演劇の舞台が終わって思い返すのは、観客の「意外な笑い」です。ここで笑って頂けるであろうというところは、もちろん笑って頂けたのですが、どうしてそこで笑われるのかという、不思議な個所もありました。まず計算された笑いは、私の演じる幽霊が、通夜に横たわっている蒲団から、すうっと起き上がるときに、また幽霊が出てきたと期待を込めての笑いが生じるわけです。
そして、横に寝ていた妻と一通りの会話を済ませた後、幽霊の私が再度、もとの布団に寝るのですが、手で顔の上に白布を覆うとき、どっと笑いが起こるわけです。これは予想外でした。確かに、考えてみれば、腹筋を使ってものの見事にすうっと起き上がった幽霊が、布団に戻るときには、まさに人間の不器用さがかいまみられて、そのギャップを笑われたのでしょう。
ストーリー全体を観ておられる観客の方が、正しい掴みをしておられるのでしょうね。これって、実社会上においてもありそうな現象です。当事者と周囲の人たちとの感覚の違いは、至極当然のこととして起こります。
そして、横に寝ていた妻と一通りの会話を済ませた後、幽霊の私が再度、もとの布団に寝るのですが、手で顔の上に白布を覆うとき、どっと笑いが起こるわけです。これは予想外でした。確かに、考えてみれば、腹筋を使ってものの見事にすうっと起き上がった幽霊が、布団に戻るときには、まさに人間の不器用さがかいまみられて、そのギャップを笑われたのでしょう。
ストーリー全体を観ておられる観客の方が、正しい掴みをしておられるのでしょうね。これって、実社会上においてもありそうな現象です。当事者と周囲の人たちとの感覚の違いは、至極当然のこととして起こります。