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建仁元年(1201年)10月5日 午前4時 世の平安と人々の幸福を願い、浄土への強い憧れを胸に秘めて、後鳥羽上皇は京都伏見の城南宮より熊野を目指しました。
(アイザコーポレーション案内文より)
▼熊野道、来た夫婦道の仕上げ道、城南宮に無事を祈り来 08.08.31.
▼窪津から阿倍王子へと訪ねしも、跡案内で面影もなし 08.09.07
▼これからの紀伊一周の歩き旅、夫婦揃いで、山中の宿より 08.09.10.
▼雄の山の峠不動に手を合わす、気持ち安らぎ足腰楽に 08.09.10.
▼藤白は有馬皇子の怨み坂、七十路迎えて詫びて越えゆく 08.09.17.
▼拝ノ坂一歩一歩で峠越え、われら夫婦の来た道の如し 08.09.17.
▼直ぐ熊野、津波に耐えて凛と立つ蟻の詣で問いて手を添え 08.10.15.
▼古は、醤油で栄えし湯浅まち、今は保全と淋しく老女 08.10.15.
(アイザコーポレーション案内文より)
▼熊野道、来た夫婦道の仕上げ道、城南宮に無事を祈り来 08.08.31.
▼窪津から阿倍王子へと訪ねしも、跡案内で面影もなし 08.09.07
▼これからの紀伊一周の歩き旅、夫婦揃いで、山中の宿より 08.09.10.
▼雄の山の峠不動に手を合わす、気持ち安らぎ足腰楽に 08.09.10.
▼藤白は有馬皇子の怨み坂、七十路迎えて詫びて越えゆく 08.09.17.
▼拝ノ坂一歩一歩で峠越え、われら夫婦の来た道の如し 08.09.17.
▼直ぐ熊野、津波に耐えて凛と立つ蟻の詣で問いて手を添え 08.10.15.
▼古は、醤油で栄えし湯浅まち、今は保全と淋しく老女 08.10.15.
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