Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

tak's Movie Awards 2019

2019-12-31 | tak's Movie Awards
毎年恒例の個人的映画賞にして映画愛情表現の年中行事、tak's Movie Awards 2019の発表です。



対象作品は2019年に私takが何を観たかのオールタイム。公開年にタイムリーにはなってませんのであしからず! 映画検定対策の為に日本映画クラシックを集中的に観たもので、そこが反映されております。
 
◆作品賞
「翔んで埼玉」(武内英樹/2018年・日本)

もともと魔夜峰央ファンではあるけれど、原作の世界観を力業で押し広げた映画化に圧倒された。それだけではなく、ディスるどころか郷土愛と遊び心に満ちた映画は、期待をいい意味で裏切り続け、最後まで楽しくて仕方ない。 2019年はマーチン・スコセッシの「映画ではない」発言が物議を醸した。日本のテレビ局が製作した映画も映画じゃないというご意見もあるだろう。だが、この「翔んで埼玉」はマーチン・スコセッシが言う「人間の感情、心理的な経験をまた別の人間に伝えようとする映画」そのものじゃないだろうか。しかも地元民だけでなく、日本中をクスッとさせるローカル愛の映画なんて他にあるだろうか。そして、市原悦子の追悼映画としても最強。
【今年の10本】
アイリッシュマン
安城家の舞踏會
イエスタデイ
ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝
さらば愛しきアウトロー
新聞記者
天気の子
翔んで埼玉
運び屋
ROMA/ローマ

◆アニメーション映画賞
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」(2019年・日本)


◆監督賞
小津安二郎「東京物語」

【今年の10人】
アスガー・ファルハディ「誰もがそれを知っている」
アルフォンソ・キュアロン「ROMA/ローマ」
小津安二郎「東京物語」
川島雄三「しとやかな獣」
是枝裕和「万引き家族」
スタンリー・クレイマー「渚にて」
フランソワ・オゾン「2重螺旋の恋人」
フランソワ・トリュフォー「映画に愛をこめて アメリカの夜」
マーチン・スコセッシ「アイリッシュマン」
リチャード・カーティス「ラブ・アクチュアリー」

◆主演男優賞
ロバート・レッドフォード「さらば愛しきアウトロー」

【今年の10人】
アンドリュー・ガーフィールド「アンダー・ザ・シルバーレイク」
ウィレム・デフォー「永遠の門 ゴッホの見た未来」
クリント・イーストウッド「運び屋」
グレゴリー・ペック「渚にて」
ダニー・ケイ「五つの銅貨」
チャーリー・ハナム「パピヨン」
ホアキン・フェニックス「ジョーカー」
松坂桃李「新聞記者」
ロイ・シャイダー「恐怖の報酬」
ロバート・レッドフォード「さらば愛しきアウトロー」

◆主演女優賞
マーゴット・ロビー「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

【今年の10人】
エミリー・モーティマー「マイ・ブックショップ」
グレン・クローズ「アガサ・クリスティー ねじれた家」
グレン・クローズ「天才作家の妻 40年目の真実」
ケイト・ウィンスレット「女と男の観覧車」
シム・ウンギョン「新聞記者」
ジャクリーン・ビセット「映画に愛をこめて アメリカの夜」
高峰秀子「乱れる」
ベティ・デイビス「何がジェーンに起こったか?」
ペネロペ・クルス「誰もがそれを知っている」
マーゴット・ロビー「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」

◆助演男優賞
ブラッド・ピット「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

【今年の10人】
アーミー・ハマー「ビリーブ 未来への大逆転」
アル・パチーノ「アイリッシュマン」
大沢たかお「キングダム」
岡田真澄「狂った果実」
オスカー・アイザック「永遠の門 ゴッホの見た未来」
ジョー・ペシ「アイリッシュマン」
ハビエル・バルデム「誰もがそれを知っている」
ビル・ナイ「マイ・ブックショップ」
ブラッド・ピット「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
フレッド・アステア「渚にて」

◆助演女優賞
リリー・ジェームズ「イエスタデイ」

【今年の10人】
アリソン・ジャネイ「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」
アンナ・パキン「アイリッシュマン」
キャリー・フィッシャー「スターウォーズEP9 スカイウォーカーの夜明け」
シシー・スペイセク「さらば愛しきアウトロー」
ダイアン・ウィースト「運び屋」
高峰秀子「張込み」
バーバラ・ベル・ゲデス「5つの銅貨」
マーゴット・ロビー「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
松岡茉優「万引き家族」
リリー・ジェームズ「イエスタデイ」

◆音楽賞
「イエスタデイ」
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スターウォーズEP9スカイウォーカーの夜明け

2019-12-30 | 映画(さ行)






◾️「スターウォーズ EP9 スカイウォーカーの夜明け/Starwars EP9 : The Rise Of Skywalker」(2019年・アメリカ)

監督=J・J・エイブラムス
主演=デイジー・リドリー アダム・ドライバー キャリー・フィッシャー オスカー・アイザック

2005年に「スターウォーズEP3シスの復讐」を観た後、僕は一旦映画ファンとして燃え尽きた。大げさなと思うかもしれないけど、「スターウォーズEP4」を小学生で初めて観て以来、ここに込められた映画の面白さや過去の作品へのオマージュを知り尽くしたい!と思い、映画に夢中になった。「EP3」のラスト、ベイダーの呼吸音が映画館に響き渡った瞬間、背中がゾクっとした。「この瞬間を見届けるために、オレは映画を観続けてきたんだよな」と涙があふれた。そして数週間何にも映画が観られなくなった。

そしてディズニー傘下でのEP7が製作された時は、複雑な思いはあった。でも監督がJ・J・エイブラムスと聞いて別な思いが湧き上がってきた。エイブラムス監督と僕は同い年。監督も僕と同じようにSWを観て育ってきた世代なのだ。彼ならオールドファンの思いを踏みにじるような作品は作らないだろうと信じた。そして今回迎えたEP9「スカイウォーカーの夜明け」。賛否あったEP8のモヤモヤを吹っ飛ばす快作だった。多くの人が言っていることだけど、42年間「スターウォーズ」ファンでいてよかった。

EP9はとにかく展開が早い。見せ場に次ぐ見せ場、危機また危機。しかしそれぞれのパートに無駄はなく、綺麗に伏線が回収されていくのが観ていてとにかく心地よいし、ワクワクする。一方でこれまでの2作品だけでなく、過去の作品も押さえておかないと、情報量が多すぎる映画でもある。レイの出生の秘密、ここに来てあのパルパティーンがEP6、1〜3に続いて再登場、レイアのフォース覚醒、惑星エンドア…。ちょっとした台詞の端にもオールドファンの心が躍るパーツが満載。「I Know」がまた聞けたのと、Xウイングが浮かび上がる場面で涙腺崩壊。

しかしEP9製作にあたっては、キャリー・フィッシャーの死去を始め、数々の困難があったと知らされる。エイブラムス監督はその重圧にこれ以上ない形で応えてくれた。その努力に感謝。オールドファンに媚びた?と受け取られても仕方ないくらいのクライマックス。新三部作はスターデストロイヤーの残骸から始まり、再びスターデストロイヤーの残骸で終わる。その呼応にもエイブラムス監督の思いが感じられる。EP4の懐かしい風景が登場するラストに、「ありがとう」と僕の心が叫びたがっていた。新キャラクターにケリー・ラッセルを起用したのも嬉しい。エイブラムス監督の映画デビュー作では、途中で死んじゃうスパイだったもんね。

商魂たくましいディズニーだから、違った形でこれからもスターウォーズ関連作品を続けて行くことだろう。僕はスカイウォーカー家の物語こそが真の「スターウォーズ」と考える、狭義の「スターウォーズ」ファンなので、ライトセーバーも出てこない作品なら多分満足できないと思うけど。そして、ナンバリングされたシリーズはこれで完結となった訳だが、EP3の時みたいに僕は燃え尽きたりはしない。「スターウォーズ」に誘われて映画の魔法にのめり込んだ僕には、まだまだ見届けたいことがたくさんあるのだから。もう一度言わせてください。42年間「スターウォーズ」ファンでいてよかった。

(2019年12月)


映画『スター・ウォーズ/ザ・ライズ・オブ・スカイウォーカー』(原題)特報


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東京物語

2019-12-28 | 映画(た行)


◾️「東京物語」(1953年・日本)

監督=小津安二郎
主演=笠智衆 東山千栄子 原節子 杉村春子

言わずと知れた小津安二郎監督の代表作。なんで今まで観てなかったんだろ。観る機会はいくらでもあったのに。長く映画ファンを名乗っているのに、これを観ていないなんてちゃんちゃらおかしい…と自分で自分を恥じてきた。今回、やっと鑑賞。語り継がれる作品って、やっぱり説得力がある。

尾道から東京へ、子供たちを訪ねる周吉ととみ夫婦の物語。長男長女は日々の忙しさから親の来訪に十分に構うこともできない。時間をとって優しくて接してくれたのは、戦死した次男の妻紀子だけだった。尾道に戻って数日後、妻とみが危篤に。子供たちは次々と集まってくる。とみは亡くなり葬儀が終わる。長女は末っ子京子に形見分けの相談を早々にして、長男とともに東京に戻っていった。京子はそれに憤るが、それぞれの立場があると紀子は優しく諭す。周吉は紀子に妻に優しくしてくれた礼を言う。

ストーリーや長男長女の言動を見れば、確かに血縁でもない紀子がいちばん親切で、実の子が冷淡な印象だ。でも、登場人物の誰がいいとか悪いじゃない。年齢を重ねていけば、家族もそれぞれの生活がある。いつまでも同じようにはいかない。家族もだんだんと変わっていくものだ。東京にやって来た両親に、二人の子供は尾道ではできない時間を与えることで満足してもらおうとする。でも周吉もとみもそんなことを求めてはいない。そんな気持ちのすれ違い。それぞれの立場がわかる今の年齢で観るからこそ、理解できるのかもしれない。長男長女が喪服を持参して尾道に行くのは、決して冷淡な訳ではない。もしもの対応をしなければならない現実があるからだ。

原節子演ずる紀子との時間が楽しかったと、老夫婦が感じたのは、お互いに喪失感を共有しているからだろう。しかし、そんな思いも次第に変わっていくもの。紀子も、亡くなった夫を思い出すことも少なくなっていることを口にする。
「お義父さまが思ってるほどいい人じゃありません。わたし、ズルいんです」
クライマックスの原節子のひと言に思わず涙する。

そして笠智衆がひとり海を眺めるラスト。そこに漂うのは喪失感や寂しさだが、「晩春」のラストの寂しさとは全く違う。ここには過ごして来た時間の重み、人生の深みがにじみ出ている。人生っていろんなものを失いながら続いていくものなのだと思った。それは寂しい事ではあるけれど、避けられないことでもある。それだけに、過ぎ去った時間が愛おしい。今の自分の年齢で観てよかったのかもしれない。

 
東京物語 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]
笠智衆,東山千栄子,原節子,杉村春子,山村聰
松竹
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カツベン!

2019-12-26 | 映画(か行)



◾️「カツベン!」(2019年・日本)

監督=周防正行
主演=成田凌 黒島結菜 永瀬正敏 高良健吾 井上真央

「日本映画の歴史にサイレント映画の時代はなかった」と、映画監督の稲垣浩の言葉がラストに紹介される。無声映画時代には、活動弁士が映画に説明を加え、お囃子が生演奏で添えられ、弁士の名調子が人気を博していたからである。映画「カツベン!」はそんな時代に、少年時代から弁士に憧れた主人公が巻き込まれる騒動の顛末を描いたお話。

周防正行監督作のコメディ路線は、題材の選び方は気が利いている。僕らに馴染みがない世界に連れて行ってくれる。この映画に描かれるくらいに個人の人気や人材の奪い合いめいたことがあったんだろうな。

芸達者なキャストが話を盛り上げてくれるのも楽しい。役者気取りの売れっ子弁士役の高良健吾。彼はブレない役が多く、自分の意思に真っ直ぐなキャラクターを演ずることが多い人。この映画でもそれは貫かれていて、徹頭徹尾いけ好かない。それだけに成田凌とのタンスを挟んだやりとりが楽しくって。こう言う笑いってドリフのコントならやりそうだけど、近頃目にしないからちょっと嬉しくなった。主人公の幼馴染みのヒロインは、唯の介もとい黒島結菜(ドラマ「アシガール」大好きだったんでお許しを😝)。個性が際立ったキャストの中で大健闘でしょ。井上真央のモダンガール振りも、竹野内豊の活動好き刑事も素敵だ。

でも映画ファンとしていちばん心を打たれたのは、飲んだくれの元スタア弁士を演じた永瀬正敏。弁士をやっていながら、「映画は映画で完成したもの。それに無駄な説明をつけるのは間違いだ」と言い放つ。映画の将来を見通し、そして映画という作品を愛している存在に見えた。また、周防監督は劇中上映される「金色夜叉」や「椿姫」を再現した映像を撮って使う念の入れよう。それも過去の作品への敬意なんだろう。エンドクレジットではサイレント時代の名作「雄呂血」の本編映像が流れるので、最後まで貴重な映像を観るべし。

まあ、全体的には期待通りの出来かと。活動写真でみんなが楽しんでいた一体感が映画前半では感じられたのだが、後半になって映画を観ることの幸福感が薄れてきて、結局は弁士の喋りあっての楽しさに落ち着いてしまったのがやや残念。
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アイリッシュマン

2019-12-15 | 映画(あ行)






◾️「アイリッシュマン/The Irishman」(2019年・アメリカ)

監督=マーチン・スコセッシ
主演=ロバート・デ・ニーロ アル・パチーノ ジョー・ペシ ハーベイ・カイテル アンナ・パキン

正直言うと観る前に不安があった。マーチン・スコセッシ監督の犯罪映画ってフィルモグラフィーから見れば目新しくもないし、しかも出演がデ・ニーロ、ペシにハーベイ・カイテルのおまけまでついてる。大手が金を出さないからNetflixで同窓会しました、ってノリだと勝手に思っていたのだ。とんでもない勘違いだった。

車椅子の老人が語り始める物語は、半世紀以上に及ぶアメリカの影の歴史。年寄りの犯罪回想映画はこの世にいくらでもある。悪事を振り返るだけの映画ならセルジオ・レオーネ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」が白眉。しかし大ベテランのスコセッシはそこに止まらず、裏社会に身を投じた男が家族と向き合うもうひとつの物語を示してみせた。これは主人公の後悔と懺悔の物語であるとともに、血塗られた映画を世に送り出してきたスコセッシのひとつの落とし前だと思える。200分超なんて耐えられるのかと心配していたのが杞憂。近頃"映画ではない"発言が物議を醸したスコセッシだが、自分の映画を世に示した。さすがだ。

ファーストシーンの老人の語りから、裏社会のスラング「ペンキ塗り」をビジュアルで示す数分間で心を掴まれた。巧い。近頃の映画って分かりやすく作るから、こういう"含みのある"言い回しはなかなか用いられない。そして何よりもキャスティングで納得させられる。口数少なく凄みの効いたジョー・ペシ、逆によく喋り感情のままに行動するアル・パチーノ。デ・ニーロが間に入って振り回されている様子は、裏社会の力関係あってのこと。年齢を重ねて人の良い役柄もこなせる今のデ・ニーロだからこそ納得できるような演技。

アル・パチーノが演じたジミー・ホッファは、かつてジャック・ニコルソンが演じており、ジミーをモデルにした人物を若きシルベスター・スタローンも演じたことがある。ホッファ失踪事件は未だに謎の部分が多いと聞くだけに興味深い。他にはケネディ大統領の時代の描写が秀逸。暗殺のニュース直後にインスタントコーヒーのCMが流れる場面。殺しすら手軽なものだと言わんばかりの冷たさ。また、新たな登場人物が出てくるとその後の死因が示される演出も面白い。主人公たちとのその後の関わりが希薄なのかを暗示すると共に、主人公3人に観客の興味を絞り込む効果もあったのでは。

200分超を長いとは感じなかった。近頃ないインパクトがある秀作だが、残念に思ったのは、主人公の生き方への後悔が描かれながらも、アンナ・パキン演ずる娘との関係を除いては、観客をもセンチメンタルな感情にさせるような情感は響かなかったこと。近頃、年寄りの黄昏映画が続いたせいかもな。


『アイリッシュマン』最終予告編


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運び屋

2019-12-11 | 映画(は行)



◾️「運び屋/The Mule」(2018年・アメリカ)

監督=クリント・イーストウッド
主演=クリント・イーストウッド ブラッドリー・クーパー ローレンス・フィッシュバーン ダイアン・ウィースト アンディ・ガルシア

イーストウッドの新作が公開される度に「これが遺作になりませんように」と祈るような気持ちになる。「グラン・トリノ」の時ですらそう思ったのに、90歳の主人公が麻薬の運び屋になるこの物語を監督、主演するこの映画には、ますますその思いが強くなった。

朝鮮戦争で戦った経験のある主人公アールは、かつて園芸農家として成功した時期もあったが、ネット販売など時代の変化から行き詰まり、農園は差し押さえられていた。ボロボのトラックであちこちを旅した彼は交通違反歴がなかったので、荷物を運ぶアルバイトに誘われる。それは犯罪組織が麻薬や銃器をやり取りする"運び屋"の仕事だった。仕事一辺倒だったアールは家族とも疎遠になっており、なんとか関係を修復できないかと考えていた。人のいいアールは犯罪組織の若造からも慕われ、組織からの信頼を得て、大きな仕事に巻き込まれていく。一方、麻薬取引を追うベイツ捜査官は組織の取引実態を調べ、組織から"トト"と呼ばれる運び屋の存在を知る。それはアール のことだった。

家庭を顧みず、外で評価されることが大事だと信じて生きてきた男が、年齢を重ねて家族の大切さに気づいて歩み寄ろうとする姿が心に残る。娘や妻は口もきかないが、孫娘だけは慕ってくれる。映画のクライマックスでは、運び屋としての大仕事と妻の病状悪化が重なり、アールが選択を迫られる。そしてアールは組織からも警察からも追われる存在になってしまう。ハラハラさせるサスペンス要素が二重三重になるだけではない。家族との関係修復というヒューマンドラマがそこに絡んでくるのだ。こんな深みのある映画があるだろうか。病床の妻との会話、娘と交わす不器用な会話。ひと言ひと言が心にしみる。

短いながらも心を通わせる捜査官との会話も素晴らしい。「俺みたいになるんじゃないぞ」という彼へのひと言は、苦い経験を積み重ねた主人公の心からのアドバイス。でもそんなしんみりする場面の直後に、捜査官にバレてしまうのではというスリルある描写を持ってくるうまさ。2000年代以降のイーストウッド映画は重たいテーマに挑んだものも多かったが、アラウンド90歳となった今、人間ドラマとしてもエンターテイメントとしても両立するようなこんな良作を撮れるなんて本当に凄い映画人だと思うのだ。

僕らはまだまだイーストウッドの映画を観たい。少なくともこの映画が遺作にならなくてよかった。「家族を大事にしろ」「もっと楽しんで生きろ」と主人公が口にするメッセージは、あまりにも言い遺す言葉ぽくて。そしてイーストウッドは老いてもなおカッコいい。疎まれながらも家族との向き合う姿は、90歳なりのタフガイだと思うのだ。スゲえよ。
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アガサ・クリスティー ねじれた家

2019-12-08 | 映画(あ行)


◾️「アガサ・クリスティー ねじれた家/Crooked House」(2017年・イギリス)

監督=ジル・パケ・ブランネール
主演=グレン・クローズ マックス・アイアンズ テファニー・マルティニ テレンス・スタンプ ジリアン・アンダーソン

クリスティ原作の映画はピーター・ユスチノフ主演のポアロものを中心にあれこれ観ているけど、不勉強なことに原作は未読が多い。本作は初めて映画化されているようだ。

ギリシア移民から成功した大富豪レオニダスが毒殺された。孫娘ソフィアは元恋人の私立探偵チャールズに捜査を依頼する。莫大な遺産を巡って欲と妬みと憎しみが渦巻く館。誰しもに殺害の動機がうかがえる。そんな中、次の殺人が起こる。

キャストが多いミステリー映画は相関関係を頭に入れるのに戸惑うことがよくあるが、かつての「××殺人事件」と題されたクリスティ映画の派手なオールスターキャストは、観客の理解を助けてくれて、その迷いはあまり感じないものだ。この「ねじれた家」は過去のクリスティ映画化作品のような豪華キャストではないけれど、登場人物たちそれぞれの個性と物語上での言い分がハッキリと描かれているため、字幕で名前を見て「誰のことだっけ?」と迷うことはなかった。

犯人が殺人に至った動機とそこに至った気持ちを考えると背筋が寒くなる。ねじれた人々が共に暮らすねじれた家の空気、緊張がほどけない日常。タイトルの出典はマザーグース「Crooked Man」。谷川俊太郎さんはCrookedを「ひねくれた」と訳している。それぞれの損得しか頭になく、お互いの気持ちを察することもできないこの一家の様子を見ていると、「ひねくれた」という表現がひどくしっくりくる気がする。また、エリア・カザン監督がギリシア移民を描いた「アメリカ アメリカ」を最近観たものだから、眼をギラつかせてなりふり構わず主人公が生きてきたその先を、レオニダスに重ねてしまう。そして決して救いがあるとは思えない物語の結末が待っている。

一家を仕切る大伯母を演ずるグレン・クローズはまさに貫禄。「Xファイル」のジリアン・アンダーソン、久しぶりのジュリアン・サンズ、テレンス・スタンプが登場すると空気が変わる。主人公チャールズを演じたマックス・アイアンズは、名優ジェレミー・アイアンズのご子息。

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ドクター・スリープ

2019-12-04 | 映画(た行)


◾️「ドクター・スリープ/Doctor Sleep」(2019年・アメリカ)

監督=マイク・フラナガン
主演=ユアン・マクレガー レベッカ・ファーガソン カレル・ストリッケン ジェイコブ・トレンブレイ

キューブリックの「シャイニング」は、原作者スティーブン・キングの意に沿うものではなかった。本来の超能力"シャイン"の意味は薄れてしまい、結末は改変され、原作にない輪廻転成要素や巨大迷路が登場し、ジャック・ニコルソンが演ずる主人公は映画史に残る悪役のような存在になった。キングは真の「シャイニング」を世に示そうと自らテレビシリーズを手がける。そして、大人になったダニーを主人公にした小説「ドクター・スリープ」が今回映画化されるに至る。いったいどっちの続きなのか?

マイク・フラナガン監督が選んだ着地点は、映画と原作どちらのファンにも配慮したものだった。映画冒頭の音楽から、ホテル内のカメラアングル、細かい台詞までキューブリック版が引き継がれる。クライマックスでオーバールックホテルに向かう俯瞰の場面には期待が高まってしまう。キューブリック版を観ていればニヤッとできる場面、展開が待っている。そして原作本来の超能力"シャイン"は中心に据えられ、能力に目覚めた少女とダニーがその戦いに巻き込まれる物語は原作派へ落とし前。「シャイニング」原作のラストの展開も盛り込まれていると聞く。

僕はキューブリック版ドップリ派なので、サイキックウォーズと化した本作に拍子抜けしたのが正直な気持ち。「シャイニング」を初めて観た当時、ホラー映画であれ程精神的に追い詰められたことはなかったし、映像の力強さにゾクゾクした。「ドクター・スリープ」は確かにエンターテイメントとして楽しいし、飽きさせることもない。でも、キューブリック版に出てきた邪悪なものが勢揃いするのに恐怖はなく、これはもはやホラー映画ではない。超能力を駆使する戦いは、ヒゲ面のユアン・マクレガーにオビワンの影がチラついて、「これフォースやん!」と心のどこかで声がするw。

しかしながら「ドクタースリープ」の2時間30分はきちんと楽しませてくれる。レベッカ・ファーガソンは「ミッション・インポッシブル」と同様に存在感があってカッコいいし、キューブリック版の音楽を再現してくれたのも嬉しい。

スティーブン・キング作品はあれこれ怖いけど、どこかに愛があると思う。例えば「ペットセメタリー」が僕は意外と好きなんだけど、やってはならない行動に出てしまったのも愛ゆえのこと。「ミザリー」は過剰な偏愛の果て。「キャリー」も愛を渇望する少女の物語。「ドクター・スリープ」では、死期が迫った患者に寄り添う猫や、ダニーのシャインの活かし方、ダニーを見守るハロランの存在など、相手を大事に思う気持ちがにじみ出ている。キング作品の底に漂う愛は、キューブリック版「シャイニング」が容赦なく削ぎ落としたもの。ホテルの怨霊を自分が引き受けて家族を守った原作「シャイニング」のジャック・トランスはそこにいなかったのだから。まったくの別物として楽しんでおきましょう。「ドクター・スリープ」がこうした形で製作されたことは、決してキューブリック版「シャイニング」を否定するものではないのだから。

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シャイニング

2019-12-01 | 映画(さ行)


◾️「シャイニング/The Shining」(1980年・イギリス)

監督=スタンリー・キューブリック
主演=ジャック・ニコルソン シェリー・デュバル ダニー・ロイド スキャットマン・クローザーズ

初めてこの映画を知ったのは中学生。映画館で予告篇を観たのが最初だ。エレベーターから血が流れ出してフロアを染める無言の予告編。何じゃ、こりゃ。震え上がった。何年か経って本編を観て、ジャック・ニコルソンの凄み、恐怖にゆがむシェリー・デュバルの表情、キューブリック作品のお約束である一点消去の構図に引き込まれた。他のホラー映画とは全然違う。ショッキングでグロテスクなビジュアルで観客を追い詰めるのではない。主人公一家と同じく閉鎖的な空間に閉じ込められて逃げ場がない。観客を精神的に追い詰める映画。だが今思うとこの映画がいちばん怖かったのは、"訳がわからない"ことだったように思う。言うまでもなく、キューブリックは映像で語る映画作家で、当時の僕はまだ「博士の異常な愛情」しか監督作を観たことがなかった。「シャイニング」では、明快な答えは示されず、不気味な音楽と鼓動のようなビートが通奏低音のように響きき続け、たただただ不安な気持ちにさせられる。それがただひたすらに怖かったのだ。

原作からの大きな改変があることは後に知った。家族を守るために悪霊の犠牲となる原作に対して、徹底した悪として描かれるジャック。ラストのオチは映画だけに付け加えられた。スティーブン・キングの原作派の人々からは嫌われているし、キューブリックがそもそもホラー映画撮ったことがないからこの映画を認めないという方もいらっしゃる。僕はホラー映画を熱心に観る人ではないから、「シャイニング」がホラー映画の文法に沿っているかどうかはわからない。でもこれだけしっかり怖い思いをさせるし、そのくせ観終わった後で強く印象に残る場面の数々はとにかく絵になる。映画として優れた作品であることに間違いはない。

イオンがキューブリック映画作品のデザインの衣料を販売していて、「2001年宇宙の旅」「時計じかけのオレンジ」「フルメタルジャケット」のシャツをこれまでふーん…と眺めていたのだが、先日「シャイニング」がデザインされた男性下着を発見。ボクサーブリーフにあの"斧"がデザインされた、縮んじゃいそうな(笑)微妙な悪趣味感が気に入って買ってしまった。「バリー・リンドン」か「ロリータ」デザインのTシャツ出してくれたら絶対買うけどなww






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