この世界の憂鬱と気紛れ

タイトルに深い意味はありません。スガシカオの歌に似たようなフレーズがあったかな。日々の雑事と趣味と偏見のブログです。

嘘はつけない。

2006-05-21 23:57:27 | ショートショート
 私の彼は嘘をつくのが下手だ。
 私の料理、美味しい?
 私がそう尋ねると、
 うん、とても美味しいよ。
 彼は笑ってそう答える。
 嘘だ。私が味覚音痴であることは、誰よりも私自身がよく知ってる。
 どうしてメールの返信が遅くなったの?
 私がそう尋ねると、
 ごめん、会社に携帯を忘れちゃってさ。
 彼は笑ってそう答える。
 嘘だ。そんなにしょっちゅう会社に携帯電話を忘れる人間なんていない。
 私のこと、愛してる?
 私がそう尋ねると、
 もちろん、世界中の誰よりもね。
 彼は笑ってそう答える。
 嘘だ。だったら、行為が済んだあと、そそくさと帰り支度をするわけがない。
 私はふと意地悪をしたくなって彼にこう言う。
 貴方って嘘が下手ね。
 彼は怪訝な顔をする。
 知ってる?貴方って嘘をつくとき右眉の上のところがピクピクって動くのよ。
 嘘!彼は心底驚いたように叫ぶ。
 嘘よ。からかってみただけ。真に受けないで。
 私はくすくすと笑いながら、否定の言葉を口にする。
 何だよ、お前も人が悪いなぁ。
 彼はそう言いながらホッと安堵したように大きく息を吐く。
 彼は、子供のような笑みを浮かべながら、コイツ、と軽く私の額を小突く真似をした。
 まるで少女漫画のワンシーンみたいだ。
 微笑み合う二人。
 その微笑みの中で私はそっと心の中でつぶやく。
 お願い、私にもっと嘘をついて。優しい嘘をついて。上手に嘘をついて。
 彼は私に嘘をつく。
 私も彼に嘘をつく。
 でも私は私に嘘はつけない。
 そのことが少しだけ残念でならない。 
コメント (7)
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