週刊浅草「江戸っ子瓦版」 -のんびりHiGH句な日々-

文学と食とRUNの日々を、PHOTO5・7・5で綴るエッセイ♪

河童の遠足

2012年11月14日 | ☆文学のこと☆

  
                  曹源寺の河童さま

 ここんとこいろんなものに追われている。地に足がついてないとはこのことか。そんな折、ご近所に住む作家高橋うららさんから愉しい遠足にお誘いいただいた

 なんでも、拙作みの吉の貝独楽が季節風に載って、このブログで河童寺こと、曹源寺を紹介したのがきっかけになったそうな。これも嬉しいことだ。

 一番近い駅なのに一度も乗ったことのないつくばEXPRESSの改札で、河童の会の皆さんと、待ち合わせる。一同ぞろぞろわいやわいやと、合羽橋本通りを上野方面へ向かった。かつて新堀川という掘割があったとおりを越えると、右手に曹源寺の入り口がみえる。

 入ってすぐ、一種異様な河童のギーちゃんが出迎えてくれた。

      
      水木ワールドに出てきそうな河童のギーちゃん

  
                   ご奉納のキューリ

 禅寺の中にある、河童のお堂にくると、ご覧のリアルな男女?雄雌?の仲睦まじい河童の夫婦が鎮座している。

 お賽銭箱にのるキューリを見て、カブトムシと好物は一緒なんだなと妙に納得してしまった。

    

 安永年間の古地図にものる禅寺曹源寺だが、河童の伝承は文化年間の頃のこと。

 たびたびの洪水に対処するため私財を投げ打った合羽屋喜八(川太郎)。彼の窮地を、かつて命を救われた大川の河童が助けたのがこのお堂ができた由来。そして新堀川が完成する。

 以来、禅寺に祀られた河童大明神を参詣すると、商売繁盛するということになった。
 
      
                  河童大明神

      
                  河童のミイラ

 矢追純一、川口探検隊よろしく、ミリテリアスな匂いがプンプンする、河童の水かきらしきものも撮影できた。

      

 道具街にある黄金の河童さまにご利益を祈願し、池波正太郎記念館にご案内する。

 池波師匠の執筆時そのままの机やペンを見て、河童の会の方々も感得するものがあったらしい。
         
     
     
                どぜう鍋ぬき
  
 遠足の後は、愉しい会食が待っている。

 初めての方が多かった、どぜう鍋。丸はキツイだろうと、骨抜きを注文。賢明ですな、うららさん。

 このお鍋。父譲りのこだわりは、ゴボウとネギをお代わりすること。

 泥鰌の滋養が滲みたゴボウとネギが、最高の酒の友となるのだ。

 風邪気味の方も一発で治ったという泥鰌の力。予防にもなったはずだ。

 きっと江戸の頃は、田んぼや水辺にたくさん泳いでいたであろう、泥鰌。庶民の家々では、味噌汁など安価で手軽に栄養の取れる食材であった。それが今ではこうして頂く、お出かけ用の食材になってしまった。これも世の趨勢か。

 この飯田屋は以前にも紹介したが、東京の三大どぜうと云われている。

 建替え前は、寅さんの撮影にも使われた。そう云おうとしたら、お隣の会の方から立ち会ったことがある、なんて貴重な話も飛び出した。

   

 近郊も遠方も、各々お土産を買って、観光気分でお帰りに。

 あっという間の遠足でござった。

       

 河童堂にあった幟に、気になる文字が書かれている。

 今度海に行くときには、ここにお参りすると、波乗りが上達するかもしれない。

 一人そんなことを思ったおいら。

 嵐のような息抜き。刺激はビンビンいただいた。

 うららさん、河童の会の皆さん、お招きくださりありがとうございます。

 冒頭の写真奥に、川太郎の墓がある。

 河童さまのご利益がありますように
  

   「てっぺんへ手向けの水や川太郎」 川太郎の墓にあった句