Straphangers’ Room2022

旧Straphangers' Eyeや習志野原の掲示板の管理人の書きなぐりです

「もり」も負けじと

2018-05-24 22:09:00 | ノンジャンル
「かけ」が大きく火を噴いているなかで、「もり」も負けじと爆弾を炸裂させていますね。
無いはずの記録が大量に出てきたなかに、首相夫人付の役人が首相夫人からの理事長に便宜を図れないかと言われた、という陳情?が出てきました。便宜を図ったかどうかではなく、首相夫人が第三者に便宜を図るように陳情したということ自体が問題なのです。首相夫人付という自分にしかないルートを使っていますし。

また財務省内ではあの小学校の名称が首相名であることが共通認識になっていたわけです。
最終的な申請時の名称が違うことを論ってフェイクニュースだと騒いでいましたが、国士様御用達新聞ですら寄付金の募集時に首相名での学校名を記載した、という証言が掲載されているわけで、最終的に申請時に差し替えただけでしょう。現地を見ればわかる話ですが、校舎に掲出されている学校名、「瑞穂の國」から改行して「記念小學院」とあるのが、行頭を揃えるでもなく、1字下げどころか丸々4文字あけて、つまり「國」の右下に「記」が来るというバランスの悪さが何を物語るのか。


(4文字分の「空白」は? そして「穂」だけ新字体の中途半端も気になる)

全く重ならない状態で2行に分けるくらいなら、1行で良いのに、なぜ4文字分空いているのか。
ここに首相名が入るのではと国会質疑でも出て、首相は否定しましたが、学校側はつける気満々だった、ということでしょう。さすがに首相も止めてくれ、という心境でしょうが、首相名入りの校名はフェイクとはいえないことが、今回の発掘された文書からも証明された格好です。

まあこれも「前線」の話になるわけで、首相名はフェイクだ、と大騒ぎしていた「前線」がはるか後方になるわけですね。昨年「かけ」の話が出たときの文科省文書がフォントがどうのとか捏造だとか、ネット雀だけでなく国士様御用達新聞の名物論説委員もドヤ顔で紙面に書いていましたが、今足下の愛媛県の文書に対して同じようにフォントがとかコピーが粗いとか捏造説を吹聴しているのをみると、はるか後方になってしまった当時の「前線」での勇ましい主張がどうなったのか、と問いたいです。



全学を道連れにする「自爆テロ」

2018-05-24 22:05:00 | ノンジャンル
日大アメフト部の問題は、発覚当初の段階で「危機管理学部」がある大学とは思えない対応、と批判されていましたが、事態は危機管理の悪い方の見本という意味で教材になりそうな展開です。
「実行犯」となった選手が名乗り出ての記者会見も、本来大学がセットして、メディアから守る、フォローするべきものを知らんぷりで、広報もコメントを拒否という対応は教育現場としてはあり得ない、いや、あってはならない事態です。

監督がすべて引き取って謝罪する、責任を取る、というのが普通の流れであり、組織を守る基本の行動です。ところが言い逃れに終始した挙句に「実行犯」となった選手の記者会見で矛盾が明るみになるや「緊急会見」と、学生を守ることは全く無く、保身が総てということを天下に知らしめたわけです。

おまけに監督は悪くない、コーチが「私がやりました」と、泥を被らされたコーチはもう身代わりです、っていう雰囲気を漂わせている責任の押し付けに、「実行犯」の選手を守らなかったどころか、選手が勝手に忖度した、誤解した、という責任転嫁です。「まさか本当にするとは思わなかった、ヘヘヘ」といういじめっ子を彷彿とさせる様な醜悪な対応です。さらに話にならないのがヘッドコーチのコメント。あのプレーをしたのは事実、と「実行犯」の選手が全てだったと公言したわけで、ある意味監督やコーチよりも酷いです。
「実行犯」の選手が一方的に主張している、という声もあるようですが、メディアが映像等で検証した結果と主張が一致している時点で信憑性はどちらにあるか、という話になります。

部のトップが責任を取らない、これは部という組織に自浄能力がないということであり、組織に問題あり、という判定になるわけで、大学本体が早急にこの腐った組織の処分刷新をしなければなりません。
ところが大学本体の対応が斜め上を行くものでした。監督やコーチの辞任という部という組織の内々の話だけはしても、監督は大学の理事職は辞任しない、当面謹慎という自発的な対応だけ。第三者委員会に従うと言ったのも自発的な対応の域であり、広報が大学としての処分を第三者委員会の結果報告後に行います、と明言できないあたり、謹慎で終わり、という懸念が強まります。

保身のために開いた「緊急会見」で質問の多さに逆ギレした広報がまた香ばしく、俺たちの言うことを黙って聞いてりゃいいんだ、という姿勢が露骨すぎます。最悪なのはこれが部ではなく広報という大学本部の組織がやらかしてしまったということで、問題は監督責任を云々するのを飛び越えて大学全体に延焼してしまったのです。

日本一のマンモス大学である日大全体の評価になることは本来絶対に避けなければならないはずなのに、保身に走った挙句に大学広報がアシストしたことで、世間はこの問題を大学の体質とシンクロさせてしまうことになります。
もともと大学紛争のころ、学生運動を体育会の「実力行使」で粉砕してきたことでしみついたアカデミズムと対極にあるような「イメージ」があるのを長い年月をかけて払拭してきたのが水の泡です。学部の教授ではなく体育会が体制を牛耳っているというのも改めて世間の知るところになったわけで、これもマイナスでしょう。

OBはもちろん、これから社会に出る在校生にとっては、まさかの逆風、荒波になるわけです。
「実行犯」の選手は記者会見での対応を称賛されていましたが、ルールやスメ[ツマンシップに悖る行為であっても「上司」の意向であれば実行する、という体質を露呈したことにはかわりがないわけで、「上司に言われて」「会社のために良かれと思って」という発想と行動が厳しく否定される、またそれが会社の存続を危うくする、という今の「社会のルール」とは対極にあります。

部だけでなく大学自体がそういう体質を持つ組織、そういう環境で育った学生、という印象を持たれてしまったらどうなるのか。かつて早大であった「スーパーフリー事件」が、大学が厳格に処分して(そもそもオールラウンドサークルを「公認サークル」にした致命的な不手際はあるが)、大学自体の体質、評価とは峻別されていましたが、それでも今なお大学のマイナスイメージとして語られます。
いわんや大学自体の体質が疑われるのであれば、どれだけの逆風、荒波になるのか。
学生のことを考えたら、幹部の総辞職でも足りないくらいでしょう。