とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

消したい夢

2010-08-31 10:12:19 | 日記
消したい夢



 「蹴りたい背中」という作品が芥川賞を受賞したとき、面白いタイトルだと思った。「○○したい△△」。こりゃ、いくつも面白いタイトルができるな。私はそう遊びごころで思いながら、いくつか作ってみた。ところが、「消したい夢」という言葉がふと口を衝いて出たときには思わずぞっとした。
 勤めを止めてからも、遅刻して教頭から油を絞られる夢を見るよ、と先輩教員が言っていたことを最近よく思い出す。しかし、私の夢は手が込んでいる。学校で何かの仕事に夢中になっていて、始業のチャイムを忘れてしまい、はっと気づいて教室に行こうとするが、どこのクラスで授業をしなければならないか分からなくなる。時間割の表も見つからないのである。教務係に聞いても分からないという。しかたがないので、近くの教室に恐る恐る入ると、「先生、もう何週間も授業してないよ」と生徒が言う。えっ、そういうはずは……と言いかけるが、声が出ない。ごめん、ごめん、と必死で言うが言葉にならない。しかたがないので、黒板に字を書こうとするが、手が動かない。大体そういうパターンの夢を今まで何回となく見ている。
 何週間も授業していないこと。手が動かないこと。夢の中のこの二つの事柄の深層には私の三十八年間の辛苦がこびり付いていている。前者は歳をとるとともに授業を展開することが困難になった学校の現実がある。これは私の指導力の減退ということに起因しているのかもしれない。後者は一時書痙(しょけい)で苦しんだ体験が投影している。
 私はこの夢から終生逃れることができないかもしれない。何でも消せる夢の消しゴムがどこかにないものか。                     (2006年投稿)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。