Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

コーダ あいのうた

2022-01-30 | 映画(か行)

◼️「コーダ あいのうた/Coda」(2021年・アメリカ=フランス=カナダ)

監督=シアン・ヘダー
主演=エミリア・ジョーンズ フェルディア・ウォルシュ・ピーロ マーリー・マトリン トロイ・コッツアー

幸せな気持ちを届けてくれる秀作。映画館で観られて本当によかった。サンダンス映画祭での受賞後に大手企業から配信されることになったが、その前に日本では配給会社が権利を得ていたらしい。その大手から権利買取る申し出があったのを配給会社は突っぱねて、シアターで待つ僕らに届けてくれた。感謝しかない。配信は便利だけど誰もが観られないし、日常音を気にしながらディスプレイに向かう鑑賞は映画館とはやっぱり違う。この歌声をシアターで聴けたことに感謝。それだけにスマホいじってた同じ列のヤツと、3列くらい斜め前のヤツが許せない。お前らこの映画館出禁だからな。俺、暗闇で睨みつけてたからな(笑)。

家族の自分以外が聾唖者のルビー。父と兄が働く漁船の仕事を手伝った後で登校する日々を送っている。歌うことが好きな彼女は選択授業で合唱を選択する。そこでエネルギッシュな教師に才能を認められ、バークリー音楽大学への進学を勧められる。しかし、家族は音楽に触れられない世界に暮らしている。理解してもらえない。自身も喋り方が変だとバカにされた過去があり、人前で声を発することにコンプレックスがあった。音楽が好き。しかし周囲と言葉でのコミュニケーションができない家族に、唯一の健聴者である自分は頼られている。ルビーと家族の選択は…。

相手役のF・W・ピーロ(キングクリムゾンのTシャツがいいセンス!)主演の「シング・ストリート」や、「ワンダー君は太陽」みたいに、悪意ある憎まれ役が出てこない映画。こういう映画を"性善説のきれいごと"だと言う人もいる。確かに僕らが生きてる日々は不愉快なこともいっぱいだ。だからこそ僕らはこういう映画に心惹かれるし、勇気をもらい癒される。

それにこの映画はきれいごとではない。聾唖者一家が直面する様々な困難がきちんと描かれている。ハートウォームな感動作だけど、現実から決して逃げていない。緊急無線が聞けずに漁に出られなくなるエピソードも胸にくるけれど、何より切ないのはルビーが歌う高校のコンサート場面。観客である僕らも聴きたかったデュエット、You're All I Need To Get Byをルビーとマイルズが歌う場面だ。ずっと待っていた歌は突然無音となり、聾唖者である一家の視線を観客に突きつける。愛する娘の歌声が聴こえない。しかしそれは両親には日常だ。父親は周囲を見渡して、他の人々の反応を見る。リズムに身体を揺する人、笑顔でステージを見つめる人、そしてハンカチで涙を拭く人。その夜、父親が自分の前で歌うようにルビーに言い、その喉に手を当てて、娘の歌声を感じようとするのだ。

いい親父やん。ヤバっ、泣く…。
こら同列左側のてめえ、携帯切りやがれ。

そして受験会場に向かうクライマックス。手話を交えて、ジョニ・ミッチェルの曲を歌う姿に涙があふれる。伝えようとすること、伝えようとする気持ち。この場面でルビーが着ているのは赤いセーター。母親役、聾唖者であるマーリー・マトリンが、主演作「愛は静けさの中に」(アカデミー主演女優賞)で着ていた衣装の色と重なって見える。長年映画ファンやってると、こういう偏った思い入れが勝手に感動をかき立ててきやがる。音楽教師役のエウジェニオ・ダーベス、今年の助演賞候補決定ね。

遅くなったが2022年の映画館初詣。泣けるのがいい映画じゃなくて、こういういろんな生き様に触れられるのがいい映画だと思うのだ。「泣ける」という安直な宣伝をしていない配給会社の姿勢も素晴らしい。

是非スクリーンで。
2時間くらい携帯気にすんな。



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レディ・バード

2022-01-28 | 映画(ら行)

◼️「レディ・バード/Lady Bird」(2017年・アメリカ)

監督=グレタ・ガーヴィク
主演=シアーシャ・ローナン ローリー・メトカーフ トレイシー・レッツ ルーカス・ヘッジス

もし僕が女子だったら、素直に観られないのを承知で、20歳前にこの映画に出会いたかった。おかしな事を言う、と思うかもしれないけれど。

この映画、「男にゃわからん」めいた感想をやたらと見かける。確かにこの映画に詰め込まれた、18歳女子が感じていることのいろんな感情や機微やニュアンスは、男子には理解できないだろう。親との関係については、個人的にはところどころ自分を重ねてしまうところがある。この映画で男子なりに感じた共感もあるけれど、「男にゃわからん」と言い放たれると、正直ちょっと悔しいww。

映画友達の女性に「これも観ないでシアーシャ好きとか名乗るのは、ちゃんちゃらおかしい」と言われたことがある。まだ観終わったとは伝えてないけれど、もし伝えたら「そう、観たの。でもわっかんないでしょ。男だもんねー」と言われそうな気もしている(笑)。多分彼女はそんな事言わないだろうけど、もし言われたらマジで悔しい。

でもね。優等生でもなく、変にトガってもないフツーと呼べる高校生の不器用でカッコ悪い日常は、十分に共感できる。あの年頃特有の、親の干渉や自分の住んでる場所をウザったく感じてしまうこと、素直に相談できずに怒らせてしまうこと。僕自身もあれこれ経験あるだけに、結構グサグサ刺さるところがある映画だった。お母さんごめんなさいと何度も思いながら観ていたw。

実は、シアーシャ・ローナンの「ブルックリン」は、大好きで映画館でリピート鑑賞したのだけど、今でもレビューが書けずにいる。社会人デビュー物語の映画は、イケてなかった当時の自分やいろんなことを思い出して何も書けなくなってしまうのだ。「レディ・バード」のエンドクレジット眺めながら似たような気持ちになったけど、少しは気持ちの整理ができたのか、この程度の駄文は書けている。

結局、自分は自分でしかない。自分でつけたレディ・バードでなく、クリスティンと名乗る"等身大の自分"を受け入れる姿は、胸に迫るものがあった。それは男子も女子もない気持ちだろ。80年代育ちの僕には、青春映画「ブライトライツ、ビッグシティ 再会の街」のラストで、マイケル・J・フォックスがそれまでの自分を顧みる場面にどこか重なって見える気もする。





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クイルズ

2022-01-25 | 映画(か行)





◼️「クイルズ/Quills」(2000年・アメリカ)

監督=フィリップ・カウフマン
主演=ジェフリー・ラッシュ ケイト・ウィンスレット ホアキン・フェニックス マイケル・ケイン

淫らな物語を聞かせよう。聞く覚悟はあるかい?と囁くマルキ・ド・サド。彼の晩年を描いた舞台劇を、フィリップ・カウフマン監督が映画化。サド公爵に対する興味は確かにあったのだけど、それ以上に人間ドラマとしての面白さにグイグイ引き込まれる。

マルキ・ド・サドは精神病院に入れられているが、その財力で好き勝手に振る舞う。聖職者である院長は、淫らな考えを行動に移させないように、文章に書いて吐き出させる方針だった。ところがサドが書いた小説は病院の小間使いによって出版者の手に渡り、フランス全土を揺るがす悪しきベストセラーになっていた。皇帝ナポレオンはこの混乱を正すべく、荒々しい手法を使う精神科医コラール博士を病院に遣わす。サドは小間使いから聞いた噂話をネタに、博士の私生活を暴露するスキャンダラスな演劇を上演して挑発。サドは、お気に入りの羽根ペン(クイルズ)、インク、紙など執筆できる道具をすべて奪われてしまう。倒錯した考えはあれども表現者であるサドは、それでも決して書くことを諦めようとはしなかった。

サド公爵はもちろん、神父も博士も小間使いも、この映画の登場人物に共感できる相手が見つからない。しかし何故か書くことに執念を燃やし、誤った方向であるにせよ信念を貫くサド公爵がカッコよく見えてくる瞬間がある。文章を書き連ねた衣服を身につけて小間使いに誇らしげに見せる彼は、風変わりな衣装をまとったロックスターみたいだ。しかし、ついにその衣類まで奪われる。映画後半をほぼ全裸で演じ続けるジェフリー・ラッシュ。まさに全身全霊の演技。

コラール博士を演ずるマイケル・ケインの徹底した冷血ぶりがまた怖い。ホアキン・フェニックスが聖職者としての信念が揺らいでいく様子は痛々しいけれど、ラストで見せるサドに取り憑かれたような言動にゾッとする。サドのスピリットが引き継がれた瞬間。「ジョーカー」より振り幅が大きいだけに、個人的にはこっちの方が巧いと思う。

サドの淫らな物語は、劇中だけでなく現在も語り継がれる。博士の若妻は読書好きで、サドの著作で性に目覚める。何とも皮肉な展開だが、本で物事を学ぶってこういうことだし、心惹かれずにはいられない。現代だってそれは同じ。また、ケイト・ウィンスレット演ずる小間使いマドレーヌが、辛い仕事から小説を読むことで心が解放されると語る場面も印象的だ。きれいごとしか描かれていない書物よりも、下世話でドロドロした激情の物語は、身を委ねると非日常に連れて行ってくれる。映画の登場人物に共感はできなくとも、僕らはその気持ちには共感できる。だって、多くの映像ソフトが並んでいるレンタル店でこの映画を手にした時点で、僕らもマドレーヌと何ら変わりはしないのだ。

何度も観たい映画ではないし、時に嫌悪感すら感じるけれど、執着の恐ろしさを思い知らせるこの物語は、そんじょそこらの並の映画では味わえない違った満足感を与えてくれる。






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アイの歌声を聴かせて

2022-01-23 | 映画(あ行)


◼️「アイの歌声を聴かせて」(2021年・日本)

監督=吉浦康裕
声の出演=土屋太鳳 福原遥 工藤阿須加 小松未可子

申し訳ないのだが、チラシやポスターデザイン、タイトルや流し読みしたあらすじから、ちょい萌えな青少年向け劇場アニメを想像していた。だがしかし。盛り込まれた設定やディティール、主人公をとりまく環境など、大人こそ感じて欲しい面白さがある。Filmarksを始めとした映画ファンの声と評価に後押しされて、劇場で観たのは正解。

AI技術で開発された人型ロボットシオン。人間社会でうまく適応できるかをテストすべく、周囲にはロボットとは知らされずに高校に送り込まれた。主人公は、シオン開発者である女性技術者の娘、里美。シオンはよりによって彼女のクラスに転校生として紹介された。里美を見つけたシオンはいきなり駆け寄って、「里美を幸せにする」と宣言して、高らかに歌声を響かせた。しつこくつきまとうシオンを鬱陶しく思う里美だが、シオンのまっすぐな行動が、思いがうまく伝えることができなかったクラスメートたちを結びつけていく。しかし、大人たちの事情が彼女たちに忍び寄ってくる。

お母さんが、"里美を幸せにしろ"ってプログラムして内緒にしてるって話かよ…ふーん。と早合点してはいけない。

純粋にファンタジー、青春映画として楽しむのもいい。だけど大人の目線でも共感できるポイントがたくさんある映画でもある。母親の会社での立ち位置と、失脚を望む人々との対立。企業城下町の生きにくさ。シオン奪還の行動に出るクライマックスには、この映画をナメていた自分に気づかされる。

シオンを演ずるのは土屋太鳳。ゴッちゃんとアヤの仲直りを手助けする場面では、シオンがその場で生成したと思われる歌を歌う。これが抑揚やビブラート控えめに歌っていて、AIが絞り出した感がある。これは演出だと思うけど、太鳳ちゃんが敢えてやってるならば実に上手い。一方で「今しあわせ?」と繰り返す問いかけが、だんだん人間味がついてくるようで感動的だ。対して、里美は感情の起伏を表現しなければならない難役。これを演ずるまいんちゃん、もとい福原遥が見事。2022年の朝ドラでの活躍も期待しよう。

「竜とそばかすの姫」も本作もそうだが、ディズニープリンセスの影響の大きさも思い知る。この作品が突然の ミュージカルと化す理由は、劇中出てくる里美が幼い頃から好きなディズニープリンセス的なアニメーションの存在のせい。柔道の乱取りが舞踏会のダンスになる場面は、往年のディズニーアニメのようなミラクル。かぼちゃが馬車になるようなもの。これもアニメ界の先達への愛情表現なのかも。

(ここネタバレ🤫)
アイザック・アシモフのロボット三原則に触れる台詞もあり、脚本も練られたものだと感じられる。また、コンピュータプログラムである電子の意思がネット回線に逃れて、シオンという義体を手に入れるという展開。「攻殻機動隊」好きなら、そう来たか!とニヤリとするところ。さらに、映画のラストでも里美を見守っているシオンの存在が示される。80年代外国映画好きなら、コンピュータを交えた三角関係ラブコメ「エレクトリック・ドリーム」にもつながるハッピーエンド。学校で起きていることをモニターできてないの?というツッコミどころはあるのだが、そこは置いとくとするか。

物語の結末を見届けて、ひとつひとつのエピソードの裏にあるものが理解できたら、ポンコツAIの話などと勝手に感じたことが間違いだったと思い知ることになる。予想外の良作。



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劇場版シティーハンター 新宿プライベートアイズ

2022-01-22 | 映画(さ行)





◼️「劇場版シティーハンター 新宿プライベートアイズ」(2018年・日本)

監督=こだま兼嗣
声の出演=神谷明 伊倉一恵 飯豊まりえ 山寺宏一

「シティーハンター」は街並みが気になるアニメだった。東京に暮らしたこともない地方都市在住の僕が言うのもなんだけど。テレビシリーズが放送されてたあの頃、中野サンプラザや新宿アルタがきちんと背景に描かれるのを見ると、冴羽獠が活躍するアニメーションの世界が現実のイメージと重なって、フィクションなのに地続きのような気持ちに勝手になっていた。彼はあの街を守ってるんだな、って。

だから「シティーハンター」は、新宿を聖地とするアニメにふさわしい。これが名もない架空の街だったら、こんなに愛される作品になっていただろうか。「ガルパン」の大洗町にしても、「あの花」の秩父にしても、「ハイジ」のアルプスにしても、作品の舞台が現実の風景であることは作品と街への愛につながる。この最新作では、TOHOシネマズのゴジラに火を吹かせた冒頭で、完全に心を掴んでくる。やっぱり東京への愛に満ちている。

父親の死後に怪しげな連中に狙われている医大生亜衣から、ボディガードを依頼されるところから始まる。彼女はモデルとしても活躍していて、そのスポンサー企業を経営する御国は香の幼なじみだった。香に接近する御国。彼には裏の顔があった。

最新テクノロジーを駆使した兵器に冴羽獠と海坊主が立ち向かうクライマックス。派手な銃撃戦、異次元のガンさばきにワクワク。そうそう、この活躍が見たかったんよ😆。一方でお約束の「もっこりちゃーん♡」は今の目線だと、もうセクハラの極み💧。さらに数十年経つと"けしからんマンガ"として扱われてしまうのだろか。

歴代主題歌がバックに流れるのがたまらん。Psy•sのAngel NightやFence of DefenceのSARAとか、もう気持ちアガりっぱなしw。Get Wildのイントロが流れてくるタイミング、どうしてこうもカッコいい🤣。

声優陣もオリジナルのままなのが嬉しい。ゲストキャラとして「キャッツアイ」の三人美女が登場するのに狂喜乱舞する80年代育ち男子(恥)。2018年に逝去した藤田淑子に代わって、泪姉さんの声を戸田恵子が二役であてているのは泣ける。そして敵役御国を演ずるのは山寺宏一。テレビシリーズはまだ新人だった頃で、ほぼ毎回エンドクレジットに名前があって、役名もないその他大勢を担当していたっけ。それだけに大きな役で「シティーハンター」に出演するのは、往年のファンには感涙ものでさぁ。





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ライフ・オン・ザ・ロングボード 2nd Wave

2022-01-19 | 映画(ら行)





◼️「ライフ・オン・ザ・ロングボード 2nd Wave」(2018年・日本)

監督=喜多一郎
主演=吉沢悠 馬場ふみか 香里奈 泉谷しげる

前作「ライフ・オン・ザ・ロングボード」は、中高年男の再挑戦を描いた素敵な映画だった。続編となるこの「2nd Wave」は、サーフィンしか頭にない青年の物語。映画序盤からいきなり彼は見事に波を乗りこなす。「海猿」みたいに、最初からデキるヤツがなんだかんだでチヤホヤされるタイプの映画なんじゃないの?。その先入観は見事に打ち砕かれた。

陸に上がった彼はダメ男。挨拶もできなければ、種子島で暮らす為の仕事を紹介されても、まともにこなすこともできない。サーフィンの恩師の娘からは冷たくあしらわれる始末だ。そんな彼が、病院の仕事で知り合ったお年寄りたちに尋ねられ、サーフィンの魅力を語る。地球に抱かれているみたいだ、生きているって実感する、と彼は言う。お年寄りとの関わりを通じて、彼が人間関係の大切さに気づき、行動が変わっていく。

前作同様、僕は素直に感動した。ベタな話だと言う人もいるかもしれない。でもダメ男が変わっていく成長物語は、古今東西そんなに本質が変わるもんじゃない。ベタだと感じるのは、死んだ父の思い、お年寄りや家族の再会のエピソードが絡むのを、きっとこそばゆく感じてしまうから。人が変われるのは誰かがいるから。それを素直に受け止めて観て欲しい映画だ。

傍目から見たサーフィンのカッコよさを写した映画はいくらでもある。でもサーファーが肌で感じている面白さ、楽しさ、夢中になる気持ち、うまく波に乗れて技が決まった瞬間のエクスタシーを真正面から捉えた成功作って実はあまりないと思うのだ。「ビッグ・ウェンズデー」以外の最近の作品なら、キャスリン・ビグロー監督の「ハート・ブルー」がサーフィンとスカイダイビングの魅力にちゃんと触れている稀な映画かな。特に邦画ではなかなかない。だけど本作はまさにその一つ。

種子島の美しいビーチの風景が気持ちを盛り上げてくれるだけじゃない。水面スレスレから波を撮ったサーファー目線の映像。さらに上空からの目線で、乗りこなす波の高さを、そして広がる海原と次々に迫ってくる波を捉える。その視点があってこそ、地球に抱かれる感覚という言葉が活きているように思えた。そして前作以上に、種子島の暮らしが描かれているのも素敵なこと。

夢中になれることがある素晴らしさと、人生の波を感じること、それに乗り遅れないこと。タイトルの意味がじんわりと心にしみる映画だった。





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すばらしき世界

2022-01-15 | 映画(さ行)





◼️「すばらしき世界」(2021年・日本)

監督=西川美和
主演=役所広司 仲野太賀 六角精児 橋爪功 梶芽衣子

「幸せの黄色いハンカチ」を初めて観たのは中学生の時。刑務所を出た高倉健が郵便局でハガキを買う場面が出てくる。
「ハガキをください。いくらですか。」
ハガキ1枚の値段を健さんは尋ねる。この人がいかに長いことシャバにいなかったかを、このひと言が表現しているのだと思った。

「すばらしき世界」の主人公三上正夫も人生の大半を刑務所で過ごしてきた男。出所して社会に順応しようともがく姿と、彼をめぐる様々な人々の関わりを綴ったヒューマンドラマ。不勉強なもので、西川美和監督脚本の作品を観たのはこれが初めて。短い時間で登場するキャラクターを印象づけるのに長けた人だと思った。短い台詞のひと言が心境や人柄、置かれた状況を端的に表現している。健さんのハガキの場面を思い出した。さらに「すばらしき世界」の台詞がすごいのは、観ているこっち側の心にも響く言葉なのだ。

三上が更生する姿をドキュメンタリー番組にしようとする若手テレビ制作者の津乃田と吉澤。表向き三上の母親探しを手伝うとは言っているが、実際は視聴者が感動できるネタとして三上を利用したいのが本音だ。チンピラとトラブルになった三上が、若造をボコボコにする様子を見て、津乃田はカメラで追うことをやめる。
「撮らないなら割って入って止めなさいよ。止めないなら撮って伝えなさいよ。」
長澤まさみのひと言は、テレビマンとしてのジレンマにも聞こえるし、一方的にそれを押し付けるだけのズルいひと言にも聞こえる。テレビ業界を離れて文筆で仕事をしたいと考えていた津乃田は、再び三上と向き合おうとする。この映画は三上の成長物語ではなく、津乃田の成長物語でもあるのだ。

三上が向き合う厳しい現実。生活保護の手続きでは冷淡に対応され、働き口を探したいが医師からは安静を勧められる。運転免許の再取得もなかなか進まない。地元福岡にいるヤクザ時代の兄弟分に連絡した三上は歓待を受けるが、そこでも"反社"とされる人々が以前のように威勢よくいられる時代ではなくなっていることを思い知らされる。兄弟分の妻を演じたキムラ緑子が三上に言うひと言。
「シャバは我慢の連続です。大して面白うもなか。でも空が広いっち聞きますよ。」
このひと言。三上に向けられただけでなく、そうだよ、生きるって我慢の連続。何故か自分に向けても言われているように感じられて、涙があふれた。

彼を支援してくれる弁護士夫婦の温かさ。梶芽衣子が人の世話を焼く様子を見るとホッとしてしまうのは、ドラマ「昨日何たべた?」のせいかも(笑)。
「私たち、いい加減に生きてるんですよ。」
このひと言も泣けた。時々ズルく生きてる自分を嫌になることがある。スクリーンのこっち側の自分の気持ちを、この奥さんに見透かされて、励まされているような気がして。声をかけてくれる近所のスーパーの店長役、六角精児もいい。伝えるべきことをきちんと伝えようと向き合うことの大切さを教えてくれる。

それでも厳しい現実がある。就職先での出来事で、直情的な三上がどう行動に出るのかハラハラした。言いたいことが言えない現実を感じて、世の中を窮屈に感じたのではないかとも思った。迎える悲しい結末。裏社会に染まってはいたけれども、三上が人間として染まっていない部分。それが白いランニングシャツに象徴されてるようで、とても切なかった。





映画『すばらしき世界』本予告 2021年2月11日(木・祝)公開


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アキラ AKIRA

2022-01-11 | 映画(あ行)





◼️「アキラ AKIRA」(1988年・日本)

監督=大友克洋
声の出演=岩田光央 佐々木望 小山茉美 玄田哲章

初公開当時に原作未読で映画館にて鑑賞。今回、You Tubeの無料配信で30余年ぶりの再鑑賞。初めて観た時、この込み入った難しい話をちゃんと理解するには原作に触れるしかないのかな、と思った。しかし、あの頃の他の劇場用アニメ作品では考えられないくらいに緻密で、いちいち構図がカッコよくて、実写を観ているかのような感覚になったのを覚えている。超能力を持った子供たちをめぐる国家プロジェクト。その暗部を暴くストーリーを魅力的に感じたけれど、一方でクライマックスのグロテスクな描写にちょっと嫌悪感を抱いた。

2021年の今観ると、多くの人が思うように現実との呼応に震える。第三次世界大戦後の荒廃した世界、2020年のオリンピックを控えたネオ東京。そして現実では、経済の低迷、震災、原発事故、パンデミックで社会と人々の心が荒廃した東京で、2020年のオリンピックは延期を余儀なくされた。また、能力を手にすることで鬱積していた気持ちが爆発して暴走に至るテツオの姿には、バブル景気の真っ只中だった公開当時よりも、気持ちを重ねる鑑賞者はきっと多いはずだ。

この作品が予言的だなどと崇めるつもりはない。だけど「もう始まっているんだよ」という謎めいた言葉が、今の現実につながっているのかもと思う気持ちは十分に理解できる。

初めて観た時は、問答無用に早いストーリー展開だと感じていたけれど、今観ると問題なく、むしろこれだけスピーディに話が進んでいくのに、無駄がない印象を受ける。人物像が掘り下げられるキャラは限られているけれど、行動と台詞できちんと納得させてくれるのは見事。

民族音楽的な劇伴もこれまでの日本アニメではなかったもの。後の「Ghost In The Shell」も無国籍な音楽が彩っていたが、「アキラ」は間違いなくその先駆けだ。巨大なクレーターを見下ろす構図で、打楽器の残響音が響く冒頭。これ、映画館で観たら、吸い込まれそうな気持ちにきっとなるだろう。








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悪なき殺人

2022-01-08 | 映画(あ行)

◼️「悪なき殺人/Seules les bêtes」(2019年・フランス)

監督=ドミニク・モル
主演=ドゥニ・メノーシェ ロール・カラミー ダミエン・ボナール ナディア・テレスキウィッツ

絶対に予備知識なしに観るべき映画。どこを切り取ってもネタバレにつながりそうなので、深く語ることは難しい。フランスの山間部にある村で起こる女性の失踪事件を発端に、登場人物たちが不思議なつながりを見せていく。

映画全体は4つのパートで構成される。それぞれの中心人物はアリス、アリスの不倫相手の農夫ジョセフ、パリから村にやってくるマリオン、そしてアフリカで詐欺に手を染め一攫千金を狙うアルマン。そこにアリスの夫ミシェルが絡んで、事態は複雑に絡み合う。イニャリトゥ監督の「バベル」を思わせる映画ではあるが、不幸な出来事の連鎖が観ていて辛かった「バベル」とは違って、失踪した女性の身に何があったのかをめぐる謎解き要素が軸になっているだけに、「そうだったのか!」と腑に落ちた瞬間の映画的興奮がある。

人間は「偶然」には勝てない。
劇中登場する人物の言葉だが、その通りかけ違えたボタンから始まる負の連鎖は、観る前に想像していたものを超えてくる。

でも、そうした映画の構成以上に重要なのは、この映画は報われない愛の物語だということだ。脚本に仕掛けられたテクニックを称賛する声は多いけれど、それぞれの行動の裏側の気持ちこそ訴えたかったところ。しかしながら、それぞれの登場人物が抱える気持ちは、理解に苦しむものばかり。なぜ愛してしまった?なぜ寄り添う?なぜ受け止めてくれない?なぜ執着する?なぜ、なぜ。人とのつながりってなんだろう。共感できないまでも、それぞれの切なさはじんわりと伝わってくる。

ドミニク・モル監督の「マンク 破戒僧」をたまたま最近観ている。同じ場面を繰り返すミステリアスな演出や、素顔の分からない存在が出てくるところには共通点あり。


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仮面病棟

2022-01-04 | 映画(か行)


◼️「仮面病棟」(2020年・日本)

監督=木村ひさし
主演=坂口健太郎 永野芽郁 内田理央 高嶋政伸 江口のりこ

ピエロのマスクをつけた強盗犯が、銃で怪我をした女子大生を連れて病院にたてこもる。たまたま当直を頼まれた医師速水は事件に巻き込まれるが、この病院を選んでやって来たような強盗犯の言動や、院長や看護師たちの不審な行動に疑問を抱き始める。犯人の目的は?病院に隠された秘密とは?

ひとつの謎を追うのではなく、あちこちに疑いが向けられる構成。ミスリードを誘う仕掛けになっている。もっと単純なストーリーを想像していたのだが、二転三転するクライマックスの展開に予想以上。前の場面に出てきた台詞との整合性やストーリーの裏で怒っていた出来事を、きちんと映像で示す丁寧すぎる編集で、引き込まれるミステリーになっている。

永野芽郁目当てで観たのは否定しない(実はエキストラにも応募した😝)。朝ドラ「半分、青い」で演じた、笑顔は絶えないけれどその裏側に憂いを抱え込んでいるヒロイン役がよかったから、ニコリともしないこの映画の役はミスキャストでは?と勝手に思っていた。しかしその想像は誤り。クールな役を見事にこなす。今年は「キネマの神様」の助演もよかったし、これからもおじさんは応援しますww。



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