tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

覇権国という役目は割に合うか

2016年11月21日 10時58分37秒 | 国際政治
覇権国という役目は割に合うか
 覇権国の歴史は16世紀ポルトガル/スペイン、17世紀オランダ、18・19世紀イギリス、20世紀アメリカというのが定説になっています。
 こう見てくると覇権国というのは、長持ちしないという事のようです。(日本での「覇権藩」徳川幕府は300年。結構長いですね)

 今、トランプさん言っている「アメリカは世界の警察官ではない」というのはアメリカが覇権国を降りようという意思表示、そして歴史の転換の始まりでしょうか。

 今までの覇権国の交代は戦争に負けるとか、より強力な国が現れとってかわるといった形だったようですが、今回は、まだかなり力のある覇権国が「割に合わない役割を担うのはやめよう」と自分から言い出したようなものでしょう。

 「それなら俺が代わろう」という国があるかもしれませんが、長い目で考えてみれば「やっぱり割に合わない仕事だからやめておこう」と考える方が賢明のように思います。

 かつては覇権国の力は絶大で、何でも思うように出来たのかもしれませんが、20世紀後半以降の世界は、世界中の人間も国も平等の権利を認められ、自由に発言できることになりましたから、こうした新しい世界を纏めるのは容易ではありません。

 アメリカは当初、それを背負う経済力、政治力、軍事力を持っていましたが、それを持ち続けるためのコストを背負いきれなくなったというのが現実でしょう。
 政治力、軍事力は別として、経済力でアメリカを脅やかしたトップバッターは日本だったのでしょう。アメリカは日本にいろいろな要求をしてきました。

 アメリカの貿易赤字の原因は日本だという事で、日米繊維交渉から自動車交渉、半導体交渉までいろいろあり、プラザ合意で円高にして日本経済を低迷させ、さらには金融資本主義を世界に広め、サブプライムローンの証券化で世界中から金を集め、それが破綻するとTPP(ISDS条項を内蔵)で優位性を図ろうとしたのですが、それもうまく行きそうにないので、TPPはやめ、世界の警察官もやめる、日本は自力で防衛せよ・・・、となりました。

 こう書くと多少僻みがかっていますが、世界の国々がそれぞれに平等の立場で主張を始めれば、覇権国といえども無理は通りません。権利・義務が平等になって、世界の面倒を見る役割だけがアメリカに残ったのでは、これは間尺に合わないでしょう。

 では誰が世界の面倒を見るのかという事になりますと、人間も国もみんな平等と定めている国連にその役割を背負わせるというのが本来の道筋でしょう。
 その国連を主導したのはアメリカで(あの頃のアメリカは理想主義で素晴らしかった)、未だ信用されていなかった枢軸国は危ないと(1944-1945年の事ですから)連合国中心で、世界平和を目指して、共同の利益以外には武力を用いない(国連憲章前文)ことも定めています。

 そう言いう意味では、覇権国が世界に面倒を見るという方式はもうやめる、これからは国連中心の時代という知恵を人類が本気で取り入れていくという時期に来ていると考えたい気がします。