Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

海外特派員

2020-09-27 | 映画(か行)





◾️「海外特派員/Foreign Correspondent」(1942年・アメリカ)

監督=アルフレッド・ヒッチコック
主演=ジョエル・マクリー ラレイン・デイ ジョージ・サンダース ハーバート・マーシャル

渡米後のヒッチコックが「レベッカ」に続いて撮った傑作サスペンス。製作が1940年。実際に戦火が広がりつつあったこの時期に、アメリカの新聞社から海外特派員が戦争の気配を探りにイギリスにやって来る映画を撮るって、当時の状況を考えるとすごいこと。露骨なアメリカ国威高揚を訴えるラストシーンに、製作当時の緊張感が伝わってくる。まさに映画は時代を切り取ってくれる。

初見は1995年に廉価版のビデオで鑑賞。今回BSで放送された録画で、久しぶりに鑑賞。

主人公ジョーンズは、オランダの政治家ヴァン・メアにインタビューして、戦争の動向を探るように社から命じられていた。ところが国際会議へと向かう階段でヴァン・メアは射殺される。目の前で殺害を目撃したジョーンズは、犯人を追うが見失ってしまう。彼は風車小屋で怪しげな人物たちと死んだはずのヴァン・メアの姿を見た。現地の警察や周囲の人々は信じてくれない。次第に彼の身に危険が迫り、国際的な陰謀に巻き込まれてしまう。

平和活動家の娘との恋を絡めて、主軸のサスペンスに恋の行方が二重三重のスリルを呼ぶ見事な演出。暗殺シーンの後、傘の群衆をかき分けて犯人が逃げ、ジョーンズが追う場面は、特に印象的な名場面。見え隠れする犯人の姿と揺れて波打つ傘の動きで、目が離せない緊張感。また、風車小屋のトリックを主人公が見破るのも印象的な名場面だ。

イギリスとドイツが開戦してしまった為に、主人公たちを乗せたイギリス民間機がドイツ艦から攻撃されるクライマックス。ただでさえ、事件の行方でハラハラしてるのに、後の航空パニック映画に引けを取らない墜落の恐怖が描かれる。今の感覚で観ても沈みゆく飛行機の中で悲鳴をあげる人々の描写、コクピットから浸水する場面はど迫力。ホテルのネオンが壊れてHOT EUROPEになるのも、気が利いた遊び心。ヒッチコック映画は、監督登場シーンも含めてディティールも楽しみのひとつ。






コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

太陽が知っている

2020-09-25 | 映画(た行)






◾️「太陽が知っている/La Piscine」(1968年・フランス)

監督=ジャック・ドレー
主演=アラン・ドロン ロミー・シュナイダー モーリス・ロネ ジェーン・バーキン

ルカ・グァダニーノ監督によるリメイク「胸騒ぎのシチリア」を観たので、オリジナルに挑もうとTSUTAYAでお取り寄せレンタル。リメイク版でマティアス・スーナールツが演じた役柄がアラン・ドロンで、その恋人がロミー・シュナイダー。スクリーンの外側では、この二人は婚約していた時期がある。破局後、女優業から遠のいていた彼女を、本作の製作にあたりアラン・ドロンが共演者に指名し、ロミー・シュナイダーにとってはカムバック作となった作品。

そういう目で見ると、映画冒頭プールサイドで二人がイチャつく様子がやけに眩しく見える。水着を脱がすアラン・ドロン。ロミー・シュナイダーも遠慮なく彼の海パンを下ろす様子なんて、もはや演技とは思えない。そんな二人のところへ未練タラタラのモーリス・ロネが、娘ジェーン・バーキンを連れてやってくる。物語に不穏な空気が流れ始める。

四人の関係が崩れていく様子は、リメイクの方がそれぞれの男女に何が起こったか明確に描かれている。しかし結末が曖昧な分だけ、オリジナルの方が筋がしっかりした印象を受ける。警察の捜査が入るクライマックスはオリジナルの方が論理的で、リメイクよりも格段に説得力がある。犯罪映画がお得意のジャック・ドレー監督らしい部分かも。男と女が惹かれ合うこと、思いが募ることのどうしようもなさを考えさせられて、映画の余韻に心地よく浸れるのはこっちかな。

それにしても、出演者が揃うだけで説得力がある映画。モーリス・ロネはドロンに殺される役柄というだけでなんとなく納得するし(「太陽がいっぱい」のせいね)、台詞も少ないのにやたら存在感があるジェーン・バーキン。そこに加えて、スクリーンの外側で起きたアラン・ドロンの身辺に起こったスキャンダル、ロミー・シュナイダー復帰劇という現実が、映画を面白くした面もあるかもしれない。いずれにしてもスタアだからこそなんです。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TENET テネット

2020-09-23 | 映画(た行)


◾️「TENET テネット/Tenet」(2020年・アメリカ=イギリス)

監督=クリストファー・ノーラン
主演=ジョン・デヴィッド・ワシントン ロバート・パディンソン エリザベス・デビッキ ケネス・ブラナー

あー、もう。また厄介な映画撮りやがって。

クリストファー・ノーラン監督がまた時間軸をぶっ壊したから、世間では難解、分からんと「去年マリエンバートで」を観た後のような感想や、「考えるな、感じろ」とブルース・リーのような感想が飛び交っている。大絶賛の声もあれば、拒絶反応もある。インテリ好みの理屈をこねたり、従来の娯楽映画のフォーマット破壊を繰り返してきたノーラン監督。それらは本作「TENET」でも然り。今回はエントロピーやら反粒子やら物理学の概念を持ってきたり、回文(上から読んでも下から読んでも同じってヤツね)をタイトルやキャラクター名に謎めいてチラつかせている。いち早く観て知識をかじった人々や情報サイトのライターさんの中には、お節介なコメンテイターと化している方もちらほら。観終わって語り合いたい映画で、確かに面白いんだけど、変に自分の解釈を述べたら、リピーターと化したコアなファンに袋叩きに合いそうな恐怖すら感じる。

世間が分からんとは言うけれど、決して不親切な映画ではない。導入も謎解きもきちんとしてる。そこは重要。「感じることを求める映画」とか世間は言うから、「マルホランドドライブ」並みに感じることに専念しようと覚悟して劇場に向かったんだけどなw。

予告編で観てビビッときたのは、車が横転する様子を逆回転にした映像。ほほー、今度は視覚で時間をひっくり返してくれるのか。ところがいざ本編観たら、逆向きに動く人々の中を前向きに進む人がいる。順行と逆行が映像として共存している。銃弾は銃に戻って弾痕が消え、爆発は何もなかったように収束する。クライマックスの建物破壊シーンを含む大銃撃戦まで、驚きの連続。お腹いっぱい。

もちろん予想をはるかに超えたストーリーも驚きしかない。過去と現在を行き来する回転ドア、同じ時間を前から後ろからの挟み撃ち攻撃、タイムパラドックス…。とにかく情報量が多いくせに、展開が早く、理解させてくれる時間を与えてくれない。でも、ストーリーが進むにつれて疑問だったところが鮮やかに謎解きされるのが心地よい。戦ってたあの相手って✖️✖️だったの!?逆走してきたあの車って✖️✖️が運転してたの!?テレビでメイキング映像をチラッと見たけど、あの格闘シーンは逆回しじゃなくて、逆回しに見えるように振り付けられてるんですと。

正直言うと「インセプション」の方が好きかな。あれはひねくれた話ではあるけれど、結局は愛の物語だもの。「TENET」は緻密に計算されたお膳立てが魅力の映画。その行間に人間ドラマの深さを織り込める余裕はなさそうだ。

「インセプション」は「女王陛下の007」のオマージュが露骨だったけど、今回もノーラン監督の映画好きがいろいろ散りばめられているように思える。ラストの主人公とニールの会話は「カサブランカ」のオマージュだよね!…あ、これこそお節介?


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

2020-09-19 | 映画(あ行)


◾️「劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン」(2020年・日本)

監督=石立太一
声の出演=石川由依 浪川大輔

2019年のあの事件後に製作続行された京都アニメーション作品。昨年の「ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝」も素晴らしい作品だったが、今回はテレビシリーズのその後を描く完結篇。

映画冒頭、亡くなった祖母が大事にしていた手紙を孫娘が目にするエピソードが語られる。ヴァイオレットが生きた時代よりも後であるそのパートが、テレビシリーズ屈指の名エピソードの続きであることに気付かされる。マスクしてなかったら口を押さえて「あっ」と小さなさけび声をあげちゃうところだ。京アニのロゴを見るだけでも感慨深くなるのに、この数分でもう心を掴まれてしまう。テレビシリーズ本編の重要な話の部分や登場人物の過去は巧みに織り込まれていて、本作で初めてヴァイオレットの物語に触れる人でも筋の基本は理解でき、そうでない人はより深く物語を反芻できるシナリオになっている。

ストーリーは大きく二つ。入院中の死期が迫っている少年の手紙代筆のエピソードと、物語の最後を飾る「会いたい人」をめぐるエピソードだ。少年の依頼を受ける話でヴァイオレットが物事に真摯に向き合う姿を描いて、それが後半の展開に大きく絡んでくる。少年の臨終場面は思いの外長く痛々しい。会いたい人に会えなくなる辛さをこれでもか見せつける。ギルベルト少佐の母の墓参りをする場面にしても、劇中登場する戦争で若者が帰って来なかった島にしても、あの事件の後だけに、死をめぐる台詞や場面が余計に胸に突き刺さる。臨終場面が長いのは、受け止めきれない程の多くの死というスクリーンの外側の現実があるだけに、自然とこういう演出になったのではないか、と勝手に考えてしまう。

そして物語後半「会いたい人」をめぐるエピソードで、ヴァイオレットがみせる表情が心に残る。寡黙で感情を表に出さなかったヴァイオレットの違った表情、そして感情を爆発させるクライマックス。こんなヴァイオレット見たことない。

外伝やテレビシリーズでは建設中だった電波塔、電話の普及、電信技術が登場し、ヴァイオレットたちがやってきた手紙の代書という役割や郵便会社の役割が変わっていく時代の流れも効果的に描かれており、まさにラストにふさわしい。されど手紙がいかに心を伝えられるものなのかを、映画は最後に静かに語りかける。白い文字でスクリーンに映し出された短くて大切な言葉、そしてラストに映し出された切手の図案。涙が止まらなかった。マスクと涙で視界がくもって、スタッフへの思いも絡んでエンドクレジットがかすんで見えた。

最後に。決して最後まで席を立たないで。







コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジョーズ3

2020-09-16 | 映画(さ行)





◾️「ジョーズ3/Jaws 3-D」(1983年・アメリカ)

監督=ジョー・アルヴス
主演=デニス・クエイド ベス・アームストロング ルイス・ゴセット・Jr

公開当時、3D映画として話題になった「ジョーズ」第3作。いや、シリーズと呼んだらスピルバーグの傑作に失礼とすら思える柳の下のサメ映画。もはやただの見せ物に過ぎない。3Dメガネだと飛び出して見えるチャチなCG(当時としては最先端なんだろうが)は、画面から完全に浮いて見えるし(しっくりこないって意味ね)、ショック描写もただ悪趣味としか思えない。海底トンネルに閉じ込められた人々の救出とサメ退治という二つの見せ場を用意しながらも、追い詰められた感がないのが残念。

第1作の主人公ブロディの息子マイクは、大人になって大規模な水族館のエンジニアとして働いていた。ある日、海との境のゲートに故障が起こるのだが、それはサメが水族館のある入江内に進入したのが原因だった。マイクたちはホオジロザメを捕獲するのだが、本当の恐怖はまだ訪れていなかった。

たまにこういうB級映画を観ると、他のいい映画がいかにいい映画なのかがわかる、という意味ではよいのかなww。脚本はホラー作品が多いリチャード・マシスン。本作、着想は面白いんだけど盛り上がらない。名作「ある日どこかで」の脚本もこの人。まあどんな人もいい作品ばかり書ける訳じゃない。まだ若僧だったデニス・クエイド、水族館の社長に“鬼軍曹“ルイス・ゴセットJr。何よりもリー・トンプソンの水着姿を拝めるから、よしとしましょう。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

男と女 人生最良の日々

2020-09-13 | 映画(あ行)


◾️「男と女 人生最良の日々/Les plus belles annees d'une vie」(2019年・フランス)

監督=クロード・ルルーシュ
主演=アヌーク・エーメ ジャン・ルイ・トランティニャン スアド・アミドゥ アントワーヌ・シレ モニカ・ベルッチ

痴呆になった僕の祖父は、部屋の壁に大相撲のカレンダーを貼っていた。最後に会った時、孫の僕が誰かわからなかったのだけど、その僕に四人の横綱の写真を指して自慢げに、これは自分の四人の息子だ、と言った。実際の四人の息子とは似てもいないけれど、人を愛する気持ちって残るんだな、と泣きそうになったことを覚えている。

老いや痴呆という現実を迎えた時に、過去の恋愛も同じように思い続けていられるものなんだろうか。

クロード・ルルーシュ監督が1966年に撮った「男と女」。その52年後を描いたのが、本作「男と女 人生最良の日々」。映画は、アヌーク・エーメ演ずるアンヌが娘フランソワーズと孫と過ごしているところから始まる。そこへアントワーヌと名乗る男性が訪ねてくる。彼はかつてアンヌと愛し合ったジャン・ルイの息子。ジャン・ルイは高齢者施設で暮らしていて、言ったこともすぐ忘れ、記憶も曖昧になっていた。かつて愛したアンヌのことを何度も話しているらしい。体調もすぐれなくなってきているから是非会って欲しい、とアンヌに頼みに来たのだった。

ジャン・ルイは目の前に現れたアンヌを"新入りさん"と呼び、思っていたその人だと気づかない。しかし、彼女の仕草にかつて愛した女性を重ねているのだった。「そうやって髪をかき上げる仕草をしていた。素敵な仕草だ」ああ、やっぱり愛した人の記憶って残るものなんだ。そして、アンヌはジャン・ルイに愛され続けていたのだと知る。

長い時間を経て再び会ったことで、あの頃思っていたけど口にできなかったことや、相手を思う気持ちがよみがえる。映画冒頭でビクトル・ユーゴーの「最良の日々はこの先の人生に訪れる」という言葉が引用される。いくつになっても人と触れ合うこと、思い合うことって素敵なことだな、と思わせてくれる。そう思えるのは、この映画に挿入される52年前の映画のシーンと変わらず、現在の二人の姿や交わされる会話がとても素敵に見えるからだ。老人の黄昏映画にじーんとしてしまうなんて歳とったからだ、と思われるかも。でもこの映画で描かれる再会は年齢なんか関係なく素敵な出来事だ。遺作となった大好きなフランシス・レイの音楽、アレンジも素晴らしい。

ボケちゃっても忘れたくないし、忘れられたくもないな。そんな年寄りになれるのかな。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

男と女

2020-09-12 | 映画(あ行)


◾️「男と女/Un homme et une femme」(1966年・フランス)

監督=クロード・ルルーシュ
主演=アヌーク・エーメ ジャン・ルイ・トランティニャン

恋愛映画のオールタイムベストテンを選べと言われたら、間違いなくランクインするフェバリット中のフェバリット。今回「男と女 人生最良の日々」とデジタルリマスター版を二本立て上映してくれた映画館の素敵なカップリングに感謝。

「男と女」は、映画に夢中になり始めた中高生の頃にテレビで観たのが最初で、多分人生で2本目のフランス映画(1本目はカトリーヌ・ドヌーヴの「モン・パリ」だと記憶している)。初めて観た「男と女」は衝撃だった。だって、これまで観てきたどんな映画とも違うのだ。モノクロとカラー画面が入り混じるパートカラーも確かに珍しいけれど、「初恋のきた道」みたいに回想と現在で色彩の有無が分かれたりしない。また、それぞれの配偶者について尋ねられた後に挿入される回想シーンは、何が起こったのか、どれだけ幸せな日々だったのかが克明に描かれながらも、説明くさいセリフは一切なし。“映像を読む“ことを要求された初めての映画鑑賞だったと思うのだ。

二人が初めて肌を合わせる映画後半、ホテルの場面。アヌーク・エーメの顔のアップが延々続く印象的なシーンで、ここでも死んだ夫との日々がインサートされる。初めて観た頃はお子ちゃまだったからなんで顔だけ?と不満に思った。でも、亡き夫がチラつく二人の葛藤を「めぞん一刻」で学んだり、人生のすったもんだを知った今の年齢と経験値で観れば、過去がチラつくことがどれだけ二人を苦しめるのかが痛いほど理解できる。しかもそれを映像と、“愛は私たちより強い“という歌で表現するのだ。こんな映画他にはない。

好きな場面がたくさんある。車で会話する場面の笑い声、子供を連れて食事する場面の自然な幸福感、ラリーを終えたばかりなのに再び長距離を走るジャン・ルイ、電報で愛を告げる場面。胸の高鳴りと呼応するかのように、フランシス・レイのテーマ曲はテンポを上げたアレンジに変化していく。そして深い余韻を残すラストシーン。もう言葉なんていらないよ。

パリに向かいながら、アンヌの部屋でどう振る舞うべきが運転しながら思案する場面も好き。男って、恋愛に自分なりのストーリーを立てて、頭の中でシミュレーションしたがる。これも今の自分の年齢と経験があって、「(500)日のサマー」の理想と現実を映した分割画面で男の妄想がいかに痛々しいものか学んだ今だからこそ、この場面の気持ちに"そうだよな"と変な共感をしてしまう。そして浜辺で抱き合う名場面、カメラはブライアン・デ・パルマの映画みたいに二人を中心に周り続ける。素敵だ。何度でも観たい。

音楽が映画にもたらす力を感じたのもこの映画があってこそ。映画音楽を手掛けた音楽家の中でも、フランシス・レイは今でもいちばん好き。初めて買ったサントラ盤レコードは「ある愛の詩」だったもの。






映画『男と女デジタル・リマスター』予告編


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ダリアン

2020-09-09 | 映画(た行)


◾️「ダリアン/The Crush」(1993年・アメリカ)

監督=アラン・シャピロ
主演=アリシア・シルバーストーン ケイリー・エルウィス ジェニファー・ルービン カートウッド・スミス

14歳の少女ダリアンは、離れに引っ越してきた28歳の雑誌記者の男性に恋をする。彼女なりのアプローチを試みるのだが、所詮恋愛対象とは思ってくれない。付き合えないと拒まれた時、彼女の恋心は狂気へと変わり、彼への嫌がらせと復讐が始まる。

これがデビュー作となるアリシア・シルバーストーン。この映画の悪役ぶりや、水着や大人びたファッションで彼に迫る演技は注目を集め、「90年代のロリータ」と評された。だんだんと激しさを増していく行動と鬼気迫る表情。その間に挟まる年齢相応な笑顔に、スクリーンのこっち側も翻弄される。男性のガールフレンドであるカメラマン女性の部屋に、換気口から大量の蜂を送り込む場面は強く印象に残る。

原題のCrushとは、急に夢中になるという意味のスラング。撮影はクリント・イーストウッド作品で知られるブルース・サーティーズ。






コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シークレット・スーパースター

2020-09-06 | 映画(さ行)






◾️「シークレット・スーパースター/Secret Superstar」(2017年・インド)

監督=アドヴェイト・チャンダン
主演=ザイラー・ワシーム メヘル・ヴィジュ アーミル・カーン

オリジナル曲をギター弾きながら歌っていた少女インシア。プロ歌手になることを夢見ていたが、厳格な父親に逆らうことができない。母親がノートパソコンを買い与えてくれたので、父親にバレないように顔を隠して自作曲を歌い、動画投稿サイトにアップ。これがたちまち評判となり、覆面歌手の正体は?次の作品はいつ?と大きな話題となる。そして落ち目の音楽プロデューサー、シャクティ・クマールからもラブコールが。一方、家庭では父親の母に対する暴言暴力はエスカレート。インシアは、音楽への熱い気持ちも折れてしまうが、母を守るために両親を離婚させる作戦を思いつく。

映画前半は、インシアが音楽で認められていく様子がテンポよく語られて楽しいが、一方で観ていて辛いところもある。父親の妻を見下す言動やインシアを罵る様子には怒りを覚える。アーミル・カーンの前作「ダンガル きっと、つよくなる」でも語られたインドでの女性の社会的地位の問題。なんて根深い。そんな重い空気は、シャクティに招かれてムンバイでレコーディングをするあたりから急変。再び歌声が響き渡る場面の感動、その一方でインシアにはもはや音楽に関われなくなる事態が持ちあがる。このままで終わるはずがない…と信じて画面を見つめる僕らに、驚きの展開が待っている。単なる少女のサクセスストーリーだと思っていたら、最後の最後にその先入観は打ち砕かれる。そうか、題名であるシークレット・スーパースターの本当の意味は…!ほんっとにアーミル・カーン関連作はハズレがない。

この映画をベタだと評する人は多かろう。何が悪い。それだけ観る側のハートに迫ってるってことでしょ?でもこれは単なるベタな映画じゃない。社会への力強いメッセージと愛がひとひねり加わっているから、そこらの安っぽいベタな映画とは違うのだ。ベタな感動に全力で突き進むパワーと工夫がここにはある。

感動の涙がにじむ中、エンドクレジットでアーミル・カーンが思いっきりバカをやってくれる。もう、ほんとにいい人なんだから。Wikiによると、主役のザイラー・ワシームは宗教的事情から女優をやめるとか。スクリーンの外側も難しい世の中である。



映画『シークレット・スーパースター』予告編


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

首のたるみが気になるの

2020-09-02 | 読書






監督作「めぐり逢えたら」、脚本を手がけた「恋人たちの予感」などで知られるノーラ・エフロンのエッセイ集。邦訳が阿川佐和子というのがまた魅力で、ただでさえユーモア満載の文章が佐和子節でさらに軽妙になる。

バッグの中の整理が嫌い、容姿を保つための努力はどこまで頑張るか、住まいへのこだわり、大好きな料理、過去の恋愛や夫たちへの苦言、エトセトラ。女性読者は共感してウンウンうなづくところだろうし、男性読者は男への視線の厳しさにヒヤヒヤしながらもニヤニヤできる楽しさ。ケネディ大統領時代のホワイトハウスで研修生として働いていたのに、彼は私に手を出さなかった…には爆笑。

できるなら代表作はおさえた上で読んで欲しい。特に料理好きな二人のヒロインの物語「ジュリー&ジュリア」を観ておくと、料理のエピソードが楽しくなること必至。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする