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Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

キング・オブ・デストロイヤー コナンPART2

2025-08-16 | 映画(か行)


◼️「キング・オブ・デストロイヤー コナンPART2/Conan The Destroyer」(1984年・アメリカ)

監督=リチャード・フライシャー
主演=アーノルド・シュワルツェネッガー グレイス・ジョーンズ オリビア・ダボ サラ・ダグラス

「コナン・ザ・グレート」の続編。前作の復讐物語とは違って冒険譚に徹しているので、映画のカラーが全然違う。全編に漂っていた怪しげなムードはどこへやら。

姪のジェナ姫と腕の立つコナンを利用して、怪物ダゴスを甦らせるお宝を手にしようとする女王タラミス。さらにその怪物に生贄として捧げるために、姪を殺そうと企んでいた。魔法使いが守る宝を目指して、姫と従者ボンバータ、コナンと仲間が奮闘する物語。

前作にも登場し、語り部でもある魔法使いアキロを再びマコ岩松が演ずる。修験者のような衣装を身につけ、今回は水中の入り口をサーチしたり、火を起こしたり、念力で扉を開いたりと大活躍。途中でコナンが助けた女戦士を演ずるのはグレイス・ジョーンズ。仲間を増やしながら冒険が続くのは、さながらRPGゲームのようだ。女王役は「スーパーマン2冒険編」で悪役を演じたサラ・ダグラス。こういう役がよく似合う。

アクションと裏切りのドラマがわかりやすく進行。また前作でコナンが愛する者を失った悲しみは観客当然知ってるよね?とばかりに深くは語られないが、火葬される姿を挟んだことで簡潔に見せるのは潔くてよい。「ミクロの決死圏」や「ソイレント・グリーン」などで知られるリチャード・フライシャー監督晩年の作品。シンプルな活劇だが、手際の良い見せ方は熟練の技とも思える。撮影もベテラン、ジャック・カーディフ。

この映画でいちばん感情の起伏を演じるのは、ジェナ姫役のオリヴィア・ダボ。世間知らずのお姫様が荒々しいメンバーとの旅で、信頼や男と女の関係を学んでいく。次第にコナンに憧れを抱いていく様子が初々しい。「共に国を治めて欲しい」とコナンに告げるのは精一杯のラブコール。ラストはちょっと切ない。

オリヴィアは当時15歳で、ボンドガールを演じたマリアム・ダボの親族と紹介された。後に活動の幅を広げて声優やシンガーソングライターとしても実績がある。2003年のボン・ジョヴィのアルバム「This Left Feels Right」ではLivin' On A Prayerをジョンとデュエットしており、ジブリアニメの声優も担当した。

そしてこの映画と同年、シュワルツェネッガーは「ターミネーター」に出演する。彼の快進撃前夜の作品として「コナン」2作品は再注目されたらいいのにな。





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コナン・ザ・グレート

2025-08-14 | 映画(か行)


◼️「コナン・ザ・グレート/Conan The Barbarian」(1982年・アメリカ)

監督=ジョン・ミリアス
主演=アーノルド・シュワルツェネッガー サンダール・バーグマン ジェームズ・アール・ジョーンズ マコ岩松

多くを観ているわけではないけれど、古代のヒロイックファンタジー映画はクセの強いジャンルだ。歴史劇とも違い、文明が花開く前の時代を描くだけに、殺伐とした風景の中にどれだけ独創的な世界を構築できるかが問われる。ストーリーもビジュアルも様々なアイディアが絞り出されて映像化されてきた。出来は様々だ。マッチョが剣を振り回して半裸の美女が添えられているもの(例えば「ミラクルマスター」)、アクションよりも凝った哲学が前面に出ているもの(例えば「サイレントフルート」)なーどなど。

その中でも本作はひと味違う。原作がしっかりしているのもあるが、数々のスケールの大きな作品を手がけてきたジョン・ミリアス監督、脚本のオリバー・ストーンらが、あの手この手で面白くしようと工夫しているのがわかる。屈強な漢が拳を振るう映画は決して好きではないが、「コナン・ザ・グレート」は個人的にはかなり好き。確かに仰々しいセットや本格初主演の荒さはある。呆れてしまう場面やエピソードもあるけれど、それを上まわるワクワクがある。最低映画と讃えるラジー賞にも名前が刻まれた映画ではあるけれど、単に出来が悪い映画と一緒にしてはいけない。一流が本気で遊んだクオリティがあるのだ。

いろいろ微妙な映画だけど、そこを含めてけっこう好き。長男が高校生の頃に、連日シュワルツェネッガー主演作を一緒に観るシュワ祭りをしたことがあるのだが、これをセレクトしなかったのは失敗だったなぁーw

コナン一行に王女奪還を依頼する王様にマックス・フォン・シドー、コナンが親の仇と憎む邪教の王はジェームズ・アール・ジョーンズ。特にジョーンズはダースベイダーの声を演じた人。「闇の力を…」という台詞を口にする場面で、「帝国の逆襲」のルークに呼びかけるあのセリフまわし(You don't know the power of darkside…)が重なって勝手にワクワクする私😆(おバカな)。

コナンに協力する魔法使いを演ずるのがマコ岩松。いろんな映画の脇役で見かけるけど、この人がいるだけでなんか嬉しくなる。改めて今回観て、コナンが救い出す王女が「青い恋人たち」のセクシーなフランス女性ヴァレリー・クイネッセンだと今さら気づく😳♡

主人公がひたすらストイックな英雄ものでなく、色欲にしっかり向き合ってるところが人間味あって好き。ヒロインを演ずるサンダール・バーグマンもカッコいい。




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氷の海に眠りたい

2025-07-23 | 映画(か行)


◾️「氷の海に眠りたい/Le Boiteux」(1999年・フランス)

監督=ポール・ゼジャルマン
主演=オドレイ・トトゥ フランソワ・ベルレマン ヴィンセント・ウィンターハルター 

「アメリ」の大ヒットでオドレイ・トトゥの出演作需要が高まり、DVDリリースされたフランス製テレビムービー。ジャッキー・チェンがブレイクした頃、脇役の作品がさも主演であるかのようなタイトルで公開されたりもしたが、これも似たようなもの。われらがオドレイは助演級の扱いで、足に傷を持つ刑事が事件を追う渋い話である。

市長の息子とその若い妻が暮らす家で、床下から乳児の白骨遺体が見つかる。その事件を担当するベテラン刑事が主人公で、過去の事件で銃撃されて足が不自由になっている。その後も嫌がらせめいた出来事が続くために、オドレイ演ずる若い妻は怯えて体調を崩してしまう。でも夫はそばにいてくれない。捜査の為とは言え、世話を焼いてくれる刑事が誰よりも頼れる存在になっていく。彼女は刑事にキスをした。

「アメリ」程ではないが、この映画の彼女もかなりの不思議ちゃん。冷蔵庫がゴトゴト音を立てるのって可愛いとか、死んだら氷の海で眠りたいとか、空想めいた戯言を口にする。刑事も嫌な顔を見せずにその話を聞いてる。昼間に入浴する彼女を、刑事はバスタブの横でガン見するくらいの距離で寄り添うw。しかし紆余曲折を経て、クライマックスを前にしてオドレイは冷蔵庫の中で死体で発見される。

サスペンスとしては淡々としてるし、ミステリーとしても味気ない。それでも若い頃のオドレイを拝みたいファンにはありがたい作品かも。サービスショットもちょこちょこあり。こら、どこまで無防備なの。奥さん💧

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拳精

2025-07-16 | 映画(か行)


◾️「拳精/拳精」(1978年・香港)

監督=ロー・ウェイ
主演=ジャッキー・チェン ジェームズ・ティエン リー・トン・チュン ウー・ウェンシウ

ジャッキー初期の出演作の中ではけっこう好きな「拳精」。「ドラゴン怒りの鉄拳」や「龍拳」など溜まった怒りが爆発するストーリーがお得意なロー・ウェイ監督が、当時人気が出始めたコミックカンフー路線をやってみたのが本作。

少林寺から殺人拳「七死拳」の教本が盗まれたことから、拳法界の覇権をめぐる騒動に発展。これを撃ち破ることができるのは、少林寺に伝わる五獣の拳しかないが、その教本は行方不明。ある日、少林寺近くに隕石が落下し、その日から赤い髪に白づくめの得体の知れないものが現れるようになった。ジャッキー演ずる主人公が精霊たちから秘伝の拳を学び、危機に立ち向かう物語。

そもそもシリアスなロー・ウェイ監督の作風に、ジャッキー得意のコミックカンフーを融合させたものだから、どこかまとまりのない印象が残る。確かに前半はチープな特撮と寺男たちの中途半端な笑いで、このまま続くのかと不安にもなったし。しかし中盤からは、精霊との五獣の拳修行、カンフー娘とのバトル、下山許可を獲るための十八羅漢との勝負、そしてクライマックスでのジェームズ・ティエンとの決戦と、それぞれにアイディアが光る見せ場が間髪入れずに続くから緊張が途切れない。さらに事件の黒幕が明らかに。

五獣拳の精霊がそれぞれ龍蛇虎鶴豹を頭につけているわかりやすさw。これはのちにスーパー戦隊シリーズ「獣拳戦隊ゲキレンジャー」でもオマージュが捧げられている。十八羅漢との対決では、ジャッキーはトンファーを使って立ち向かう。これも他の作品では見られないスタイルなので必見。

コミカルな場面が目立つ映画でもあるが、後の「笑拳」や「ヤングマスター」のように、カンフー場面に新味を取り入れない。まさに王道。硬軟混じったアンバランスな作品ではあるけれど、この微妙に軽い作風が僕には心地よかったのだ。「酔拳」と並んで繰り返し観ている。同じロー・ウェイ作品の「ドラゴン怒りの鉄拳」ではブルース・リーが宙に舞う。「拳精」のラストでもジャッキーは宙を舞う。それは五獣拳の教本を踏みつけた彼に精霊たちが仕掛けた悪戯。いいね👍。

日本公開版で付け加えられた音楽、China Girlはいい曲。これが流れると楽しさが増す。




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合衆国最後の日

2025-07-06 | 映画(か行)


◾️「合衆国最後の日/Twilight's Last Gleaming」(1977年・アメリカ)

監督=ロバート・アルドリッチ
主演=バート・ランカスター リチャード・ウィドマーク チャールズ・ダーニング

日本公開は1977年。親が映画好きだったから、小学生だった僕も新聞に新作映画の広告が載るとなんとなく気にするようになっていた。角川映画のメディアミックス戦略が始まった頃だけに、映画宣伝には幼いながらに興味があった。この年の「ロッキー」や「スター誕生」「サスペリア」「ザ・ディープ」など、一度見たら忘れられないデザインとキャッチコピーは、少年の心に残った。その77年に公開された映画で、インパクトのあるポスターと邦題を強烈に覚えていたのが本作「合衆国最後の日」。その年祖母が小説「地球最後の日」を何故か買ってくれて、内容も挿絵も怖くって、少年takは震え上がった。そのイメージがこの映画の邦題に重なって、怖いやつだ!と思ったからだ。前置きが長くてすみません。

製作当時としては近未来の1981年。核ミサイルの発射基地が脱獄犯に占拠された。主犯はその基地を設計した元軍人のデル。彼はある極秘文書の存在を公表すべきと主張して、政府に罪を着せられて服役させられていた。ICBM(大陸間弾道ミサイル)のコントロールを奪ったデルは、政府に国外への逃亡と極秘文書の公開を要求する。

男臭い作風のロバート・アルドリッチ監督作は、ベティ・デイビスの怖いヤツと「特攻大作戦」くらいしか観たことがない。本作も男性キャストで固められ、ダーティな政治の裏側が骨太に描かれる。隠蔽のためなら手段を選ばない政府のやり口には、怒りを覚える。

映画後半は文書の内容を知った大統領がホワイトハウスで激昂する。文書は開示されるべきか、隠されるべきか。政治的良心って何だ。ベトナム戦争って何だったのか。

そしてクライマックス、大統領を人質にしてエアフォースワンで逃亡しようとする主人公。しかし大統領さえも駒のひとつでしかない。無常なラストシーンは、僕ら観客を映画の緊張から解放しても、決して穏やかな気持ちにはさせてくれない。原題はTwilight's last gleaming。夕暮れの最後の輝き。それは沈みゆく国家のことなのか。

スプリットスクリーンを使った演出が見事。立てこもった主人公たちの目線と、裏で進行する軍の作戦を並行して見せることで緊張感を高めてくれる。70-80年代に名脇役だったチャールズ・ダーニング、この大統領役は名演。主題歌はビリー・プレストン。

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国宝

2025-06-23 | 映画(か行)


◾️「国宝」(2025年・日本)

監督=李相日
主演=吉沢亮 横浜流星 渡辺謙 寺島しのぶ 田中泯

吉沢亮と横浜流星で歌舞伎の映画、しかも女形と聞いて、ファッションで歌舞伎役者を演じるような出来だったら許さねぇぞと思っていた。別に歌舞伎に詳しい訳じゃない。香川照之の市川中車襲名公演を、お詳しい方の指南を受けながら観たことがあるだけだ。そんな僕のような素人目に見ても、歌舞伎は格式と品格と芸に真摯に打ち込むストイックなイメージがある。どんな映画に仕上がっているのか、巷の高評価な感想に背中を押されて映画館へ。

結論。すっげえもんを観せてもらいました。ヘビーな人生のドラマとともに、歌舞伎をスクリーンを通してここまで堪能させてくれる作品は他にない。大掛かりな娯楽作が巷で溢れる中、「映画は芸術だ」と再認識させてくれる希有な作品だ。音楽とバレエを堪能させてくれた「愛と哀しみのボレロ」のように。こんな邦画が観たかった。

近頃の邦画と同様に重たいテーマをや人物設定を含む作品だ。任侠の家に生まれた少年喜久雄が歌舞伎の名家に引き取られ、同い年の御曹司俊介と芸を磨く。名跡を継ぐのは血筋が重要視される世界。だが師匠が自分の名を継ぐ後継者に選んだのは、血筋ではなかった。そこから2人の運命が大きく狂い始める。

吉沢亮演じる喜久雄が世襲ありきの歌舞伎の世界で戦っていくには芸しか頼るものがない。倒れた師匠の代役で舞台に上がる場面のやりとりは象徴的だ。緊張で震えが止まらない喜久雄に、俊介が「芸があるじゃないか」と言うが、喜久雄は「俊ちゃんを守ってくれる血が欲しい」と言う。その「曽根崎心中」の舞台が2人にとって運命のわかれ道になる。

それでも血の力は大きいのが現実だ。「ゴッドファーザー」を観る度に、抗えない血の力を僕らは思い知る。そんな血の力で俊介が再び歌舞伎界での立場を取り戻し、名跡を継いだものの冴えない仕事しかない喜久雄を助けることになる。この物語が面白いのは、2人が次第にかけがえのない存在になっていく過程だ。喜久雄にとって俊介は結婚まで考えた幼馴染の女性を結果として奪った存在。俊介にとって喜久雄は父の名跡を奪った存在。お互い思いは複雑だ。殴り合う場面すら出てくる。しかしお互いの芸を高めるために相手の存在が大切だと気づいていく様子が、映画中盤にジワーッと沁みてくる。

このあたり、「昭和元禄落語心中」の与太郎と菊比古、みよ吉の三角関係とストーリーが大きく重なる。名跡継承や、与太郎復活の為に菊比古が二人会を催すエピソード、そして物語の終わりに名人と称されるまでの物語。いずれにしても、芸事の世界の厳しさは共通ということだろう。

「国宝」最大の魅力は歌舞伎の舞台シーン。いくつもの演目がスクリーンで楽しめて、しかも舞台では見られない表情のアップや衣装早変わりの裏側、役者の視線や手先の繊細な動きまでカメラは克明に捉えてくれる。贅沢な映像だと心底思える映画ってなかなかない。歌舞伎好きには数々の演目を楽しめるだろうし、主演の2人目当てでもが彼らが懸命に取り組んだ舞台は見応え十分。

そしてストーリーを追う映画好きには、演目と彼らの生き様が重なって見える瞬間がたまらない。「曽根崎心中」で徳兵衛がお初に向ける刃物と、喜久雄が父の仇討ちに握っていた長ドス。お初の足先に頬を当てる場面では、俊介の病んだ足先が痛々しくて切なくなる。老いた白虎が喜久雄に手招きしたのは、芸のさらなる高みへの誘い。白虎の名を受け継いだラストで舞う「鷺娘」は圧巻。

助演陣一人一人が深みを与えてくれるいい仕事。白虎を演じた田中泯の美しい化け物っぷり、クライマックスに登場したカメラマン女性。彼女に喜久雄がかけられた言葉に涙した。

長尺だが、映画館で世間を忘れて没頭して観るべき作品。きっと贅沢な時間となるだろう。こんな邦画が観たかった。

「日本一の歌舞伎役者になりたいって悪魔にお願いしたんや。契約成立や」
って台詞。ブルースを極めるために悪魔と契約したと言われたロバート・ジョンソンの名曲クロスロードが頭をよぎったのは私だけでしょか。

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霧の旗

2025-06-11 | 映画(か行)


◼️「霧の旗」(1977年・日本)

監督=西河克己
主演=山口百恵 三浦友和 三國連太郎 関口宏

百恵×友和共演作は5、6本観ている。盛んに共演作が製作された時期、僕は小学生から中学生。映画館で観たのは唯一「炎の舞」だけだ。これまで観た中で強く印象に残っているのは、社会人になってから観た「霧の旗」。松本清張の原作がいいのは当然なのだが、大人びた魅力をまとった山口百恵に圧倒された。初めて観たのは1991年3月、多分地上波の録画。昨年倍賞千恵子の65年版を観たのでこっちが観たくなって再鑑賞。

冒頭画面中央に若戸大橋がデーンと映る。え?北九州だったっけ😳。洞海湾を見渡すカメラに「北九州市小倉北区」の文字。そこ若松区です!。日本初のアーケード商店街である小倉北区の魚町銀天街の看板がデカデカと。通りの向かいにあるガラス張りエレベーターから撮ったんだろなぁ。ローカルな話ですみません💧

悪女役はまだ早いと監督に言われたが、「歌にもいろんなレパートリーがあるようにいろんな役があってもいい」と山口百恵本人が主張したとか(wiki)。当時18歳とか19歳とかでこの落ち着き。三國連太郎演ずる大塚弁護士と堂々と渡り合う演技は改めて観てもすごい。

ただ橋本忍脚本の65年版と比べるとストーリーの進行にどうも粗さがあるように思える。小山明子演ずる河野径子が弁護士の愛人だと、彼女の容貌も含めていつ知ったのかよくわからなかったし(見落としているならごめんなさい)。左利きというだけで、2つの事件が同一犯だと説明するのはいかがなものか。

三浦友和演ずる雑誌記者の存在が大きくなって、恋愛感情まで含めてしまったのが大きな改変。まぁ2人の共演が売りの映画だから仕方ないのだが、告られて涙まで浮かべたのに、その直後大塚弁護士を罠にかける変貌ぶり。このパートでの百恵=桐子の行動の振り幅は、それでもアイツを許せないという強い感情があるのだと思わせてくれる。千恵子=桐子はただひたすらに恨みを晴らす行動に徹しているだけに、思い詰めた怖さがある。物証となるライターをめぐるラストの違いも面白い。まぁもう一度三浦友和を出す場面が欲しかったんだろうな。

ともかく。70年代アイドル映画とは思えない作風と、松本清張原作にリスペクトを感じる良作でした。

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健康でさえあれば

2025-06-09 | 映画(か行)



◼️「健康でさえあれば/ Tant qu'on a la sante」(1966年・フランス)

監督=ピエール・エテックス
主演=ピエール・エテックス デニース・ペロング サヴィーヌ・サン

これ好きっ!!🤣

エテックスの短編をいくつか観て、単に笑わせるだけでなく、人間味や哀愁を感じさせる作風が好きだなと思っていた。続いて観た本作「健康でさえあれば」は4話構成のオムニバス。短編「絶好調」はもともとこの一編だったそうである。誰が観ても映像で笑えるドタバタの面白さと大人だからニヤリと笑えるエスプリが程よくミックス。

第1話「不眠症」
眠れない男が吸血鬼の本を手にする。本のストーリーも映像で示されるのだが、怖くて震えると映像も揺れたり、ページを戻るとストーリーも後戻りしたり、クスクス笑える。本格的な吸血鬼映画の演出も本格的。ラストが憎い👍

第2話「シネマトグラフ」
混んだ映画館を舞台にした前半。迷惑なお喋りが飛び火したり、なかなか落ち着いて座れなかったり、やっと座れたと思ったら視界が最悪だったり。昔の映画館は懐中電灯持った案内人がいたんだね🤨

後半は映画の合間に入るCMの世界に入り込んでしまう主人公。食べてよし塗ってよしの万能オイルをひたすら勧めてくるのが可笑しい。ジム・キャリーの「トゥルーマン・ショー」で、スポンサーの商品を突然勧めてくる場面が出てくる。本作もルーツ?

第3話「健康でさえあれば」
都市開発が進む市街地では道路工事が続く。ドリルの音がずーっと流れ続ける中、騒音と振動が引き起こす悲喜劇が次々に起きる。主人公は勘違いで恋人に去られ、医師に処方された薬を服用することもままならない。渋滞と排ガスが巻き起こす大混乱。医師もノイローゼになっていく様子は可笑しくも恐ろしい。

第4話「もう森へなんか行かない」
ハンティングに出かけた主人公、ピクニックに出かけた夫婦、土地の境界線を守ろうとする老人が複雑に絡み合うドタバタ喜劇。無情に倒れる杭、流れる靴、ぶちまけられるピクニックの荷物。撃たれた電線で老人が感電してるのに、音楽で踊ってるように見えちゃうのは笑った。コントみたいな徹底した笑いが心地よい。

4話とも一定の音が鳴り続ける映画でもある。秒針のチクタク、映写機のカタカタ、ドリルの騒音、小鳥の鳴き声。それは物語を大きく形どる通奏低音。そこに笑いというメロディが、変化しながら重なっていく。

映像できちんと理解させる笑いはチャップリン、キートン、ロイドの時代から受け継がれるもの。ウィークデーの疲れた気持ちをちょっとだけほぐしてくれる67分。
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岸辺露伴は動かない 懺悔室

2025-05-26 | 映画(か行)


◼️「岸辺露伴は動かない 懺悔室」(2025年・日本)

監督=渡辺一貴
主演=高橋一生 飯豊まりえ 玉城ティナ 井浦新

ベネチアが舞台の映画ってちょっとワクワクする。実は数少ない海外旅行経験の一つがイタリア。ベネチアは数々の映画で観てきた場所だけに、サンマルコ広場を見た時は嬉しくて仕方なかったっけ。本作に登場するベネチアンマスクは今も飾っている。風変わりな楽器モチーフの仮面で、お店の方に「それを選ぶのはいいセンスしてるねぇ♪」(とのイタリア語)と明るい巻き舌で言われた。

さて。岸辺露伴先生の新作は、ベネチアで遭遇するしつこい呪いの物語。神父に間違われて懺悔を聞くことになった露伴。その男は、幸福の絶頂に絶望が訪れる呪いをかけられていると言う。結婚を控えた仮面職人の娘と知り合った露伴は、その父親が懺悔室の男だと知る。娘の結婚を阻止しようとする父親。ヘヴンズドアで男の記憶を読んだ際に指を血で汚した露伴にも、その呪いの影響が起こり始めた。露伴にも絶望が?父娘の末路は?

曇り空と陰影が印象的な室内撮影。全体の淡い色調が、ストーリーと同様にモヤモヤとした雰囲気をつくる。迷路のように入り組んだベネチアの街並みで迷子になったみたいに、物語もスッキリとは進まない。テレビシリーズ同様に淡々としたムードの中、男のうめき声と叫び、呪いをかけられた井浦新が口にするのは念仏のような独り言。

今回も担当編集者の泉京香のつぶやきが、露伴のひらめきにヒントをくれるのがいい。露伴と泉のコンビが毎回事件に巻き込まれるのは原作にはない設定だそうだが、これがホームズと頼りないワトソンみたいで面白い。実生活でパートナーとなった主演の二人。噛み合わないやり取りが、いつになく微笑ましく聞こえてしまう😊

娘が選んだ仮面職人という職業へのこだわりが、結果として皮肉な結末へとつながるオチには思わずニヤリ。こじんまりとはしているが、寓話的で面白いエピソード。




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カジュアル・セックス?

2025-05-02 | 映画(か行)


◼️「カジュアル・セックス?/Casual Sex ?」(1988年・アメリカ)

監督=ジュヌヴィエーヴ・ロベール
主演=リー・トンプソン ヴィクトリア・ジャクソン スティーヴン・シェレン ジェリー・レヴィン

ゴーストバスターズ」のアイヴァン・ライトマンが製作総指揮を務めたコメディ。お目当てはもちろんリー・トンプソン♡

男性経験豊富なステイシーと、男女関係がうまくいかないメリッサは高校時代からの親友。性行為で感染すると言われるエイズの脅威が身近に報じられるようになったことから、ステイシーはこれまでの奔放な行動を改める。二人は健康的で安全な相手を探すべく、フィットネスメニューもあるリゾートスパに出かけた。彼女たちが出会う男性たち。果たして恋のお相手は見つかるのか。

初めてレンタルビデオで観た1991年の鑑賞メモをひっぱり出して見たら、「ラストの再会エピソードがもっと気が利いたものならいいのに」とか偉そうなことが書いてある(評価★★相当)。お気楽なハリウッド製コメディを好んでなかった頃だもんなぁー。リー・トンプソンのバックヌードが見たくて借りたくせに、何様だよオレw。

ラストの再会場面は、第一印象が最悪だった男性にステイシーが心を許す場面。これまで相手の才能に惚れてばかりだった彼女。自分にストレートに気持ちを向けてくれた彼を認める場面だ。男性の告白もまぁ言ってみりゃ一方的だし、時と場所もわきまえず、ちっともカッコよくない。けれど今の年齢で観るとそれも許せてしまう。だって現実なんて決してカッコいいものじゃないんだもの。その不器用さ、今ならわかるぞ。うん。

「経験の数は失敗の数でもあるのよ」と誰かが言っていたけど、この映画のステイシーはまさにそれ。映画後半では、ロックバンドのボーカリストにパワーバラード歌われてうっとりしちゃって。あーあ、ステイシー懲りてない💧。IMDBで楽曲調べるとDan Hartman(Relight My Fire大好き♪)作なのか。80年代洋楽育ちには懐かしいお名前。

そしてリー・トンプソンご本人はこの翌年、「恋しくて」の監督ハワード・ドゥイッチと結婚。ご縁に恵まれて何よりでございます。

滞在客と恋しちゃう男性スタッフもいかがなものかと思うけれど、そんなお気楽さにツッコミ入れるのも80'sアメリカ映画を楽しむポイントの一つ。という訳で、寛大な眼で見られるようになった自分と、リー・トンプソンのきゃわゆいエクボ(とお尻)に★加点w





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