例えば,次のような内容の根抵当権設定契約が締結された場合,
原因 平成○年8月9日設定
債務者 株式会社A
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権
根抵当権者 株式会社甲銀行
本件根抵当権によって,債権の範囲に含まれる一定の種類の取引上生じた債権等については,設定契約日よりも前に生じた債権についても,当事者間でこれを除外する旨の特段の合意が存しない限り,当然に担保される。
(1)債務者の変更
本件根抵当権に関して,変更契約を締結して,債務者を株式会社Bに変更した場合,債権の範囲に含まれる一定の種類の取引上生じた債権等については,変更契約日よりも前に生じた債権のみならず,設定契約日よりも前に生じた債権についても,当事者間でこれらを除外する旨の特段の合意が存しない限り,当然に担保される。
(2)債権の範囲の変更
本件根抵当権に関して,変更契約を締結して,債権の範囲を「○○取引,手形債権,小切手債権」に変更した場合,○○取引上生じた債権については,変更契約日よりも前に生じた債権のみならず,設定契約日よりも前に生じた債権についても,当事者間でこれらを除外する旨の特段の合意が存しない限り,当然に担保される。
(1)及び(2)については,異論がないところである。
(3)会社分割
本件根抵当権の債務者である株式会社Aが吸収分割会社,株式会社Bが吸収分割承継会社である吸収分割が平成○年9月1日に行われた場合,本件根抵当権は,民法第398条の10第2項の規定により,法律上当然に,次のとおり変更される。
債務者 株式会社A,株式会社B
債権の範囲については,登記記録からは,一覧明瞭ではないが,実体上,次のとおりである。
債権の範囲 株式会社Aにつき, 銀行取引 手形債権 小切手債権
株式会社Bにつき, 銀行取引 手形債権 小切手債権(ただし,株式会社Bが会社分割後に負担するものに限る。) 平成○年9月1日会社分割による債務引受(吸収分割会社A)に係る債権
(4)会社分割後の変更契約
さて,それでは,会社分割後に,本件根抵当権に関して変更契約を締結して,債務者については,株式会社Bのみ,債権の範囲については,会社分割よりも前に生じた債権についても担保させる旨の変更を行った場合,契約上,そして登記記録上,どのように記載すべきか?
上記(1)及び(2)の理からすれば,
債務者 株式会社B
債権の範囲 銀行取引 手形債権 小切手債権 平成○年9月1日会社分割による債務引受(吸収分割会社A)に係る債権
でよいはずである。登記記録上,いずれも変更契約によって変更されたことが判ずればよいのであり,登記が公示の手段であることからすれば,「最終形」が簡明に表示されるべきである。
ところが,現行の登記実務の一部においては,「平成○年9月1日会社分割による債務引受(吸収分割会社A)に係る債権」を記載せずに,「平成○年9月1日吸収分割前の承継会社Bに対する債権」を記載する例が散見されるようである。これは,(2)の点を理解していないためであろう。
確かに,会社分割直後においては特定債権としての「平成○年9月1日会社分割による債務引受(吸収分割会社A)に係る債権」は,法律上当然に担保されているのであるが,変更契約をする際には,この特定債権も被担保債権の範囲から除外するのか,そのまま含めるのかについて,当事者間の合意がされるのである。この合意の内容が,「変更後の事項」として,登記により公示されるべきなのであるが,現行の実務では,登記記録から正確に判じないという不適切な状態が現出しているものである。
登記記録上,債権の範囲の「最終形」が簡明に表示されないと,例えば,本件根抵当権に他の不動産を追加設定するような場合,追加設定物件の登記記録からは,債権の範囲を正確に読み取ることができないという不都合が生じ得る。
根抵当権の変更に関する基本に立ち返って考えれば,容易に理解できることであるはずであるが,民法第398条の10第2項の規定によって生じた状態に囚われ過ぎて,迷路に陥っている方が多いようである。
不動産登記制度が「国民の権利の保全を図り,もって取引の安全と円滑に資することを目的とする」(不動産登記法第1条)ことに鑑みて,根抵当権の実務の在り方を見直すべきではないだろうか。
cf,
平成22年4月13日付「会社分割と根抵当権」
平成22年10月28日付「根抵当権の変更登記をめぐる諸問題」