
ツルギアブ科のナギサツルギアブ Acrosathe stylata Lyneborg. 1986
ナギサツルギアブの三重県での唯一の産地は川越町の高松海岸である。
7月3日と6日に高松海岸でナギサツルギアブと出会った。
7月20日の早朝6時頃に高松海岸に出向き,ナギサツルギアブを探すと,ハマゴウ葉上で交尾しているのを見つけた。
8月15日に高松海岸に出かけて探したが,ナギサツルギアブの姿は見られなかった。
10月1日に高松海岸を探したが,見つからず。
ナギサツルギアブの模式標本産地は山形県の酒田で,1988年に永冨・Lyneborgが種の再記載を行っており,その当時は北海道と本州では山形県のみ,その分布が知られていた。
永冨ら(2000)によると,「川原に住むようである。山形県酒田の標本が川原か海浜か不明である。」
高松海岸も朝明川の河口で,河口と一体となった海岸は干潟を有している。川原と砂浜が繋がっているので,判然とはしないが,どちらかと言えば海浜かなと思う。
その後,兵庫県や新潟県,神奈川県,また愛知県の矢作川でも発見されている。
大石(2009)によると,二ヶ所で採集されたナギサツルギアブは「ともに河岸段丘上の林内。Acrosathe属のツルギアブの中で,最も内陸部まで生息している種である。」
三重県レッドデーブック2005では,絶滅危惧Ⅱ類に選定されている。
大石ら(2006)によると,「多く海岸や河口の砂地で草本に覆われた環境に生息する。すなわちヨシコツルギアブよりはより内陸に生息する。幼虫は砂中にあって他の節足動物を捕食する。年1化といわれているが,春および夏から秋にも採集されているので多化性の可能性もある。」
永冨ら(2000)によると,「属・種の同定が外形による検索表ではっきりしない時は,♂外部生殖器を見る必要がある。腹部を切断し,苛性カリ液中に投じて処理すると鮮明となる。Acrosathe属内の少数標本の時は外形による検索表では間違える。」
外形による検索表でナギサツルギアブとした♂の標本を,その外部生殖器を見ると明らかにナギサツルギアブのものと異なることがある。現在,4種のAcrosathe属が知られているが,翅脈も含めて外形では区別できない別種がいると考えられる。別の類似種が居るとなれば,検索表を作り直してもらわないといけない。永冨博士は故人となられているので,大石氏に期待するしかない。別種の標本数が少ないと,検索表づくりは大変なようである。複数種が混在している可能性が高いので,交尾しているカップルの標本がいくつも欲しいようである。
Acrosathe属の内,ヨシコツルギアブは雌雄共に前・中腿節の前腹面(中央部を越えた所)に1本の剛毛を持つことから,現在のところ,外形から容易に同定可能である。
永冨ら(2000)にツルギアブの翅脈としてタシマツルギアブの翅脈図が載っている。いくつかのタシマツルギアブ標本を調べたところ,その図と同じ翅脈を有する個体も有ったが,多くは異なっていた。また左右で異なっていることもあり,この翅脈図との絵合わせでタシマツルギアブの同定を行うと失敗する。Acrosathe属の同定に,今のところ翅脈は全く使えないのである。
ツルギアブの標本は油が出てきて黒くなってしまうことが多々ある。針を刺した途端に,油が出てきて,あっという間に黒くなってしまうことがあった。雌の腹部背面の斑紋もほとんど消えて,真っ黒になってしまうことがある。真っ黒になっていても,角度を変えて見れば,うっすらと元の斑紋が見えてくる。
1989年発行の『昆虫分類学』によると,ツルギアブ科は「第5径脈とそれより後の脈は翅端より後方に達する。翅端は第4径脈と第5径脈で挟まれる。幼虫は土中や腐植中にすみ,捕食性。」などとある。
追記
大石ほか(2010)によると,「ナギサツルギアブは海浜と河岸の両方に現れ、相当な内陸部でも記録された。草本が疎らな砂地にも見られるが、より内陸の草本や木本上にも見られる。ただし河岸林の林縁辺りが限界となろう。したがって、生息環境はタシマツルギアブと同様ないしそれより少しく広いかと思われる。」
また,「ナギサツルギアブ は本州の海浜・河川の両方にに広く分布することが分かった。県単位での追加は新潟・愛知・三重・京都・奈良・兵庫。これからみると、到る所に広く生息しているように思われるが、実際の生息地は範囲が限られ、各地に点々と分布する様相を呈している。あるいは前述したように本来河岸性の種で、点々と生息地を変えているかもしれない。また三重産のナギサツルギアブの♂個体は、ほとんどのものが前額の毛束を欠くか、1-2本程度である。また♀個体では楯板の中央の黒色の縦条の著しく目立つ個体が見られる(この特徴は、他の種の♀個体にも現れるようである)。しかし♂外部生殖器の特徴に大きな差は認められず、現在の知見の範囲内では、格別区別はしない。」としている。
文献
Akira Nagatomi & Leif Lyneborg (1988)The Japanese Acrosathe (Diptera, Therevidae).Kontyu,Tokyo, 56(3):600-617.
永冨昭・大石久志(2000)日本産ツルギアブの同定.はなあぶ,9:1-32.
新家勝(2000)武庫川でナギサツルギアブを採集.はなあぶ,9:64
櫻井 精(2002)新潟県におけるナギサツルギアブの記録.越佐昆虫同好会報,85:66.
大石久志・蒔田実造(2006)ナギサツルギアブ.三重県レッドデータブック2005動物:287,三重県環境森林部自然環境室.
大石久志(2009)豊田市(愛知県)の双翅目(第1報).はなあぶ,27:38-51.
大石久志・篠木善重・別府隆守(2010)日本産Acrosathe属(ツルギアブ科)の新知見.はなあぶ (30-1):31-46.
砂浜のツルギアブ
ヤマトツルギアブ
シオサイツルギアブ覚書
ツルギアブ科Acrosathe sp.の訪花

ナギサツルギアブ♀ ハマゴウ葉上にて 2010.7.6

ナギサツルギアブ♀

ナギサツルギアブ♀

ナギサツルギアブ♀ 2010.7.3採集

ナギサツルギアブ♀ 2010.7.20採集