを良くしてまつげだけくっつけとけばめんどうな手順と時間をかけなくてもまあ外に出られる。(普段 目化粧も口紅もつけない、つけるとかぶれる) それだけの事なんですが。
それにせっかちだから毎日気長にマッサージとかより即効性を求めたい。しかもケチだから根拠なく高い化粧品にお金をつぎ込みたくない。

私と同じ感覚の方にお勧め。
次回も気が向いたらレポートします。









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実家地方はさむいっ!

2011-01-13 20:27:23 | 日々の生活
午後4時で3℃ 6時で1℃
今朝は-3℃だったし
ツクバイの氷はだんだん厚く成長してるし…
オマケに北の山方向から突風は吹き降りてくるし…

ちなみに夏の暑さは全国一を競うし…

このメリハリのあるつーかざっくばらんな気候が、短気で強い女を生むんだなーと客観視&納得(自省とともに)
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垂尻根の母

2011-01-12 20:39:13 | 様々な思い
母はおかげさまで元気に過ごしています。
出血も痛みもなく普通にご飯も食べられるようになって(ホントここのご飯はまずいわ~と文句を言ってはいるが)熱も今のところ平熱で元気でいる。
こちらを読んで心配してくださった方々ありがとうございます。

さて、一応看病のためといって実家に来たワタシとムスメ、いざひと山越えたら案外ヒマなのである。
東京に居れば、仕事、家事、趣味のサークル、ジム、ランチなどに身が二つあってほしいと思うほど忙しいが、そんなに手間がかからない父と女手二人いるとそんなに一日中家事をするわけじゃないし、母の病院にも面会時間にしか行けないとなると時間ってあるもんなのだ。

で、普段ほとんど見ない午前中の奥様番組を三人でのんびり見ていた。
有働由美子アナウンサーとイノハラくんが出てるNHKの番組である。
最初から見てなかったし、そう真剣に見ていたわけじゃないから正確さは欠けるかもしれないが、ワタシの見ている時には アラフォーの主婦の方が出てきてヒップアップしたかっこいいお尻に見えるためには? という目的の下着の選び方や服の着こなし方などの特集であった。

そりゃ~ こういった話は嫌いじゃない母娘ですから、「へ~」「なるほどね~」「このベスト可愛いじゃない」「でも この人背が低いから前から見るとヘンだよ」などといつもの調子で画面を見つつ二人でお気楽に話していたのであった。

そしてそのヒップアップ特集の終りの時であった。
視聴者からのファックスかメールだか知らないが〆に読まれた文章。
以下・・・

「私は三人の男の子の母です。子供を産むたびにお腹周りは太くなり お尻は垂れて行きました。 でも、ワタシのこういう体型、垂れたお尻は 三人の息子を産み、育てたってしるしのワタシの勲章です。ワタシはワタシの体型を誇りに思います」(一語一句正確ではないがこういった趣旨であった。読んだのは有働さん。

顔を見合す局親子・・・

「これって開き直り?」 とムスメ。

「開き直り以上じゃないの? 自己肯定してその考え方を人に知らしめたいってことでしょ。わざわざ文章にして天下のNHKに投稿するんだからさ」とワタシ。

三人産もうが四人産もうが きちんと子育てしながらも出産後シェイプアップしておしゃれなお母さんは世の中には数多居るであろうが、まあそれは言うまい。
垂乳根の母って言うくらいだから 乳は垂れるのは仕方ないが、垂れた尻も母性のシンボルかいな?と思ったがそれも言うまい。

ムスコは小学校は公立だったが こういう事をおっしゃる傾向にあるおっかぁって役員の集団のうちでたいてい一人くらい存在したな。
(もうムスコがその時代だったのは10年以上前だから今は知らないが)
学校の中で、どうでもいいような慣習とか 子供も望まない行事なんかがダラダラと続いていて、さあこれを変えてもっと時流に合ったものにしよう とか どうみても無駄に動かなくてはならない事を簡略化しようとしてPTA集会とか役員会なんかでさんざん話し合ったあげくにやっとその方向に向けて決まりかけたころに、 「でも、子供のためを考えて私たちがめんどくさがっちゃいけないんじゃないかしら? みなさんがイヤだったらワタシ一人でやります!」なんて言い出してそれまでの話し合いをひっくり返すおばはん。たいてい一人くらいそれに賛同する子分もついていて 会議は紛糾して元に戻ってしまう光景・・・

普段 その手の人とはあまり関係を持たずに過ごしているワタシだが、どうしても逃れられない場面においては耐えるしかなかった。
だってこういう人って強いんだもん。錐とかメスで切りこんだつもりでも 鉈でなぎはらわれたらひとたまりもないさ。戦うなんて無謀なことを試みる前に白旗上げるかこっそり逃げるよ。怖いもん。

そしてまた母娘の話に戻るが・・・

「でもどうして最後にこんなの読むんだろうね? これ言われたらどうやってヒップアップさせて見せるかっていう今までの内容が台無しじゃない」とムスメ

「そこがNHKなんだよ。みんなに迎合していい子ぶるんだから」とワタシ。

有働さん、最後にこれで〆たらあきまへん いわゆる一つの「それをいっちゃ おしめぇよ」だよ。


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あ~よかった

2011-01-11 15:23:28 | 家族あれこれ(犬も含めて)
肝臓がんの疑い(というかほとんどビンゴだったが)母は昨日入院した。
おとといから娘と一緒に一週間実家に逗留することにした。娘も色々考えなきゃならない時期なんだけど、こういった家族にコトがあった際には手伝ってもらうのもこれからの人生には長い目でみて重要なのではないか? それにバアバ大好きな娘 自分から「ママと一緒に行って手伝うよ」と言ってくれたのである。



この病院はこの地域でも中核の病院なのだけどとにかく古くてあまり綺麗じゃない。ただ個室がとれたので広くて静かな環境は確保できた。
母は社交的ではあるが 人がいると眠れないとか結構神経質なところもあるのだ。

そして 今日 朝からカテーテルによる検査と治療が行われた。
AG 腹部血管造影
TAI 化学療法
TAE 動脈塞栓術
という処置。

大腿部の動脈の付け根からカテーテルを入れて造影剤を流してCTで血管を見ながら肝臓の癌に栄養を運んでいる血管を特定してその近くからポイントで抗がん剤を入れて なんだか発泡スチロールみたいなものも注入して 血管をふさぐんだって。

医学って進歩しているのね~

10時半くらいに処置室に入った母を見送る。



病院の廊下っていうのも嫌なもんですね。長くて陰気で

1時間から1時間半くらいの処置って言われていたけど2時間たっても出てこないのでヤキモキする。

しかし2時間ちょっとたって 担当の先生がわりに晴れ晴れした顔が出てこられて

「大丈夫 処置は終わりました。やる予定のことはすべてやれましたよ」と言われ、その後の処置をされて出てきた母はしっかり意識もあって、「どうだった?」という私の問いかけにも
「全然痛くも気持ち悪くもないわよ」と言ったので 待っていた私も娘も安心した。

その後 「あと一仕事ありますんで 説明はあと1時間後に」と言われて病室で待っていた。(まったくお昼も食べないで医者って大変よね)

母はまだ動けないので ワタシ一人で説明を受けたが、CT画像で母の血管を見せられてやはり動脈硬化のためかかなりグルリンパと蛇行したりとぐろを巻いたりしていてそこにカテーテルを入れていくのがかなり大変だった感じを受けた。
そんなに自慢気に自分の技術を誇るタイプの先生じゃないけど、下手な人が深追いして失敗することもある処置なんだそうだ。(他の医者談)
この先生で良かったな~と思った。

それによると時間は余計にかかったが、癌細胞に一番近い枝分かれしている血管のところまで到達して処置ができ、ほかの部分には極力影響のないように処置できたこと。
今のところ癌細胞はそこ一個だけらしいこと。 だった。

この先、どのくらいこの処置で持ちこたえられるかはわからないが、今の段階でやれることはきちんとやって下さったってことらしい。

これから何日かは熱が出たり一時的に肝臓の数値は上がるので一週間か十日くらいは入院しなきゃならないらしいが、ともかく無事に処置が終わって良かった。

母は今のところとても元気で 「カテーテルやっている途中、何度も痛くないですか?とか気持ち悪くないですか?って言われたけど なんでもないのよ。あんまり鈍感みたいでイヤだったんだけどさ~ ウソ言うわけにいかないしね~」とか、病室に帰ってきてくれる看護婦さんがとても親切なので(この病院のスタッフってどの人もみんな親切である)「ああいう子がOO(弟)のお嫁さんだったら良かったのにね~ もう居るから(役にたたないのが)仕方ないけどね」などと呑気でしょーもないことを言っている。

ムスメ、ジイジに報告して夕食のための買い物をして今日は私がご飯を作るよと言って先に一人で帰った。

やっぱりこういう時は家族力ってありがたいね。

 

今 病室でPCでこれを書いてる。
Eモバイルって使えるね。


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浅草歌舞伎と第三回オジ飲み

2011-01-09 23:06:34 | 見る(映画 劇場 美術館など)
去年から開催されることになった舞台友Nの恩師のアラカンおじとその周辺との合コン(?)も今年で三回目となった。

前回記事は こちら ☆ 

今回は飲んでばっかりじゃ芸がないね~ってことで新春 浅草歌舞伎を見てからこの地で有名な老舗おでん屋で一杯やろうねという計画(ほぼ一日がかりである)が立てられていた。



まずここで女子だけ集合 初詣 舞台友N Mちゃん 親友A オヤジN 私と女子5人



新春の仲見世は華やかでいいね なんとなく粋な感じだし



線香の煙を浴びるAちゃんとオヤジNちゃん 「も~色々気になる部分がおおくって 全身浴びなくちゃ」っていずこも同じよね。



ここから見えるスカイツリーも去年からだいぶ成長していた。名物の揚げまんじゅうを食べつつ・・・

次に向かったのは・・・ 毎年恒例となった 浅草公会堂へ



今日は昼の部 演目は「三人吉三」 と 「独楽」 お正月らしい華やかな公演と楽しみにしていた。



公会堂の前には白菊が・・・ これは最近亡くなった中村富十郎丈ち高嶺秀子さんへの花であった。

ここでオジたちとおちあう。

三人吉三 七之助くんの綺麗だったこと。凄みのあるくらい綺麗な振袖姿の女性がいきなり男声になって啖呵を切るカッコよさ。適役だった。
亀治郎のお坊 愛之助の和尚も良かった。
ここでこの日5時まで仕事をしていたというNちゃんは爆睡。

次の演目は亀治郎による舞踏 独楽である。途中早い衣装替えなども見せながら軽やかで確実な踊りは魅せられた。



例によって三階席だけど ここは会場が狭いので舞台までそんなに距離感がない。花道が見にくいのはちょっと残念だけど二千円って映画と大して変わらない料金で歌舞伎を見られるってお得だと思う。この新春公演の三階席ファンも結構多いらしい。



会場には胡蝶蘭があふれて華やぎを増していた。

歌舞伎が終わって 次のおでんまではまだ時間があったので この近くの一杯飲み屋へ

この辺は昼間から路上に張り出した(パリでいえばカフェみたいなもんかな?)店で飲むことができる。通称ホッピー通りっていうのですと。



 三人吉三ならぬ三人オジ

 こちらは三人オバ

はっきり言って 外に面したビニールシートすぐわきでのガンガン燃えている石油ストーブも傍らにあり、身体の半分は熱く、半分は寒いといった環境だし、おつまみもそう「おいしいっ」ってほどのところじゃなかったが・・・ 下町らしいこの雑多な感じは楽しい。

幹事オジなんて隣のテーブルの家族連れ(歌舞伎 夜の部を観賞予定らしかった)と仲良くおしゃべりしだしちゃうし。

次におでんも控えているのに 結構飲んじゃうし

 

黒ホッピーってものがあるのを初めて知った。昭和な飲み物ですね。ジャンクさがいいわ。



途中で前の通りがにぎやかになりTVカメラやマイクを持った集団が通るので 誰だろ?と思ったら クドカン御一行だった。
ご一行は隣の居酒屋に突撃してお客にインタビューしていた。



この通りは飴売りがいたり人力車が通ったり何かと遊び心を刺激される通りである。

おでん屋の開く時間になったので移動(この時点で2時間飲み続けております)

途中のトイレ休憩はここで


浅草ビューホ☆ルの方、トイレだけお借りしてすみませんです。

 

老舗おでん屋



あらかんにはおでんが似合う 富士山に月見草が似合うように。。。



ホッピー通りでもうかなり食べているにもかかわらず おでんの良いにおいにほどよく煮えるまで待ち切れずに菜箸で試食がてらかっこむオヤジNちゃん

もう今日何回目?の乾杯をする 計10人の中年オジオバたち



三回目となるともう結構気ごころは知れてきますからね、話も弾む。

仕事の話、本の話、音楽の話から箱根駅伝の話なども・・・ オジのうちの一人がスポーツ界に詳しい会社の人だったので駅伝裏話なんかも聞けた。
みんなそれなりに仕事も遊びもしっかり成してきた人だから話題も豊富である。
これからどう生きるべきか? どう死ぬべきか? などの重くなりがちの話題も笑いながら話せるメンバーってことがわかった。


これで年末年始の遊び予定はすべて終了 今日からまた実家に来ている。明日から母の入院に付き添いです。
思い残すことないくらいよく遊んだ一日だった。



















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ムスメの服を着る

2011-01-07 23:42:41 | 着る
去年、なつの終わりに長かった髪をばっさり切った。

 この辺 ☆

若者の街にある美容院である。ところがそこのボブのカットがイマイチ と言うより私の髪の生え方のせいかどうも右側だけ外にハネルのである。

そこで建築士のNちゃんの定番ヘアのボブがいつもすごく決まっているので彼女の行きつけの美容院を紹介してもらっていってみることにした。



表参道の某美容室。中に入ると倉庫みたいにそっけない空間が広がっていた。まあおしゃれって言えばおしゃれなんだけど、椅子なんて固くてオバサンにはちょっと辛い。週刊誌はもちろん女性誌も置いてない空間。
そしてNちゃん担当の美容師さんは写真家でもあり音楽もするっていうなかなか美意識が強そうっていう感じの人である。

めちゃくちゃカットが早い 確か 迷いのないハサミ捌きで ものの20分でしっかりとしたボブができあがったので驚いた。

そしてウチに帰って洗って乾かしてもバッチリ決まるし悩みの種であったハネも収まった。それにショートにすると美容院に行く回数が増えるもんだが 1ヶ月半以上スタイルは保たれた。

(こりゃ~ いいわ)と思ってリピートすることにしたのである。

年末で三回目。しかし、行くたびにボブの前下がりの角度は鋭角になり うなじの後ろはだんだん短くなり後ろのボリュームは高め高めにスタイリングされるようになった。

美容師さん、自分の趣味で だんだんとモード系方向に持ってきたわけね。

まあ いいんだけどね。ホント上手なカットってその後自分でするスタイリングがどんなに楽なのか身を持ってわかったから。

しかし一つ困ることは今までの服があまり似合わなくなったことなのよね。

私は本来そんなにオシャレなヒトじゃない。
色あわせは気になるし多少の若作りはいたしますが、どっちかと言えば無難なものを適当に組み合わせて「あまりオバサン臭くなくて平均的ならそれでOK」くらいのヒトである。
だからクローゼットの中もふつーの服8に時々勝負に着るブランド服が2くらいの割合の物を順列組み合わせであわせ、ちょっとヒトと違うところは時々それに着物を着る機会があるってことくらいである。

そのふつーの組み合わせってのがこの髪型だとなんだかつまんなくなるのよね。

それで年明け ファッション関係に何かとウルサイウチのムスメとちょっくら新しいおしゃれをしよう! とのコンセプトでムスメと買い物に行ったのである。

前置きが長くなったが・・・



ムスメのお気に入りブティック。入り口からしてちょっと変わってます。



今日のムスメのいでたちはダメージジーンズを腰パン気味に履いて黒いジャケットを合わせている。



店には靴を脱いで入る。アップダウンが多い店内(年寄りには辛い)は畳み敷き。
デザイン・縫製は全部made in Japan だからカジュアルなんだけど結構値段は高い。けどなんでもないTシャツなんかもカットがすごく凝ってるし細く見せたい服は細く見える。
セールじゃなきゃ買えないけどね。

そこでムスメは去年から狙っていたという面白い形のジャケットを買った。
それは値引きしてあったが、その他に私の母にお見舞いといって靴下を買った。靴下といっても手織りニットのすんごく凝ったもので3000円もする。
「こんな高いのもったいないよ」って言ったら
「病気の時ってこういうのが元気の元になるんだよ。つまんない靴下なんてバアバに履かせたくない」とムスメ。
なるほどそれも一理ある と思って ムスメも母の事は心配なんだなあ 普段勝手気ままだけど良い所あるじゃんと思っているうちに流れで靴下代もジャケット代は私が払うことになってしまった。

結局この店では私の物は買わなかったのだけど(ムスメの物買いすぎて予算オーバーが原因)、帰宅後にムスメがクローゼットの整理ついでに色々な服が出てきたと見えて、似合いそうなのを私に着てみてという。
今までだと貸してくれようとしなかったのに これは私の髪型のせいだと思われる。

例えば ↓



この写真じゃよくわからないけど裾がバルーンになっている黒のニットワンピース。これ着た時にはこれを組み合わせてねとムスメに指定されたのは
毛皮の帽子とアニヤのポシェット。(ムスメ私物)

「ママ 案外似合うよ」とやおら私のコーディネートに目覚めた娘は 自分の部屋から服をあれこれ引っ張り出してきて

 

こんな組み合わせを作り上げた。面白いけどこのままこれ着て外に出るのは勇気がいりますな~ それにどうでも良いけどこのバッグの重いこと。これで中身を入れたら肩こりの元だよとムスメに訴えたがスルーされた。

しかし、こういった「年齢不詳 職業不詳オバ」を作るのが楽しいらしく その後も色々ムスメは自分の服や小物を持ってきて二人で組み合わせて遊んだ。

私自身は去年はなんとなくモノを買わない傾向にあり(断捨離読んで影響されたためもあり)デパートの服売り場やブティックから足がすっかり遠ざかっていた。
冷静に考えれば 今までの物で十分は十分なのである。
だけど たまにはこうやって毛色の変わったものが刺激剤になって 今までの物を引っ張り出して組み合わせると新しいイメージになったりもするんだな~と思った。
これから徐々にムスメの服を取り入れていくことにしよう。

気がつくとベッドの上には服とバッグとアクセサリーの小山ができて、時刻は夜中の二時になっていた。

つくづくアホな母娘だとは思う。
コメント (8)
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