ある日若者が、数枚の日本画に出合いました。
額に入れられる前のその絵は、仕上がった一枚と下絵のように見える未完成の何枚かが
一緒になっていました。
僅か数本の線が描かれただけの絵から始まり、色付けされた繊細な仕上がりの絵まで、
徐々に仕上げられて行くその道のりを示した工程図のようにも見えたのですが、
すぐにそれは書き直しされたモノだと判りました。
カラーコピーもCGもない時代に、まるで複写されたかの様に見えるそれは、
どこか作者の気に入らないところがあったのでしょう。
そんな作者の心の動きを一堂に会して見る機会に恵まれたときに、
若者が一番驚いたのは、一枚目の絵です。
数本の線から、浴衣を着た若い女性の立ち姿が背筋を伸ばし、
何かを思い巡らせているのか、顔の表情まで見えてくるような。
外郭をなぞっただけの線で、既に表現されていることだった。
そして、見る人の想像を掻き立てるような、その絵の大部分は
最初の数本の線で出来上がっている事にも気づかされます。
心の中にある絵を、細い細い毛先で、手直しも後戻りもできない一本の線にしたためる。
それを見て、これが人の成せる技であることを、驚きとともに心に刻み込みました。
(後に、高名な日本画家の作品あったことを知りました。)
真っ白な紙の上に、墨の一筆を入れる瞬間と同じく、全神経を研ぎ澄ませて自動車を操る。
手直しも後戻りもできないところは同じ。
一人で悩むもよし、仲間と考えるもよし。
欲張り過ぎなほどの量ですね。
これも楽しみと思えば幸せなことです。
私も日之国に戻ってきました、
綺麗な線が描けるように精進精進。
道の方が曲がってくれるといいんですけどね~。
定規やコンパスを使った精密で無機質なラインをイメージしていましたが、もっと有機的でやわらかいものでもよいのですね、いずれも人の手によって描かれるものですから
やりなおしがきかないのは
人生もおなじ、でしょうか
申し遅れましたが
初かきこみ 愛知の と~ と申します
練習会お世話になりました
もっとロープが車と浅い角度で写りたかったです
逆か 車が…